衛生工作についての指示 (六・二六指示)(一九六五年六月二十六日)
衛生部〔厚生省〕に言いたい。衛生部の仕事は、人口の一五パーセントのためにだけ奉仕している。その一五パーセントも、主として旦那衆である。広汎な農民は医療をうけられないでいる。医者もいなければ薬もない。 衛生部は人民の衛生部になっていないのだから、都市衛生部、あるいは旦那衛生部、または都市旦那衛生部と改称した方がよい。
医学教育は改革しなければならない。だいたい、あのように長期にわたって学習する必要はない。華佗❲古代の名医〕はいったい何年制の学校で学んだというのだ。明朝の李時珍〔「本草綱目」の著者〕が学んだのは中国何年制の学校だったか。医学教育は、なにも高級中学の卒業生や初級中学の卒業生を吸収する必要はない。高級小学を卒業して三年も学べば充分である。大切なことは実践の中で学び、向上することだ。こうして学んだ医者を農村におくりこむ。彼らは技術が多少劣るとしても、ペテン師のような医者や巫女にくらべればずっとましである。しかも、彼らなら農村で養ってゆける。むしろ長い間勉強すればするほどバカになるようだ。現在の病院の、あの検査と治療の方法はまったく農村には適さない。医師の養成方法もまったく都市むきである。だが、中国では五億の人間が農民なのである。
大衆から遊離している。工作のうえでは、むづかしい、 めったにみかけない病気のために大量の人力・物力を動員している。いわゆる尖端部門に投じている。ごく普通の病気や、しょっちゅうおこる病気について、どのように予防し、どのように治療法を改善するかについては、 まったく無関心か、あるいはごく少ししか関心をはらわない。尖端の問題をやるなというのではない。ただ、人力・物力をもっと少なく投ずるようにすべきなのだ。大量の人力・物力は、大衆が最もさし迫って解決を必要としている部門に投ずるべきである。
それからもうひとつ、不思議なことがある。それは医者が病気をしらべるとき、きっとマスクをかけることだ。 どんな病気のときにもかけている。これは自分の病気を患者にうつすまいとしているのだろうか? 私のみるところでは、けっしてそうではなく、患者から病気をうつされるのを恐れているのだ。こういうことは時と場合を区別すべきだ! いつでもマスクをかけているというのでは、医者と患者のあいだの壁を高くしてしまう。
都市の病院は、卒業後一、二年しかたっていないような、技術の未熟な医者をすこしだけ残すようにして、そのほかの医者はすべて農村へゆくべきだ。四清[社会主義教育運動、前出〕は六八年頃までに、あと始末をふくめて基本的に終るだろう。しかし四清が終っても農村の医療衛生工作は終りはしない。医療衛生の重点を、農村におかなければならない。
————「全無敵」一七号(六七・六・二六)、「続毛沢東思想万歳」九ページ




