間輪 泳げ白守さん
男湯の方から恭平君と林田君が言い合っている声が聞こえた。どうやら女湯を覗く覗かないで言い争っていたようだ。
郷華ちゃんから聞いたけど、瀬田さん達が覗かれないように対策してくれたようだし、大丈夫そう。
「……美雪ごめん。林田が覗こうとしてる」
「瀬田さん達が対策してくれたんでしょ? 大丈夫だよ。林田君、なんだかんだ郷華ちゃんこと好きだったりしてね」
「……仮にそうだとしたらこんなやつ恥ずかしいわ」
でも林田君のこと拒絶しないんだね。なんて思っても言わないけど。
郷華ちゃんは無表情で冷たい感じってみんな言うけど、四人でいる時は表情が柔らかく見える。今では笑ってたり怒ってたりしてるの分かるくらい仲良くなれたと思う。ただ、もう少しだけ恭平君に優しくしてあげたらいいのに。
郷華ちゃん、髪の毛は綺麗だし、スタイルも良くて……羨ましい。
「……どうしたのよ」
郷華ちゃんの体をまじまじと見過ぎたのか少し恥ずかしそうに声をかけられる。
そのどことは言わないけど、ちょっと羨ましいなぁって。
「郷華ちゃん可愛いなって」
「……美雪もかわ────」
郷華ちゃんが何か言おうとしているとガコンと物々しい音が大浴場に響く。
少し遅れて大量の水が流れる音がした。
『結局、巻き添えじゃねぇ────』
水の流れる轟音の中、恭平君の声が聞こえた気がした。
「郷華ちゃん、恭平君を……2人を助けないと」
「……自業自得よ」
「でも恭平君は覗こうとしてないよ」
あの言い合いが演技なわけがない。それは郷華ちゃんも分かっているはず。
「……でも、ああなると正面はシャッターが閉まってるわ。入るのは無理よ。だから今は────」
郷華ちゃんの話を全部聞く前に体が動いてた。
男湯と女湯を隔てる壁を滑りそうになりながらもよじ登り、壁の上から男湯へ飛び込む。どうやら流れ込んでいたのは水ではなくお湯のようだ。
焦る気持ちを抑えて神経を集中させる。多分、恭平君はこっちだ。
感覚を頼りに手を伸ばすと吸いつくように手の中に腕か足が収まった。
林田君は────どうしよう。
と、とりあえず恭平君を壁の上に避難させないと。
恭平君を担いで上へ目指す。お湯から顔を出して気付いた。
水位が下がってる。この速度であれば数分もすればお湯は引きそうだ。
恭平君の頭を肩に乗せて安定させる。
***
しばらくするとお湯は完全に引いた。
一定の水位まで下がった時点で恭平君の頭を膝にのせて助けが来るのを待っていた。
「……美雪。待ってればよかったのに」
タオルを巻いた郷華ちゃんが急いでこちらに駆け寄る。
「……何してるの? タオル巻きなさい」
「あ」
やっと状況を理解した。
誰も来ないのは私が全裸でいるから配慮しているんだ。
しかも膝の上には同じく裸の恭平君……。
「あ、私……私……」
「……落ち着いて」
「恥ずかしいけど……良かった恭平君が無事で~」
「……そうね。怖い思いさせてごめんなさい」
安心しきった私は少しの間泣いてしまった。郷華ちゃんは何も言わずに濡れてる私の頭を優しくなでてくれる。
良かった。恭平君が死んでしまうのではないかと思うと怖かった。
「……みんな呼ぶから行くわよ」
「うん」
恭平君の頭をゆっくり床に置いて郷華ちゃんに寄り添うように男湯を後にした。
なんか忘れちゃってるような気がするけど、いいか。
***
「白守様、覗き対策とはいえ寺川様に危害を加えてしまったことお詫びします」
脱衣所で着替えを終えてロビーで待っていると須原さんがわざわざ私んところまで来て謝ってくれた。
「心配はしましたし、怖かったです」
「はい。大変申し訳ございませんでした」
失ってしまうのかと思うと胸が張り裂けそうだった。
しかし誰かが100%悪くないと思う。そもそも林田君が覗こうとしなければ起きなかった事だ。瀬田さんの対策がやり過ぎだったし、須原さんは止められたのに止めなかったのも悪い。
突き詰めてしまうと泊めてもらう部屋にもお風呂はあったんだからそこに入らなかった私達も悪い。
そこまで考えすぎてしまうと誰も何もできなくなってしまうのでこれ以上はやめておこう。
「……林田達は大丈夫そうだから私達は部屋に戻りましょう」
「そう、だね。あとは任せよっか」
***
エレベーターで4階に上がって部屋へ向かっていると1人の男性が廊下に佇んでいる。
「えっと世路さんでしたっけ」
「いかにも」
さっき郷華ちゃんのお父さんとお話してた時と違い重い威圧感を感じさせていた。
この感じは知っている。
「……お父様の警護はどうしたの?」
「多田でも充分です。そういう教育をいたしましたので」
「……なら何でここにいるのかしら?」
すると世路さんは郷華ちゃんから私に視線を移した。
変わらない威圧感に思わず息をのむ。
「どうやらお嬢様のご友人は水中での動きにご自信があるようで」
「他の人より『少し早い』かもですね」
「その腕を見越してお願いがあるのです」
「なんでしょう」
この空間に緊張感が走る。誰も身動き出来ない。
郷華ちゃんは緊張感に対抗するようにいつもより強い視線で世路さんを見る。
「その『技』、多田にご教授いただけないでしょうか?」
「世路さんもいい『技』持っているようですけど」
「分かっているなら『技』が多田と相性が悪いのはご理解いただけると思うのですが」
「私は教えられるほど極めていませんので」
「それにしてはかなりの腕前のようで。────一歩手前ってところですか」
正直この話題は嫌いだ。でも世路さんは私の『過去』を知るはずもない。だから悪意はない。
だからといって私はそれを許せるほど人間はできてない。
「その、いい加減────」
「……あなた達、何話してるの? 何言ってるのか分からないわ」
「失礼いたしました」
感情的になって動こうとした瞬間、郷華ちゃんが世路さんと私の間に割って入る。
少しでも私の動き出しが早かったらもしかしたら郷華ちゃんを傷つけてしまったかもしれない。そう考えると冷静になれた。
「……美雪は疲れてるの。下がりなさい」
「はい。直ちに」
そう言って世路さんは階段マークのある扉に小走りで入った。
張りつめていた空気が緩んだので小さく息を吐く。
「ありがとう。郷華ちゃん」
「……ごめん。お父様には厳しく言っておくわ」
変わらずの無表情に見えるが少し怖かったようだ。
ふと郷華ちゃんの後元を見ると少し震えていた。無理もない。相手は百戦錬磨の猛者なのだから。これは勘だけどね。
郷華ちゃんの腕を引っ張り、ゆっくりと歩く。
「……何があったかは聞かないわ」
「うん。ありがとう」
部屋が近くなってくるとやっと郷華ちゃんが口を開いてくれた。
世路さんとのやり取りで何か過去にあったことは知られてしまったのだろう。
「……でもいつか話せる時が来たら」
「そしたら郷華ちゃんも話してくれる?」
「……そうね、考えておくわ」
普通なら話してくれないと思うセリフだ。でもなんでだろう。それは違うような気がする。
***
「……じゃあ、私は事後処理の様子を見てくるわ」
「え? 一緒に寝ようよ」
いつも敷布団で寝ているのでベッドは落ち着かない、が本音。
寝れるんだけど、寝つきが悪くなってします。
「郷華ちゃんも疲れてるでしょ?」
「……そうね。少しだけ」
掛け布団を体にかける。郷華ちゃんがリモコンで部屋の電気を消してくれた。
何となく、本当に何となく郷華ちゃんのスリープドレスの端を掴む。
「……どうしたの?」
「ベッド慣れてなくって、少しだけいい」
「……ええ、構わないわ」
慣れない天井に少し緊張するけど友達と一緒というのは楽しいな。
中学生の頃の校外学習でもその時の友達と寝た時も似たようなドキドキはあったけど全然違う。
次第に眠気が私の瞼を閉じて意識を睡眠の海へ沈めた。




