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一つの批評 (一九五九年八月一〇日)

[訳注〕 廬山会議中、毛沢東は、次々に批評(批語)やコメント(按語)を書いている。これもその一つで、安徽省委員会書記処書記張愷帆が無為県の公共食堂の解散を命令した報告に対する批評である。


この批評は鋒先が正面から、彭徳懐グループに向けられており、丁望主編『中共文化大革命資料彙編』第三巻(明報月刊社、一九六九年)は、廬山会議の決議 (すなわち、「彭徳懐を頭とする反党集団についての決議」)は、この批評にもとづいて書かれたのであろうと推測している(同書、三四頁)。


なお、張愷帆自身は、彭徳懐グループに連坐して失脚したわけではなく、一九六四年当時も安徽省委員会書記、安徽省副省長であった。


印刷して各同志あてに送ること。中央委員会のなかに、右翼日和見主義者がいる。すなわち軍事クラブのあの同志たちだ。省クラスにもいる。たとえば、安徽省委員会の張凱帆だ。私はこれらの人びとが党内にまぎれこんだ投機分子ではないのかと疑う。かれらは、資本主義から社会主義への過渡期にありながら、ブルジョアジーの立場に立って、 ブロレタリア独裁を破壊し、共産党を分裂させ、党内に派閥をつくり、かれらの影響をふりまき、プロレタリアートの前衛隊を離散させて、別個に、かれらの日和見主義の党をうちたてようと、かねてから企んでいる。この党の主要な構成員が、もともと高崗の陰謀的な反党集団の重要メンバーであったことこそ、その証明の一つである。これらの人々は、ブルジョア民主主義革命の際には、喜んで参加したものであり、革命性をもってはいたが、どのように革命をやるかということについていえば、やはり、しばしばまちがっていたのである。かれらには、社会主義革命の精神的準備がなく、社会主義革命の時期には、かれらは気分が悪くなり、さっさと高崗の反党集団に加わったのである。


ところが、この集団は陰謀的な手段で、その反動的な目的をとげようとしたのである。高崗集団の法網をくぐって逃れた残存分子が、現在、またもや、風をおこし、波をたてたのだが、事態が切迫して待ちきれず、急いで事を起こしたのである。急速に暴露されることは、党にとっても、かれらにとっても、有益である。かれらが脳味噌を洗い直したいと希望しているかぎりは、まだかれらを、われわれの側につれ戻すことは可能である。なぜなら、かれらは、反動と革命という二面性を備えているからである。かれらの現在の、社会主義反対の綱領こそ、大躍進に反対し、人民公社に反対するものである。かれらの巧みなことばにまどわされてはならない。たとえば、総路線は基本的に正しく、 人民公社は数年、遅らせてやるだけで、うまくいくといっていることである。かれらを救うためには、広範な幹部の間で、徹底的な摘発をおこない、かれらの市場をますます小さく縮めてゆくことである。必ず、病を治して人を救う方針をとらなければならず、事実を列挙して道理を説くやり方を採用しなければならず、さらに、かれらに革命の仕事という活路を与えなければならない。批判は厳しく、処分は寛大にすることである。

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