第14輪 それは夢か幻か
目を覚ますとゲストルームのベッドの上にいた。
恐らく大浴場での後、部屋に運ばれたのだろう。いつの間にか用意していた寝巻に着替えさせられてるし。
何時か確認しようもスマホがどこにあるか分からない。
とりあえず起きようと体を動かすが体が上手く動かせないことに気付く。
2人で1つのベッド寝ているのだ。恐らく翔太の野郎の寝相が悪いか何かでくっつかれているのだろう。想像すると寒気がする。
しかし、今この体に感じる感触には不思議と嫌な感じがしない。
「翔太、起きろ。男同士でくっ────」
思考が停止した。
雀の鳴き声。カーテンの合間から差し込み暖かな朝日。肌触りのいいシーツが朝日に照らされ質感のよさをアピールする。
そして俺に抱き着くように眠る美雪。掛け布団が上手く絡まってくれてるおかげで目のやり場には困らなさそうだ。
美雪の寝巻も和服のようだ。これを長袖にしたら幽霊のコスプレでも出来そう。ってそんなこと考えてる場合じゃない!
「み、美雪さーん。朝ですよー」
なんで声が小さくなってるんだ。やましいことはない。なのに上手く声が出せない。
よく見ると美雪の寝巻は少し薄目なようで朝日が当たっている部分から美雪の色白な肌が……。
違う違う違う違う!! そうじゃない。
雑念を払うように頭を激しく振る。
何とも言えない心地のよさに惑わされちゃいけない。ここに誰かが来たらまずいって。何がまずい? って言ってる場合じゃない!
「み、美雪」
焦りのおかげか先程より大きな声が出る。
勇気を振り絞って美雪の体を揺さぶると小さく眠気の残った声が聞こえた。
「郷華、ちゃ、ん?」
目をこすりながら少し枯れた声で美雪は釖木の名前を呼ぶ。
恐らく美雪もこの状況に混乱したのだろう。さっきの俺みたいに固まった。
「えっと、おはよう。美雪」
「おはよう。恭平君」
「「じゃない(よ)!!」」
今まで一番息が合ったのかもしれない。
美雪は掛け布団で体を隠すようにくるまる。
「ち、違うんだ。これには何か事情があるんだって!」
「でも昨日は郷華ちゃんと寝てたはず。慣れないベッドで不安だったから郷華ちゃんにくっついてて……え~っと」
必死に昨晩の状況を思い出そうとする美雪。
美雪の話を信じるなら美雪達が寝る頃には俺はこの部屋にいなかったはずだ。
つまり、ここは美雪達が泊っている部屋で俺は招かざる客ってことだ……。しかも美雪達が寝ている間に俺がここに来た(運ばれた)ってことは……
まずくね?
釖木にでも見つかったら殺されそうなんだが。
グッバイ。俺の人生。
「……起きてたのね」
「ごめんなさい! 釖木! いや、釖木様!! 違うんだ」
釖木の声が聞こえた瞬間、ベッドから飛び降りながら土下座の態勢を取った。
死を覚悟して顔を上げるが釖木からは何かするような様子は見られない。
「……知ってるわ。不本意だけど起きてあれを見たら寝覚めが悪いだろうから」
「あれって?」
「……部屋に戻れば分かるわ」
どうやらお咎め無しのようだし釖木の気が変わらないうちに自分の部屋へと戻るとしよう。
「ほーへーひー! はふへへ!!(恭平氏! 助けて!)」
天井から翔太が吊るされていた。確か亀甲縛りと言われる縛り方のはず。さるぐつわまでされている。
確かに朝起きてこんなのが目の前でぶらぶらしてたら嫌だわな。
「さて、釖木に朝食何か聞いてこようかな」
「へーーー! ほほいへほ(ねーーー! 解いてよ)」
ゆらゆらと揺れてるアホは無視して携帯を持って部屋から出ていく。
確かに可哀そうであるがそもそも俺が気を失って美雪達のいる部屋に運ばれたのは翔太のせいだ。もう少し苦しんでもらおうか。
***
「ご飯が旨いよぉ」
「はいはい」
俺達が食堂で朝ごはんをほぼ食べ終えた頃に瀬田さんに連れられた翔太が来た。
そして今目の前で朝ごはんをほおばりながら涙を流している。
「元はと言えばお前が覗きなんてしようとしたからだろ。俺は止めたからな」
「それは聞こえてたから安心したよ」
「……巻き込んで申し訳ないわ」
「ん、まぁ翔太が逃げる可能性もあったから仕方なかったの……かな?」
翔太が落ちた時点でお湯を止めればよかったのでは? 事前に俺に何か伝えておけばよかったのでは? 等々疑問は浮かぶが言ったところで過去は変わらないので黙っておこう。
「この馬鹿のせいで昨日は勉強できなかったわけだが」
「イヤー、ザンネンダッタナー」
もうしばらく縛られてて欲しいところだが、それは翔太の思うつぼだろう。ムカつくがここは勉強に持って行くしかない。
「この後、こわーきんぐすぺーす? でみんなでやろうか」
「……そうね」
美雪の言葉に釖木が頷く。
まずはどうしたものか。翔太がどのくらいできるか見ないとだな。もう大体分かるけど。
「そういえば教科書────」
「……あるわよ」
「ぐぅ」
見るに堪えない抵抗する翔太に不安しか感じない。
翔太を5位以内に入れるのは大変そうだ。
***
それぞれ朝のルーティーンを終えてコワーキングスペースに集まった。といっても翔太は携帯でゲームしてたし、俺はテレビを見ながらボーッとしてただけだ。
みんなそれぞれ楽な格好で集まった。
俺と翔太は基本的に昨日とあまり変わり映えのしない格好だ。
釖木はなんとなく良さそうなTシャツに半ズボンと少しこちらに寄せてきた感じだ。対して美雪は今の格好に落ち着かない感じだ。
というのも釖木が美雪のファッションセンスを心配して自分の服を何着か与えたそうだ。今はそのうちの1つを着ている。
「さて、何から始めるか」
「数学は勘弁して欲しいな」
「じゃあ、数学で」
「なんでよ!」
まずは苦手なところを把握しなくちゃいけないからな。嫌なところから片づけてしまおう。
そんな考えも知らず翔太は嫌そうな顔で俺に訴えかけてくる。
「あの恭平君」
「どうした、んだ?」
「えっと、簡単な教科からやって慣らしていく感じにしない?」
「そ、そうだな」
朝のこともあってか美雪と目を合わせづらい。
視界の端で見る美雪もどこかぎこちない感じがする。
「2人とも何かあったの?」
「……何もないわ」
「野暮なこと言ったら数学にするぞ」
「ごめんって!」
ならどの教科にしようか。俺はどれも変わらないと思うが難易度の感じ方は人それぞれだ。とりあえず問題の翔太に聞くとするか。
「じゃあ、翔太。初めはどの教科にする?」
「保健体育!」
思わず無言で翔太の頭をはたいてしまった。釖木も心なしか手が出そうなくらい怒っているように見える。
「ぼーりょく反対!!」
「……ふざけないで」
「分かったって分かったよ! じゃ、じゃあ日本史で!!」
釖木の圧に負けて翔太が怯えながら教科を指定する。
わざと大きく息を吐き日本史の教科書を出した。適当にページをめくって眺める。
やはり大体は中学の復習みたいなものだ。ならどこから出しても問題なさそうだな。
「じゃあ、まずはどのくらいできるか確認するために軽く問題出すぞ」
「かかってきなよ」
なんとも威勢のいい返事だがどことなく不安を感じる。
「1052年に藤原頼通によって開かれた寺院は平等院○○堂。○○に入る言葉は?」
「ん~っとヒント」
はえーよ。と思わず口に出しそうになるがグッとこらえる。
ん~ヒントかぁ……。
「昨日、ファミレスの席に着く前までに起こったことにヒントがあるな」
「昨日ね……。なるほどね」
得意科目ならすぐ出るもんだと思うがな。
少し時間が無駄なので適当に教科書を読むことにしよう。
「分かった!」
「得意科目にしては時間かかりすぐだろ」
「得意だからこそしっかり考えるもんさ」
そうか? と思いながら翔太の答えを待つ。
「平等院コマンドー!!」
言葉を失った。美雪は口を開けたまま固まり、釖木は信じられないものを見るような顔をしている……ように見える。
止まりかけた思考で考えると翔太を担いで出てきた釖木の姿はそんな感じに見えたな。
そこじゃなくて翔太が順番待ちの紙に『鳳凰院』と書こうとしたくだりのことを言いたかったんだが……。
「これは俺のヒントが悪かったな。うん」
「そうだね。『空想上の生き物の名前が入る』が良かったね」
「……そうね寺川が悪い」
「今回は認めるわ」
翔太だけが疑問符を浮かべる中、俺達3人は真剣にどうすべきか頭を悩ませていた。
***
「休憩しようよ~」
「さっき休んだばっかだろ」
机に突っ伏して弱音を吐く翔太にため息が出る。先程からこの調子だ。10分~15分やるとこうなる。
各教科を一通りやって分かったことがある。
翔太は絶望的に勉強が苦手だ。なぜ柏藤高校に入れたのか分からないほどである。
暗記教科は比較的マシではあるがゲームだか小説やらの知識と混ざっておかしな事になっている。そこは直せば何とかなりそうだ。
問題は数学が絶望的にまずい。基礎であるはずのかけ算が怪しい。特に7の段。『終盤の氷のステージのような嫌らしさ』とか言い始めるし、訳わからん。
「林田君、もう少し頑張ろ? ね?」
「……甘やかさない方がいいわ」
こんな状況で一番貢献しているのは美雪だ。
丁寧に教えて程よく褒めるので比較的翔太の食いつきがいい。
釖木は幼馴染ゆえの慣れがあるせいか思い出話に逃げた利することが多い。それで釖木を怒らせて料理を食わされるの繰り返しだ。
俺に関しては訳わからないと言わんばかりの顔して全く頭に入っていないようだ。何がいけないのか?
「この問題だけやってみろ。さっき教えた『毛ガニの虫よけに梅ジュース、すだちがポン酢をクレッシェンド』だ」
「本当に恭平氏の言ってることだけ分からないんだけど」
「なんでだよ!?」
「……私も分からないわ」
「美雪は?」
「恭平君、ごめんね」
椅子に座っていなかったら膝から崩れ落ちそうだ。泣きたい。
「皆様、調子はいかがですか?」
「こりゃ、煮詰まってますな」
エレベーターの方から須原さんと瀬田さんが出てくる。
どうやら勉強の進行が良くないと察しがつくくらいダメなようだ。
いや、待て。そういえば言わなくちゃいけないことがあったな。
「それより2人に聞きたいことがあるんですが」
「何でしょうか?」
須原さんが真っ直ぐ俺を見つめながら優しく微笑みかける。
一瞬、それに惑わされそうになるが振り切った。
「昨日の風呂の件なんですが、俺を巻き込む必要なかったですよね?」
「失礼しました。大浴場の仕掛けにつきましては瀬田の判断でして」
「瀬・田・さ・ん?」
須原さんの鳴ってない口笛を吹いて誤魔化そうとする瀬田さんを低めの声で呼ぶ。
瀬田さんは観念したように後頭部を軽くかいた。
「いや~、翔太様が覗くなら寺川様もやるかな~、と」
「何でですか?」
「それは寺川様も若い男子ですからな。リビドーには逆らえないと思いましてですね……」
「それでもやりませんよ!」
「まさかこの年で枯れてらっしゃるとは思わないですよ~」
軽くはたいてやろうと手を伸ばすがひらりとかわされてしまった。
もう2、3度ほど試みるが綺麗にかわされる。追いかけるのに疲れてしまい、息を切らしてしまう。
「お嬢様の側近なんですから、そのくらいじゃ当たりませんぞ」
「釖木、このボンクラ執事なんとかしてくれ」
おちょくるように手を口にやって笑う瀬田さん。それにブチ切れる俺。
当の釖木はいつも通りの無表情で眺めるだけだ。
「……補填はしたじゃない」
「なにも貰ってないぞ?」
「……寝たじゃない。美雪と」
「なな、いやちがっ!」
「さ、郷華ちゃん!!」
その言い方は誤解を生むって! いや、俺を運んだであろう須原さんか瀬田さんは知ってるだろうから、この場で事情を知らないのは……。
「恭平氏と白守どんが一緒に寝た……?」
翔太だ。面白いおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせ始める。
次第に翔太の口から漏れる笑い声が大きくなってきた。
「なるほどね。だから朝まで恭平氏が戻ってこなかったわけだ」
「あのね、林田君。変なことはなかったの。だからね」
「『変なこと』って何かな? 僕はまだ何も言ってないよ」
「そ、それは、その……」
いつもの3割り増しくらいムカつく顔で美雪を追いつめようとする翔太。絶妙な位置取りで美雪には触れていない。
対する美雪は恥ずかしそうに顔を赤くするだけだ。
改めて言われるとお互い無意識に無防備な姿を見せてしまったわけで動揺で激しく動く心臓を抑えるのに必死だ。バレないように息を深く吸って吐く。
「……美雪をいじめるの?」
「あ、いや……。やい恭平氏!」
「な、なんだ?」
「白守どんの感触はいかがだったかな?」
深呼吸したおかげか少しだけ冷静になれた気がした。
これはカマかけて俺を辱めようという魂胆だな。
「お前も見ただろ? 教室で美雪が俺を触ったところ。女の子らしい柔らかさだ。知らんが」
「きょ、恭平君?」
俺の言葉に美雪が少し反応してしまうが翔太は気にしていないようだ。
また美雪に迫ろうものなら釖木による制裁が入ると分かっているからだろう。
ため息をするふりをして大きく深呼吸した。
「なぁ、釖木」
「……何?」
この一連の流れの火元である釖木はいつもの表情で見守っていた。少し楽しんでいるように見える。
今朝の状況を思い出したら少し聞きたいことができた。
「翔太を縛ったの誰だ?」
「……私よ。気を失っている間にね」
あっさりと認めた。
これで形勢は逆転だ。視線を釖木から翔太に戻し、ニヤリと笑って見せた。
「翔太はなかなかすごいことされてるじゃないか」
「僕が望んだことじゃないから!」
「『クラスのお嬢様にその幼馴染が縛られた』って話がクラスに流れたらどうなるんだろうなぁ~?」
「きょ、恭平君、やめようよ」
やめるも何も俺は翔太のせいでお湯に流されて気絶させられてさらに辱めを受けたんだ。少しくらいやり返しても罰は当たらないだろう。
今度は俺が翔太の前に立ってニヤニヤして見つめてやった。
「わ、分かった! 恭平氏と白守どんの件は誰にも言わないから!」
観念したのか翔太は大きな音を立てて手を合わせて懇願する。
さすがに可哀そうになってきたので「分かった」と一言だけ言った。
「俺も翔太と釖木のことは誰にも言わない。これでいいだろ?」
「うぅ……前期くらいはこれでからかいたかったのにぃ……」
どんだけこする気だったんだこいつ……。そんな期間言いふらされ続けたらあらぬ噂が立つじゃねぇか。
機転が利いてよかった。縛った人間が釖木じゃなかったらここまで効果は出なかっただろう。
「その皆様。私達のことをお忘れでは?」
「そうですぞ! ちなみに翔太様を天井に吊るしたのは私達ですぞ!」
要らん情報ありがとう。じゃなくて。
「す、すみません。何か用だったんですよね?」
代表して美雪が須原さんに用件を尋ねる。
「お昼ご飯の用意が出来ましたので皆様を呼びに参りました。いかがしますか?」
「ちょうどいいや、食べた~い!」
「……メニューは?」
「サバの塩焼きにアサリの味噌汁、ほうれんそうのお浸し、卵焼きでございます」
「和食か」
「郷華ちゃんのおうちの和食楽しみ!」
今回は美雪の食いつきもいいな。やはり和食には目がないようだ。
少しにやけながらも須原さんと瀬田さんの誘導に付いていくのだった。
***
昼食を食べ終え、様子を見ながら翔太の勉強を見ているうちに時間はどんどん経っていった。
午後は朝とは違い、少しは真面目に取り組んでくれた。まぁ、集中力は持って30分ほどだったが。
「今回はありがとね郷華ちゃん」
「……私もみんなとご飯食べれて楽しかった」
「また機会があったら集まりたいな」
「……美雪と一緒ならいいわ」
「お嬢、また来てもいいかい?」
「……ええ」
それぞれの感想を言って釖木はそれぞれに返事をする────なんか俺だけおかしくないか?!
「俺だけ扱いおかしくないか?」
「ドンマイ。恭平氏」
「私も今度行くときはみんなと一緒がいいから、ね?」
ついつい話し込んでしまいそうになる。こんなことをしてると暗くなってしまう。
名残惜しいがこの場はお開きにしないとな。
「また学校でな」
「うん。またね」
「……また」
「やっとゲームできるよ」
「「「…………」」」
「ごめんって少しは復習するから、ね」
みんなの責める視線に翔太はたじたじだ。釖木家の敷地に俺たちの笑い声が響く。
ひとしきり笑った後はみんなん何も言わず、それぞれの家路についた。




