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EP.3-EX2 選べないのは君のせい

皆さん、こんにちは!Time Bombです!


本日で、ついにEP.3完全終了となります!


改めまして、ここまで見届けてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。


そして、『Abyss Trigger ーーSecret Xーー』の物語はまだまだ終わりません!


来週10月18日(日)18時から、いよいよEP.4がスタートします!


新たなスタートラインに立つ瑞葵たちを、これからも見届けていただけると嬉しいです!


そして今回も、EP.3完結を記念した番外編を公開します!


番外編3は、10月14日(水)18時に投稿予定です!


EP.4開始前の特別更新となりますので、ぜひ楽しみにしていてください!


また、当日は活動報告でも改めてお知らせします!


それでは、EP.3の最後を飾る「EP.3-EX2」をお楽しみください!

 七月一日。夏月の誕生日。


 そして、瑞葵が夏月へのプレゼントを買いに行く日でもあった。


 学校が終わると、瑞葵は一人で電車に乗り、最寄り駅を通り過ぎて待ち合わせ場所へ向かっていた。


 本当なら、もう少し日にちに余裕を持って選びたかった。

 けれど普段はトレーニングがあるし、任務が入ることもある。

 ゆっくり外へ出られる時間は思っている以上に少ない。

 今日は夏月の誕生日だからトレーニングもオフだ。

 だからこそ、ようやく動けた。


 しかも今日は、一人ではない。


 ――今日は、強い味方がいる。


 待ち合わせ時間より十分も早く着いてしまった瑞葵は、駅前の時計を何度も見上げていた。

 早く来すぎただろうか。

 少し落ち着いてから来ればよかったかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、約束の時間まであと五分になった。


 すると背後から、明るい声が飛んでくる。


「久しぶり、瑞葵くん!」


瑞葵「あ! 久しぶ……り……」


 振り返った瑞葵は、一瞬だけ待ち合わせ相手を間違えたのかと思った。


 目の前に立っていたのは、以前西横で会った時とはまるで別人のような少女だった。


 初めて会った彼女は、西横によく馴染む派手さをまとっていた。ピンクと黒を基調にしたメイド風の服。

 中の下着が見えてしまいそうなほど丈の短いスカート。

 茶色が混じった長い髪。

 強気で、刺々しくて、けれどどこか危うい存在感があった。


 それなのに今、目の前にいる彼女は、髪を整えた黒に近いセミロングで、私立校の制服に身を包んでいた。


水色を基調とした上品なブラウスに、深いグリーンとネイビーのタータンチェック柄のプリーツスカート。

 丈も膝あたりまであり、どこからどう見ても品のいいお嬢様だ。


 それでも、つり気味の目元と、少し勝気に上がる口元だけは見覚えがあった。


 ――河村亜美。


 翼と初めて二人任務に出た時に出会った少女だ。


亜美「ごめんね、少し遅くなっちゃって」


瑞葵「あ……う、ううん……」


 あまりの変わりように、瑞葵はまともに目を合わせられず、思わず視線を逸らした。


亜美「何? 久々に会って緊張してるの?」


瑞葵「う、うん……なんか、随分雰囲気変わったね……」


亜美「まあね。実はあれから私立の中学に転校させられたの」


瑞葵「え?」


亜美「政治家の娘が西横にいたってバレでもしたら困るってね」


亜美「公立だとマスコミを完全に抑えきれないかもしれないからって、お父さんが支援してる私立に入れられたの」


瑞葵「そうなんだ……だい……じょうぶ……?」


 そう訊きながらも、瑞葵は少し迷っていた。

 大丈夫、という言葉で済ませていい話なのか分からなかったからだ。


 けれど亜美は、肩をすくめるようにして笑った。


亜美「まあ、それが最大限の譲歩だと思ったの」


亜美「もう期待しないから、大人しくそこで暮らしてくれってこと。でも、今はこれで十分」


 その言い方は軽かったが、そこへ至るまでにいろいろあったのだろうと分かる。


 それでも亜美は、自分なりに答えを見つけているらしかった。


 それを本人の口から聞けたことが、瑞葵には何より安心だった。


亜美「はぁ……せっかく会えたのに、こんなつまらない話してないで行こう!」


瑞葵「う、うん……」


 夏月の誕生日を知ったあの夜、瑞葵のスマートフォンへメッセージを送ってきた相手は河村亜美だった。


 西横任務以降も、二人のやり取りは細く続いていた。

 といっても、主に亜美が一方的に近況や愚痴を送り、瑞葵がそれに不器用に返す形が多かったのだが。


 今回は珍しく、瑞葵の方から相談を持ちかけた。


 友達の誕生日プレゼントを選びたい。

 でも、何を選べばいいのか分からない。


 そう送ったところ、亜美は「じゃあ手伝ってあげる」とすぐに返してきたのだった。


亜美「でも、まさか瑞葵くんから友達の誕生日プレゼントを選ぶの手伝ってって言われるとはね」


瑞葵「え? なんで?」


亜美「だって瑞葵くん、そういうの選ぶタイプじゃないじゃん」


瑞葵「それどういう意味?」


亜美「学校で友達と遊んでる姿とか想像つかないもん」


瑞葵「……」


亜美「ほら否定しない」


 言い返せない。


 その通りすぎて、瑞葵は小さく肩を落とした。


 駅前の人混みの中を並んで歩く。

 亜美の姿に、すれ違う同年代の男子たちがちらちら視線を向けてくるのが分かった。

 瑞葵でさえ今日の亜美はかわいいと思っているのだから当然かもしれない。


 だから余計に、その配慮のない物言いに少し安心した。


 ああ、やっぱり河村亜美なんだ、と。


亜美「でも、瑞葵くんはあんまり変わらないね」


瑞葵「え? そうかな……」


 それは少しショックだった。


 亜美と会っていた頃より、任務にも何度か出たし、トレーニングも続けてきた。

 自分なりには少しくらい成長できたつもりだったからだ。


 そんな瑞葵の表情を見て、亜美はすぐに言い直した。


亜美「でも、なんか逞しくなったね」


瑞葵「え! どこが!」


亜美「筋肉量増えたのかな? 体は細いけど腕の血管出てるし」


亜美「でも、弱々しい感じは抜けてないけど!」


 最後の一言で全部台無しだった。


 以前にも似たようなことを言われて地味に傷ついた覚えが蘇る。

 けれど亜美が楽しそうに笑っているのを見ると、なぜかそれ以上言い返す気になれなかった。


亜美「ここはどう?」


 そう言って亜美が案内してくれたのは、大きなショッピングビルだった。

 いくつものテナントが入っている複合施設で、駅からも近い。

 亜美が事前に「運動する子なんでしょ?」と聞いた情報をもとに、いくつか店を調べておいてくれたらしい。


 最初に入ったのはスポーツショップだった。


 カラフルなタオル、ボトル、シューズケース、サポーター類がずらりと並んでいる。


亜美「タオルとかはどう? 競技関係なく使えるし、デザインも豊富だし」


瑞葵「確かに……。あ、そういえば予算ってどれくらいがいいのかな?」


亜美「まあ、中学生ならそんなに高くなくていいと思うけど」


亜美「安くて五百円くらいから、高くても三千円以内じゃない?」


瑞葵「それだったら、タオルいいかも!」


亜美「これなんかどう? 水に濡らすと冷えるタイプで、色もいろいろあるし」


亜美「何色がいいとかある?」


瑞葵「そうだな……この中だとピンクか黄色かな」


亜美「ピンク……?」


瑞葵「うん。おしゃれに気を使ってるし」


 その言葉に、亜美は少しだけ目を細めた。


亜美「へえ……。まあ、最近はそうだよね」


瑞葵「何が?」


亜美「ううん。結構おしゃれ意識してる友達なの?」


瑞葵「そうだね。いつも髪のセットとか頑張ってるし」


亜美「……まさかね……」


瑞葵「うん?」


亜美「なんでもない!」


 亜美は不自然なくらい明るい声を出して、その話題を切った。


 そのあと少し店内を見て回ったが、瑞葵はどうしても決めきれなかった。


 タオルは無難でいい気もする。けれど、無難すぎる気もする。


 夏月が普段どんなものを好むのかが分からない以上、選ぶたびに「これで本当にいいのかな」と迷ってしまうのだ。


亜美「それとさ、どう?」


瑞葵「え?」


亜美「たまには……久々に夕飯とか一緒に……って」


 少しだけ視線を逸らしながら、亜美がそう言う。


 そのタイミングで瑞葵は、何の気なしに答えてしまった。


瑞葵「あ、ごめん。実はその友達の誕生日、今日なんだ」


 言った瞬間、亜美の顔が露骨に曇った。


亜美(久々に会えたのに……)


 そう思っているのが、態度にそのまま出てしまっていた。


瑞葵「あ……その……」


亜美「普段声かけてくれないんだから、ちょっと期待してたのに」


瑞葵「ご、ごめん……。つ、次、次は僕が奢るから、それじゃダメかな」


亜美「一か月以内! これ約束ね!」


瑞葵「わ、わかった」


亜美「それじゃあいいよ。今度付き合ってくれれば」


亜美「それより、もう少し他の店も見ない?」


瑞葵「え? いいの?」


亜美「今日はとことん付き合ってあげる」


 そう言うと、亜美は当然のように瑞葵の右腕に自分の腕を絡めた。


 急なスキンシップに、瑞葵の体がぴくりと固まる。


瑞葵「あ、あの……」


亜美「何? 嫌?」


瑞葵「い、嫌じゃないけど……」


亜美「じゃあいいでしょ」


 機嫌を直してくれたのだと思うと、瑞葵はとりあえずほっとするしかなかった。


 二人は一つ上のフロアへ向かった。


 亜美曰く、「面白い雑貨屋がある」とのことだった。


亜美「ここも良くない⁉︎」


瑞葵「ほんとだ……値段も安いし、見たことない雑貨がたくさんある」


 店内はスポーツショップとは打って変わって、カラフルでごちゃごちゃしていた。

 おもしろ雑貨、文具、小さな置物、妙な便利グッズまで並んでいて、見ているだけでも楽しい。


亜美「学校で使うならこのノートとかどう?」


瑞葵「ノートか……できれば違うのがいいな。学校でも使っちゃうし」


亜美「ただのノートに見えて、よく見ると罫線が円周率なの!」


瑞葵「あ! すごい」


 だがその隣で、瑞葵の目は別のものに吸い寄せられていた。


瑞葵「ねえねえ! これはどう?」


 瑞葵が手に取ったのは、小さなぶたの置物だった。


亜美「これって?」


瑞葵「なんと、ぶたのお尻からシャーペンが出るの!」


亜美「なんでそっち選ぶのよ?」


瑞葵「あ、このリボンついてるぶたかわいいから、これにしようかな!」


亜美 (かわいい……)


 思わずそう感じてしまった。


 ぶたではなく、目を輝かせている瑞葵の方に対してだと気づいて、亜美はわずかに眉を寄せた。


亜美「あのさ……ちょっと聞きたいんだけど……」


瑞葵「うん?」


亜美「その友達って、男の子だよね?」


瑞葵「ううん、違うよ。女の子だけど……」


 その瞬間だった。


 亜美は持っていたスクールバッグを思いきり瑞葵の顔へ叩きつけ、そのまま足までぐりっと踏みつけた。


瑞葵「いったあああぁぁああ!」


亜美「ふん!」


瑞葵「え? 何? どうしたの?」


亜美「知らない!」


 そう言い残して、亜美はそのままエスカレーターへ向かってしまう。


瑞葵「亜美! どうしたのさ?」


亜美「分からない? なんで怒ってるか?」


瑞葵「もしかして……亜美はノートの方がプレゼントとして良かった……から?」


亜美(コイツ……!)


亜美「そうじゃない!」


 そのまま帰ろうとする亜美の腕を、瑞葵は慌てて掴んだ。


瑞葵「待って!」


亜美「……」


瑞葵「ごめん。何か怒らせるようなことをしたなら本当にごめん」


瑞葵「でも、僕分からないんだ。なんで亜美が怒ってるかが……」


亜美「………」


瑞葵「本当にごめん」


 しばらく黙っていた亜美は、小さく息を吐いた。


亜美「あのさ……」


亜美「ううん……」


亜美「……なんでもない」


瑞葵「言ってよ。じゃないと分からないよ」


瑞葵「せっかく仲良くなれたのに、亜美が我慢する関係なんて嫌だよ……」


 その言葉に、亜美は少しだけ目を伏せた。


 それから、諦めたように口を開く。


亜美「嫉妬……嫉妬しただけ」


瑞葵「嫉妬? なんで?」


亜美(コイツ……!)


 また鈍い。


 でも、その鈍さが瑞葵らしいとも思う。


亜美「もういいでしょ? プレゼントの目処ついたんだから」


瑞葵「あのさ、僕、亜美しか頼れる人がいないんだ」


亜美「………」


瑞葵「今日の誕生日、みんなそれぞれ個別にプレゼントを渡すことになったんだけど、僕、友達にプレゼント渡したことなくてどうすればいいか分からなくて」


瑞葵「そんな時に亜美がメッセージくれてさ、その時、亜美なら協力してくれるんじゃないかなって思ったんだ」


 その言葉に、亜美の表情がわずかに揺れる。


瑞葵「だから、せめてお礼させてよ。こんな形で別れるなんて嫌だよ……」


亜美「私だけしか頼れないか……」


瑞葵「うん!」


 間髪入れずに返ってくるその答えに、亜美は怒るのも馬鹿らしくなってきた。


 悪気がない。

 計算もない。

 ただ本気でそう思っているのだと分かる。


 だから悔しい。


 でも、その言葉にちゃんと嬉しくなってしまう自分もいた。


亜美「はあ……その子、結構大事な友達なんだね」


瑞葵「うん!」


亜美「そっか……」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 それから亜美は踵を返した。


瑞葵「え? 亜美?」


亜美「プレゼント買うんでしょ? 最後まで付き合ってあげるから……」


瑞葵「あ、ありがとう!」


亜美「その代わり!」


瑞葵「え?」


亜美「二月十四日!」


瑞葵「え?」


亜美「二月十四日が私の誕生日!」


亜美「いいね!」


瑞葵「分かった!」


 瑞葵はぱっと明るい顔になった。


 その表情を見て、亜美は少し複雑な気持ちになる。

 最悪な空気のまま終わらなくてよかったと思う反面、自分だけが勝手に感情をかき乱されている気もした。


亜美「あ!」


瑞葵「うん?」


亜美「ここもいいかも!」


 亜美が連れていったのは、先ほどと同じ雑貨屋の中でも、さらに女の子向けのコーナーだった。


 ピンクを基調にした内装。

 ハンドクリーム、鏡、ポーチ、入浴剤、ヘアアクセサリー。いかにも女子中学生が好きそうな空間だ。


瑞葵「え? でも、ここだと僕が入るのは……」


亜美「私がいるからいいでしょ! 行こ!」


 再び右腕を組まれ、そのまま引きずられるように中へ入る。


 棚には「中学生におすすめ!」と書かれたポップが並び、プレゼント向きの商品も多かった。


亜美「どう? ここも結構いいでしょ!」


瑞葵「うん」


亜美「何か良さそうなのある?」


瑞葵「うーん……」


 瑞葵は店内を見回しながら、ぽつりと呟いた。


瑞葵「夏月って、自分のことより人のことばっかりだから……」


 その一言に、亜美は思わずそちらを見た。


亜美「へえ、その夏月って人、ちゃんと見てるんだね」


瑞葵「あ! これいいかも!」


 瑞葵が手に取ったのは、入浴剤のセットだった。


 花の香り、柑橘系、ハーブ系。色々な種類が小分けで入っていて、「女子中学生におすすめ」とポップにも書かれている。


瑞葵「入浴剤、夏月好きだし」


亜美「いいのが見つかって良かったじゃん!」


瑞葵「うん! ありがとう!」


亜美(ちょっと待って……)


 その瞬間、亜美の頭の中で嫌な想像が広がった。


 なぜ瑞葵が入浴剤が好きだと知っているのか。


 しかも夏月という女の子は、少なくとも瑞葵をかなり近い距離で見ているはずだ。


亜美 (もしかして……)


 誕生日だからという名目で。


 入浴剤なんて渡したら。


亜美「ごめん、瑞葵くん。それはやめとこう!」


瑞葵「え? なんで!」


亜美「一緒にお風呂入ろうって誘われたらどうするの!」


瑞葵「え? なんのこと?」


亜美「あ、いや……その……」


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。


 それでも、入浴剤だけは駄目だという気持ちだけは妙に強かった。


亜美「ほら! 最近の中学生ってね! 入浴剤をプレゼントするのって、そういう意味になったりするの!」


亜美「ホワイトデーのお菓子で返事が分かる、みたいな感じで!」


瑞葵「え! そうなの?」


亜美(良かった……素直で……)


 余計な疑いを挟まず、そのまま信じてくれることに少しだけ救われる。


亜美「ほら! このハンドクリームは?」


 次に手に取ったそれを見て、また亜美の脳裏に別の想像がよぎる。


亜美(いや待って。それで『毎日塗って』とか言われたら……)


 どの商品を見ても、勝手に嫌な妄想が膨らんでいく。


瑞葵「あの、亜美。僕……そろそろ決めないと時間が……」


亜美「え? あ……じゃあ……これ!」


 半ばやけくそ気味に、亜美は近くにあった商品を掴んだ。


瑞葵「これって……」


 それは、肛門から出てくる茶色いデザインに目と鼻と口がついた、かわいいとは程遠い、なんとも言えない見た目の柔らかいグッズだった。


亜美「いや、今すごい流行ってる! 流行ってる……うん……流行ってる……」


瑞葵「え? そうなの!」


亜美「うん……女子の中でね……たぶん……」


亜美「ほら……触り心地……い、いいでしょ……」


瑞葵「確かに」


亜美「この触り心地がストレスを緩和して……なんか……いい感じ……」


瑞葵「ほんとだ! それじゃあこれにしようかな」


亜美「うん……いいと思う……」


 瑞葵がレジへ向かうその背中を見送りながら、亜美は最後の最後まで罪悪感と独占欲の間で揺れていた。


 だが結局、独占欲の方が勝った。


瑞葵「あの……これって……プレゼント用にしてもらってもいいですか?」


店員「え? はい……分かりました」


 二回りほど年上に見える店員は、明らかに不思議そうな表情をしていた。

 それでも仕事なので、何種類かの包装紙を持ってきて並べてくれる。


店員「この中から好きなデザインをお選びください」


瑞葵「それじゃあ、このピンクで!」


店員「かしこまりました。あの……お客様、本当にこちらでよろしいでしょうか?」


瑞葵「え? はい。このピンクの包装紙かわいいと思ったので」


店員「いえ……そうじゃなくて……その……」


亜美「大丈夫なので早くしてください!」


瑞葵「亜美?」


亜美「ほら、時間ないんでしょ? お願いします!」


店員「わ、分かりました……」


 ピンクのかわいい包装紙で綺麗にラッピングされたそれを受け取ると、瑞葵は明らかに安心した顔になった。


 これなら夏月も喜んでくれるかもしれない。


 そんなふうに、素直に思っているのだろう。


瑞葵「あのさ、亜美!」


亜美「うん?」


瑞葵「今日はもう時間がないから夕ご飯は無理だけどさ、何か飲んで行かない?」


亜美「え?」


瑞葵「今日、付き合ってくれたお礼に僕が奢るから!」


 そう言って、瑞葵は亜美を連れて出入口近くの喫茶店へ入った。


亜美「あのさ、やっぱり今日はいいよ。もう時間もあまりないし」


瑞葵「そんな急ぐほどの時間じゃないよ。混んでもないし」


亜美「いや……でも」


瑞葵「あれ? コーヒーとか紅茶苦手だった?」


亜美「そうではないんだけど……」


瑞葵「もしかして、もう帰りたい? それならごめん」


亜美「ううん、そういうことじゃない!」


亜美「……それじゃお願いします」


 当初の予定では、プレゼントをさっさと決めて、そのあとは少しでも瑞葵と一緒にいられたらと思っていた。


 けれど結局、自分の私情でプレゼントを変な方向へ誘導してしまった。


 そんな状態で奢られるのは、少し後ろめたかった。


 席について、瑞葵はアイスラテを二つ注文した。


瑞葵「今日はありがとう。夏月も喜んでくれるよ!」


亜美「それは良かった……よ」


 アイスラテを一口飲むたびに、今さら罪悪感がじわじわ押し寄せてくる。


 なのに、それと同じくらい、瑞葵とこうして向かい合って座っている時間が嬉しいと思ってしまう自分もいた。


瑞葵「今度は夕飯行こうね」


 その言葉に、亜美は少しだけ目を伏せた。


 西横で初めて会った頃に比べて、瑞葵はたしかに少し逞しくなった。


 それでも変わらない純粋さと、相手のことを真っ直ぐ信じる優しさがある。


 だからこそ余計に、さっきのプレゼント選びのことが胸に引っかかった。


 罪悪感と、独占欲と、少しの切なさ。


 その全部を、亜美はアイスラテと一緒に無理やり飲み込むしかなかった。

 夏月から「嬉しい」と言ってもらえて、瑞葵はようやく胸を撫で下ろした。


 そこへ、仕事で遅れていた稔が帰ってくる。


悠喜「遅いよ、稔さん!」


稔 「悪い悪い」


柚木「お疲れ様。 黒崎さんに呼び止められてたの?」


稔 「ちょっとな」


翼 「もう俺らはプレゼント渡し終えましたよ」


稔 「マジか。それじゃあ俺も渡すか」


夏月「稔さんからもあるんですか!」


稔 「当たり前だろ。 ほら、誕生日おめでとう!」


 稔はバッグから、水色にラッピングされた包みを取り出した。


夏月「ありがとうございます! 開けてもいいですか?」


稔 「いいよ」


 夏月が包みを開く。


夏月「わー! ありがとうございます!」


瑞葵(え?)


夏月「すごい! 見たことない入浴剤だ!」


瑞葵 (これって……)


 その瞬間、今日の亜美の言葉が頭をよぎる。


亜美『入浴剤をプレゼントするのって、一緒にお風呂に入ろうって意味になったりするの!』


 確かに、そう言っていた。


柚木「お腹空いたでしょ。 適当に取ってて」


稔 「悪いな」


 稔が柚木の方へ向かう。


 今しかないと、瑞葵は夏月へ小声で話しかけた。


瑞葵「あ、あのさ……」


夏月「うん?」


瑞葵「それ……どうするの?」


夏月「え? どうするって? 使うけど……」


瑞葵「………」


夏月「どうしたの?」


瑞葵「それ、ちゃんと稔さんに断った方がいいんじゃないかと思って!」


夏月「は?」


瑞葵「友達から聞いたんだ。 入浴剤をプレゼントするって、一緒にお風呂に入ろうって意味だって」


夏月「は?」


瑞葵「だから、その……誕生日だからって、そういうのはちゃんと言った方が……」


夏月「え、ちょっと待って」


夏月「あんた、友達とプレゼント選んだって言ってたよね?」


瑞葵「う、うん」


夏月「誰と選んできたの?」

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