第76話 No.10
無数のタナトス、活路も見出せないまま、数の暴力に押される。
このままではジリ貧、だが本体も分からない……そんな状況ではアリア達に残された道は耐えるのみだった。
理不尽な戦いを強いられる中、タナトスの本体は別の人間と戦っていた。
「アルト、君も随分と馬鹿になりましたね」
「馬鹿はお前らの方だろ」
「ははっ、言ってくれますね」
崩壊した学院の演習場で2人の男が言葉を交わす、アルトとタナトス、2人は互いに剣を握り対面して居た。
「タナトスだなんて随分とふざけた名前してるな」
「そうですかね、これでも随分と気に入ってるんですけど」
「田中鳥栖、それが本名だろ」
「えぇ、ですがこの世界で名前なんて意味無いですよ」
この世界では何者でもない、自分を知る人も居ない……名前などもはや意味はない。
「アルト、君は強い、そして戦力にもなる、だから問う……なぜクリミナティから逃げた」
「聞いたところで、戻る気はねぇよ」
髪を掻きながら答える、彼の言葉通り、俺はクリミナティの一員だった。
別に加入理由に深い事情は無い、ただ異世界に来て、やる事もなく……転生者仲間に話し掛けられたから入った。
ただそれだけだけ。
「残念です、あの方もアルトの事を連れ戻したがって居たのですが……仕方ありませんね」
そう言いタナトスは指を鳴らす、すると見知らぬ男が姿を現した。
阿毘白とタナトスの顔は知っている、だが彼は見た事がない……となれば名前だけ知っていた森城と言う男なのだろう。
腰まで伸びた長い黒髪、一瞬女性かと思ったが、それにしては身長が高かった。
「アルト相手に私1人じゃ殺されますから、助っ人ですよ……強力な」
「みてーだな」
タナトスは正直、転生者の中でも能力が厄介なだけで強くは無い……だが目の前に居る森城、コイツ別格だった。
「お前、本部隊の人間か」
「……否定はせん」
それだけを告げる、口数が多い方では無いのだろう。
だがクリミナティの本部隊格が出てくるのは少し予想外だった。
クリミナティに居たからこそ分かる。
本部隊格の人間は少数しか居ない、その詳細な数は今どうなっているかは知らないが、俺が居た頃は10人だった。
本当に強い奴のみで構成された、部隊……一応俺もそこの1人だった。
だからこそ、殺さずこうして連れ戻そうとして居る、だが前々から疑問に思っていた。
名前も知らないリーダーは何をする為に転生者を集めて居るのか、何をする為に強者を揃えるのか……末席だった俺にはわからない。
「最後に問う、戻らないのか」
「二度と戻るかよ」
「そうか、ならば……依頼通り、仕事を全うする」
森城はそう告げると少し長めの剣を構える、構えからして訓練を積んでいる。
やはり侮れない……だが一番の不安要素は彼の能力、恐らく此方の能力は割れている。
転生者とは何度か戦った経験はある、そして実力差があってもひっくり返ると言う事も知っている。
全ては能力、それに左右される。
「アルト、お前の能力は知っている……風を操るのだろ?」
「不公平だな」
知らなければ不意打ちも出来たが、まぁ彼程度の実力になれば躱されるだろう。
「あの方を裏切った事、後悔するぞ」
「安心しろ、それだけは無い」
アルトはそう告げると足に風を纏う、すると身体は宙に浮いた。
まずは空で相手の攻撃を待つ、転生者との戦いはタイミングがシビア、手の内を知られている場合は更に難しい。
森城の能力は待ちなのか……迂闊に手を出せなかった。
「成る程、厄介だな」
空に浮かぶアルトを見て呟く、彼もアルトが何を望んでいるのかは察した様だった。
少ししゃがむと勢いをつけて飛び上がる、すると一瞬にしてアルトと同じ高さまで跳躍した。
「まぁ、転生者ならそうなるよな」
高く空を舞った所で同じ転生者なら余裕で同じ高さまで来れる、手の内を見たいならそこまで追い込むしか無いわけだった。
「一度お前とは戦って見たかったんだ」
「強烈な片想いだな」
構えの体制に入る森城、腕に風を纏おうとするが、咄嗟に手を森城の正面に構えると風を巻き起こし彼を吹き飛ばした。
「良い判断だな」
そう告げると森城は突風に向かって剣を振り下ろす、すると風は不自然に消えた。
「言っとくが俺の能力じゃ無いぞ」
そう言い剣を器用に回す、剣自体に何かしら掻き消す能力があるようだった。
別に不思議な事ではない、この異世界には神器と言うのがある、その名の通り神々が残した武器、恐らくあれもその一つなのだろう。
だが……
「それで勝ち誇った気なら、お前に勝ち目はないぜ」
アルトは笑みを浮かべると勢い良く着地する、タナトスの方は何をする訳でもない様子……とは言え、いつまでも手を出さないとも限らない、一瞬で片付ける。
全身に風を纏うと自身と背丈も同じ程の風の分身を出す、そして森城の周りを囲むと一斉に攻撃を仕掛けた。
全てを打ち消す神器であろうと所詮は一本の剣、消せる数にも限度はある。
「成る程、風を纏いどれが分身か分からなくしたか」
森城はかなりの反応スピードで襲い来る分身を消して行く、だが次の瞬間、何かが肩を貫いた。
「なんだ……」
「超高密度に圧縮した風だよ、まぁ……簡単に言えば風のビームだな」
分身から少し離れた場所でアルトの声がする、いつの間に風の鎧を脱いだのか……いや、元々纏って居なかったのだろう。
上手く視線や意識、何から何まで逸らされていた。
「もう、能力を出し惜しむのはやめよう……本気だ」
そう言うと森城は突然消えた。
「透過か?」
気配も何も感じない、だが広範囲の攻撃なら通る筈だった。
「相性が悪かったな」
そう言い辺り一帯を風の刃を含んだ風圧で吹き飛ばす、木っ端微塵になる辺りを見て一息吐こうとしたその時、背中に鋭い痛みが走った。
「なっ……」
視線を向けずとも分かる、先程まで居なかった筈の森城の気配を感じた。
「どうやって躱したんだ」
「さぁ、どうだろうな」
姿は見えないが声と気配がする場所を風で攻撃する、だが手応えは全く無かった。
まだ気配が消えた、感知能力に優れている訳ではないが、ここ迄気配を消せる人間に出会った事はない……能力の詳細も分からない。
「こっちだ」
声と共にまた気配を感じる、だがその直後に腕に切り傷を負う、そして気配は消える。
再びアルトは飛び上がると上から様子を伺う、視界の端に映るタナトスは呑気にティータイムしている、だが今はどうでも良い。
彼の能力は透過に似た類なのか……攻撃の一瞬だけ気配を感じるが、それ以外は一才感じない、まるで元々居ないかの様に。
だが攻撃の瞬間だけは実体がある……それだけ分かれば十分だ。
「随分とジリ貧じゃ無いか?アルトよ」
「お前こそ姿を現して、余裕だな」
「あぁ、お前は俺に傷一つ付けられない……残念だ、俺の前任者がこんなにも弱かったとは」
「結構馬鹿にするじゃねーの」
まぁ挑発のつもりなのだろうが、生憎俺には強さとかはどうでも良い。
だが、シンプルに馬鹿にされたのはムカつく。
「そこまで言うなら……先輩の力、見せてやるよ」
「そう来なくては」
いつまでもやられっぱなしは性に合わない、それに何となく反撃の糸口も見え始めた。
単純だがあいつは消えたまま攻撃は出来ない、ならば出現するその瞬間を狙う……正直とんでもなくレベルは高いが、俺なら問題は無い。
集中しろ。
風の鎧を身に纏う、正直出血をこれ以上すると負けも見えてくる……ダメージは負えない。
チャンスは一度と思っても良い、そっちの方が緊張感も出る。
「森城さん、そろそろ決めて下さい」
「そのつもりだ」
タナトスの言葉に森城は姿を消す、何処から攻撃が来るか、それは予測しない方がいい。
アルトは目を閉じると五感を集中させる、風の鎧は目を閉じているのを悟られない為でもあった。
風を纏うアルトを森城は下から見ていた。
「また無駄な事を」
腕を組み、何処から攻撃するかを考える、森城の能力は『存在しない者』だった。
名前の通り存在しなくなる、この世界から居なくなる能力。
とは言え本当に消えている訳ではない、簡単に言うなら別の次元に居ると言った所、だから攻撃は当たらないが、当てる事も出来ない。
本来この能力は暗殺向き、真っ向勝負は向いて居なかった。
だが森城は敢えて不利を選んだ、それが現No.10の意地なのかは分からない。
だが、その選択が大いに間違って居た事だけは確かだった。
「これで終わりだ」
確実に終わらせる為に首を狙った一撃を放つ、剣は風の鎧に当たると消滅する、その瞬間、拳が森城の顔面に叩き込まれた。
「?!?!?」
声にならない驚き、だが既にアルトは追撃の為に距離を詰めてきていた。
「まずい!!」
寸前のところで森城は能力で逃げる、何が起こったのか……それは頬の痛みが物語って居た。
「殴られた……」
アルトは再び風の鎧を纏い、待ちの体制に入る……だが殴られるなんてあり得ない。
この能力は発動時間が殆どない、だから攻撃の一瞬も数秒にすら満たない……その間に位置を把握し、反撃なんて不可能だった。
「んっ……」
口から歯を吐き出す、顔面の骨にヒビが入っている……これ程のダメージを食らったのは初めてだ。
だが二度目はない。
もう一度、今度は殺すのではなく、弱体化を目的に腕を狙う。
さっきは首を狙った、あれは迂闊だった。
アルト程の経験者なら急所への反応は早い、だが腕ならその分遅くなる筈だった。
「じわじわと殺してやる」
剣が風の鎧を掻き消し、腕に軌道を描く、だが腕を切り落とすよりも先に再び拳が森城の腹部を捉えた。
そして間髪入れずに肋を打ち砕かれる、一瞬の2連撃に森城は能力で逃げるのが遅れた。
何故、反応出来るのか……不可解でならない。
「何故だ……」
何度も何度も、攻撃を試みる。
「何故……」
だがその全てを悉く打ち砕かれる。
「何故俺が攻撃されるんだ!!」
そして森城はボロボロになって姿を現した。
「良い顔になったじゃねーか」
「くそ……」
このままじゃ、負ける……いや、もう負けて居た。
俺の攻撃は最初の二撃しか当たって居ない……それに能力で逃げた所で、あそこに辿り着く前に死ぬ。
「どうやって、俺の能力を破った」
「お前が剣で風の鎧を消す、それで攻撃の角度とタイミングを測ってたんだよ」
「それだけか?」
「それだけさ」
どうやら前任者は飛んだ化け物の様だった。
剣が鎧を消し、彼に届くまで1秒にも満たない、それを集中力だけで反応する……勝てるわけが無い。
「俺の負けだ、殺せ」
「随分とあっさり負けを認めるんだな」
「足掻いた所で見っともないだけだ」
「そうか……それで、タナトス、お前はどうする」
「随分と強くなったんですね」
正直タナトスなら今の状態でも問題なく倒せる、あいつに戦闘能力はあまり無い。
だが不自然だった。
戦闘能力が無いとはいえ、2人でこれば勝てる可能性も無くは無かった、だがあいつはずっと傍観して居た。
そもそも、アイツらは何故このタイミングでこの国を襲ったのか……本当に俺が目的なのか。
「いや、アルト……君がそれ程強くなって居るなんて、あの方が知ったら大喜……」
喋るタナトスの首を斬り落とす、こいつは複製体だった。
迂闊だった……アイツらの目的は鼻から俺では無い。
「メイガスタか」




