第三十九話 狂乱の信者達
「大丈夫ですかカーニャさん?」
わたあめに向かって座り込み、一向に動かないカーニャを心配してメリナーデは声を掛ける、だが返事は無かった。
少し前まで遊んでいた人が動かず、喋らない……非現実的な状況にカーニャはただ固まるしかなかった。
自分と親しい人が目の前で亡くなる経験はした事が無い、悲しいのだが……不思議な感情だった。
まだ少し暖かい……体温を感じる、だがわたあめは喋らないし目も開けない。
これが死ぬと言うこと……あまり実感は湧かなかった。
「人は必ずいつしか死ぬ……悲しいですけどそれは一時的なお別れでしかありませんよ」
「一時的?」
「はい、記憶は無くしても、長い時間を掛けて……何は巡り会えます、女神の私が言うのですから本当ですよ」
そう言いメリナーデはカーニャの頭を優しく撫でる、ただの酒カスかと思って居たが、意外と良いところもあるものだった。
「所であの人は誰?」
そう言い扉の前で腕を組み、不服そうな表情で壁にもたれる長髪の男を指差す、特に此方に干渉して来るわけでもなく、ずっと彼処に居た。
「俺の事は気にしないでくれ、ただの雑用係だよ」
そう言いながら下を向く、カナデが部屋を出る前に見張れと命令して居た人なのだろうか。
だがカナデ以外の男には興味はない、何でも良かった。
「それより、外はかなり大変な事になってる様だぞ」
「大変な事ですか?」
「ああ、二階はまだの様だが、一階は教祖のやつが残した信者で溢れかえっている……カナデも相当難儀している様だな」
「カナデさんが困るなんてどんな状況なんですか」
あまり想像は付かない、だが大変な事態になっている事は確かだった。
「少し気になってたんだが、何故アイツは異世界人には手を出さないんだ?転生者は簡単に殺すのに異世界人には怪我すらさせない、監視して居ても心までは読めないからな」
「それは……私にも分かりませんね」
彼の人生は一部見て居た、幸せから絶望まで……転生者を恨む理由は分かる、だが異世界人を殺さない理由は分からなかった。
カーニャが攫われた時、カナデさんは誘拐犯を無傷で帰したという、悪人であっても傷つけない……その意図は本当に分からなかった。
「まぁ、何らかの線引きがあるんだろうな、脅されては居るが信用は出来る……その辺の異世界人を殺しまくってる転生者よりかはマシだな」
そう言いドアにもたれようと背中を預けようとする、だが突然扉が開き、新城は天井を仰いだ。
「何やってんだ、邪魔だ」
そう言いながらカナデは新城を跨いで部屋に入る、あまりにも数が多過ぎて少し此処に来るまで手間取ってしまった。
「取り敢えず二階に通じる階段を壊して置いたから大丈夫だと思うが…… かなり状況的には面倒臭いな、転移魔法を使おうと思えば使えるが、信者をあのまま放って置くのはまずい気もするし……」
そう言いカナデは腕を組みながら部屋をぐるぐると歩き回る。
「何が起きてるんですか?」
とにかく大変なのは分かったが、具体的に何が大変なのかはメリナーデ達には理解出来て居なかった。
「信者達が暴走してるんですよ、軽く交戦してみましたけど基本的身体能力が大幅に向上してるのに加えて理性は無い、狂乱状態ですね」
「それは……大変ですね」
メリナーデの言葉が少し他人事にも聞こえるが、彼女に出来る事は何も無い故に仕方なかった。
せめてどれくらいの規模で信者が暴走しているのか分かれば良いのだが……
「俺の扱い酷すぎるだろ……ったく、街の人が全員暴走してる訳じゃ無いみたいだぞ」
「どういう事だ?」
「基準は分からないが街には正常な人間も居るみたいだ、まぁ襲われて外は阿鼻叫喚だがな」
「余計に厄介だな」
全員が狂乱化して居る訳では無い様だが、攻撃対象は無差別、解除方法も分からない……一つ心当たりがあるとすれば教祖を倒す事、だが逃してしまった以上は他の方法を探すのが賢明だった。
一先ずはカーニャ達を安全な場所に移したほうが良さそうだった。
あまり信用するのも危険だが、転生者組合のアジトの方が此処よりもまだ安全な筈だった。
「一先ず二人を英雄組合のアジトに転移させますね」
「わ、分かりました」
カナデの力を持ってもしても守り切れるか怪しい、その判断に少し危機感を持ったのか、メリナーデは焦り気味に頷く、一方のカーニャは少し悔しそうな表情を地面に見せて居た。
「お前はどうする?」
「あー、取り敢えず出来るだけ状況の把握と他の仲間に連絡を取るよ」
「そうか、二人を見て居てくれて助かったよ」
そう残し転移するカナデ、その言葉に新城は少し笑った。
「男のツンデレは要らねーよ」
新城が一人ボヤく中、アジトへと二人を転移させ、もう一度転移魔法を発動させようとする、だがカーニャが服を掴んでいるのに気が付き、発動をやめた。
「どうしたんだ?」
此処で行かないでくれと駄々をこねる様な性格では無いはず、何か伝えたい事があるのかも知れなかった。
だがカーニャは何も言わずに服から手を離した。
何を伝えたかったのか分からないが、考えて居る時間も無かった。
「すぐ戻って来る」
その言葉を残してカナデは転移魔法を使う、彼が消えた後僅かに残る光をカーニャはただ無言のまま、見つめ続けた。
「仲間と連絡は取れたか?」
「まぁ数人な、元々リリアーナ教を潰す会議をしてた所だから到着にはそう時間は掛からないと思う」
「そうか、まぁ期待はしてないが」
何か無効化系の能力者でも居れば良いのだが、それは期待しない方がいい……狂乱化を治す方法は正直現状、何も思い浮かばなかった。
「さてどうしたものか……」
こうして居る間にも街の人々は襲われて居る、まずは街の人を助けるのが先決かも知れなかった。
「戦闘はそれなりに出来るか?」
「まぁ、異世界人相手なら問題は無いはずだ」
不本意だが、一人では救える人数は知れて居る、どれだけ力があってもこう言う場合は人手が欲しかった。
「なら街の人を片っ端から教会に案内してくれ、俺は一階に居る狂乱者達を閉じ込めて来るから」
「あぁ、できる限りはやる……だが一つ良いか?」
「なんだ?」
「何故そうまでして異世界人を助けるんだ?」
「お前には関係のない事だ」
そう言い残し部屋を出る、彼に助ける理由を言った所で彼の疑問が一つ解消されるだけ、言う意味は無かった。
壁を破壊して中庭に降りると狂乱者が出れそうな窓や扉を片っ端から土魔法で固めて行く、下に一般人が居ないのは確認済み、だが中庭にも狂乱者は彷徨いていた。
カナデを発見すると凄まじい速度で迫って来る、明らかに人間離れしたスピード、握りしめられた拳が空を切ると砂埃を舞いあげる、通常の身体能力以上の能力を引き出して居るようだった。
通常以上という事は当然筋肉はその負荷に耐えられず悲鳴を上げ傷つく、それでも彼らには痛覚なんて物で止まるほど安い洗脳は掛けられていない、腕が千切れても攻撃は辞めないはずだった。
「……少し眠ってもらうか」
カナデが軽く息を吹き掛けると甘ったるい匂いの煙が狂乱者を包む、そして鼻から煙を吸い込むと魂が抜けた様にその場に倒れ込んだ。
現状で出来る事は傷付けずに無力化する事、とてつもない労力が掛かるが、何か元に戻す手立てが見つからなければ……全員を眠らす事になる。
「とりあえずはこんな所か」
強度を高めた土魔法で一階を完全に隔離すると庭で彷徨いていた狂乱者を眠らせ、一時的に安全なエリアを作り出す、後は生存者を此処に連れてこれば一先ずは落ち着く筈だった。
「それにしても……酷い光景だな」
まるでゾンビ映画を見ているかの様、街を徘徊する狂乱者、位置は分からないが市民の悲鳴も聞こえる……そろそろ俺も街へ出向いた方が良さそうだった。
正門である大きく重厚な鉄製の両開き扉の脇に付いている通行用の小さな扉から外へ出る、音に敏感なのか、扉を開く小さな音で狂乱者が何体か反応して駆け寄ってきた。
「これは……骨が折れそうだ」
何故異世界人を助けるのか……か。
甘ったるい煙を狂乱者に嗅がせながら新城の言葉を思い出す、確かに彼らからすれば……側から見れば俺のやっている事は人殺しの奴らと何ら変わりはない。
周りからどう思われるか、評価なんて物は関係ない、英雄になりたい訳では無いのだから。
異世界人を守るのは評価の為でも何でもない、ただ父と約束した事を、フィリアスが果たせなかった夢を果たすためだった。
それに転生者によって虐げられている異世界人は少なくない、俺の様な経験をした人達も……せめて転生者によって苦しんでいる人間はこの手が届く限り助けたかった。
「そう言えば……ルミアは無事なのか?」
たまたま教団で出会った母親思いの異世界人、少し知り合ってしまっただけに少し心配だった。
だが何処に住んでるか何て分からない、探そうにも街は広かった。
「取り敢えず救助が先だな」
生き残っている街の人を助ける為に動き出すカナデ、暫く街を動き回っているとアルスフィアが現れた。
『遅くなった、状況は新城から聞いてる』
「なら新城に聞いた通り頼む」
相変わらずコミュニケーション手段はノートブック、少し遅い到着だが人手は多い方が助かる。
アルスフィアと少ない会話で別れると狂乱者を眠らせ、生存者を教会へ案内して行く、そしてどれくらいの時間が経ったか分からなくなって来た頃に謂わゆる貧困層と呼ばれる地域へと足を踏み入れた。
「ここは特段酷いな」
信者には貧困層が多かったのか、狂乱者の数もかなり多かった。
「生存者も……これは望めないな」
狂乱者の数が桁違いに多い、透過の魔法と音を消す魔法を同時に併用してバレない様に眠らせて行くが、見つかれば直ぐに袋叩きだった。
俺へのダメージは無いが信者の方が恐らく死んでしまう、慎重に行かなければ。
「この家は完了だな」
家に居た狂乱者を眠らせると次の家へと向かう、貧困層家屋の作りは単純だが数が多い、それに探索魔法を使っても生存者かそうでは無いかの区別も付かない、一つずつ反応を確かめるしか無かった。
1時間ほど同じ作業を繰り返し、終盤に差し掛かる、そして一軒の扉を開けるとそこにはルミアが居た。
「脈は……手遅れか」
もう息絶えている、部屋をウロウロしている母親と思わしき人物の手には血が付着していた。
「貴女は何も悪く無い……」
母親を眠らせると優しくベットに寝かせる、そりゃ漫画やアニメの世界では無いのだから、自分の知り合いが必ず生きているとは限らない。
こんな状況だ、生きている方が珍しい。
わたあめと言い、ルミアと言い……こんな幼い少女が死ななければならない、残酷な世界だった。
「神様の存在を疑っちまうな」
カナデはそう呟くとルミアの傷を治す、せめて体だけでも綺麗なままで眠らせてあげたかった。
「チャーハンありがとうな」
カナデはそう残すと、まだ居るであろう生存者を探す為に再び街へと向かった。




