126話
人間達がぽかん、とする中、ギルヴァスは嬉々として椅子を引くと、そこにあづさをエスコートした。更に、傭兵の中に女を見つけると彼女らを優先して席へ案内し、続いて他の者達も席へ導いていく。
「な、ちょ、ちょっと待て!」
そうしてシャナンは席に案内されるや否や、思い出したように声を上げた。
「ん、どうした?」
「ど、どうしたもこうしたもあるか!一体何の真似だ!」
ギルヴァスはそう言われても、きょとんとした顔である。
「いや、話し合いには椅子があった方がいいだろうし、なら茶と茶菓子があった方がいいかと思ったんだが……すまない、気分を害したか?」
更に、きょとんとした表情から一転、不安そうな申し訳なさそうな顔になったギルヴァスを見て、シャナンはまたしばらく言葉を失う。
「君達はここまで来てくれた、ということは、まあ、一応話を聞いてくれる気はあるんだろうと思ったんだが。違うか?」
「ええ。そうよ。聞いた後にどうするかはさておき、話を聞くつもりはあるわ」
シャナンの代わりにあづさがそう答えると、ギルヴァスはにっこりと笑う。
「そうか。なら嬉しい。……それから、先ほども言ったが、久々の客人を迎えて少々浮かれているんだ。それは許してくれ」
あづさへの弁明を含むであろうその言葉は、傭兵達には困惑を以てして受け止められた。勿論、その困惑はあまりの肩透かしによるものであったが。
「で、これ食っていいか!?」
困惑する一団の中、ラギトは変わらず平常運転であった。ちゃっかり椅子に座って、目の前の軽食や茶菓子をじっと見つめている。
「ああ。好きなように食べてくれ。そのために用意したんだ」
「そうか!なら頂くぜ!」
「お、おい、ラギト」
シャナンが引き留めようとするも、ラギトは素早く、かつ美しい所作で菓子類を既に口の中へと運んでいた。
……そして一行が固唾を呑んで見守る中、ラギトは茶菓子を咀嚼し、嚥下し……顔を輝かせた。
「うめえ!」
「はは。そうかぁ。ならよかった」
シンプルかつ好意的な感想は、ギルヴァスのみならず他の傭兵達の表情をも緩ませた。
そして、あづさも。
「……まあ、席に着かないと話が始まらないっていうなら、私もそうするわよ」
「レイス嬢っ」
ギルヴァスに引かれた椅子に座り、そこで茶のカップに口をつける。毒の類を警戒したらしいシャナンが焦った声を発するが、あづさは構わず茶を飲み、茶菓子を口に運んだ。
風の四天王領から運んできたと思しき焼き菓子は、蜂蜜と花の香りが素晴らしいものだった。コクのある濃い味が口いっぱいに広がり、あづさは思わず笑みを浮かべる。
「おい。毒はすぐに効くものばかりとは限らない。あいつが食べたからといって安全とは限らない」
「分かってるわよ、そのくらい」
フォグの忠告を聞き流しつつ、あづさは更に風変わりな茶菓子にも手を伸ばした。切子細工のようなカットグラスに盛り付けられているのは、この世界には珍しい氷菓である。
果汁を凍らせたらしいシャーベットを口に運びつつ、あづさはなんとなく、これを用意したのはオデッティアだろうな、と思う。恐らく相当面白がって用意したに違いない。
「皆も座れ、とは言わないわ。魔王の罠かもしれないものに自分から突っ込んでいけ、なんて命令はできない。だから、席に着きたい人だけ、着いて頂戴」
あづさはそう言って一団を振り返る。
……すると、傭兵達の半分程度と、シャナンもまた、席へ着いたのだった。
「……ふむ。まあ、残りの皆は立ち話、ということになってしまうが、始めさせてもらおう。ああ、疲れたら適当に椅子を持ってきて使ってくれてもいいし、柱に凭れようが床に座ろうが構わないからな。無礼講、ということでいこうじゃないか」
最大限、人間達を気遣う言葉を投げかけつつ、ギルヴァスはそう言ってにっこりと笑うと……あづさに向き直った。
「ひとまず俺が望むことを言っておこう。俺が望むのは先代魔王の望みと同じ。人間と魔物の国の和平だ」
「……その先代魔王に、先代勇者マユミは殺されています。信用できない」
あづさの代わりにギルヴァスに答えたのはシャナンだった。
「人間と和平を結ぶつもりだったなら、どうして勇者マユミを殺す必要があったのですか?まずはそれに答えて頂きたい」
『魔王』を前に緊張しているであろうに、シャナンは気丈にもそう言った。努めて冷静であろうとする彼の体は、小さく震えている。……この場に居る全員がそうだろうが、もし、ギルヴァスが本気になったならば、決して生きて帰れはしない。それを肌で理解できてしまいながらも、それでもシャナンは勇敢であった。
「ふむ。すまないが、それには答えられない」
「何故ですか?話し合いをしたいのではなかったのですか?」
「ああ。そうなんだが……いや、すまんなあ、実は俺もそこは知りたいところで」
ギルヴァスは頭を掻きつつ申し訳なさそうに言い、不審げな顔をするシャナンをまっすぐ見つめて、言った。
「こちらは、先代魔王は勇者に殺されたと思っていたんだが」
「……相討ち、ってことかしら?」
あづさがそう言うと、ギルヴァスは難しい顔をして首を捻る。
「そう考えるのが妥当なんだろうが……だが、1つ気になることもあってな」
そして、ギルヴァスは少し迷ってから、それを口に出す。
「先代の魔王様の亡骸は見つかっている。だが、勇者の亡骸は、そこになかったんだ」
ギルヴァスの言葉を理解した者は皆、一様に驚きと困惑を示した。
死んだ者がそれ以上人を殺せるはずはない。魔王の死体があり、勇者の死体が無かった、というのならば、その状況だけを見てしまえば、『勇者が魔王を殺して去った』というようになる。
「し、信じられない!何の証拠があってそんなことを……」
「証拠、か。すまんな、持ってない。何分、100年前のことだからなあ」
困惑と焦りから生まれたらしいシャナンの特に意味のない言葉にも律儀に反応を返しつつ、ギルヴァスは身を乗り出す。
「もう一度言わせてもらうが、俺は人間と殺し合うつもりはない。……ここまでの旅路で見てきたかもしれないが、配下の魔物には弱いものも多い。人間の中にも、弱い者は大勢居るだろう。彼らを犠牲にしたくはない」
ヘルルート達を散々見てきた傭兵達は、それぞれヘルルート達の様子を思い出しているのか、頷いたり、はたまた遠い目をしたりしている。人間の知識の中にあった『魔物』の姿からは大きくかけ離れた『弱い』魔物達は、確かに、傭兵達の心を動かしている。
「そしてその上で、真実も知りたい。100年前、何が起きたのか。何故勇者マユミは消え、先代の魔王様は殺され、そして結界が生まれて、人間の国と魔物の国とが分かたれたのか」
ギルヴァスの目は、真剣そのものだった。
「俺は100年間、ずっと、それを知りたかったんだ」
「……そうは言っても、私が知ってる情報はそこまでよ。勇者マユミは魔王を倒しに行って帰ってこなかった。その後、魔物の国と人間の国との間に結界が生まれた。それだけ」
あづさはそう言ってため息を吐くと、カップを傾けて茶を飲んだ。
話す時には、飲み物があった方がいい。特に、少々の緊張を伴う場合には。乾いた口が潤って、あづさはまた、話す活力を得る。
「勇者マユミについては私も知りたいの。記憶が戻る可能性がそこにあるから」
「記憶、か。ふむ……勇者マユミについては俺もほとんど知らないが、君の記憶については、教えてやれるぞ」
ギルヴァスはにっこり笑うと、足元に居たヘルルートに小さく何かを伝えた。するとヘルルートはとことこと歩いてどこかへ行く。
「だが、俺よりも、君に君の記憶を伝えるに相応しい人物が居る」
どういうことだ、とシャナンや傭兵達が身構える中……やがて、優雅なドレスの裾を翻して、『彼女』が現れた。
「彼女には既に、君達の記憶のことを伝えてある。彼女から聞くといい」
「お姉様!」
あづさが椅子から腰を浮かせる中、ミラリアは自らを呼びに来たヘルルートを抱き抱えたまま、ほっとしたような表情であづさに笑いかけるのだった。
ギルヴァスは「俺は席を外した方がいいか?それとも居た方がいいか?」と困っていたが、ひとまずシャナンに「ここに居てください」と言われ、そわそわした様子で席に着いている。
そしてあづさの隣にはミラリアが座り、2人は手を握り合った。
「お姉様……よかった、無事で……酷いこと、されてない?」
「ええ。大丈夫よ。むしろ少し行きすぎなくらいに親切にしてもらってるわ」
「すまない。浮かれてるんだ。本当にすまない!」
優雅なドレスの裾をつまんで苦笑して見せるミラリアと、その後ろで少々赤くなりつつ弁明するギルヴァスとを見てあづさは笑う。
恐らくミラリアのドレスについてもギルヴァスが手配したのだろう。確かに浮かれているようである。或いは、他にやることがなくて暇を持て余しすぎたのか。
「なら、よかったわ。お姉様に何かあったら、本当にどうしようかと……」
あづさはミラリアの手を強く握ってそう言うと……ミラリアと見つめ合った。
「……お姉様。それで、私の記憶、って?」
ミラリアはあづさの瞳を見つめながらあづさの手を強く握って、そして、躊躇うように、話し始めた。
「レイス。落ち着いて聞いてね。私は……」
「……ええ」
あづさも躊躇うように、しかし覚悟を決めた表情でミラリアを見つめて、その言葉を聞いた。
「人間じゃないのよ」
「……え?」
真っ先に声を上げたのは、シャナンだった。
「ど、どういうことですか?マリー嬢が人間では、ない、とは……」
ミラリアはそれに苦笑しながら、答える。
「魔物なんです。私は。ただ、記憶を失って自分のことを人間だと思い込んでいた、魔物だったの」
その言葉はその場にいた者達全員を沈黙させるに十分な衝撃をもって、広間に響き渡った。




