中共中央关于学习“毛主席重要指示”的通知 中共中央の「毛主席の重要指示」の学習に関する通知(一九七六年三月三日)(一九七六年三月三日) 日中対訳 付属毛遠新書簡
毛主席批示同意毛泽东三月三日
毛主席批閲同意 毛沢東 三月三日
各省、市、自治区党委,各大军区、省军区、野战军党委,中央和国家机关各部委党委、领导小组或党的核心小组,军委各总部、各军兵种党委:
各省・市・自治区党委員会、各大軍区・省軍区・野戦軍党委員会、中央および国家機関各部委党委員会・指導小組または党中核小組、軍事委員会各本部・各軍兵種党委員会:
伟大领袖毛主席在亲自发动和领导回击右倾翻案风的斗争中,作了多次重要谈话。中央根据毛主席1975年10月至1976年1月的多次重要谈话,整理了《毛主席重要指示》,并经毛主席审阅批准。现将《毛主席重要指示》印发给你们,请你们组织县团以上干部认真学习,深刻领会,坚决贯彻执行。学习贯彻情况,请综合上报中央。”偉大なる指導者・毛主席は、自ら発動し指導された右からの巻き返しに反撃する闘争において、数回にわたり重要な談話を行われた。中央は、毛主席の1975年10月から1976年1月までの数回にわたる重要談話に基づき『毛主席重要指示』を整理し、毛主席の閲覧・承認を得た。ここに『毛主席重要指示』を印刷・配布するので、県・連隊(団)級以上の幹部に真剣に学習させ、深く理解し、断固として貫徹実行しなければならない。学習・貫徹の状況については、取りまとめて中央に報告すること。
毛主席重要指示
毛主席重要指示
(根据毛主席一九七五年十月至一九七六年一月多次重要谈话整理,并经毛主席审阅批准。)
(1975年10月から1976年1月までの毛主席の数回にわたる重要談話に基づき整理し、毛主席の閲覧・承認を得たもの。)
清华大学刘冰等人来信告迟群和小谢。我看信的动机不纯,想打倒迟群和小谢。他们信中的矛头是对着我的。我在北京,写信为什么不直接写给我,还要经小平转。小平偏袒刘冰。清华所涉及的问题不是孤立的,是当前两条路线斗争的反映。
清華大学の劉氷らが、遅群と小謝(謝静宜)を告発する手紙を出してきた。私が思うに、手紙を書いた動機は不純であり、遅群と小謝を打倒しようとしている。彼らの手紙の矛先は私に向けられているのだ。私は北京にいるのに、なぜ私に直接手紙を書かず、小平(鄧小平)を経由して転送したのか。小平は劉氷を偏愛している。清華大学が抱える問題は孤立したものではなく、現在のふたつの路線闘争の反映である。
社会主义社会有没有阶级斗争?什么“三项指示为纲”,安定团结不是不要阶级斗争,阶级斗争是纲,其余都是目。斯大林在这个问题上犯了大错误。列宁则不然,他说小生产每日每时都产生资本主义。列宁说建设没有资本家的资产阶级国家,为了保障资产阶级法权。我们自己就是建设了这样一个国家,跟旧社会差不多,分等级,有八级工资,按劳分配,等价交换。要拿钱买米,买煤、买油、买菜。八级工资,不管你人少人多。
社会主義社会に階級闘争はあるのかないのか? 何が「三つの指示を綱とする」だ。安定と団結は、階級闘争を不要とするものではない。階級闘争こそが「綱(根本)」であり、その他はすべて「目(細目)」なのだ。スターリンはこの問題で大きな過ちを犯した。レーニンはそうではない。彼は、小生産は毎日、毎刻、資本主義を生み出していると言った。レーニンは、資産階級的法権を保障するために、資本家のいない資産階級国家を建設すると言った。我々自身もまさにそのような国家を建設したのだ。旧社会と大差なく、階級に分かれ、八段階の賃金制があり、労働に応じた分配、等価交換が行われている。お金を出して米を買い、石炭を買い、油を買い、野菜を買わねばならない。八段階の賃金制は、家族の人数が多いか少ないかを考慮しない。
一九四九年提出国内主要矛盾是无产阶级对资产阶级之间的矛盾。十三年后重提阶级斗争问题,还有形势开始好转。文化大革命是干什么的?是阶级斗争嘛。刘少奇说阶级斗争熄灭论,他自己就不是熄灭,他要保护他那叛徒、死党。林彪要打倒无产阶级,搞政变。熄灭了吗?
1949年、国内の主要な矛盾は無産階級と資産階級の間の矛盾であると提起された。13年後に再び階級闘争の問題を提起したことで、情勢は良くなり始めた。文化大革命は何のために行ったのか? 階級闘争ではないか。劉少奇は「階級闘争消滅論」を唱えたが、彼自身は消滅させてなどいなかった。彼は自分の裏切り者や腹心を保護したかったのだ。林彪は無産階級を打倒し、クーデターを起こそうとした。消滅などしたか?
为什么有些人对社会主义社会中矛盾问题看不清楚了?旧的资产阶级不是还存在吗?大量的小资产阶级不是大家都看见了吗?大量未改造好的知识分子不是都在么?小生产的影响,贪污腐化、投机倒把不是到处都有吗?刘、林等反党集团不是令人惊心动魄吗?问题是自己是属于小资产阶级,思想容易右。自己代表资产阶级,却说阶级矛盾看不清楚了。
なぜ一部の人々は、社会主義社会における矛盾の問題がはっきりと見えなくなってしまったのか? 旧来の資産階級はまだ存在しているではないか。大量の小資産階級を皆も見ているではないか。改心していない大量の知識人が全員そこにいるではないか。小生産の影響、汚職・腐敗、投機・買い占めがあちこちにあるではないか。劉少奇や林彪らの反党集団は心胆を寒からしめるものではなかったか? 問題は、自分自身が小資産階級に属しており、思想が右傾化しやすいことだ。自分が資産階級を代表しているからこそ、階級矛盾が見えなくなったと言うのだ。
一些同志,主要是老同志思想还停止在资产阶级民主革命阶段,对社会主义革命不理解、有抵触,甚至反对,对文化大革命两种态度,一是不满意,二是要算帐,算文化大革命的帐。
一部の同志、主に幹部層の同志たちの思想は、いまだに資産階級民主主義革命の段階にとどまっており、社会主義革命を理解できず、反発し、さらには反対さえしている。文化大革命に対しては二つの態度がある。第一に不満であること、第二に清算すること、すなわち文化大革命の不満を晴らし清算しようとすることだ。
为什么列宁就没有停止呢?民主革命后,工人、贫下中农没有停止,他们要革命。而一部分党员却不想前进了,有些人后退了,反对革命了。为什么呢?作了大官,要保护大官们的利益。他们有了好房子,有汽车,薪水高,还有服务员,比资本家还厉害。社会主义革命革到自己头上了,合作化时党内就有人反对,批资产阶级法权他们有反感。搞社会主义革命,不知道资产阶级在哪里,就在共产党内,党内走资本主义道路的当权派。走资派还在走。
なぜレーニンは立ち止まらなかったのか? 民主主義革命の後、労働者や貧農・下中農は立ち止まらず、革命を望んだ。しかし、一部の党員は前進を望まなくな me、後退し、革命に反対するようになった。なぜか? 高官になり、高官たちの利益を守りたいからだ。彼らは良い家を持ち、車を持ち、給料も高く、お手伝いさんもいて、資本家以上にひどい。社会主義革命が自分たちの身に及ぶと、農業合作化の際にも党内で反対する者がいたし、資産階級的法権を批判されると反感を抱くのだ。社会主義革命を進めるにあたって、資産階級がどこにいるのか分かっていない。党内にいるのだ。党内の走資派(資本主義の道を歩む当権派)である。走資派は今も走り続けている。
一百年后还要不要革命?一千年后要不要革命?总还是要革命的。总是一部分人觉得受压,小官、学生、工、农、兵,不喜欢大人物压他们,所以他们要革命呢。一万年以后矛盾就看不见了?怎么看不见呢,是看得见的。
百年後も革命が必要か? 千年後も革命が必要か? やはり最終的には革命が必要なのだ。常に一部の人々が抑圧されていると感じている。小官、学生、工員、農民、兵士は、大人物に抑圧されるのを好まない。だから彼らは革命を望むのだ。一万年後になれば矛盾は見えなくなると思うか? どうして見えなくなるものか、見えるはずだ。
对文化大革命,总的看法:基本正确,有所不足。现在要研究的是在有所不足方面。三七开,七分成绩,三分错误,看法不见得一致。文化大革命犯了两个错误,1、打倒一切,2、全面内战。打倒一切其中一部分打对了,如刘、林集团。一部分打错了,如许多老同志,这些人也有错误,批一下也可以。无战争经验已经十多年了,全面内战,抢了枪,大多数是发的,打一下,也是个锻炼。但是把人往死里打,不救护伤员,这不好。
文化大革命に対する全体的な見解は、「基本的に正しいが、不十分な点もある」というものだ。いま研究すべきは、その不十分な点についてである。「七分が成果で三分が過ち(七分成績、三分錯誤)」であり、見解が必ずしも一致しているわけではない。文化大革命は二つの過ちを犯した。第一に「すべてを打倒したこと」、第二に「全面的な内戦を起こしたこと」だ。「すべてを打倒した」点については、打倒して正解だった者も一部いる。劉少奇や林彪の集団などだ。一方、打ち倒し方を間違えた者もいる。多くの老幹部(古参の同志)たちだ。彼らにも過ちはあったので、多少批判するのは構わない。戦争の経験がないまま10年以上が経過し、全面的な内戦となり、銃を奪い合い(大半は配布されたものだが)、打ち合ったのも一つの訓練にはなった。だが、人を死ぬまで叩きのめしたり、負傷者を救護しなかったりしたのは良くない。
不要轻视老同志,我是最老的,老同志还有点用处。对造反派要高抬贵手,不要动不动就“滚”。有时他们犯错误,我们老同志就不犯错误?照样犯。要注意老中青三结合。有些老同志七、八年没管事了,许多事情都不知道,桃花源中人,不知有汉,何论魏晋。有的人受了点冲击,心里不高兴,有气,在情理之中,可以谅解。但不能把气发到大多数人身上,发到群众身上,站在对立面去指责。周荣鑫、刘冰他们得罪了多数,要翻案,大多数人不赞成,清华两万多人,他们孤立得很。
老幹部を軽視してはならない。私は一番古い人間だが、老幹部にもまだ少しは使い道がある。造反派に対しては手加減をし、事あるごとに「消え失せろ」などと言ってはならない。時に彼らが過ちを犯すことがあるが、我々老幹部だって過ちを犯さないと言えるだろうか? 同じように犯すのだ。「老・中・青(老人・中堅・青年)」の三者結合に注意しなければならない。一部の老幹部は7、8年も仕事を仕切っておらず、多くの出来事を知らない。「桃花源の中の人」であり、漢(の時代)があることも知らなければ、まして魏や晋など論じるべくもない状態だ。一部の人は少し打撃を受け、心の中で面白くなく、腹を立てているが、それは人情として理解できるし許容できる。しかし、その怒りを大多数の人々や民衆にぶつけ、対立する側に立って非難してはならない。周栄鑫や劉氷らは多数派を怒らせ、巻き返し(翻案)を図ろうとしているが、大多数の人は賛成していない。清華大学の2万人余りの中で、彼らは極めて孤立している。
过去那些学校学的没有多少用,课程都忘记了,用处就那么大点,有点文化,能看书写字,有的能写点文章。很多书我也是以后看的,很多自然知识也不是课堂上学的,如天文学、地质学、土壤学。真正的本事不是在学校。学的,孔夫子没上过大学,还有秦始皇、刘邦、汉武帝、曹操、朱元璋,都没上过什么大学。可不要迷信那个大学,高尔基只上过两年小学,恩格斯只上过中学,列宁大学未毕业就被开除了。
昔、学校で学んだことなど大して役に立たない。カリキュラムなど忘れてしまったし、使い道はその程度だ。多少の教養があり、本が読めて字が書け、文章が書ける者もいるという程度だ。多くの本は私も後から読んだものだし、多くの自然知識(天文学、地質学、土壌学など)も教室で学んだものではない。本当の才能は学校で身につくものではない。孔子は大学になど行ったことがない。秦始皇、劉邦、漢武帝、曹操、朱元璋も、高等教育など受けていない。大学を迷信してはならない。ゴーリキーは小学校に2年通っただけであり、エンゲルスは中学まで、レーニンは大学を卒業する前に退学させられた。
上了大学,不想和工人划等号了,要作工人贵族。就是普通的工人农民每天也在进步。群众是真正的英雄,而我们却是幼稚可笑的,包括我。往往是下级水平高于上级,群众高于领导,领导不及普通劳动者,因为他们脱离群众,没有实践经验。不是有人说大学生不,等于劳动者吗,我说我自己不及一个劳动者。有些人站在资产阶级知识分子立场,反对对资产阶级知识分子的改造。他们就不用改造了?谁都要改造,包括我,包括你们。工人阶级也要在斗争中不断改造自己,不然有些人也要变坏呢。英国工党就是反动的,美国产联、劳联也是反动的。
大学に行くと、労働者と同列に扱われるのを嫌がり、「労働者貴族」になろうとする。しかし、普通の労働者や農民でさえ毎日進歩しているのだ。民衆こそが真の英雄であり、我々(私を含め)は幼稚で滑稽なのだ。往々にして下級のレベルの上級より高く、民衆は指導者より優れており、指導者は普通の労働者に及ばない。なぜなら彼らは民衆から乖離し、実践の経験がないからだ。「大学生は労働者に及ばない」と言った者がいたが、私自身も一人の労働者に及ばないと言っておく。一部の者は資産階級知識人の立場に立ち、資産階級知識人に対する改造に反対している。彼らは改造が不要だというのか? 誰もが改造される必要があり、私を含め、あなた方も例外ではない。労働者階級も闘争の中で絶えず自分自身を改造しなければならず、そうでなければ悪くなってしまう者も出てくる。イギリスの労働党は反動的であり、アメリカの産業別労働組合会議(CIO)や労働総同盟(AFL)も反動的だ。
当前大辩论主要限于学校及部分机关,不要搞战斗队,主要是党的领导。不要冲击工业、农业、商业、军队。但是,也会波及。现在群众水平提高了,不是搞无政府,打倒一切,全面内战。现在北大、清华倒是走上正轨,由校党委、系党委、支部领导,过去不是,蒯大富、聂元梓无政府主义,现在比较稳妥。
現在の「大辯論(大討論)」は主に学校および一部の機関に限るべきであり、戦闘隊を作ってはならない。主に党の指導によるべきだ。工業、農業、商業、軍隊に衝撃を与えてはならない。しかし、波及はするだろう。現在、民衆のレベルは向上しており、無政府主義に走ったり、すべてを打倒したり、全面内戦を起こしたりはしない。今の北京大学や清華大学はむしろ正軌に乗っており、校党委員会、学部党委員会、党支部が指導している。過去は違った。蒯大富や聶元梓らは無政府主義だったが、今は比較的着実だ。
对一些老同志要打招呼,要帮助,不然他们会犯新的错误。文化大革命初,河南给地委、县委书记打了招呼,要正确对待,结果百分之八十的地县委书记没有被打倒。我看还要打招呼,作工作,每省来三个,有老有中有青,老中青三结合,青要好的,不要蒯大富、聂元梓那样的。也要对青年人打招呼,否则青年人也会犯错误。
一部の老幹部にはあらかじめ注意を与え(打招呼)、援助しなければならない。さもなければ彼らは新しい過ちを犯すことになる。文化大革命の初期、河南省では地区委員会や県委員会の書記に注意を与え、正しく対処するよう促した結果、80%の地区・県委員会書記が打倒されずに済んだ。やはり注意を与え、働きかける必要があると思う。各省から老・中・青の3名ずつを連れてくるとよい。老・中・青の三者結合であり、青(青年)は良い人物を選ぶべきで、蒯大富や聶元梓のような者は不可だ。青年に対してもあらかじめ注意を与えなければ、青年も過ちを犯すことになる。
我建议在一、二年内读点哲学,读点鲁迅。读哲学,可以看杨荣国的《中国古代思想史》和《简明中国哲学史》。这是中国的。要批孔。有些人不知孔的情况,可以读冯友兰的《论孔丘》,冯天瑜的《孔丘教育思想批判》,冯天瑜的比冯友兰的好。还可以看郭老的《十批判书》中的崇儒反法部分。
私は1、2年のうちに哲学の本や魯迅の本を読むことを提案する。哲学を読むなら、楊栄国の『中国古代思想史』や『簡明中国哲学史』を読むとよい。これは中国のものだ。孔子を批判(批孔)しなければならない。孔子の状況を知らない者は、馮友蘭の『論孔丘』や馮天瑜の『孔丘教育思想批判』を読むとよい。馮天瑜のものの方が馮友蘭のものより優れている。また、郭老(郭沫若)の『十批判書』における尊儒反法の部分を読むのもよい。
小平提出“三项指示为纲”,不和政治局研究,在国务院也不商量,也不报告我,就那么讲。他这个人是不抓阶级斗争的,历来不提这个纲。还是“白猫、黑猫”啊,不管是帝国主义还是马克思主义。
小平は「三つの指示を綱とする」と提起したが、政治局で検討もせず、国務院でも相談せず、私にも報告なしに勝手に話した。あの男は階級闘争を掴もうとせず、昔からこの「綱」を提起しない。結局「白い猫でも黒い猫でも」なのだ。帝国主義であろうとマルクス主義であろうとおかまいなしだ。
说每次运动往往伤害老工人和有经验的干部,那么反对陈独秀、瞿秋白、李立三、罗章龙,反对王明、张国焘;反对高岗、彭德怀、刘少奇、林彪都伤害了吗?说教育有危机,学生不读书,他自己就不读书,他不懂马列,代表资产阶级。说是“永不翻案”,靠不住啊。
運動のたびに常にベテラン労働者や経験豊富な幹部が傷つけられると言うが、では陳独秀、瞿秋白、李立三、羅章龍に反対し、王明、張国燾に反対し、高崗、彭徳懐、劉少奇、林彪に反対したことも傷つけたというのか? 教育に危機があり、学生が本を読まないと言うが、彼自身が本を読まないのだ。彼(鄧小平)はマルクス・レーニン主義を理解しておらず、資産階級を代表している。「絶対に巻き返し(翻案)はしない」と言っていたが、当てにならないものだ。
小平从不谈心,人家怕,不敢和他讲话,也不听群众的意见。当领导此作风是大问题。
小平は決して腹を割って話そうとせず、周囲は恐れて彼と話そうとしないし、彼も民衆の意見を聞かない。指導者としてこの作風は大きな問題だ。
他还是人民内部问题,引导得好,可以不走到对抗方面去,如刘少奇、林彪那样。邓与刘、林还是有一些区别,邓愿作自我批评,而刘、林则根本不愿。要帮助他,批他的错误就是帮助,顺着不好。批是要批的,但不应一棍子打死。对犯有缺点和错误的人,我们党历来有政策,就是惩前毖后,治病救人。要互相帮助,改正错误,搞好团结,搞好工作。
しかし、彼の問題は依然として人民内部の矛盾である。上手く誘導すれば、劉少奇や林彪のように対立の方向へ向かわずに済む。鄧と劉・林の間には一定の区別がある。鄧は自我批評(自己批判)をする意志があるが、劉・林はまったくその気がなかった。彼を助けなければならない。彼の過ちを批判することこそが助けることであり、言いなりになるのは良くない。批判すべきは批判するが、一撃で叩き潰すべきではない。過ちや欠点のある者に対して、我が党は一貫して「前車のかがみとして後車を戒め、病を治して人を救う(懲前毖後、治病救人)」という政策をとってきた。互いに助け合い、過ちを改め、団結を深め、仕事をやり遂げなければならない。
毛远新一九七五年十二月十八日给毛泽东的信
毛遠新の1975年12月18日付毛沢東宛ての書簡
主 席:上次请示是否可以把主席近一时期有关指示整理一下,开会时印发大家学习,主席同意可以试试。
主席: 先日、主席の最近の一連の指示を整理し、会議の際に皆で学習できるよう印刷・配布してよいかお伺いしたところ、主席から「試してみてもよい」とのご同意をいただきました。
我试着综合了一下。为便于大家学习理解,没有按时间顺序,而是根据内容整理的。
試しに集約して整理してみました。皆が学習・理解しやすいよう、時系列ではなく内容ごとに整理しております。
主要三个方面:1、阶级斗争为纲2、文化大革命(包括教育革命)3、当前运动的方针,
政策主に以下の3つの側面から構成しています。1.階級闘争を綱(根本)とする2.文化大革命(教育革命を含む)3.現在の運動の方針と政策
这样编排是否妥当,送上草稿,请主席批评指示。
このように編成することの適否について、草案をお送りいたしますので、主席のご批評とご指示をお願い申し上げます。
退毛远新毛遠新(※主席による返却用署名)
十二月十八日12月18日
[附件二][添付資料二]
毛远新一九七六年二月二日给毛泽东的信
毛遠新の1976年2月2日付毛沢東宛ての書簡
主席:根据大家的要求,我对去年十二月二十一日整理的主席有关指示作了一些补充,现将补充过的段落都重抄一份,请主席审阅。
主席: 皆の要望に基づき、昨年12月21日に整理した主席の関連指示に若干の補足を行いました。補足した箇所をすべて改めて書き写しましたので、主席の閲覧をお願いいたします。
主要是最后一段(13)把对小平同志的批评和政策界限集中在一起,这样安排是否合适,请主席批评指正。
主に最後の第13節において、小平同志(鄧小平)に対する批判と政策の明確な境界線を一つにまとめましたが、このような配置で適当かどうか、主席のご批評とご指正をお願いいたします。
如果这样安排原则可行的话,我请东兴同志印一个清样出来,再送主席审阅。
この配置で原則として問題がなければ、東興同志(汪東興)に頼んで清書刷りを作成させ、再度主席にご閲覧いただこうと考えております。
退毛远新毛遠新(※主席による返却用署名)
二月二日2月2日
注:这两封信毛泽东阅后均批:“可以”。这两个附件不是中央文件原有的,是从中央办公厅秘书局提供的材料中选印的。
注:これら2通の書簡は、毛沢東が閲覧した後にいずれも「よろしい(可以)」と批示された。これら2つの添付資料は中央の公文書原本にあったものではなく、中共中央弁公庁秘書局から提供された資料の中から選んで印刷されたものである。
[附件三][添付資料三]
毛远新的笔记(节录)
毛遠新のメモ(抜粋)
(一九七五年十一月至一九七六年一月)
(1975年11月〜1976年1月)
一九七五年十一月二日上午,毛远新向毛主席汇报了对形势的看法。
1975年11月2日の午前、毛遠新は毛主席に情勢に対する見解を報告した。
我向主席说:今年以来,在省里工作感觉到一股风,主要是对文化大革命。
私(毛遠新)は主席にこう申し上げた。「今年に入ってから、省で仕事をしていてある種の風向き(風潮流)を感じます。主に文化大革命に対するものです。
1、文化大革命怎么看?主流,支流,十个指头,三七还是倒三七,肯定还是否定。
1.文化大革命をどう見るか。主流か支流(副次的)か、10本の指(成果と過ちの比率)のうち『七勝三敗(7分が成果、3分が誤り)』なのか、それとも『三勝七敗(逆の七三)』なのか。肯定するのか否定するのか。
2,批林批孔运动怎么看,主流,支流,似乎迟群、小谢讲了走后门的错话,干扰,就不讲批林批孔的成绩了。口头上也说两句,但阴暗面讲得一大堆。
2.『批林批孔(林彪・孔子批判)』運動をどう見るか。主流か支流か。まるで遅群や小謝が『走後門(裏口入社・裏口入学などの特権行為)』について不適切な発言をして攪乱したかのように言われ、批林批孔の成果については語られなくなっています。口先では二言三言触れても、陰暗面(暗い側面)ばかりを大量に語っています。
3、刘少奇、林彪的路线还需不需要继续批,刘少奇的路线似乎也不大提了。3.劉少奇や林彪の路線を今後も引き続き批判する必要があるかどうか。劉少奇の路線については、もはやほとんど言及されなくなっているようです。」
毛远新向毛主席汇报时,否定工农业、财贸、教育、文艺等方面经过初步整顿所取得的成绩,有关内容从略。
毛遠新が毛主席に報告した際、工業・農業・財政貿易・教育・文芸などの各分野において、初期の「整頓」を経て得られた成果を否定した。関連する内容は省略する。
当前一方面要进一步落实主席的干部政策,另一方面也应该对干部教育,有正确的态度,应该感谢革命群众对自(己)的帮助教育。
現在、一方では主席の幹部政策をさらに具体化・実施する必要があり、他方では幹部教育に対しても正しい態度を持ち、革命的民衆による自分への援助と教育に感謝すべきです。
讲到这里,主席讲:“对”。
ここまで話すと、主席は「その通りだ」と言われた。
主席:“有两种态度:一是对文化大革命不满意。二是要算帐,算文化大革命的帐。”
主席:「二つの態度がある。 一つは文化大革命に不満であること。 二つ目は(不満を)清算すること、文化大革命の不満を晴らし清算しようとすることだ。」
主席:“你找邓小平、汪东兴、陈锡联谈一下,说是我让你找他们(还有李先念、纪登奎、华国锋,到我这里来,)当面你讲,不要吞吞吐吐,开门见山,把意见全讲出来。我已找小平谈了两次,昨天晚上又讲了。”
主席:「君は鄧小平、汪東興、陳錫聯と話をしなさい。私が君に彼らと会うよう指示したと言いなさい(さらに李先念、紀登奎、華国鋒も私のところへ来なさい)。彼らの目の前で話しなさい。言葉を濁さず、単刀直入に、意見をすべて吐き出すのだ。私はすでに小平と2回話し合ったし、昨晩もまた話した。」
后来主席考虑了一下说:“先找小平、锡联、东兴同志开个会,你把这些意见全讲,谈完了再来。"
その後、主席は少し考えてこう言われた。「まず小平、錫聯、東興同志と会議を開きなさい。君がこれらの意見をすべて話し、話し終わったら報告に来なさい。」
一九七五年十一月二日晚,中央政治局开会,毛远新对邓小平同志主持工作期间的形势进行攻击和诬蔑。在他发言后,邓小平同志讲了自己的意见。
1975年11月2日の夜、中央政治局会議が開かれ、毛遠新は鄧小平同志が日常業務を統括していた期間の情勢について攻撃と誹謗中傷を行った。彼の発言の後、鄧小平同志は自身の意見を述べた。
小平同志:这个问题还可以再想一下,你的描述,中央整个是执行了修正主义路线,而且是在所有领域都没有执行主席的路线,说毛主席为首的中央搞了个修正主义路线,这个话不好说。
小平同志:「その問題については、もう一度考え直すことができます。あなたの描写では、中央全体が修正主義路線を実行しており、あらゆる分野で主席の路線を実行していないことになります。毛主席を首班とする中央が修正主義路線を推し進めたなどということは、到底口にできることではありません。
我是从今年三月九号文件开始抓工作,主持中央工作是七月,九号文件以后是什么路线,我主持中央工作三个多月是什么路线,可以考虑嘛,上我的账要从九号文件开始算起。
私は今年の3月9日文書(中央指示)から仕事に取り組み始め、中央の業務を統括したのは7月からです。9日文書以降どのような路線であったか、私が中央の業務を統括した3ヶ月余りにどのような路線であったかは、検討の余地があるでしょう。私に不満のツケを回すのであれば、9日文書から算定し始めるべきです。
从九号文件以后全国的形势是好一点,还是坏一点,这可以想想嘛。对九号文件以后的评价,远新同志的看法是不同的。是好是坏实践可以证明。
9日文書の発表以降、全国の情勢が少し良くなったのか、それとも悪くなったのか、考えてみればわかることです。9日文書以降に対する評価について、遠新同志の見解は(私とは)異なっています。良かったか悪かったかは、実践が証明できることです。」
小平同志列举了三月以来作了那些工作和讲了那些话。并说昨天晚上(一号)我问了主席,这一段工作的方针政策是怎样,主席说对。
小平同志は3月以降に行った仕事や発言を列挙した。そして、昨晩(1日)私が主席にお聞きしたところ、この期間の工作の方針と政策について主席は『その通りだ』とおっしゃった、と述べた。
一九七五年十一月四日晚,毛主席同毛远新进行了谈话。
1976年11月4日の夜、毛主席は毛遠新と談話を行った。
主席:对文化大革命,总的看法:基本正确,有所不足,现在要研究的是在有所不足方面),看法不见得一致。
主席:「文化大革命に対する全体的な見解は『基本的に正確であり、不十分な点もある』というものだ。いま研究すべきは不十分な点についてであり、見解が必ずしも一致しているわけではない。」
我:这次会议,争取在对文化大革命这个问题上能初步统一认识,对团结有利。目的是通过讨论,团结起来,搞好工作,是这样吧?
私:「今回の会議を通じて、文化大革命という問題において初期的な認識の統一を図ることができれば、団結に資することになります。目的は議論を通じて団結し、仕事をやり遂げることですね?」
主席说:“对”。
主席は「その通りだ」と言われた。
主席:“这个不要告诉江青,什么也不讲。”
主席:「この件は江青には伝えるな。何も話してはならない。」
一九七六年一月二十一日上午,毛远新向毛主席汇报了一月二十日会上邓小平同志的检讨发言情况后,毛主席同毛远新谈了话。
1976年1月21日の午前、毛遠新が1月20日の会議における鄧小平同志の自己批判発言の状況を毛主席に報告した後、毛主席は毛遠新と談話を行った。
主席:还是人民内部问题,引导得好,可以不走到对抗方面去,如刘少奇、林彪那样。邓与刘、林还是有一些区别,邓愿意作自我批评,而刘、林则根本不愿。
主席:「やはり人民内部の矛盾である。上手く誘導すれば、劉少奇や林彪のように対立の方向へ向かわずに済む。鄧と劉・林の間には一定の区別がある。鄧は自己批判をする意志があるが、劉・林はまったくその気がなかった。」
(毛远新:还要创造条件,看实践怎样做到自己的申明,小平同志讲向主席陈述自己错误,听取教诲外,还想讲自己的工作问题。)
(毛遠新:「さらに条件を整え、実践においてどのように自身の言明を果たしていくか見守る必要があります。小平同志は主席に自身の過ちを申し述べて教えを乞うほか、自身の今後の仕事の問題についても話したいと考えています。」)
主席:小平工作问题以后再议。我意可以减少工作,但不脱离工作,即不应一棍子打死。
主席:「小平の仕事の問題は後で議論しよう。私の考えでは、仕事を減らすことはあっても、仕事から完全に引き離す(解任する)べきではない。つまり一撃で叩き潰すべきではないのだ。」
(毛远新:还是惩前毖后、治病救人的方针。)
(毛遠新:「やはり『前車のかがみとして後車を戒め、病を治して人を救う(懲前毖後、治病救人)』の方針ですね。」)
主席:对。主席:「その通りだ。」
(毛远新:上次主席讲征求几个人的意见,华、纪、陈提出国务院请主席确定一个主要负责同志牵头,他们三人做具体工作。)
(毛遠新:「前回、主席が何人かの意見を聞くよう仰っていた件ですが、華(国鋒)、紀(登奎)、陳(錫聯)は、国務院において主席が中心となって取り仕切る主要な責任者を一名指名され、彼ら3人が具体的な業務を行うことを提案しています。」)
主席:就请华国锋带个头,他自认为是政治水平不高的人,小平专管外事。
主席:「では華国鋒にリーダーシップをとらせよう。彼は自らを政治的レベルが高くない人間だと思っている。小平は外事(外交業務)だけを専門に担当させなさい。」
注:此件是中央“两案”审理领导小组提供的。文内的楷体文字是编者写的说明。
注:本資料は中央「両案(林彪・江青反革命集団事件)」審理指導小組より提供されたものである。文中の斜体(明朝体)部分は編者による説明書きである。
来源:根据中央文件原件打印,原题为:中共中央通知出典:
中央文書原本に基づき再印刷。原題は『中共中央通知』。




