第三十八話 殴り合い
「わたあめも、先に行ってしまったか」
広い教会に並べられた長椅子の一つに座り、リリアーナ像に向かって祈りを捧げながら赤井は呟く。
ステンドグラスから差す月明かりに照らされ、石像は幻想的に映っていた。
皆んな、カナデという男に敗れてしまった……あの強さは何かに利用できると思って素性を調べなかったのは完全にミスだった。
こんな事なら早くあの液体を飲ませておくべきだった。
ふと、扉の開く音にゆっくりと視線を向ける、静かに冷や汗が頬を伝う……こうして殺意を向けられるととんでもない威圧感だった。
「今更神に何を祈るってんだ?」
剣をゆっくりと抜きながらカナデは言う。
「祈りに理由なんて要らないさ」
「まぁいい、それよりも教祖は何処にいる」
「俺が言わなくても、俺を倒せば出てくるさ」
そう言い赤井は服を脱ぎ捨てると上半身裸になった。
かなり鍛え上げられた筋肉、武器は使わずに素手で戦う様だった。
「ステゴロか……悪くないな」
カナデも剣を地面に投げ捨て拳を構える、生まれてからずっと父親に扱かれてきた、例え能力の差がないイーブンな戦いでも負ける気がしない。
だが転生者には珍しい、しっかりと鍛えているタイプ……油断は出来ない。
「お前だけは楽には殺さないからな」
この教団はどれだけの人を殺し、苦しめたのか……あの二人は置いといて、わたあめもこんな奴らと出会わなければ今も……生きていたかも知れない。
手を血に染める事も無かったはず、例えどんな理由があってもコイツは許せなかった。
「互いに思うことはある、なら純粋に拳で解決しよう」
そう告げ、赤井は拳を構える、転生者の能力は大抵見当が付かないのだが、彼の能力は大体の想像が付く。
恐らく肉体強化系、純粋で単純な能力程強いと相場は決まっている。
軽いステップを踏みながら此方へとジリジリ距離を詰めて来る、少し既視感のある構え方だった。
互いに距離を測りつつ、カナデが一気に懐へと飛び込む、すると赤井は軽くステップを踏みながら攻撃を交わし、顔面に二発コンビネーションを繰り出すと距離をとった。
「ボクシングか……」
「そうだ、アマチュアでも弱い方だったけどな」
そのガタイで弱いとは、よっぽどセンスが無かったのだろう……だがボクサーと戦うのは初めての経験、かなり厄介だった。
距離を詰めて攻撃しようとしても一定の距離を取って地味な攻撃ばかりを繰り出してくる、自身のキャパがを100とすれば、彼の攻撃は0.01も喰らって居ないのだが……此方も決定打を与えられずに居た。
だが彼のスタイル、相当苛立ちは覚える……恐らくここで冷静を欠いて突っ込めば大きな一撃を貰う筈だった。
あまり賢い方法では無いが……それを逆手に取らせてもらう。
「逃げてんじゃねぇよ!!」
あからさまに苛立ちを表に出して赤井目掛けて突っ込む、あちらの作戦に気付いて無いふりをして完全に無防備だった。
すると赤井はチャンスと言わんばかりに大振りの攻撃を交わすとカウンターの一撃をカナデの顔面に打ち込む、だがまるで山でも殴ったかの様にカナデの身体は動かなかった。
「何が……」
「予想より少し痛かったよ」
その言葉と共に赤井に拳を叩き込む、インパクトの瞬間に赤井は威力を殺そうと少し後ろにステップを踏むが、教会の長椅子を破壊しながら壁際まで吹き飛んでいった。
「うおっ、鼻血出たよ」
転生者と戦って初めて血を流した、赤井の一撃は相当威力があった様だ。
「こちらも……久し振りに良い一撃を貰ったよ」
赤井もカナデ同様に鼻血を流しながらも立ち上がる、だがその出血量は尋常では無く、骨も折れて居た。
「一応……俺の能力は身体の硬化なんだが……どうなってんだ?」
カナデの一撃にかなり困惑した様子だった。
硬化ならばそれ程ダメージが無いと思って居たのだろう。
だが、顔面の原型が無くなる強さで殴ったのだが形を留めている辺り能力はしっかりと発動している。
ただ、カナデが強過ぎるだけだった。
「だが……少し燃えてきた、久しぶりに戦いがいのある敵と出会えて」
「随分と戦いが好きな様だな」
「こう見えて、死ぬ前は札付きの悪だったからな、教団では信者に教えを説いて、尊敬される教祖として振る舞って居たが……俺にはこっちの方が似合ってる」
そう言い片方の鼻の穴を押さえて血を出し切る、そして再び拳を構えた。
「んじゃ、笑えなくなるまでぶちのめしてやるよ」
「ははっ」
赤井の笑い声が煽りの様に聞こえる、だが正直、あまり油断は出来なかった。
ボクシングは何度かテレビで見た事があるが、顎を掠める一撃で倒れる事がある、一見大した事がない当たりに見えるが、どうやら脳を揺さぶられているらしく、かなり危険な一撃だった。
肉体強度が桁違いとは言え、基本的な作りは人間、俺も脳を揺さぶられるとひとたまりも無い……あまり油断は出来ない。
警戒して顎に多少意識を持ちながら構えるカナデだが、その警戒は杞憂だった。
相変わらずステップを踏みながら一撃を狙う赤井だが、視界はかなり歪んでいた。
まるで酔っ払っているかの様、アマチュア時代でもこんな一撃は貰った事はない、ましてや硬化の能力を持っている今……多少のダメージなど気にせずに戦って居た。
だがそれを突き破る一撃、戦いが好きみたいな雰囲気を出して居たが、彼の心はとっくに折れそうになって居た。
「ちっ……」
迂闊に踏み込めない、足が震える……ダメージなのか恐怖のせいなのか最早分からない、彼は強過ぎる。
良く一撃を耐えたものだ、軽く後ろを振り返り、自身がぶつかった壁を確認するが大きな風穴が空いている、あれが自身の身体に空くのも時間の問題かも知れない。
逃げ出したい、喧嘩は好きだったが……それは自分より弱いイキった人間を一方的にボクシングの技術で痛め付けれるから、こんな戦いは望んで無い。
とは言え、逃げ出す訳にも行かない……男らしく最後まで殴り合うとしよう。
「男らしくストロングスタイルで行こうぜ!!」
そう両手を広げて赤井は叫ぶと大胆に距離を詰めて行く、その行動にカナデは疑問符を浮かべて居た。
力量は歴然、硬化の能力から考えて大きく一発逆転もない……彼は戦いを捨てた様にも見える。
だが油断はせず、相手の土俵に立った上でねじ伏せる。
カナデも軽く両の手を開くと赤井に近づく、そして顔面にストレートを貰った。
「少しくらい効いても良いだろ」
「最初の一撃の方がいいパンチだったな」
そう言いカナデの拳が赤井の顔面にめり込む、軽く体重を乗せて振り抜くと赤井は先程崩れた壁を抜けて外まで吹っ飛んで行った。
「……教祖の居場所聞くの忘れてたな」
完全に彼のストロングスタイルの誘いの所為で忘れていた、そこそこ強く殴った故に生きてるか分からないが……一応確認だけして置いても良さそうだった。
「どこに飛んでったんだ?」
崩れた壁から一直線に中庭を歩く、庭には転がっている様子はない、暫く歩くと教団を囲む外壁の一部が崩れて居た。
「我ながら凄い威力だな」
人間が数百メートル吹っ飛ぶなんてまるで漫画の様、相変わらずぶっ飛んだ力だった。
「おお?」
崩れた瓦礫に近づくと音を立てながら赤井が立ち上がる、骨折してるのか、顔の形が変わって居た。
「あん……がい、死ねねぇもんだな」
今にも死にそうな、瀕死の状態で赤井は告げる、正直驚いて居た。
彼の硬化の硬度もそうだが、この状態になっても立ち上がる根性……何が彼を動かしているのか、かなり疑問だった。
「何で立ったんだ?」
「お前を……教祖の前に立たす訳には行かないからな」
「そこまでして教祖を隠したがる理由は何だ?表向きの教祖はあんた、仲間内にも姿は見せない……何を企んでいる?」
「そこから先は私が説明しようか?」
不意に聞こえた第三者の声、その元は崩れて居ない外壁の上からだった。
3メートル程しかない外壁からしゃがんで一人の少女が此方に話しかけて来る、がっつりパンツが見えているが、あまり気にならなかった。
「あんたが教祖か?」
「その通り、結構私怒ってるんだ……わたあめが死んじゃったし、他の皆んなも、どうしてくれるのかな?」
そう言い背中まで伸びた金髪を靡かせながらこちらを睨む、珍しい赤い瞳だった。
「それに関しちゃ木中に言え、それより信者を廃人にしたり、国から金を巻き上げたり……こんな宗教を作って何がしたいんだ?」
「あのインテリメガネ……まぁ良いわ、この宗教を作った理由なら単純よ、私が強くなる為よ」
「宗教を作ったのが強くなる為?理解出来ないな」
「別に組織なら何でもよかったわ、ただ……兵隊が欲しかっただけだから」
そう言い少女は笑うと指を鳴らした。
「……何をした」
「まぁ、時期に分かるよ」
そう言い笑顔のまま立ち上がり、外壁から飛び降りて赤井の側へと行く。
「瀕死だね、兄さん」
「……少し予定が早まったな」
少女は赤井に兄さんと言った。
あまり顔も見てないが……まさか兄妹とは予想もして居なかった。
「ありがとう……無駄にしないから」
そう言い少女は懐からナイフを取り出すと赤井の胸に突き刺した。
「何やってんだ?」
「見ての通りよ……悪いけど、まだあんたと戦うのは無理そうだから、逃げさせて貰うね」
「させると思うか?」
何が何だか理解が出来ないが、ごちゃごちゃ考えるより、彼女を此処で始末する事が最優先……逃がす訳には行かなかった。
剣を構え、距離を詰めようとするがカナデの手は止まった。
聞こえて来る無数の足音……とんでもない数だった。
「それじゃ、頑張ってね」
そう言い赤井を抱えると少女は名も告げぬまま外壁に飛び乗り、闇の中へと姿を消す、彼女を追い掛けるよりも……これからの事、メリナーデ達を守ることを考えた方が良さそうだった。
「マジかよ」
剣を鞘に収めながら絶句する、崩れ落ちた外壁から微かに見えるのは街の人々が此方へと凄いスピードで迫る姿だった。
まるでパニックホラー映画でも見ているかの様、半狂乱で走る姿は恐怖すら覚える……洗脳系の能力なのかを瞬時に判断するのは厳しい、対処法も分からない今できる事は逃げる事のみだった。
「早く二人を迎えに行かないとな」
そう呟き、簡易的な土壁を外壁の崩れ落ちた部分に作るとカナデは背を向け、メリナーデ達の待つ部屋へと急いで向かって行った。




