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第二次帝国主義戦争についての講演 要綱 (一九三九年九月一日)

(「第二次帝国主義戦争講演提綱(九月十四日在延安幹部大會上講演)」『解放』第八五期 一九三九年九月三〇日刊 一六ページ)


[編注] 本資料において毛沢東は、ヨーロッパ戦争の勃発を第二次帝国主義戦争の第二段階への移行ととらえ、この戦争の原因・性格・前途を包括的に分析している。これは当時の中共の大戦論を定式化したものとみられるが、現行の『毛沢東選集』には収載されていない。この問題についてはまた、陳紹禹が南方局の緊急会議(発表にあたっては『新華日報』の活動者会議とされている)で報告した、「目前國內外形勢與政會第四次大會放棄——在新華日報工作人員會上的報告」(『新華日報』九月二八日)があり、また党中央の正式決定としては、資料7がある。 第二次帝国主義戦争の第一段階に関する分析は、六中全会での毛沢東の政治報告「新段階を論ず」(第九巻資料26)にある。なお、資料1「編注」を参照。


一 戦争の新段階 第二次帝国主義戦争はずっと以前から始まっており、もう何年も戦われてきている。日本帝国主義の中国侵略は一九三一年から始まっており、彼らはまず東三省を占領したうえ、ついで一九三七年には大々的に中国への侵略を開始した。イタリア帝国主義が一九三五年アビシニアを侵略した。一九三六年には、ドイツ・イタリア両国が連合してスペインを侵略した。一九三八年にはドイツが、オーストリア、チェコスロバキアを占領した。この時期には、東方と西方で五億人以上の人びとが戦争にまきこまれたが、イギリス・アメリカ・フランスなどの帝国主義国家は、戦争に加わってはいたが。"それゆえにわれわれはこの時期を第二次帝国主義戦争の第一段階と呼ぶ。そして現在から、イギリス・フランスなどの帝国主義国家が戦争に加わりはじめた現在以後を、第二次帝国主義段階と呼ぶ。なぜなら情勢がすでに完全に変わったからである。もしそれ以前をまだ世界大戦と呼ぶことができず、これがまだ世界的な規模をおびていなかったとすれば、今はそれとはちがっており、今はすでに帝国主義世界大戦であり、これは帝国主義戦争の新段階なのである。


二 戦争の原因 歴史的な事実とレーニンの学説にもとづけば、帝国主義時代には、資本主義の発展は極度に不均等なものであり、したがって帝国主義諸国間の戦争は不可避的なものである。世界を再分割した第一次帝国主義戦争が幕を閉じてから二〇年も経たないうちに、第二次帝国主義戦争がまたもや爆発し、帝国主義諸国に世界再分割のための戦争がもう一度やってきた。この新しい戦争の始まりの段階、その第一段階は、前回の全世界的経済恐慌を基礎にして起こったものである。一九二九年から一九三三年の未曾有の世界経済恐慌が過ぎ去ったのちに、それにまつわる到来したのは、繁栄ではなく、特殊な不況であった。一部の帝国主義諸国は、たとえば日本やイタリアのように、第一次世界大戦での自分たちの分取り物が少なすぎたと考えた国々、また自分がこの前の戦争でそれまでの分取り物を喪失したと考えているドイツのような国々は、完全武装で戦争の舞台へかけあがり、戦争によって、経済恐慌からの脱却と資本主義の崩壊からの回避をくわだてた。第二次帝国主義戦争は、このようにして爆発するとともに、その第一段階を形成したのである。


第二次帝国主義戦争の第二段階では、ドイツ・イギリス・フランス・ポーランドなどの諸国が、大規模な戦争を起こした。世界の資本主義諸国はいずれも、直接・間接に戦争にまきこまれるであろう。この戦争は新たな経済恐慌を基礎にして起こるものである。一九三七年から始まった新しい世界経済恐慌は、この数年間、イギリス・フランス・アメリカなどのいわゆる「平和」国家を洗い流したが、さらにそれはいまやドイツ・日本・イタリアにも流入しつつある。経済恐慌を基礎に、さらに重大な政治的危機がもたらされ、人民は資本主義とブルジョア独裁に不満を抱き、とくにファッショ化した国々であるか、それとも戦争に助けをかりてファッショ化を実行した国々であるかのいずれをとわず、こうした政治的危機とこうした人民の不満は、ともに日ごとに尖鋭化してきている。他方、社会主义ソ連はまた侵略がしだいまでに強大化してきている。こうした情勢の下で、すべての帝国主義国のブルジョアジーは、戦争を拡大し、局所的な戦争を全面的な戦争にまで拡大し、彼らの帝国主義の仲間たちをやっつける以外には、経済恐慌や政治的危機から脱け出し、みずからの滅亡を救う道はない、と考えているのである。


これらのすべては、世界各国のブルジョアジーがその死の前にあみだした打算である。こうした打算——つまり世界再分割の戦争によって、経済恐慌や政治的危機から脱け出し、みずからの死を救おうとする打算——が、かならずより大きな経済恐慌や政治的危機を招来し、かならず自分たちの死期の到来をやめるだろうということについては、彼らは想像することもできないのである。彼らはまるで狂犬のようであり、すでに狂っているし、資本主義制度によって完全に狂わされており、彼の敵、世界の壁にめちゃくちゃにぶつからざるを得なくなっているのであり、これこそが今日の世界各国のブルジョアジーの実際生活なのである。一群の狂犬同士のいみあい——これこそが、今日の帝国主義戦争なのである。


三 戦争の目的 「戦争は政治の延長である」。帝国主義の本性は掠奪であり、帝国主義国の「平和」な時代の政策にしても、つねにそれが掠奪のためのものでないことはないのである。しかし、もし一部の帝国主義国の掠奪政策がほかの一部の帝国主義諸国に邪魔されて、平和的な方法でこうした障害を突破することができない場合、その掠奪政策をつづけるためには、戦争という手段によってその障害を突破していくのである。だから、掠奪こそ帝国主義戦争の唯一の政治的目的なのである。第二次帝国主義戦争の目的は、第一次帝国主義戦争の目的と同じように、世界を再分割するためである。つまり、植民地・半植民地および勢力範囲の再分割のためであり、世界の人民を掠奪するためであり、世界の人民に対する支配権を奪いあうためである。第二次帝国主義戦争のこうした目的は、これまでの段階でも、現在の段階でも、まったく同じものである。


こうした目的のほかに、なおどんな別の目的があるというのだろうか。なおどんな善良な目的があるというのだろうか。そんなものは少しもないのだ。ドイツ・イタリア・日本であろが、イギリス・アメリカ・フランスであろうが、直接または間接に戦争に加わっているすべての帝国主義国には、この一つの反革命的な目的、人民を掠奪する目的、帝国主義的な目的しかないのだ。日本帝国主 義の「永久平和」、ヒトラーの「民族自決」、チェンバレンの「ナチズム反対」、ダラディエの「ポーランド援助」とは、その実質はいずれも「掠奪」の二字にあり、耳ざわりのよいことをいうため、人民を欺くために、彼らの秘書に命じてつくらせた、少しばかりおもむきを変えた代名詞にすぎないのである。


四 戦争の性質戦争の性質は、戦争の政治的な目的によってきまるものである。すべての戦争は二通りに分けられる。スターリン同志の言い方からすれば、戦争は、1正義の、非掠奪的な、解放をかちとるための戦争と、2不正義の、掠奪的な戦争、に分けられる。第二次帝国主義戦争は、第一次帝国主義戦争と同じように、第二の性質に属する戦争である。なぜなら、この二回の戦争の目的はいずれも掠奪のためであり、それ以外の目的はいささかももておらず、彼らの本国人民や他国の人民に対してもなんらの利益ももたらさないからである。これが戦争の掠奪性、および帝国主義性なのである。いま戦争をしている双方の側は、人民を欺き、世論を動員するために、恥じずにも自分は正義のためであると称し、相手側は不正義のためであると称している。だがその実これはお笑い草であり、ペテンでそれにすぎない。


民族解放戦争と人民解放戦争、および社会主義国がこれらの二つの解放運動を助けるための戦争のみが、正義の戦争なのである。今度の戦争でも、多くの人びとがやはりわけがわからなくなっている。彼らは、ドイツの戦争はもとより不正義の戦争であるが、イギリスやフランスは民主主義国であり、ファシズム国家に反対している国々だと考え、ポーランドのは民族自衛の戦争であり、イギリス・フランス・ポーランドの側にはなんといっても多少は進歩的な性質があると考えているが、これはきわめて曖昧な見解である。このような曖昧さは、戦争の目的をはっきりさせず、また戦争の第一段階と第二段階の異なった特徴をはっきりさせていないことから生じたものである。


五 戦争の第一段階の特徴 第二次帝国主義戦争の第一段階における特徴は、次の二点にある。(一) 帝国主義諸国の関係についていうと、一部の帝国主義諸国、ドイツ・イタリア・日本などのファシズム三国が気違いじみた侵略戦争を行ない、弱小民族の利益を侵し、民主主義諸国の利益を侵しているとともに、民主主義国の内部におけるファシズム的脅威をかもし出している。そこで全世界の人民は、みな侵略反対、民主主義防衛の要求を抱き、他の一部の帝国主義国、すなわちイギリス・アメリカ・フランスなどのいわゆる民主主義国に、侵略戦争に対する干渉にのりだすとともに、人民がごくわずかでも民主主義を保持することを認めるよう要求した。ソ連は、いわゆる民主主義国と反侵略の統一戦線を結成する用意のあることをしばしば提案した。もしこれらのいわゆる民主主義国がその当時、侵略者に反対する干渉にのりだしていたら、もしその当時、侵略者に干渉する戦争が起こっていたら、たとえば、ソ連とともにスペイン政府軍を支援してドイツ・イタリアの侵略をくいとめ、中国を支援して日本の侵略をくいとめることができていたら、こうした戦争は正義にかかったものであり、進歩性をもったものであったろう。


しかし、これらのいわゆる民主主義諸国は、反対に、けっして干渉にはのりださず、彼らは「不干渉」政策をとった。彼らの目的は、侵略国と被侵略国の双方を戦争のなかで消耗させたうえで、みずから干渉にのりだすことによって、漁夫の利を占めようとするにあった。イギリス・フランスがオーストリア・チェコスロバキアをドイツに提供したのは、これを交換条件にしたのである。すなわち、ドイツがソ連に進するのを交換条件にしてこれを提供したのである。イギリス・フランス・アメリカは、ソ連とドイツの両国を衝突させ、互いに「殺し合い」をそのかし、双方向ともに傷つかせたうえで、自分たちが世界を独り占めにしようと考えたのである。彼らのこうした「不干渉」政策によって、戦争において一部の帝国主義国だけが戦争し、他の一部の帝国主義国が「高見の見物」をするという状況が生まれ、戦争の一面性、非普遍性、不干渉性という状況が生まれたのである。


民主主義諸国のブルジョア政府の反革命的な「不干渉」政策が、人民の力によって余儀なく廃棄されうるまでにいたっていいために、こうした一面性があらわれているのであり、これが戦争の第一段階における第一の特徴である。(二) しかし、この時期には、ドイツ・イタリア・日本帝国主義が不正義の掠奪的な戦争を行ない、いわゆる民主主義国がこうした戦争を大目にみてゆるすという状況のほかに、もう一つの状況、つまり民族解放戦争があったのである。それがすなわち、アビシニアのイタリアに対する抵抗戦争であり、スペイン共和国のドイツ・イタリアに対する抵抗戦争であり、中国の偉大な抗日戦争であり、そして全世界の人民と社会主義のソ連は、これらの戦争を心から支援したのである。この後者の戦争こそが、正義の、非掠奪的な、解放をかちとるための戦争であり、これこそが戦争の第一段階の第二の特徴なのである。 帝国主義戦争の一面性と帝国主義戦争の存在――これがすなわち、第二次帝国主義戦争の第一段階における二つの特徴なのである。


六 戦争の第一段階におけるわれわれの革命政策 戦争の第一段階の特徴にもとづけば、この段階における革命政策は、いささかの疑いもなく、侵略者の進攻に抵抗するため に、被侵略国の反侵略統一戦線を組織することであり、民主主義の防衛のために、民主主義諸国内部の人民大衆の間に高まりつつある反ファッショ闘争を組織することであり、同時にソ連および民主主義諸国の政府の間において、より以上の侵略の発展を阻止する闘争を組織することを放棄しないことである。この最後の点、すなわちソ連および民主主義諸国の政府間で反侵略統一戦線を組織する点についていえば、ミュンヘン会議ののち、スペインでの失敗とチェコスロバキアの滅亡がイギリス・フランス両国内部の、広範な人民ばかりかブルジョア左翼分子の間にさえ憤激を高めたことによって、チェンバレン、ダラディエ政府に不干渉政策を放棄させ、ソ連と反侵略統一戦線を結成させる可能性がまだあった。このような可能性は当時はまだ完全には失われてはいなかった。要するに、この時期における革命的全般的な任務は、ファシズム三国の気違いじみた侵略や、各国内でのファシズムの襲撃に抵抗するために、全世界のあらんかぎりの力を反ファッショ・反侵略の統一戦いに組織することであった。それゆえ、当時のこの「世界的」統一戦線には、その可能性からみて以下のようないくつかの部分的部分があった。それは、(A) 資本主義国内部では人民戦線、すなわちプロタリアートと小ブルジョアジーの統一戦線、(B) 植民地・半植民地国内部では、民族統一戦線、すなわちプロタリアートから民族ブルジョアジーまでを含めた統一戦線、(C) 社会主義のソ連、(D) 民主主義諸国のブルジョアジーとその政府、であった。


この第四の構成部分が当まで可能性をもっていたのは、これら民主主義諸国間のブルジョアジーとそのいわゆる民主政府が、ファシズム諸国の脅威があり、また反侵略があり、各国内部にファシスト勢力の脅威があり、また反ソ[戦争]の危険性があるという条件の下において、自国人民の間、殖民地・半植民地人民との間、ソ連との間に、ある程度共通の利害[関係]を有していたからである。これらの構成部分のうちでも主要な力はソ連でであった。もしソ連がそれぞれのいわゆる民主主義の政府との間で本当の有効な統一戦線を結成し、各国の人民戦線および殖民地・半植民地の民族統一戦線と呼呼しあうことができれば、それは各ファシズム国家のより以上の侵略を阻止し、大戦勢発の日をおくらせることができたものであった。もし戦争が起こったとしても、それはそれぞれのファシズム諸国にうちかつことができるものであった。そして、もしそうなったとすれば、世界の人民にも真に有利なことであり、侵略国以外の世界各国にとっても有利なことであり、国際プロタリアートの賛同するところであった。


だからこそ、ソ連は国際連盟に加盟し、ソ連・フランス間、ソ連・チェコスロバキア間の二つの相互援助条約を締結したのであり、最後にさらに、英・仏・ソ三間の交渉を行なったのである。この革命政策は、当時の国際情勢に適するものであり、必要なものであり、正しいものであり、こうするほかなかったのであり、それ以外のやり方はあり得なかったのである。


七 英・仏・ソ交渉の決裂と戦争の第二段階の始まり いわゆる民主主義国のブルジョアジーは、一面では、ファシズム諸国が彼らの利益を侵害するのを恐れているが、他方では、革命勢力の発展をより一層恐れている。彼らはソ連を恐れ、自国内の人民解放運動を恐れ、殖民地・半植民地の民族解放運動を恐れている。だから彼らは、ソ連の参加する本当に侵略に反対する統一戦線と本当に侵略に反対する戦争を拒み、自分たちだけで反革命の統一戦線を結成し、自分たちだけで掠奪的な強盗戦争を行なったのである。 英・仏・ソ三国の交渉は、四月一五日から八月二三日までの四ヵ月以上にわたって行なわれた。ソ連の側では、もうすでに忍耐のかぎりをつくした。ところが、英・両国は終始一貫、平等・互恵の原則に賛成しようとせず、ソ連が彼らの安全を保障することだけを要求しながら、自分たちの方ではソ連の安全保障を保障しようとしなかったために、ソ連軍がポーランドを通過して侵略者と戦うのを助けるとともに、ソ連軍がポーランドを通過して侵略者を切り開くのを助けるとともに、ソ連軍がポーランドを通過して侵略者と戦うのを許そうとしなかった。イギリスとフランスが提案したこうした革命の目的に少しも適合せず、反革命の目的に適合しているだけの条約を、ソ連はもちろん締結したがらなかった。


そして、ソ連が締結したいと望んだ、平等互恵の原則にもとづいた、真に侵略者の増長を抑えるのに有益な、世界の平和の事業にとって真に有益な条約を結ぶことを、イギリスとフランスは頑としてききいれなかった。これが、英・仏・ソ三国交渉の決裂した根本的な原因なである。この期間に、ドイツは反ソ的な立場を放棄し、いわゆる「防共協定」を実際上放棄することを望み、ソ連の国境を侵しないことを認めたので、そこで、独ソ相互不可侵条約が締結された。英・仏両国が、ソ連との交渉のなかで、まったく誠意をみせず、侵略を本当に抑止しようとする誠意をまったくみせず、三国交渉を決裂させようと決意していたことは、ほかならなくチェンバレンがすでに戦争を決意していたことを証明するものである。だから大戦の爆発は、ヒトラーが望んだだけでなく、チェンバレンもそれを望んだのである。なぜなら、もし本当に戦争を避けたいためのなら、きっとソ連を参加させようとしたであろうからである。


この点については、イギリスのロイド・ジョージという、このブルジョアジーの代表もわかっていたのである。しかし、一部のわからずやどもは、いまもまだこのことがわかっておらず、なおチェンバレンはまえもって十分準備せずに戦争にはいったと考えており、チェンバレンが三国交渉に加わったのは、たんに世論の動員を有利にするためであり、民衆にわれわれ英・仏両国政府は誠意の限りをつくした が、三ヵ国の協力が成功しなかった以上、ドイツと戦火をまじえるほかないのだ、といわんがためでしかないことがわかるのである。


こうした状況の下で、九月初旬、ドイツと英・仏・ポーランド国との間の戦争が爆発し、第二次帝国主義戦争の新しい段階——第二段階——が始まったのである。


八 戦争の第二段階の特徴 大戦勃発後の現在、状況はすでに根本的に変わった。これまでのファシズム国と民主主義国の区別は、すでにその意義を失った。現在では、〔戦争をその〕性質によって分けると、次のようできまり得ない。(一) 不正義の掠奪的な帝国主義戦争を行なっている諸国、および実際にこうした戦争に賛成し、援助している諸国で、これが第一の部類である。(二) 正義の、非掠奪的な民族解放戦争や人民解放戦争を行ない、またこうした戦争を援助している諸国で、これが第二の部類である。いまは新しい状況にしたがって新しい区分をし、これまでのようないわゆる状況は放棄すべきである。というのは、状況がすでに変化し、民主主義国のブルジョアジーがすでに最終的に人民との妥協を拒否し、ソ連との妥協を拒否し、しかも掠奪戦争を行なっているからである。いま世界でもっとも反動的な国は、すでにイギリスの側に移っており、反ソ・反民主主義・反人民・反弱小民族の第一の首魁は、いまやチェンバレンになっている。こうした状況の下にあるので、すべての共産党員は、いわゆる民主主義国のブルジョアジーとその政府を獲得し、ソ連および諸国の人民、各植民地、半植民地国とともに統一戦線をうちたてる時期はすでに過ぎ去っており、こうした可能性は現在すでにでなくなってしまい、現在の唯一の可能な道は、ソ連であらゆる資本主義国の人民、すべての植民地・半植民地の被抑圧民族とともに、反戦・反侵略の統一戦線をうちたてることであることを理解すべきである。


いまでは、民主主義国のブルジョアジーなるものが欠けてしまったのである。この要素が動揺し、やがて最終的に敵の陣営に去り、帝国主義戦争の二つの陣営のうちの一つに加わったことは、一つの大きな変化である。これがために、新しい統一戦線の構成要素になりうるものは、四つから三つになったのである。こうした変化によって、まず第一に、第二次帝国主義戦争は一面的なものから全面的なものに変わり、第二に、新しい反戦争・反侵略の統一戦線の構成要素が複雑なものから単純なものに変わったのである――これが戦争の第二段階における二つの特徴である。


多くの同志は、状況の変化に注意せず、新しいできごとの特徴に注意せずものごとは依然として従来通りと考え、自己の思想を過去の段階に停滞させ、過去の視点で新しい出来事をし、新しい出来事のなかに内包されている性格の変化を見落とす し、これがために無意識のうちにまったくまちがった見解に陥り、社会民主主義党の見解に陥ったのである。私は、こうした誤りをおかした同志たちが急いでそれを改めることを希望するし、私はまた、いったんめざめるよう注意さえすれば〔彼らは〕すぐに改めることができるだろうと確信する。


九 戦争の第二段階でのわれわれの革命政策 戦争の第二段階の特徴からすれば、プロタリアート、ことに共産党の革命政策は、どのようなものであるべきか。 私は、次のようなものであるべきだと考える。 (A) 帝国主義の各交戦国では、人民が帝国主義戦争反対に起ち上がるよう呼びかけ、この戦争の帝国主義的性格を暴露し、戦争するものはそのいずれの側に立つかにかかわらず、すべて同じように強盗とみなし、とくにイギリス帝国主義というこの強盗の親玉に反対し、人民が帝国主義強盗のペテンにかからないようよびさまし、帝国主義戦争を革命の国内戦争に変え、帝国主義戦争反対の人民主義統一戦線をうちたてるよう、人民に宣伝することである。


交戦中の各国内では、共産党の議員がいるところではどこでも、戦争の予算に反対票を投じ、ちょうど第一次帝国主義大戦の際に、ドイツのプロタリアートの指導者リープクネヒト同志が、ドイツ国会で行なった英雄的なた断固たる闘争と同様に闘わなければならず、けっして戦争擁護に投票すべきではなく、けっして自分自身の本性を社会民主主義党と混同させるべきではない。なぜなら、これらの国々における社会民主主義党は、いままさに第一次帝国主義大戦の際の轍をふみ、いわゆる「祖国防衛」(ブルジョア強盗集団の祖国防衛)のスローガンの下に、恥じずにも戦争を擁護しつつあるからである。日本の社会民主主義党、すなわち社会大衆党なるものは、とっくにプロタリアートを裏切り、日本軍関の侵略戦争を擁護しており、イギリスやフランスの社会民主主義党は、いまチェンレンやダラディエの脅迫や誘惑の下で、英・仏のプロタリアートを裏切り、英・仏帝国主義の強盗戦争を擁護しつつある。


ポーランド社会民主党は、チェンバレンによって買収された手先――ポーランドのブルジョア反動政府を擁護し、ポーランドの民族利益を売り渡している。ポーランドでは、疑いもなく、全人民を動員するとともに、ソ連と連合してドイツ帝国主義の侵略に抵抗し、ポーランド民族の解放のために闘うべきである。しかるに、ポーランド・ファシスト政府は、ポーランドの民族解放運動を抑圧し、ソ連の援助を拒否し、甘んじてみずからポーランド人民を率いて英・仏金融資本の肉弾になろうとしており、甘んじてポーランドを国際金融資本の反動戦線の一構成部にしようとしている。われわれは、いうまでもなく、ポーランド人民に同情してはいるが、ポーランドの反動政府にはけっして同情するものではない、ポーランド社会民主党がこのような政府を擁護していることは、同様に断じて許すことはできないのである。それゆえに、ドイツ・日本・イタリアにおいてであれ、イギリス・フランス・ポーランドにおいてであれ、およそ交戦国に属する国々の共産党は、社会民主主義党のこうした裏切りぶりを暴露してこそ、大衆をかちとり、革命的統一戦線を組織し、革命戦争によって反革命戦争を打ち倒す用意をすることができるのである。


(B) 各中立諸国、たとえばアメリカなどにおいては、共産党は、人民の前でブルジョア政府の帝国主義政策、つまり名目は中立だが、実際上は戦争を援助し、戦争の中で大儲けをくわだてるそうした政策を暴露すべきである。アメリカ帝国主義は、この二年間の中日戦争中に、中立の仮面の下ですでに大儲けをしたし、彼らはいままた新しい戦争のなかで大儲けをしようと考えている。私は、二週間前の九月一日の談話の中では、まだアメリカのブルジョアジーはいましばらくのところ、まだ民主政治と平時の経済生活を放棄しないだろうと考えていたが、思いがけなくも、彼らはこのたったの数日間に、「局所的な緊急状態」なるものを宣言するに至ったのであり、こうしてアメリカのブルジョアジーはすでに英・仏の後腰を拝し、一歩一歩反動化と戦争化の方向にすすんでいるのである。共産党はこうした、実際には帝国主義戦争を援助している偽りの中立に反対し、これらの国々の政治上におけるファッショ化に反対し、これらの国々での社会民主主義党の裏切り行為に反対し、これらの国々が戦争にまきこまれることに反対し、これらの国々が戦争にききこまれないようにしなければならない。


(C) 植民地・半植民地諸国では民族統一戦線を結成することであり、そこでは、侵略者に抵抗したり(たとえば中国のように)、支配本国に反対したり(たとえばインドのように)して、民族の独立を達成することである。これらの国々の内部での民族の独立を達成することである。これらの国々の内部での民族裏切者の、民族的利益を売り渡す行為に反対しなければならない、そうしてこそ統一戦線を発展させ、敵にうちかつことができるのである。交戦国のそれぞれの植民地においては、支配本国の戦争を支持する民族の裏切者の裏切り行為に反対し、植民地の人民を動員して、支配本国の戦争に反対しなければならず、第一次帝国主義戦争に参加した時の苦しい経験を植民地の人民に教えなければならない。植民地・半植民地諸国では、民族裏切者に反対しなければ、民族解放運動は〔勝利する〕希望はないのである。


一〇 戦争の前途 今回の戦争は、長期的戦争である。私は、ウォロシーロフ同志のソ連共産党第一八回代表大会における演説にまったく賛成である。彼は、「現代の戦争は、将来きっと長期的なものとな り、長いあいだ勝敗が決まらない、消耗戦になるであろう」といっている。彼はまた、「疑いもなく、不可避的な、全面的な軍事衝突のなかで、かならずかつてなかったほどの食うか食われるかの瀬戸際がやってくるであろう」ともいっている。彼の評価は非常に正しいものである。こうした長期性は、帝国主義戦争と反帝国主義戦争を含み、反革命戦争と革命戦争を含み、戦争の継続性と一時的な情勢の停頓を含み、参戦諸陣営の再編や変化、参戦諸国の滅亡と新たな国家の建設というような、もろもろの状況を内包するものであり、こうしたいろいろな錯綜した複雑な曲折と変化の状況こそが、戦争の長期性を構成しているのである。


第二次帝国主義世界大戦は、人類史上未曾有の大災難であり、死亡・疾病・飢餓・失業・失学〔就学の道を失うこと——訳注〕、妻子の離散・一家全滅などの悲惨な事柄が、全世界にみちあふれるであろう。こうした状況の下では、疑いもなくすべての資本主義国の被抑圧人民、すべての植民地・半植民地諸国の被抑圧人民の覚醒と団結を促進し、帝国主義戦争反対、戦争の組織化を促進し、その規模は第一次世界大戦のときよりもずっと大きなものとなるであろう。第一次世界大戦の際には、ロシアを除いて、他のどこにも共産党はなかった。


いまは事情がちがう。共産党はすでに数十ヵ国に分布しており、しかも政治的にも組織的にも強大化し、健全化してきた。第一次世界大戦時には社会主義国家はなかったが、いまはすでに事情がちがう。ソ連が存在しているだけでなく、世界の第一等の強国になっており、それは帝国主義戦争に断固として反対し、人民解放戦争や民族解放戦争を断固として援助しており、それは今回の戦争のなかで、人類の利益を維持し擁護し、帝国主義に干渉する偉大な役割を果たしている。いまでは、世界はすでにきびりと次のように分かれている。すなわち、直接間接に帝国主義戦争に参加しているすべてのブルジョアジーはみな反動派であり、反動陣営を構成している。現在の帝国主義戦争こそ、この大きな反動陣営のうちの二つの帝国主義集団の間の戦争なのであり、この大きな反動陣営内部の二大反動派の衝突は、けっして将来彼らが連合してソ連に反対し、各国人民の解放運動に反対し、植民地・半植民地の民族解放運動に反対し、世界革命に反対することを妨げるものではない。彼らがいつまでも戦争しつづけ、きわめて容易な人民によってくがつかされるだろうと考えるならば、それは幼稚な見解である。


これは一方の側——世界の反動戦線の側のことである。もう一方の側にはソ連があり、資本主義国の人民解放運動があり、植民地・半植民地諸国の民族解放運動がある。これらのすべてが革命戦線、革命陣営を構成しているのであり、その目的は世界の反動陣営をくつがえし、革命戦争によって帝国主義戦争を打ち倒し、戦争の張本人を打ち倒し、ブルジョアジーをくつがえし、全世界の被抑圧人民と被抑圧民族を資本主義の抑圧の下 から解放し、帝国主義戦争のなかから解放することである。これは一つの偉大な闘争の過程であり、苦難な持久戦の過程であり、人民を教育し、人民を呼びさまし、人民を組織するとともに、人民を指導してブルジョアジーと闘わせる過程である。資本主義の経済はすでに行きづまっており、大変動、大革命の時代がすでに到来している。現在の時代は戦争と革命の新しい時代であり、暗黒の世界を全体的に光明の世界に改造する時代であり、われわれはまさにこうした時代に身をおいているのである。


二年に及ぶ抗日戦争を行なってきた中華民族は、世界の革命陣営内の一つの構成部分であり、一つの重要で有力な構成部分である。四億五〇〇〇万人民の民族解放戦争は、世界改造の過程でかならずぞの偉大な役割を果たすであろう。帝国主義戦争は、世界にとっても中国にとっても不利益なものであるが、ソ連の存在と発展、全世界の資本主義諸国人民の解放運動の存在と発展、植民地・半植民地諸国の民族解放運動の存在と発展は、いずれも中国のよき友であり、中国抗戦の信頼すべき援助者である。中国・ソ連・各国の人民解放運動、各国の民族解放運動は、堅固な統一戦線を結成すべきであり、それは反革命の統一戦に対抗する革命の統一戦線である。帝国主義相互間で互いに弱めあうことは、この点から戦争し、帝国主義相互間で互いに弱めあうことは、各国の民族解放運動にいえば、各国の人民の解放運動にとって、各国の民族解放運動にとって、中国の抗戦にとって、ソ連の共産主義社会建設等々にとって、もう一つの有利な条件といえよう。


このようにみれば世界の暗黒は一時的なものであり、世界の前途は輝かしいものである。帝国主義は、かならず滅亡するし、被抑圧人民と被抑圧民族の解放は疑う余地のないものである。中国の前途も輝かしいものであり、中国の抗日民族統一戦線がより一層強固なものになり、抗戦を堅持し、投降に反対し、団結を堅持し、分裂に反対し、進歩を堅持し、後退に反対するというスローガンの下で、戦闘に努力しさえすれば、われわれの敵もかならず死滅し去り、自由な独立した新中国が出現するのである。 (中川一郎訳)

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