EP.1-8 揺れる正義
こんにちは、Time Bombです!
3月もどうぞよろしくお願いします!
いよいよ本章から、翼と瑞葵の任務が本格的に動き出します。
二人に待ち受ける試練、そして瑞葵が一歩踏み出そうとする変化――
その過程を、ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。
今回のEP.1-8は、任務前最後のミーティング回。
次回はいよいよ現場へ向かいます。
ここ最近、仕事が忙しく執筆時間がなかなか取れないもどかしい日々が続いていますが、僕自身も物語を前に進められるよう頑張ります。
引き続き応援していただけると嬉しいです!
シャワーを浴び、着替えを済ませた瑞葵と翼は、約束された会議室へと向かった。
廊下の蛍光灯が白く冷たい光を落とす。トレーニング後の疲労がまだ体の奥に残っていて、瑞葵の足取りはわずかに重かった。
扉を開けると、すでに柚木と晴翔が待機していた。
柚木「二人とも揃ったね。それじゃあ任務の内容を説明するね」
柚木はそう言うと、ホワイトボードに貼られた一枚の写真へ視線を向けるよう促した。
そこに写っていたのは、瑞葵たちと同年代と思しき少女だった。
柚木「今回の依頼は女子中学生の保護。
対象者は河村亜美さん。二人と同じ中学三年生よ」
翼 「ちなみに、だいたいの居場所は把握できてるんですか?
戦闘メインではないので、誘拐ってわけじゃないですよね」
柚木「ええ。この子は、俗に言う“西横キッズ”と呼ばれている子たちよ」
瑞葵「西横キッズ?」
晴翔「瑞葵は聞いたことないか。翼は?」
翼 「ニュースで聞いたことあるくらいで、詳しくは……」
柚木「西横キッズは、歌舞伎町にある西宝ビルの西側にたむろする青少年たちの集まりのことをそう呼んでるのよ」
晴翔「今回はその中から河村亜美さんを見つけ出し、俺たちで保護して家族の元へ届けるまでが任務だ」
晴翔は資料をめくりながら、さらに説明を続けた。
今回の依頼主は河村亜美の両親。
父親は現職の政治家であり、娘が西横キッズと関わっている事実が表に出れば、国民からの信用を失いかねない――その危機感から、一刻も早い保護を望んでいるという。
もちろん、瑞葵たちに依頼が来る前に、両親自身も説得を試みている。
だが結果は失敗。
河村亜美は全力で拒否し、周囲にいた少年少女たちが一斉にスマートフォンを構え、撮影を始めたことで現場は混乱。
両親はそれ以上の接触を断念したらしい。
その後、執事を通しての説得も試みたが、やはり応じなかった――という経緯だった。
翼 「ちなみに、その河村亜美さんって、なんで西横キッズと絡むようになったんですか?」
晴翔「両親が言うには、勉強が嫌で逃げ出したんだろうとしか……」
柚木「まあ、実際はそれだけじゃないと思うけどね」
柚木はわずかに肩をすくめた。
柚木「あの両親、それしか言ってこなかったのよ。
“最高の暮らしを提供しているのになぜ分からない”って、父親はずいぶん荒い口調だったし……きっと家庭環境にも問題があるんでしょうね」
翼 「それじゃあ、今回連れ戻せても、また西横に戻ってきてしまうんじゃないですか?」
柚木「もちろん私たちもそう予想してる。だけど両親が聞く耳を持たないのよ。
“とにかく保護さえしてくれれば、あとはこっちで何とかする”の一点張り」
瑞葵「それじゃあ……」
思わず、瑞葵の口から言葉がこぼれた。
普段あまり会話に入らない彼が声を上げたことで、自然と三人の視線が瑞葵に集まる。
瑞葵は一瞬たじろいだ。
瑞葵「いや、その……」
戸惑う瑞葵に、柚木が柔らかく頷く。
柚木「大丈夫。言って」
その一言に背中を押され、瑞葵はゆっくりと口を開いた。
瑞葵「その……河村亜美さんを保護しても……結局、それって彼女のためになるのかなって……
すみません、僕なんかが……」
柚木「いいえ。こういう場では、そういう意見も大切よ」
柚木は否定しなかった。
柚木「それに、瑞葵くんの言ってることも一理ある」
一瞬だけ間を置き――
柚木「だけど今回の依頼主は彼女の両親。
私たちは雇われ側だから、雇い主に従うしかない」
晴翔「瑞葵の気持ちも分かるけどな……」
柚木「もちろん、私たちもただ従うだけって訳じゃない。
でも今回の依頼に関しては、私たちがどうこうできる問題じゃないの」
そして、少しだけ声を引き締める。
柚木「とりあえず、瑞葵くんたちは彼女の保護に尽力して」
瑞葵「……分かりました」
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
だが――それ以上、言葉にはできなかった。
⸻
その後も打ち合わせは続いた。
河村亜美が普段たむろしている場所。
明日、西横に現れるという有力情報。
そして――
瑞葵たちが父親の依頼で動いていることは、可能な限り秘匿すること。
柚木「最終的には保護するから、たぶんバレるとは思うけどね」
柚木は淡々と言う。
柚木「もし翼くんたちが父親と繋がってると知られたら、それこそ絶対に帰らないって言い出しそうだから。
ギリギリまで黙っておいて」
翼 「保護した後は、柚木さんに連絡すればいいんですか?」
柚木「ええ。連絡が来次第、車で迎えに行くわ」
翼 「もし、その時点で逃げられたら?」
柚木「もちろん想定済み」
柚木の声が、わずかに低くなった。
柚木「少し手荒だけど、麻酔薬を使って寝てもらうわ。
でも――最終手段として考えておいて」
瑞葵「……」
胸の奥が、ざわりと波打った。
翼 「瑞葵? 大丈夫か」
瑞葵「ああ、うん……大丈夫」
柚木「私から伝えることは以上。何か質問はある?」
翼 「大丈夫です」
柚木「瑞葵くんは?」
瑞葵「僕も大丈夫です」
柚木「今回はイヤモニを渡すから、何かあったら随時報告して」
翼、瑞葵「はい」
そして――
柚木「それと」
柚木は、静かに言った。
柚木「私たちの任務は、“必ず正しいこと”をするわけじゃない。それだけは、改めて認識しておいて」
翼 「……はい」
瑞葵(正しいことじゃない……か)
小さなしこりが、胸の奥に残った。
だが今の瑞葵にできることは、限られている。
瑞葵(少しでも……足を引っ張らないようにしないと)
そう自分に言い聞かせた、その時――
柚木「それじゃあ、はい」
柚木は二人の間に、茶封筒を置いた。
翼 「これって?」
柚木「二人とも一昨日頑張ったからね。
門限は二十一時まで」
それだけ言い残し、柚木は晴翔を連れて会議室を出ていった。
残された瑞葵は、状況が飲み込めず首を傾げる。
一方、翼は――
翼 「お、五千円ある!」
封筒の中身を見て、ぱっと顔を明るくした。
瑞葵「ん?」
翼 「瑞葵、今日は何食べたい?」
瑞葵「え、そのお金って……」
翼 「夕食代だよ。柚木さん、気を使ってくれたんだな」
瑞葵「……そうなんだ」
すぐに意図を察する翼に、瑞葵は内心で少し驚く。
瑞葵(翼って……いつからこの組織にいるんだろう)
そんな疑問が、ふと頭をよぎった。
翼 「せっかく二人だし、長居できる店にしないか?」
瑞葵「うん、そうだね」
翼 「じゃあハンバーグの店行こうぜ。あそこサラダ食べ放題だったはず」
⸻
会議室を後にし、二人は夜の街へ出た。
移動中も、翼は途切れることなく話題を振ってくる。
その横顔を見ながら、瑞葵の脳裏には、先ほどの稔との訓練がよぎっていた。
瑞葵(翼は……僕のこと、どう思ってるんだろう)
考えても仕方ない。
分かっているのに――
どうしても、気になってしまう。
⸻
翼 「瑞葵は何にする? 俺は定番のハンバーグディナーかな。この高いやつ」
店に入り、翼はメニューを瑞葵の方へ向けた。
翼 「あ、でもステーキもいいな……」
瑞葵(……外食、久しぶりだ)
少しだけ挙動不審になりながらも、二人は注文を決める。
自然と会話が続く。
――いや。
続けてくれているのは、翼の方だった。
瑞葵「……優しいな」
翼 「え?」
瑞葵「あ、いや……その……」
言い淀む瑞葵を見て、翼がじっと顔を覗き込む。
瑞葵「翼ってさ……僕に、いつも気を使ってくれてるから……」
翼は、にやっと笑った。
翼 「俺は普通だよ。
むしろ悠喜と夏月が子供なんだよ。いつまで意地張ってんだって感じ」
瑞葵「いや……あれは僕のせいだよ」
翼 「悠喜も夏月も、瑞葵の状態は分かってる。だから本当はフォローする側なんだよ、あいつら」
瑞葵「……僕、どうすれば二人に認めてもらえるかな」
ぽつりと、本音が漏れた。
瑞葵「謝っても……結局、許してくれなかったし」
翼 「二人は、なんだかんだで瑞葵のこと心配してるよ」
翼はあっさり言った。
翼 「きっと、意地張ってるだけだ」
瑞葵「……そうなのかな」
翼 「うん。だから瑞葵は瑞葵なりに頑張ればいい。
努力してるのは、ちゃんと見てる」
その言葉は、思っていた以上に――
胸の奥へ、まっすぐ届いた。
瑞葵
少しだけ、呼吸が楽になる。
不安が消えたわけじゃない。
それでも――
瑞葵(……今は、やるしかない)
⸻
翼 「お、きたぜ!」
運ばれてきたハンバーグに、翼が顔を輝かせる。
翼 「まあ、明日は俺しかいないんだから。気楽にやろうぜ」
瑞葵「翼!」
翼 「うん?」
瑞葵「……ありがとう。僕、頑張るよ」
翼「おう!」
――久しぶりに。
ほんの少しだけ、自然に笑えた気がした。
翼と二人きりの夕食。
それは、瑞葵にとって久々に心が休まる時間だった。
そして同時に――
瑞葵(少しでも、翼に認めてもらいたい)
そう強く思った、その裏側で。
瑞葵はまだ知らない。
明日の任務が――
自分の“正しさ”を大きく揺さぶることになると。
次回予告
任務当日。
翼と瑞葵は“西横キッズ”に紛れるため、用意された服へ着替え、歌舞伎町へ向かう。
ネオン、雑音、人の波。
想像していた「危ない街」より、もっと異様な光景がそこにはあった。
やっと見つけたターゲット――河村亜美。
翼は自然に距離を詰め、会話に持ち込み、接触に成功する。
……しかし、その瞬間。
叫び声とスマホのカメラが、二人を“標的”に変えた。
「逃げろ、瑞葵。亜美を連れて――!」
任務は、まだ始まったばかり。
けれど瑞葵はこの夜、初めて知る。
“守る”って、こんなに怖いんだ。




