第90話 弟子入りッス!
獣人族の国に来て、一夜が明けた。
昨日はガヌスと今後の方針を話し、新城に英雄組合の動向を聞いて1日が終わった。
英雄組合は依然としてクリミナティの動向を掴みきれずにいる……だが、馬鹿をやっていた転生者の捕獲に成功し、後日情報を聞き出すらしい。
「朝日が気持ちいいな」
獣人族の国には機械は何も無い、空気が澄んでいて、森のさざめきが気持ち良かった。
今日は取り敢えず広範囲を魔力探知して転生者の魔力が無いかを探る、恐らく何も手掛かりは無いだろうが、こう言う地道な積み重ねが必要だった。
「んで、お前はなに?」
ツリーハウスの宿屋のバルコニーで外を眺めていると、1人の赤い髪の獣人族の少女が隣で尻尾を振りながら此方を見つめていた。
「自分はムタっす!」
「いや、名前はどうでも良いんだが」
カナデの反応に首を傾げる、なんだか実家の犬を思い出す。
「俺になんか用か?」
「はい、弟子にして欲しいっす!」
「弟子?……あぁ、そう言うことか」
昨日のガルフィードとの戦いを見て俺に憧れたのだろう……しかも同じ赤髪だし親近感でも湧いたのだろう。
「悪いがそんなに暇じゃ無いんだよ」
「いやっす!」
「いや、嫌じゃなくてさ」
「いやっす!!」
声量が大きくなる、なんつーわがままな奴なのか……こちらの意見は完全無視だった。
とは言え、獣人族の子供と仲良くして置くのは今後にとっても有利に働く……適当にあしらって置けば良いはずだ。
「……分かったよ、だけど仕事の邪魔はするなよ?」
その言葉に目を輝かせて頷いていた。
純粋な子供だった……いや、子供と言う歳かは分からないが。
揺れる耳、なんとなく昔のペットを撫でる感覚で頭を撫でていた。
するとムタは嬉しそうな顔をしていた。
「なんか、また増えてませんかカナデさん」
朝食の席で、しれっと増えているムタにメリナーデが困惑気味に尋ねた。
「なに、カナデって女の子に好かれやすい性質なの?」
「なんすかそのアニメ見たいな性質、違いますよ」
「そうっすよ!ムタはちんちんついてるっす!」
ムタの言葉に三人は固まる、『ちんちん』と言うフレーズが可愛らしい少しボーイッシュなムタから出た事に驚きを隠せなかった。
「ムタは男なのか?」
「そうっす!ちんちん見るっすか?」
そう言いズボンを脱ごうとする、力づくで止めた。
「いや、良い、脱いだら弟子の話は無しにするぞ」
その言葉にこの世の終わりの様な表情をする、喜怒哀楽忙しい奴だった。
「それで、今日はどうすんの?」
「俺はクリミナティの痕跡を探します、その後はムタに軽く稽古つけてながら考えるって感じですね」
「カナデって結構面倒見良いよね」
「そうですか?」
「そうですよ、カーニャちゃんと言い、ムタって子の面倒も見てますし」
メリナーデが此処ぞと言わんばかりに話しに入って来る、だが確かに言われてみればそうかも知れない。
何というか、押しに弱い性格なのだろう。
ムタもカーニャも、始まりは向こうからだった。
「まぁ何でも良いですよ、俺はやる事やるんで、2人は適当に楽しんどいて下さい」
そう言いカナデは机にお金を置くと宿屋を出る、当然ムタも後ろをついて来ていた。
「ムタは何で俺について来るんだ?」
「師匠が強いからっす」
「お前も強くなりたいのか?」
「そうっす、強くなって、ガヌス様達みたいにムキムキになって……見返してやるんっす」
ムタがムキムキに、想像するとアンバランスで気持ち悪い気もするが……本人がなりたがっているのだから口出しはするべきでは無いだろう。
「魔力探知するから少し待ってろ」
そう言いカナデは目を閉じて森の全域をイメージする。
カナデを中心に波紋が広がる、有象無象の魔力は弾き、一定の魔力量を持つ者だけを感知する……反応は二つ、エラーリア達が居る宿屋に一つ、そして街の外れにある住宅街に一つだった。
魔力残滓は無い、だが怪しい存在は居た。
「さてと、どうするか」
住宅街に堂々と居るのが気になる、そもそも魔力探知で引っかかる様な間抜けをクリミナティは任務に着かせるのか……罠の可能性も大いにある。
「師匠!早く強くなる方法を教えて欲しいっす!!」
確かめに行こうにも、ムタがうるさ過ぎる。
「あー、分かったよ」
ぱぱっと適当にあしらって、それらしい事を言えば納得するだろう。
「かかって来い、全力でな」
そう言いカナデは手招きをする、多少のギャラリーが居るから反撃はしない方が良さそうだ。
「じゃあ行かせて貰うっす!!」
ムタはそう言うと力み声を上げた。
そして彼の腕が獣の如く変化する、だが変化した箇所はそれだけだった。
「成る程、ガヌスが止めたのはこれか」
獣人族と言う名なのに、耳と尻尾だけなのは少し不思議だった……恐らく彼らは本来の姿を閉じ込めているのだろう。
そしてそれを解放したら強さが一段階上がる……そんな感じだろう。
ムタは雄叫びを上げながら突っ込む、彼の元の強さがどれ程かは分からないが、部分変化状態でもノーマルのガルフィードに遠く及ばない強さだった。
弱くは無い、だが強くも無い……曖昧な強さ。
「ムタは全身変化は出来ないのか?」
「出来ないっす、腕だけで精一杯っす」
彼の攻撃を軽く受け流しながらお喋りをする、獣化にも練度と言うのがあるのだろう。
ムタの癖や戦闘スタイルを確かめる様に戦う、戦闘中……ずっと視線を感じていた。
視線の主までは分からないが戦闘開始辺りから感じる、邪魔をする気配は無いが少し気掛かりだった。
「ギブっす……もう動けないっす」
暫くするとムタが息を切らして地面に倒れる、まだ5分も手合わせして居ないのだが。
「終わりか?」
「動けないっす」
ハッタリでは無さそうだ。
ひと段落し、視線の主を探そうと気になっていた方向に視線を向ける、するとそこにはガルフィードが立っていた。
視線の主は彼らしい。
「ムタが訓練をサボるなんて珍しいと思えば、カナデと手合わせしているとはな」
「今日からムタは師匠の弟子になったっす!」
ガルフィードが姿を見せるとムタは起き上がる、一人称が自分の名前とは珍しい奴だった。
「カナデは良いのか?」
「まぁ、此処に居させて貰っている身ですし、そのくらいは」
軽い気持ちのカナデ、だがガルフィードの表情は真剣そのものだった。
「ムタはしつこいぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ、持久力が無いのが救いだが……回復力は桁違い、数分もすれば……」
「師匠!もう一戦やるっす!!」
そう言いムタが立ち上がってくる、その様子にガルフィードは苦笑いしていた。
「少し待て、ガルフィードに聞きたいことがあるから」
その言葉に意外にもムタは素直に頷く、その様子にガルフィードは驚いていた。
「ムタが言う事聞くなんて……明日は槍でも降るな」
「どれだけ珍しいんですか……それより、ガルフィードも獣化を使えるんですか?」
「獣化……あぁ、元祖返りの事か」
「元祖返り?」
「あぁ、全身を獣に変化させる事だ、元々獣人族はただの獣だったと言われているからな」
獣の人と書いて獣人、彼らの生い立ちや歴史はかなり謎に満ちている。
今や人間との交流もなく、その歴史を知る術は彼らの国を訪れるしか無いのだが……人間に似た形をしているという事は、何となく想像は出来る。
「ムタは部分しか元祖返りが出来ない見たいですけど、練度の問題とかですか?」
「いや、元祖返りに練度は無い、出来て当然……正直ムタのケースは歴史上初めてなんだ」
ガルフィードは困った表情で告げた。
「対処法や全身を獣に変化させる方法は分からないと言うわけですか」
「あぁ、俺が稽古を付けて居たお陰で純粋な能力は高いんだけどな……」
そう言いムタに視線を向ける、会話の内容に興味が無さそうに蝶々を見ていた。
彼が底なしの明るさと能天気な性格が僅かでもの救いなのだろう。
「正直、カナデを信頼してる訳では無い……だが、ムタを成長させれるのはあんたしか居ないと思って居る」
「まぁ出会ってまだ2日ですからね、信用する方が難しいですよ」
「あぁ……それで、あんたが良ければ……ムタを強くしてやってくれないか?」
こう、真正面から頼まれると断り辛い。
それに断る理由もない……クリミナティの痕跡やらを探すのに暫くは滞在する事になりそうだし……暇つぶしには良さそうだった。
「良いですよ、俺なんかで良ければ」
承諾するカナデにガルフィードは頭を下げた。
彼が……ムタの事を大切に思っているのはひしひしと伝わって来る。
「そう言えば、連れの2人が酒場で飲んでいたが、大丈夫なのか?」
「あぁ、お金なら渡してあるので」
あの2人が酒場に居る事にもう驚きは無い、寧ろウロウロされるよりマシだった。
だがカナデの言葉にガルフィードは再び苦笑いを浮かべた。
「あぁ……あの2人が飲んでた酒場、お金じゃないんだ、支払い」
「お金じゃ無い?」
「あぁ、あの店は少し特殊でな、日によって店主の気分で支払い方法が変わるんだよ」
どんな店なのか、想像も付かない。
「主な支払い方法は何なんですか?」
「店主が欲しい物だな、食料が欲しければ食料だし、日用品の日もある……正直何を要求されるか分からないから繁盛はしてない」
エラーリアはともかく、何故あの女神はこうもトラブルを持って来るのか……本当に女神か最近怪しいところでもある。
「……嫌な予感しますね」
「あぁ、直ぐに行った方が良い」
ムタの稽古にメリナーデ達のトラブル、思った様にクリミナティの捜査はうまく行かない。
「店主は自由人だから、気をつけろよ」
2人の魔力を頼りに向かおうとするカナデにガルフィードは忠告をする、カナデは振り返る事なく、片手だけを上げた。
「そんな顔するなムタ、俺が稽古つけてやるよ」
しょんぼりとした表情で耳が萎えているムタにガルフィードがそう告げる。
「でも師匠より弱いっす」
「お前なぁ……」
ムタの言葉にガルフィードは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。




