第82話 大切な人の為
俺には好きな人が居た。
たまたま、任務でルデールに訪れた時に見つけた花屋の娘……要するに一目惚れという奴だ。
あの頃はクリミナティで主に暗殺の汚れ仕事をやっていた。
社畜で疲労困憊、足がふらついて駅のホームに落ち死んだ……特にやりたい事も無く、転生した後も出会った転生者に言われるがまま、クリミナティに入った。
まぁ生きる希望が無いって奴だった。
あまりアニメも漫画も見ない俺にとって異世界転生は正直パッと来ない、第二の人生を何故27と言う年齢から始めなければならないのか意味が分からなかった。
人を殺すのにも抵抗は無かった。
なんと言うのだろうか、以前の俺は善悪とかそう言うのが無かった。
全てどうでも良い……そんな感じだった。
だが、そんな時にあの娘と出会った。
俺もまだ人間の心があったもんだと思った。
笑顔が眩しくて、花が大好きな少女、名をフラリーヌ。
あの時の任務はメイガスタの暗殺、魔法の心臓の奪取だった。
だが……フラリーヌに一目惚れをした。
そして任務を忘れ、花屋に通った。
我ながら驚いた。
フラリーヌは18歳だった、そして俺は当時27歳……向こうの世界じゃ未成年に手を出して居ることになる。
この世界じゃ年齢は関係ない、その点では来て良かった。
別にロリコンな訳では無い……ただ、学生時代に付き合って、結婚もして……先立った妻にとても似ていた。
だから惹かれた。
妻の生まれ変わりでは無いのかと思った程だ。
そして俺はフラリーヌに猛アタックした、そして何とか2人で出掛ける所まで漕ぎ着けた。
だがそんな時にクリミナティから催促が来た、メイガスタを早く暗殺しろと。
だがフラリーヌとの日々を過ごし、もう人を殺すクリミナティの地獄の様な日常には戻りたく無かった。
だから抜けた。
まぁ自分勝手なのは分かってる。
散々人を殺して、今更自分だけ幸せになるなんて許されないのも。
だから、正直に暗殺対象のメイガスタにその事を話した。
そして戦う流れになり、完膚なきまでに叩きのめされた。
だが、メイガスタも俺を受け入れてくれた。
学院の教員をすると言う条件付きで、最初は面倒だったが今思えばあれはメイガスタの気遣いだったのかも知れない。
フラリーヌに職業を聞かれてもはぐらかしていたが、ようやく教員と言えたのだから。
それに教師も悪くは無かった。
色々と面白い奴が多かった。
今年は特に粒揃い、なんだかんだ教えるのが楽しかった。
人殺しの俺にしては、幸せ過ぎる毎日だった。
「君、情報より遥かに強かったよ」
鼻血を拭きながらミソラはアルトの胸に突き刺さった剣を引き抜く、アルトは力無く地面に膝を付いた。
当然、勝てるなんて思って居なかった。
とは言え強すぎる……二度目の死……か。
「お前らの目的は俺なんだよな」
「そうだけど」
「なら頼む……もう国を攻撃しないでくれ」
「それは、この後の命令次第ね」
そう言い剣の血を拭くと影に沈んで行く、まだ息はあるが……死ぬのも時間の問題だった。
クリミナティから逃げたあの日から覚悟はして居た……死ぬのは怖くない。
ただ、フラリーヌが無事ならそれで良い、彼女は最優先で学院の地下に送った。
阿毘白が倒された時点でもうあそこが襲われる事もない、きっと無事の筈だった。
心残りはあるが、彼女が無事なら安心して死ねる……そう思って居た時、視界の端に足が映った。
「無様ですね、アルト」
この声は……タナトスだった。
「お前……まじで卑怯な奴だな」
「賢いと言ってくれ、立ち回りが上手いんですよ」
「何の用だ、見ての通り俺はそのうち死ぬ」
「知ってますよ、ですが……ただ死ぬだけなんて生温いですよね?」
「どう言う事だ」
タナトスは不敵に笑った。
「君はあの方を裏切った、それを死だけで償うなんてあまりにも軽すぎる……だから、君の大切な人を殺す事にします」
その言葉にアルトは勢い良く立ち上がり、タナトスの胸元を掴み上げた。
「お前に……そんな事させる訳ないだろ」
コイツは正真正銘のクソ野郎、それは知っていた。
だがここ迄とは……俺の予想を超えて居た。
「死に掛けの君なら勝てますよ」
そう言い手を払い除けるとアルトを蹴り飛ばし、頭に足を置く。
「くそ……野郎が」
「何とでも言ってください、直ぐに君の元にフラ……何ちゃらさんも送りますから」
そう言いタナトスは足を退けると歩いて行く、もう身体は動かない……止める事が出来ない。
俺は……死んでまで人に迷惑を掛けるのか。
人殺しは幸せに死ねないのは当然理解して居た……だが、フラリーヌは関係ない。
あの子は何も悪いことはしていない、ただ幸せに生きて欲しい……それだけなのに。
「誰……か」
居る訳も無い、だが……縋らずにはいられなかった。
「先越されたか」
声がした。
目がボヤけて誰か視認できないが、ボンヤリと赤い髪が映っていた。
「森城、阿毘白、田中、この3人の誰かか?」
「誰か……知らないが、頼みがある」
「質問に答えろ」
「俺は……アルトだ……学院地下に居る、フラリーヌを守ってくれ」
誰かは知らない。
だが……誰でも良かった。
守ってくれるのなら。
「あんた、この国を守る為に戦ってたのか?」
「国……と言うよりも、大切な人の為だ」
「そうか」
「頼む……」
「まぁ……ついでで考えとく」
「ありがとう」
そう言い、アルトは事切れた。
その表情は少しだけ、安心している様だった。
アルトが事切れていた時、タナトスは学院地下を目指そうとして居たが、その途中で道を変えて居た。
「流石にこのまま帰るのも申し訳無いですし、アリアだけでも連れ帰りましょうか」
心臓の破壊は達成したが、タナトスが成し遂げた事は特にこれと言って何もない、それじゃあの方に示しは付かない。
だが、アリアを連れ帰れば多少利益になる、あの血は使える。
「そう言えばあの白髪の子も不思議な力を持ってましたね」
聖属性の魔力、別名神の魔力。
まあ呼び名は色々とあるが、それだけ貴重な力という事だった。
「結構、複製が減らされてますね」
戦闘の現場に着くと、複製が数えるほどしか残って居なかった。
とは言え向こうもボロボロ、かなり楽に捕まえれそうだった。
「随分と頑張りましたね」
「タナ……トス、あんたは本体?」
「ええ、少し状況が宜しく無くて、アリアさん、カーニャを連れて帰りましょう」
大人しく聞いてくれれば良いが。
「あんたに着いて行く訳ないでしょ、力を貰って置いて悪いけど……私は残るわよ」
めんどくせぇ。
「そうですか、なら力尽くで連れて来ますよ」
そう言いタナトスは剣を抜く、異世界人程度なら私でも余裕だ。
「全力で抵抗するわ」
そう言いながらもアリアはフラフラだった。
カーニャとルナリスを回復させる為に血を使用しすぎて居た、そしてその2人も疲労困憊、とてもじゃ無いが本体のタナトスと戦える状況では無かった。
アリアは後ろを少しチラ見する、どう足掻いても勝てない。
「生憎、私も軽く焦ってましてね、早急に終わらせますよ」
そう言いタナトスはアリアを無視してルナリスへと距離を詰める、予想外の行動にアリアは反応出来ずに横を通過させた。
ルナリスは何とか片腕で剣を受け止めるが腹を蹴られ吹っ飛ぶ、そしてカーニャに狙いを定めると剣を振り下ろした。
だがカーニャは何とか剣を交わす、頬を掠めるが剣は空を斬る、するとタナトスは即座に剣から手を離し、顔面を殴りつけた。
カーニャはルナリスとは反対方向に吹っ飛んで行く、そしてタナトスはアリアに視線を向けた。
「さてと、アリアさん、選択肢をあげます」
「選択肢?」
「はい、大人しく自分から戻るか、あの2人を殺して、無理矢理連れて帰られるかです」
「なっ!?」
「私は優しいですから選択肢があるんですよ、他の人なら問答無用で殺して連れて帰りますから」
そう不敵な笑みを浮かべながらタナトスは告げる、アリアは突然迫られる二択に動揺して居た。
万全の状態でも勝てるか分からない相手に、今の状態じゃ勝ち目は無い……とは言え、私は戻りたく無い。
「時間はありませんよ?」
タナトスは催促する、戦うのは……得策では無い。
どの道……連れて帰られるならば、2人が無事の方が当然良いに決まっている。
「わか……っ」
「そんな事は、させませんわ!」
ルナリスの叫び声と共に雷がタナトスに向かって降り注ぐ、だが即座に反応すると雷撃を軽々避けた。
「浅はかだね、その程度も避けれないと思われてるんでしょうか?」
「避けるのは想定済みですわ」
ルナリスは笑った。
そして次の瞬間、タナトスの頬に鈍い痛みが走った。
「いつの間に……」
透過魔法、気が付けなかった。
殴られて暫く動けないと油断した。
「一撃は……入れたよ」
タナトスはカーニャの一撃に地面を転がる、さほどダメージは無い。
だが、完全にブチ切れた。
「こっちが下手に出てりゃ……調子に乗りやがって、もうどうでも良い、全員殺す」
穏やかに、ニコニコとして居たタナトスが目を見開いてあからさまにブチギレて居た。
どう考えてもやばいのは明らかだった。
「ここからが本番見たいね」
アリアは鼻血を拭き、顔を上げた。




