第53話 魔人の出現
「結構順調ね」
「ですわね、もやしっ子は魔力大丈夫かしら?」
「多分大丈夫だと思う」
10匹目になるウルフを片付けると証拠となる魔力結晶を小さな麻袋へと詰める、魔獣達がこの結晶を持っているのには色々と諸説がある。
基本的には魔獣と呼ばれる様になったのには二つ説があると考えられるている。
一つが大気中の魔力を取り込み続け、凶暴化した獣が魔獣とされる説、そしてもう一つが魔王と呼ばれる邪悪なる存在が獣に魔力を与えたとされる説……正直魔王説は真偽が定かでは無い故に前者が有力と呼んだ書物には記されていた。
どちらにせよこの森は魔力濃度が高いらしく、こうした結晶を魔獣から取ることが出来た。
「しかしこうも順調だと心配になるわね」
「杞憂ですわ、感知にも大した魔力は掛からないですし」
心配性なアリアとは対照的にルナリスはかなり楽観的な性格の様だった。
なんだかんだ、最初は仲の悪い二人と思って居たが、口喧嘩は多い物の、こうしてみると心の底から嫌いあっている様子でも無かった。
「そう言えばもやしっ子はこの国の人間じゃないですわね?」
ルナリスの言葉に少しドキッとする、メイガスタからはあまり他国から来たことは言わないように言われているのだが……
「こ、この国の出身だよ」
「本当ですの?怪しいですわね……」
そう言いルナリスはジトっとカーニャを見つめる、一応事情の知っているアリアに助けを求めるが彼女は首を横に振っていた。
「別に他国だからと隠す必要は無いですわよ、この学院に居るのならある程度の信頼はあるのですから」
「そうなの?」
「その反応をすると言うことは、やっぱり他国から来たようですわね」
少し安心た微妙な感情の変化をルナリスは見逃さなかった。
してやられた……
「何処の国出身なんですの?私この国から出た事が無いので少し気になってますの」
「何処の国……」
私は何処の国で生まれたのか、そんなのはもう覚えていない、覚えているのはミルザエフと言う村で名も知らぬ老人に育てられた事位だった。
「前々から思ってたけど、カーニャってあまり自分の過去語らないわよね」
「それは……」
語れるのなら語りたい、二人ともっと仲良くなりたいのだから……だが私には言えない事が多すぎる。
カナデの事も、奴隷だった事も……何も言えない。
「別に良いわよ、語りたく無い過去は誰にでもある……私が血の魔女の末裔だったみたいにね」
「そうですわね、私に隠したい過去はありますし」
そう言いルナリスはグッと伸びをする、そろそろ疲れが溜まってくる頃だった。
演習開始から3時間、やっと折り返しだった。
討伐した魔獣は10匹、大きな怪我も無く……順調そのものだった。
「二人ともまだ行けますわよね?」
「勿論」
「大丈夫」
ルナリスの言葉に頷くと再び出発しようとする、だが急にルナリスの声色が変わった。
「嘘……いつの間にこんな魔力が!?」
明らかに動揺する、そして周囲を見渡した。
感知の魔法を使っているルナリスにしか分からない状況にアリアとカーニャは不思議そうにしていた。
「二人とも……全力で逃げ……!!」
ルナリスが言葉を言い終わる前に3人の前に人の形をした『何か』が姿を現した。
すらっとした体型に長い手足、一見人に見えるが『それ』には顔が無かった。
見えるはずの無い顔でまるで見えているかの様に3人の顔に向けて角度を変える、突然の不気味な『何か』の出現にカーニャは少し顔を顰めた。
正直カーニャに自体の深刻さは分かっていない、だがアリアとルナリスは滝のような冷や汗をかき、手足が震えていた。
「何で……魔人がこんな森に」
魔人……聞いた事はある。
だが正直正体は何か分からない、人では無いらしいが何の生物かも分からない謎の生命体だった。
「カーニャ、支援お願い出来る?」
「なっ!?貴女闘うつもりなの!?」
「良いから早く!!」
ルナリスの言葉に声を荒げる、カーニャは慌ててアリアに支援魔法を掛けた。
「っ……私はアルトに連絡を取りますわ!!」
「時間稼ぎは任せて、カーニャ!支援魔法と回復魔法を絶えず私に掛けて!!」
「わ、分かった!」
アリアはそう告げると剣を構える、顔が無い魔人はユラッと地面を蹴ると凄まじいスピードでアリアとの距離を詰めた。
「速っ……!?」
反応できるスピードじゃない、アリアはガードも出来ずに腹部を蹴られると吹っ飛ばされ木の幹に激突した。
「アリア!!」
吹っ飛ばされるアリアにカーニャは魔人から視線を外してしまう、そして気がつくと魔人が目の前まで迫っていた。
防御支援も何もしていない、殴られれば下手すれば死ぬ……
「アリア、カーニャ!!」
ルナリスの叫び声が聞こえる、幾ら無詠唱で魔法が使えるとは言え、この状況を打破出来る方法など思い付かなかった。
死を覚悟する、ただカナデの隣に居たかったそれだけなのに……カーニャは迫る手を前にこの学院へ来た事を少し後悔しようとしていた。
迫る手にカーニャは思わず目を閉じる、だが次の瞬間ルナリスの苦しそうな呻き声が響き渡った。
何故ルナリスが、それにカーニャには何の衝撃もない……違和感に目を開くとカーニャの位置は魔人から離れていた。
「え?」
先程カーニャが居た位置には何故かルナリスが居る、そして私が喰らうはずだった攻撃をルナリスが喰らっていた。
ルナリスは吹き飛ばされるとカーニャを巻き込み転倒する、何が起こったのか理解出来なかった。
「何ボサッとしてますの……戦闘のセオリーは後衛を守り抜くですわよ」
そう言いながらルナリスは立ち上がる、カーニャがクッションになったお陰でそこまで重症ではない様だった。
即座に回復魔法を掛けるがどれだけ効果があるか分からない、左腕と肋骨が折れている様だった。
「カーニャ、もう一度支援魔法……掛けてもらえる?」
吹き飛ばされていたアリアがゆっくりと戻って来るくる、口に付いた血を拭き取り剣をしっかりと握りなおす、少し表情が苦しげだった。
「わ、分かった」
アリアにもう一度支援魔法を掛けなおす、詠唱が無い分、少し多めに掛ける事が出来た。
「前衛に取って一番不名誉な事は中衛、後衛が傷を負う事……油断したとは言え、もう二度と二人には攻撃させない」
そうアリアは告げると剣の刀身を掴み、自ら手を切った。
「治癒は要らないから」
そう言い魔人の方に走り出す、そして切った傷口からは想像も出来ない程の血を魔人に向かって飛ばした。
「操血!!」
アリアが叫ぶと血は硬質化し、鋭利になって魔人の身体を貫く、その瞬間人型からは想像も出来ない不快な叫び声を上げた。
少し苦しそうな顔をしながらもアリアは距離を取ろうとする魔人との距離を詰める、一気にやり切らなければあいつらは再生する……今の火力で足りるかは分からない、だがやらなければこっちが死ぬ。
「私は賢者になるんだよ!!」
大声で叫びながら血を纏わせた剣を振りかざす、小刻みに振動する血液は如何なる物も断ち切る……距離を取ろうと背を向けた魔人に頭から両断する勢いでアリアは剣を振り下ろす、だが後ろに目でも付いて居るのか、魔人は何かを察知すると身体を少し捩った。
「なっ!?」
振り下ろされた剣は魔人の右腕を切断する、だがこいつにとってそれは然程ダメージでは無い……汗が頬を伝った。
魔人は個体差もあるがその殆どがとんでも無い再生能力を有して居る、腕なんて20秒も有れば元通りに戻る……こいつらを殺すには胸の内部にあるコアを破壊しないと行けなかった。
あんな無防備に背中を見せて距離を取るのも恐らくあれが最初で最後……もうチャンスはない。
「時間稼ぎ感謝しますわ」
落胆していた時に聞こえてきたルナリスの言葉にアリアは振り返る、そこには巨大な火球に両の手を掲げた彼女が立っていた。
小さな納屋程度のサイズはある、そしてルナリスは火球を魔人目掛けて投げ付けた。
「離れなさい!吹き飛びますわよ!!」
ルナリスの言葉にアリアとカーニャは火球とは逆方向に走り出す、攻撃が当たらずとも魔人はこの火球を無視して追っては来れない筈だった。
「前衛最低限の仕事はしましたわね」
ルナリスの言葉にアリアは背を向けたまま何も返さない、彼女も無力を感じて居るのだろうが……一番無力を感じで居たのはカーニャだった。
支援魔法は掛けれた、だがそれだけ……攻撃は全く出来ていなかった。
魔人相手にはもちろん魔法は使える、だが私には戦いの経験値がない、アリアが前衛で守って居る間に攻撃しようとしたが彼女に当たるのが怖くて攻撃出来なかった。
背後ではルナリスの放った火球が轟音を響かせ爆発する、その爆風で少しカーニャはよろめいた。
「カーニャの支援魔法が無かったらとっくに死んでたわ」
「まぁ、もやしっ子には感謝しておくわ」
二人の言葉にカーニャは少し驚いていた。
何故感謝をされるのか、それがただの優しさなのかも分からない。
だがカーニャが思って居るよりも支援魔法の役割と言うのは大きかった。
アリアに掛けた身体能力強化のお陰で魔人の攻撃を耐え、ルナリスに掛けた魔力強化のお陰であれ程巨大な火炎魔法が放てたのだが……それをカーニャが理解するにはまだ時間が掛かる。
「一先ずは逃げ切れた……?」
「分かりませんわ、探知は当てにならない……ですが、逃げ切れた事を祈りますわ」
少し前にカナデからとある話しを聞いた。
危機的状況から免れた時、例えば今のような場合、安心の言葉を言っては行けないと。
なんだったか……彼はそれを『フラグ』と言っていた。
まぁ要するに良くないと言う事だった。
「嘘ですわよね……」
「そうだと有難いけど……」
絶望を露わにする二人、カーニャは何となくこうなるだろうと予想はしていた。
魔人は少し焦げ臭い匂いがするものの、傷は治癒されて居る……対する此方は殆ど満身創痍、然程疲れていないのはカーニャくらいだった。
「さて、どうしたものか」
アリアはそう言いつつも前衛としての役目を果たす為に痛みか恐怖か、震える手で剣を構える、ルナリスもそれを見て感化されたのか、ゆっくりと杖を構えた。
だがそれを投げ捨てると拳を構えた。
「魔力残量が殆どない私に出来ることはカーニャ、貴女の支援を受けて前衛に回ること位ですわ」
そう言い二人はカーニャを守る様に立つ、その姿に不甲斐無さを感じるが、今は自分にできる事をやるだけ、もう魔力なんて気にしては居られない。
ありったけの支援と回復魔法を施す、魔力不足で立ちくらみを感じるが関係なかった。
だが現実は非情か、学院に入学したばかりの少女達が魔人を倒せる訳も無かった。
「アリア!!」
魔人の一撃がアリアの腹部を僅かに抉る、ルナリスも折れた右腕を庇いながら戦うが話しにならなかった。
「誰も死なせない……」
魔力なんて当の昔に枯れて居る、だがカーニャは誰も死なせない、ただその一心で二人に治癒魔法を掛け続けた。
魔力欠乏の症状が全て出ている、止まらない鼻血、歪む視界、割れそうなほどの頭痛……だがその全てが霞む程に彼女達を死なせないと言う意思が強かった。
魔人は甲高い奇声を上げながら魔力を感知しているのか、二人を無視してゆっくりとカーニャの元へと歩く。
視界が歪んで距離感が掴めない、だが魔法を止める事は出来ない……私ではカナデの様に細胞から作り直す事も出来ないし、止血程度で精一杯……それでも止めてしまえば死んでしまう。
ゆっくりと近づいて来る魔人、そしてとうとうカーニャの意識は暗闇へと落ちて行った。
「良く頑張った」
最後に聞こえたのは優しいあまり聞き馴染みの無い男の声だった。




