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当面の農村工作の中でのいくつかの問題についての党中央の決定草案「前一〇条」(一九六三年五月)

当面の農村工作の中に存在している問題には、党中央委員会がすでに決定を下したり、指示を与えたりしたものもあるが、なお決定を下さなければならない、いくつかの問題が残っている。中にはこれまでに行なった指示の中でも取り上げたが、明確でなく、系統的でなかったため、いまなお人びとの注意をひいておらず、あらためて明確かつ系統的な説明を加えなければならないものもある。これらの問題は全部で一〇項目あり、いずれも互いに関連しあっている。建国以来一三年の実践を経て、われわれはこれらの問題について、はじめて比較的整った文書を作成することができた。ことに、この三年間、つまり党中央委員会が農村人民公社整頓工作一二条〔訳注・・一九六〇年九月決定のもので非公開文件〕を公布した一九六〇年から、今日にいたるまでの実践によって、はじめてこのたびの決定を作成することができたのである。このことからしても、客観的事物を認識するには、反復して行なわれる実践の過程が必要なことがわかる。


人の正しい思想は、どこからくるだろうか。天から降ってくるのだろうか。そうではない。自分の頭の中に、はじめからあるのだろうか。そうではない。人の正しい思想は、社会的実践の中からしか生れてこない。つまり、社会的な生産闘争、階級闘争および科学実験という三つの実践の中からのみ生れてくるのである。人間の社会的存在は、 人間の思想を決定する。そして先進的な階級を代表する正しい思想は、ひとたび大衆の手に握られれば、社会を変革し、世界を変革する物質的な力となる。人間は、社会的実践の中で、さまざまな闘争にたずさわり、豊かな経験を得る。成功した経験もあれば、失敗した経験もある。客観的外界の無数の現象は、目、耳、鼻、舌、身体という人の五つの感覚器官を通して、その頭の中へと反映し、まず感性的認識となる。この種の感性的認識の材料が数多く蓄積されると、一つの飛躍が生じて、理性的認識となる。これが思想である。これは認識過程全体の第一の段階、つまり客観的物質から主観的精神への段階、存在から思想への段階である。このときの精神、思想〔原注:理論、政策、計画、 方法を含む〕が、客観的外界の法則を正しく反映しているかどうかは、まだ証明されておらず、従って正しいかどうかを確定することはできない。次に認識過程の第二の段階、つまり精神から物質への段階がある。これが第一の段階で得た認識を社会的実践の中へもちこみ、これらの思想などの認識が予期した成功をおさめうるか否かをためすことなのである。一般的に言って、成功したものは正しく、失敗したものは間違っている。ことに人類の自然界に対する闘争の場合はそうである。社会的な闘争の中では、先進的階級を代表する勢力が、いくらか失敗する場合もある。だが、それは決して思想が正しくないからではなく、闘争における力の対比の上で、先進勢力の側の力が、一時的に反動勢力の側に及ばなかったから、一時的に失敗したのである。だが、いつかはきっと成功する時がくるはずである。


実践による試練は、認識の第二の飛躍である。この飛躍は、前の飛躍にくらべて、その意義はさらに大きい。なぜならば、この飛躍があってこそ、はじめて認識の第一の飛躍、つまり客観的外界を反映する過程の中で得られた思想、 理論、政策、計画、方法などが、結局正しいか間違っているかを証明することができるからであり、これ以外に真理を検証する方法はないからである。ところで、プロレタリア階級が世界を認識する目的は、ただ世界を変革するためであり、目的はただこれだけである。正しい認識は、しばしば物質から精神へ、精神から物質へ、すなわち実践から認識へ、認識から実践へという多くの繰り返しを経た上で、はじめて完成する。これが、マルクス主義の認識論であり、弁証法的唯物論の認識論である。いま、わが同志の中には、この認識論の道理をまだのみこんでいないものが数多くいる。かれらの思想、意見、政策、方法、計画、結論、いつはてるともしれぬ大演説、長大な文章は、どこから手に入れたのかとたずねても、おかしなことをたずねるものだと思うばかりで、返答できない。物質が精神となり、 精神が物質となりうるという、日常生活において常に見られる飛躍の現象でさえも、とても理解しがたいことだと思っている。だからこそ、わが同志に対して、弁証法的唯物論の認識の教育と学習を進め、思想を正し、すぐれた調査研究を行ない、経験を総括し、工作を立派にやり、困難を克服し、誤りを少なくし、奮闘努力して、社会主義の偉大な強国を建設するとともに、圧迫され、搾取されている世界の広範な人民を援助して、われわれがになうべき、国際主義の偉大な義務をはたすようにしなければならない。


この決定のあとには、つぎにあげる、いくつかの資料が添付されている。湖南、河北省党委員会の報告二部、中共東北局宋仁窮同志の報告一部、河南省党委員会の報告一部、湖南省党委員会の報告二部、河南、湖北、湖南三省の県党委員会、区党委員会、人民公社党委員会の報告四部、再交付される山西省昔陽県の資料一部、河北省の資料二部、浙江省の資料七部、合計二〇部。資料は多いけれども、読みやすいものである。まず資料を読んでから、本決定を読むのが一番よい。何故ならば、これらの資料は極めて重要であり、また非常によく書かれていて、本決定も、基本的にはこれらの資料に基づいて作成されているからである。これらの資料がなければ、このように系統的な決定を作成することはできなかったであろう。


当面の農村工作における一〇の問題とは、いったいどのような問題なのだろうか。


一情勢


党中央委員会は、一九六一年に農村工作六〇条〔訳注:本集第一巻第六編N参照]を提出した後、続いて基本採算単位の下部移行および農村の負担を調整する指示を行なった。それによって、被害甚大な災害地区や経営がうまくいっていない一部の人民公社、生産大隊、生産隊を除く、全農村の情勢はすでに大幅に好転し、農業生産は次第に上昇している。一九六二年九月、党中央委員会は、人民公社の集団経済の強化、農業生産の発展に関する決定を公布するとともに、農村工作六〇条の修正草案を配布して、集団経済の強化、農業生産の発展に対し、さらに大きな影響を及ぼした。いま、多くの地方では、すでに農業生産の新たな高まりが現れている。全国農業生産の状況は、年ごとに良くなってきている。農業生産の発展は、国民経済全体の発展を促進する上で、重大な影響を及ぼしつつある。これらのすべては、これまで一部の同志が、農村の情勢および農業生産状況に対して抱いていた悲観的気分が、根拠のないものであったことを明らかにした。これらのすべては、また党が高くかかげている総路線、人民公社、大躍進という三面紅旗が、まったく正しく、偉大なものであることを証明した。


二 社会主義社会にもやはり階級、階級矛盾、階級闘争が存在する


一九六二年八月に行なわれた北戴河中央工作会議および九月に行なわれた「八党大」一〇中総において、毛沢東同志は、社会主義社会はかなり長い歴史的段階であり、社会主義という歴史的段階の中には、まだ階級、階級矛盾、および階級闘争が存在しており、社会主義と資本主義の二つの道の闘争が存在しており、資本主義復活の危険性が存在していると、繰り返し指摘している。かれは、さらにこの種の闘争が長期にわたる、復雑な性格のものであると強く指摘し、階級矛盾と階級闘争の問題を正しく処理すること、敵味方の矛盾と人民内部の矛盾を正しく処理することは全党を指導し団結させ、全人民大衆を指導し団結させて、順調に社会主義改造と社会主義建設を進める鍵であると強く指摘している。党中央委員会の農村工作に関する政策の決定は、毛沢東同志のこの思想から出発しているのである。毛沢東同志の社会主義における階級、矛盾の分析と論断は、マルクス・レーニン主義を豊かにし、発展させた。 もし、毛沢東同志のこのような正しい分析と論断から離れるならば、われわれの社会主義建設の工作に方向を失なわせることになり、われわれの農業を社会主義の道に沿って、すこやかに発展させることもできなくなってしまうだろう。重大な歴史的意義をもつ、「八党大」一〇中総のコミュニケは、こう述べている。「プロレタリア革命とプロレタリア階級独裁の歴史時期全体、資本主義から共産主義へ移行する歴史時期全体〔原注・この期間は数十年、あるいはさらに多くの時間を必要とする〕にわたって、プロレタリア階級とブルジョア階級との間の階級闘争が存在しており、社会主義と資本主義の二つの道の闘争が存在している。くつがえされた反動支配階級は、滅亡に甘んじはしない。かれらはきっと復活を企てる。同時に、社会には、まだブルジョア階級の影響と旧社会の習慣の力が存在しており、一部の小生産者の自然発生的な資本主義の傾向が存在している。従って、人民の中には、まだ社会主義的に改造されていない人びとが残っている。かれらの数は少なく、人口の数%を占めるにすぎないが、機会さえあれば、すぐに社会主義の道を離れて、資本主義の道を歩もうとする。こうした状況の下では、階級闘争は避けえないものである」


三 目下中国社会には重大かつ尖鋭な階級闘争の状況が現われている


目下、社会において暴露されている多くの事実は、上述の階級闘争の論断が正しいことを証明している。


1 くつがえされた搾取階級、地主、富農分子は、常に復活を企てており、機をみては反撃に転じて財貨を奪回し、階級的報復を行ない、貧農、下層中農に打撃を与えようとしている。


2 くつがえされた地主、富農分子は、八方手をつくして幹部を腐敗させ、指導権を奪いとっている。一部の人民公社、生産隊の指導権は、事実上かれらの手に落ちている。その他の機関の一部にも、かれらの代理人がいる。


3 地主、富貴分子が、封建的宗族支配を復活するための活動をすすめ、反革命宣伝を行ない、反革命組織を発展させている地方もある。


4 地主、富農分子と反革命分子は、宗教および反動的な土俗秘密結社を利用して、大衆をあざむき、犯罪活動を行なっている。


5 反動分子のさまざまな破壊活動、たとえば公共財産破壊、情報窃取さらには殺人、放火までが、各地で発生している。


6 商業面では、投機やみ取引き活動が重大化しており、地方によっては、この種の動きが非常な勢いで進んでいる。


7 被雇用者に対する搾取、高利貸し、土地売買の現象も発生した。


6 社会にはそれらの投機やみ取引きをずっと続けている旧くからのブルジョア分子のほかに、新たなブルジョア分子が現れ、投機、搾取によって大々的に私財を増やしている。


9 機関や集団経済の中に、一群の汚職、窃盗分子、投機やみ取引きに手を出す分子、腐敗堕落分子などが現れ地主、富貴分子と結託して、悪事を働いている。これらの分子は、新たなブルジョア階級の一部、あるいはその同盟軍である。


これらすべての事実は、われわれになにを教えているだろうか。これらの事実がわれわれに与えてくれる最も深刻な教訓はどんなときにも階級闘争を忘れてはいけない、プロレタリア階級独裁を忘れてはいけない、貧農、下層中農に依拠することを忘れてはいけない、党の政策を忘れてはいけない、党の工作を忘れてはいけない、ということである。


四 わが同志は敵の動きの重大なことをはっきり認識しているだろうか


上述した階級闘争のさまざまな重大現象に、必ずしもわが同志のすべてが気付いているわけではない、と言わなければなるまい。これらの現象についてまじめに考察し、まじめに思索しなかった同志も多く、そればかりか、見て見ぬふりをしたり、なすがままにまかせたりした者さえいる。毛沢東同志が、批語を加えて伝達した湖南省党委員会一九六三年二月八日の報告は、問題を正しく反映している。報告の中に、こんな言葉がある。「同志の中のある人びとが言っている通りである。『政治の上では平和共存、組織の上ではうやむや、経済の上ではいいかげん、こんなことでどうして 社会主義を建設できようか』」。ゆえに、党中央委員会は、幹部および党員の中で、社会主義教育を通して、プロレタリア階級の立場を正し、プロレタリア階級の立場にそむくこの種の誤りを克服して、絶対多数の人民大衆を正しく指導し、階級闘争を進め、二つの道の闘いを進めるようにしなければならないと考える。これは、われわれの社会主義事業の成否を決する根本的な問題である。


五誰に依拠するのか


革命の中でも、社会主義建設の中でも、誰にたより、誰を味方につけるかという問題を解決しないわけにはゆかない。プロレタリア階級とその前衛部隊は、真にたのむにたる力に依拠しなければならず、そうしてこそはじめて潜在的な同盟者を勝ち取ることができ、プロレタリア階級と人民の敵を孤立させることができる。土地改革を行ない地主階級を打倒した時、農業集団化を行ない社会主義改造を実行した時、そのいずれも党の農村における階級路線は、貧農、下層中農に依拠して中農と団結したのであった。集団化の実現後は、この路線を改めなければならないのだろうか。聞くところによれば、あるものは「農業生産が合作化された以後、生産手段はすべて公有化されたのだから、だれもみな同じように、労働点数(工分)によって生活している。いまさら階級を分けたり、階級路線をとることもあるまい」と考えたり、またあるものは「土地改革は貧農にたより、生産は中農にたよる」と考えているそうである。 このような観点をとる者には、プロレタリア階級としての階級的な感情が欠けており、階級的な観点が欠けており、実際面でも根本的に大衆的な観点が欠けている。


土地改革および合作化当時の貧農〔原注・・旧雇農を含む〕、下層中農は、農民の中の多数を占め、農村におけるプロレタリア階級と準プロレタリア階級であり、すべての搾取制度と搾取階級の対立者であり、社会主義の道、集団経済のもっとも積極的な支持者である。貧農、下層中農にたよることは、党が長期にわたって実行しなければならない階級路線である。社会主義の歴史的段階全体にわたって、共産主義の段階へ踏み入る直前まで、われわれは農村において社会主義改造と社会主義建設を進め、農業生産を発展させなければならないというのに、かれらにたよらないで、いだれにたよろうというのだろうか。かれらにたよらないで、どうして有効かつ強固に中農と団結できるだろうか。かれらは、社会主義と共産主義を建設するわれわれの事業の農村における社会的基盤である。


農村では、貧農、下層中農に依拠してこそ、プロレタリア階級独裁をはじめて実現できる。また、そうしてこそ強固な労農同盟をつくりあげることができ、国家をよく管理することができ、農業集団経済を立派に運営することができ、すべての敵対分子を効果的に鎮圧し改造することができ、自然発生的な資本主義勢力の包囲を打ち破ることができる。そうしなければ、これらのことはとてもやりとげることができない。だからこそ、湖南省の同志はこう語っているのである。「貧農、下層中農から離れるということは、両手をなくすのと同じで、兵隊なしの司令官になってしまう。だれも話をきいてはくれず、だれも仕事を手伝ってはくれず、一寸先へも進めない」。これは、まったく的を射たことばである。


六目下農村において社会主義教育運動を正しく進める政策と方法


一一九六二年八月、毛沢東同志が北戴河会議で行なった階級、情勢、矛盾に関する指示に基づき、党中央委員会は、 農村において全面的に社会主義教育を実施し、敵味方の矛盾を明らかにし、人民内部の矛盾を明らかにし、是非を明らかにして、九五%以上の農民大衆と農村の幹部を団結させ、共同して社会主義の敵に当り、引き続き農村(人民公社) 工作六〇条修正草案と基本採算単位の下部移行に関する決定をあくまで実行して、農業生産を発展させなければならないと考える。教育の方法としては、毛沢東同志の指示、集団経済の強化、農業生産の発展に関する党中央委員会の決定、農村工作六〇条修正草案ならびに党中央委員会がこのたび作成したこの決定を、現地の具体的な状況、具体的な事例、具体的な工作と結びつけて、幹部と大衆によく説明し、かれらを啓発し、討論を続けながら、問題を提起して行くようにしなければならない。そして、かれらが党中央委員会と毛沢東同志の思想を十分に把握し、敵味方の矛盾と人民内部の矛盾を正しく処理する方法を理解し、大衆路線を歩む工作方法を学びとるようにしなければならない。同時に軽重、大小さまざまな誤ちを犯した幹部が、手を洗い、身体を洗って、旧い思想の重荷をすて、大衆とじかに顔を合せて、多くの幹部と大衆の間に多年にわたって存在していた正常ならざる関係の問題を、解決するようにしなければならない。「八党大」一〇中総の後、一部の地方は、党中央委員会の社会主義教育に関する指示をかなり真剣に実施して、たいへんよくやり「単幹風」(訳注・・農民の単独営農を基礎とした農村経済を復活させようとする傾向〕を阻止したばかりでなく、農村における階級闘争のふたを開け、さまざまな矛盾をあからさまにし、社会主義を破壊するさまざまな妖怪変化をあばきたてた。毛沢東同志は、本年二月に開かれた中央工作会議において、湖南省と河北省における成功の経験を紹介した。かれは「階級闘争は、力を入れさえすればすぐに効果があらわれてくる」と語っている。それまでは社会主義教育工作にしっかりと力を入れなければならないことに気付いていなかったり、要点をつかんでいなかったり、正しい方法を見出していなかった地方も、二月会議以後は、工作にしっかりと力を入れ、要点をつかみ、 すぐれた方法を見出せるようになった。たとえば河南省は、この工作について、すでに非常な成果をあげている。かれらは、さらに当該人民公社と生産隊の革命闘争の歴史、土地改革の歴史、集団化の歴史を結びつけるという方法をとって、旧い世代のものには、以前身をもって体験した搾取階級による抑圧の苦しみ、身をもって体験した地主、富農による搾取の苦しみをあらためて思いおこさせ、かれらの階級的感情を触発した。また若い世代には、革命闘争の成果が簡単にえられたものではないことを教え、かれらにプロレタリア階級の「家系」を受けつがせようとしている。このようにして貧農、下層中農の階級意識は急速に高まり、積極性は急速に発揮されるようになった。かれらは資本主義、封建主義にきっぱりと別れをつげ、階級の隊伍は急速に組織されたのである。


河北省の経験によれば、農村における社会主義教育の実施に当っては、ほぼつぎのような段階的方法をとることができる。第一段階、二〇日前後の時間をかけて、まず幹部の一グループを訓練する。第二段階、さらに多くの幹部と貧農、下層中農の中の積極分子を訓練しなければならない。そうしておいてから、全面的な展開を行なう第三段階へ移る。段階的方法を採用する際には、常に特定地点における試験的実施を経なければならない。党中央委員会は、このように段階をくぎって工作を進めるとともに、まず特定地点での実験を行なった上で実施するというやり方が、正しいと考える。河南省における経験ならびに東北における経験は、いずれも二〇の付属文書中にある。この種の社会主義教育の工作については、どの地方にも部分的に成功した経験があるはずであるから、それを真剣に総括するとともに、現地の具体的状況に基づいて、適切な方法を採用し、真剣に社会主義教育の工作を展開するようにすべきである。


七革命的な階級隊伍をどのように組織するか


社会主義教育の工作は、農村の貧農下層中農組織工作と結びつかなければならない。湖南省の貧農は「もしわれわれ貧農が組織化されなければ、地主がおとなしくしているはずがない」と語り、また「この数年、貧農下層中農組織がなかったということは、数珠玉が糸からはずれ、木の葉が枝からとれていたようなものだ」と語っているがまったくその通りである。


河北省では、一九六〇年の整風整社〔訳注・・作風を改め、人民公社を整頓する〕運動後の二年間に、数多くの貧農下層中農組織がつぎつぎに設立された。「八党大」一〇中総の後、社会主義教育運動を経て、いまもなお貧農下層中農組織を一段と整頓するとともに、新たな組織の設立を続けている。


党中央委員会は、プロレタリア階級独裁を強化するため、集団経済を強化し、農業生産を発展させるためには、農村の集団経済組織の中に、貧農下層中農組織を設立することが、どうしても必要だと考える。 貧農下層中農組織は、人民公社、生産大隊、生産隊の三つのクラスのうち、まず基層採算単位(生産隊)に設立すべきである。すでに設立されている場合には、教育工作に力を入れ、整頓を進めなければならない。まだ設立されていない場合には、階級教育、社会主義教育の基礎にたって、条件をつくり出し、指導を行ない、計画的に時期を分け部分を分けて設立しなければならない。


貧農下層中農組織のメンバーは、土地改革および合作化当時の貧農、下層中農を基礎としなければならない。設立当初は、正しく根を下し、基礎をしっかり固めなければならない。汚職、窃盗、投機やみ取引きに手を出した分子や腐敗堕落分子、また地主、富農、反革命、悪質分子と結託している者については、ほんとうに誤ちを告白し、手を洗い身体を洗うとともに、貧農下層中農大衆の討論を経て、まちがいなく誤ちを改めたとみなされたもの以外はいっさい加入させてはならない。しかし、言いがかりをつけて、生活上の細かな点で些細な欠点をもっている貧農、下層中農を組織の外へ締めだすようなこともあってはならない。つまり、この組織の純粋性にはもとより留意しなければならないが、その大衆性にも留意しなければならないというわけである。


貧農、下層中農の代表、代表委員会の主任は、すべて貧農、下層中農の選挙によって選出すべきである。貧農下層中農組織の人民公社、生産大隊、生産隊の各管理委員会に対する協力、監督の機能を十分に発揮させるようにしなければならない。貧農下層中農委員会は、代表を送って人民公社、生産大隊、生産隊の各管理委員会および監査委員会に列席させることができる。人民公社、生産大隊、生産隊のあらゆる重要事項は、みなかれらに相談して、かれらに了解させるべきであり、封じこめを行なってはならない。しかし、貧農下層中農組織に、人民公社、生産大隊、生産隊管理委員会の日常的な行政事務を代って請負わせ、かれらの基本的な任務をさまたげることにならぬよう注意しなければならない。貧農下層中農組織の指導メンバーに対しては、いっさい労働点数の補助支給を行なわない。


八「四清」の問題


河北省保定地区党委員会の同志は、農村におもむいて調査を行ない、公社、生産大隊、生産隊がまじめに経理帳簿の点検整理(清理)、在庫の点検整理、財産の点検整理、労働点数の点検整理(略称「四清」)を行なうよう、農民が切実に要求しているのに気付いた。目下、人民公社、生産大隊、生産隊には、ひろく「四不清」〔訳注・・「四清」が行なわれていなくて、経理、綱紀が乱れている〕の矛盾が存在している。この種の矛盾は、主に幹部と大衆間の矛盾であるからぜひとも解決しなければならず、それに解決が困難なわけでもない。そこで、保定地区党委員会は、いちはやく 「四清」工作の指導に力を入れ、同時に「四清」をもって社会主義教育を進める一つの新しい段階とした。


保定地区党委員会の報告はこう述べている。「『四清』は、ちょうど照魔鏡のようなもので『ほんものか、にせものか』は、うつしてみればすぐにはっきりするから、工作に一段と自信がついた。一般的な欠点をもっていたり、誤ちを犯したりした幹部は点検を経て、旧い思想の重荷をおろし、心ものびのびして、早いところ『温い風呂』に入って、『予防注射』をしたと喜んでいる。重大な誤ちを犯した少数の幹部も、悔い改める決意を示した。幹部が謙虚に点検をうけ、進んで損失を弁償したので、少数の悪質分子と大衆の信頼を完全に失なったもの以外は、一般に大衆の了承をうることができた。大衆はこう言っている。『幹部は社員のために年中骨折っているのだから、誤ちを改めさえすれば、それでいい』。幹部が旧い思想をすてたので、大衆は安心し、幹部と大衆はますます団結を強めた」。この経験は重要なものであるから、広くおしひろめなければならない。


保定地区党委員会が「四清」と称しているものは、地方によって「三清」、「五清」、「六清」ともよばれているが、 実際の内容はほぼ似たりよったりである。「何清」であってもよいが、農民が最も関心をいだいているのは、経理帳簿の点検整理、労働点数の点検整理である。集団化以来、かなり多くの人民公社、生産大隊、生産隊が、帳簿、労働点数について、一度も点検整理を行なっていなかったり、いいかげんに処理したりしている。


今回は、まず大衆を動員して去年以来の帳簿、在庫、財産、労働点数と同時に、国家投資、銀行貸付金および商業部門の信用販売によって水ぶくれした資産を、全面的かつ徹底的に調べあげてみるべきである。これは、社会主義教育運動と結んだ、大規模な大衆運動であって、主に人民内部の矛盾を解決するためのものであるが、汚職窃盗、投機やみ取引きを行なったり、腐敗堕落した分子にとっては、厳しい階級闘争でもある。農村における四清運動は、現在都市で進行中の「五反」〔訳注:汚職、浪費、窃盗、投機やみ取引き、官僚主義に反対する〕運動と同じく、いずれも資本主義勢力の気狂いじみた攻撃をこなごなに打ち破る社会主義革命の闘いである。この二つの運動の完成と勝利は、必ずやわが国の社会主義建設事業を、大幅に一歩前進させるであろう。


党の方針は、説得教育し、手を洗い身体を軽くして戦場にのぞみ、団結して敵に当るということである。団結して敵に当るということはつまり、九五名以上の大衆を団結させ、九五%以上の幹部を団結させて階級敵と闘い、自然と闘わなければならないということである。運動の中で摘発された悪人、悪事については、分析を行なわなければならない。状況を判別して、個別的に対処しなければならない。程度がちがえば、処理の仕方もちがうのが当然である。 教育を主として、懲罰は従とすべきである。ほんとうに懲罰を加えなければならないのは、大衆と指導者が、ともにどうしても処罰しなければならないと認めた者に限る。一般的な欠点をもっていたり、誤ちを犯したりした同志に対しては、かれらが手を洗い身体を洗い、高いところからおりて関門を通り抜け、工作にはげむよう、よく援助してやらなければならない。だが、誰であろうと汚職や窃盗によって得た金品や当然返還すべきその他の財物は、必ず返却せねばならず、手足をほんとうにさっぱりと清めなければならないのであって、いいかげんに事をすますことは許されない。弁償返却は、むろん情理にかなったものでなければならない。はっきり説明しさえすれば、大衆はむちゃなことをしたりしないはずである。


手足の汚れた党内外のすべての幹部にとって、このたびの「四清」は、厳しい試練である。率直に手を洗い身体を洗って、身を軽くして前進するか、それともかたくなに目をさまさず、ますます深みへおちてゆき、腐敗堕落してしまうか。これは、社会主義の大関門を通り抜けることである。「四清」はどうしても清算しなければならないものであり、せまられて清算するよりも自発的に清算した方がよく、あとから清算するよりも先に清算した方がよく、あわよくばなどと考えてはいけないということをかれらに知らせなければならない。


わが幹部の大多数は、よい幹部であることがわかるはずである。そのうち多少の誤ちを犯した一部の者も、やと大衆の援助があれば、誤ちを改めることができよう。これらの同志と団結して、ともに工作をやりとげ、そうすることによって敵対分子を一段と孤立させることは、当然なすべきことだし、可能なことでもある。


今回の運動には強固な指導が必要であり、貧農下層中農組織に依拠して、大衆の中で十分に調査研究を行なわねばならず、おもいきり大衆を動員しなければならない。あらゆる重要問題の処理に当っては、常に大衆の中で十分に問題を練り上げて討論を行なうべきである。運動の中では、大衆に十分に意見を発表させ、誤ちや欠点を批判させ悪い人物や悪い事柄を暴露させなければならない。しかし、自白の強要は防がねばならないし、人を殴ることをはじめいかなる形のものであろうとも体罰を用いることは厳しく禁じなければならない。批判された幹部の弁明を許しその弁明が正しいかどうかを、大衆に民主的に協議させなければならない。


汚職、窃盗分子に対しては、一般に大衆集会による闘争方式をとらず、個別的な方式を採用するが、必要な場合には比較的小範囲の大衆会合で、大衆に思いきり暴露批判させてもよい。一方では専門班を組織して調査研究を行ない、しかる後に確実な証拠に基づいて事実をたしかめ、処分を決定する。大がかりで内容が極めて悪質な汚職、窃盗犯は、大衆の討論、同意を経た上で、法律上の手続きをとってから処刑することができる。指導的中核の欠陥が非常に大きかったり、指導的幹部があまりにも弱体である単位組織に対しては、上級機関は有能なものを派遣して指導を強化しなければならない。この運動は、段階を追って、着実に深化、浸透させてゆかねばならず、いいかげんなまま 「通りぬけるようなこと」は絶対に防がねばならないが、またずるずると尾をひくのも防がなければならない。すでに工作を完了している場合は、もう一度点検を行なわなければならない。やり方がふまじめで、不徹底なものは、みなもう一度やり直さなければならない。必要な諸制度が確立していない場合には確立すべきである。


今後は、農村工作六〇条の規定に基づいて、各経理帳簿を定期的に公開するほか、毎年一回から二回の大規模な点検整理を行ない、「四清」をして人民公社、生産大隊、生産隊、中でもまず基層採算単位(生産隊) にとっての一つの恒常的な制度にするとともに、重要な社会主義教育の一つとしなければならない。


これらいくつかの工作を立派に指導するために、県クラスの幹部は「五反」運動を結びつけて、点検を行ない、指導と作風を改善しなければならない。手足が汚れているものは、まず手を洗い足を洗い、旧思想の重荷を捨て去って階級的立場と思想作風を正さなければならない。こうしてこそ、はじめて県クラスの機関に強固な指導の中核を確立し、力を集中して、これらいくつかの重要な工作の指導を効果的にやりとげることができる。


九幹部が集団的生産労働に参加する問題


わが党はプロレタリア階級の党であり、勤労者大衆の先進的な党である。わが党の基層組織は、労働に積極的な先進的分子の手中におかなければならない。農村における党支部書記は、政治的に最も進んだ分子でなければならないばかりでなく、労働の中でも最も積極的な分子でなければならず、生産のベテランとなり、労働模範となるよう努力しなければならない。


一九六三年五月九日、毛沢東同志は、浙江省の農村幹部が労働に参加した七つの資料に対する評語の中で、広範な幹部、ことに県、人民公社、生産大隊、生産隊の四クラスの幹部が集団的生産労働に参加することの偉大な革命的意義について深い認識をもたなければならないと、指摘している。


毛沢東同志はこう述べている。


「われわれは、三年の間に全国の農村支部書記全員を真剣に生産労働に参加させることができるようにしたいと希望しているが、一年目に三分の一の支部書記を労働に参加させることができれば、それは大勝利である」


支部書記は定められた制度に従って集団的生産労働に参加する。これは、わが党の幹部がみな普通の勤労者と同じであり、人民の頭の上にのさばっている旦那ではないという、ことを示している。支部書記が生産労働に参加すれば、大衆と最も幅広い、経常的で密接な連係を保つことができ、適時に階級の関係、大衆の問題や生産の状況を了解し、適時に大衆と話し合い、大衆路線を通して問題を解決できる。集団的生産労働に参加していない基層組織の幹部は、往々にして状況をあるがままに反映できないものである。


浙江省のある農村支部書記はこう述べている。「よく労働してこそ、工作も立派にやることができる。労働に参加しなければ、工作も浮草同様、上の方に浮き上って、底をさぐり当てることができない」


山西省昔陽県の大衆は、幹部の労働参加を、こう評している。「生産労働に参加すれば、幹部は見ることができ、 聞くことができ、やることができ、話すことができる。生産がうまく運ぶのは当り前ではないか」 これらのことばは、まったく正しい。


定められた制度に従って、幹部がまじめに集団的生産労働に参加することは、社会主義制度からすれば、本質的な性質をもつ重要事である。集団的生産労働に参加しなければ、幹部はきっと広範な人民大衆から離れ、修正主義へ逸脱するにちがいない。


支部書記は、むろん先頭にたって集団的生産労働に参加すべきであるが、その他にも公社の各クラス幹部を教育して、工作を立派にやるばかりでなく、労働も立派にやって、工作、労働ともに遅れをとらぬようにならなければならない。


支部書記が毎年集団的生産労働に参加するのに必要な時間を確保するため、人民公社以上の各クラス指導機関の会議を簡素化しなければならない。開く必要のない会議は、いっさい開かず、開く必要のある会議は、事前に十分な準備を行ない、解決しなければならない問題を先に提出し、幹部の間で意見を交換し、問題をにつめてゆく。会議によっては下部機関へ赴いて開いてもよく、あるいは田や畑のかたわらへ行って開いてもよい。こうすれば、会議の回数を減らし、会議にとられる時間も短かくできるし、またほんとうに問題を解決することもできる。県、人民公社以上の各クラス指導幹部は、真剣に指導方法を改善し、指導の水準を高めるようにすべきである。 「県、人民公社以上の幹部も、党中央委員会と国務院が一九五八年九月二五日に公布した、幹部の肉体労働参加に関する決定をあくまで実行しなければならない。昔陽県の幹部が長期にわたって労働参加を堅持したことに関する山西省委員会の報告を、党中央委員会はすでに一九六三年三月二三日付けで批准伝達した。昔陽県の幹部が、このように長期にわたってがんばることができた以上、他県の幹部にもやれないことはないはずである。


一〇 マルクス主義の科学的方法で調査研究を行なう


多くの問題に気付くことは決してむずかしいことではなく、解決もまたむずかしくはない。それは事実が証明している。大切なのは、わが同志が大衆に近づきうるか否か、調査研究工作をやることができるか否か、大衆の間に散在している意見をまとめあげ、系統的な意見にするとともに、問題をにつめ、討論した上で、指導的な幹部の中で認識の上での一致を得ることができるか否かという点である。集団的生産労働に参加することは、情勢を理解するのに最も便利な方法であるが、それ以外に、各クラスの党組織の責任ある同志は、必ず計画的、選択的に拠点を打ち立て、 謙虚に大衆の意見に耳を傾け、適時に問題を見出し、経験を総括すべきである。


数年来、党中央委員会はあらためて調査研究の問題をとりあげたが、党組織の責任ある同志の中には、党中央委員会の指示をまじめに実行した者もある。かれらは、上っ面だけをざっと見て回ったのでもなく、あたりをきょろきょろ見回したのでもなく、あてにもならぬ噂を聞き回ったのでもなく、表面的、一面的なばらばらの材料をかき集めて自分の主観主義的な憶測を弁護したのでもない。ほんとうに基層組織へわけ入って腰をすえ、いくつかの重要な問題について、系統的でもっとも基本的な知識を手に入れたのである。こうして、かれらは工作をすみやかに改善すると同時に、工作を大幅に前進させたのである。だが、一部の同志はそうではなかった。かれらも口では調査研究をとなえはしたが、心からの熱意をもたず、眼を下へ向けようという決意もなく、尊大な態度を捨てて進んで小学生のように素直になろうという精神ももっていなかった。従ってかれらは調査研究などやれもしなかったし、やりとげることもできなかったのである。毛沢東同志は、「農村調査の序言」の中で、こう述べている。


「大衆こそは、ほんとうの英雄であり、われわれの方が、しばしば、こっけいなほど幼稚なのであって、この点を理解しておかないと、ごく初歩的な知識さえ得られないことを、知っておくべきである」。一部の同志に対しては、いまなお、この点について大声一番どなってやる必要がたしかにある。指導的な工作上の地位にある一部の同志や一般的な工作に従事している数多くの同志が、いまなおマルクス主義の科学的、革命的な認識論をさっぱり理解していなかったり、よく理解していなかったりする。かれらの世界観や方法論は、ブルジョア階級のものであったり、ブルジョア階級の名残りをとどめていたりする。かれらは、しばしば意識的あるいは無意識的に主観主義(唯心主義)をもって唯物主義にかえ、形而上学をもって弁証法にかえる。こんなことであるから、その調査研究工作がうまくいくはずがない。われわれの工作をやりとげるために、各クラスの党委員会は、マルクス主義の認識論学習を大いに提唱しそれを大衆化して、広範な幹部と人民大衆の手に握らせ、哲学を哲学者の教室と書物の中から解放して、大衆の手中に収め、その鋭い武器にすべきである。


上に述べた一〇の問題は、当面の農村における根本的な問題であり、わが党の思想、政治、組織、経済面におけるいくつかの基本建設にかかわる問題である。これは、社会主義と資本主義の勝敗を決する問題であり、マルクス・レーニン主義と修正主義の勝敗を決する問題である。これら一〇の問題を解決することは、つまりわれわれが広範な大衆と広範な幹部に依拠して自己教育の方法によって、人民公社を立派に運営するための確実な道である。この一〇の問題が解決されるか、あるいは基本的に解決されさえすれば、農村における党の基層組織を基本的に整頓しおえたことにもなる。各地方中央局、各省、市、自治区党委員会および地(専区、自治州)、県委員会は、これらの問題を第一位において研究し、関係工作について計画を定め、全面的な配置を行ない、時機をのがさず、生産を妨げず、しかも生産と密接に結びつくという条件の下で、時を分け量を分けて手順よく推進し、二、三年内に全部やりとげるよう努力するとともに、立派にやるよう努めてもらいたい。


党中央委員会は、毛沢東同志が最近行なった、つぎのような極めて重要な指示を、まじめに学習、体得するよう全党の同志によびかける。「階級闘争、生産闘争、科学実験は、強大な社会主義の国家を建設するための三つの偉大な革命闘争である。共産主義者を官僚主義から守り修正主義と教条主義から守って、永遠に不敗の立場に立たせる確実な保証である。プロレタリア階級が広範な勤労大衆と連合して、民主独裁を実行しうる確かな保証である。そうしなければ、地主、富農、反革命、悪質分子、さまざまな妖怪変化どもがいっせいにおどり出てくる。そして、わが幹部がそしらぬ顔をしており、はなはだしい場合には、多くの者が敵味方の見さかいもつけず、たがいに結託し、敵に腐蝕侵され、ばらばらに瓦解させられ、ひき出され、踏みこまれ、多数の労働者、農民や知識分子も、硬軟あわせ行なう敵の手口にのって片付けられてしまうならば、短かければ数年、十数年、長くとも数十年、さしたる時間もかからずに、まちがいなく全国的な反革命の復活が実現する。そして、マルクス・レーニン主義の党は、必ず修正主義の党となり、ファシスト党となり、全中国はその色を変えてしまうだろう。同志諸君、考えても見たまえ、なんと危険なありさまではないか」。


「・・・・・・今回の社会主義革命運動は、偉大な革命運動であって、階級闘争の問題ばかりでなく、幹部の労働参加問題を含んでおり、さらには厳しい科学的態度でもって実験を行ない、企業や事業の中で一連の問題を解決するといった工作を学びとるという事も含まれている。見たところは困難なようだが、実際にはまじめに対処すれば、解決は決してむずかしくはない。今回の闘争は、人を再教育する闘争であり、革命の隊伍を再組織して、われわれに対してしゃにむに攻めかかってきている資本主義勢力と封建勢力を向うにまわして真向から鋭どく闘いをいどみ、かれらの反革命の気勢を圧しさって、これらの勢力の間にいる絶対多数の人びとを新しい人間につくりかえる偉大な運動である。 この運動は、また幹部と大衆がともに生産労働と科学実験に参加して、わが党をさらにより輝やかしく、より偉大なより正しい党に育てあげ、わが幹部を、政治ばかりでなく業務にも通じ、『又紅又専』な幹部、宙に浮いて、お上の旦那におさまりかえって、大衆から離れたりせずに、大衆の中にとけこんで、大衆に支持される、ほんとうにすぐれた幹部にしあげることになるだろう。このたびの教育運動が完了した後には、生き生きとして繁栄をめざす気運が全国に出現するだろう。地球の約四分の一を占める人類に、このような気運が現れれば、われわれの国際主義的貢献も、一段と大きくなるだろう」。


毛沢東同志の偉大な旗のもとに、全党の同志よ団結せよ。

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