第三十七話 頑張ったねと……
「ようこそ、待ってましたよカナデさん」
扉を開けた先に待っていたのは髪の長い眼鏡をかけたインテリ系の男だった。
カーニャとわたあめはベットに腰掛けていた。
「あんたが木中か?」
「はい、初対面がこれとは、少し複雑ですね」
そう言い眼鏡を指で上げる、細い身体から察するに肉弾戦は得意では無いタイプの様だった。
だが転生者に先入観は禁物、こんなヒョロガリでもパワーは2メートルを超える異世界人より圧倒的に強い、それにカーニャ達があまり喋らないのも気になった。
「後ろの二人は大丈夫か?」
「心配しなくても危害は加えてないよ、と言うか、わたあめの身も心配してるのかな?」
「別についでだ、それよりも随分と余裕だな」
「そうですね、貴方に勝てるとは言いませんが、少なくとも僕は死なないからこそ出せる余裕ですね」
「お前の能力か?」
「いえ、単純にこの場に居ないからです」
そう言いカナデに近づく、何か仕掛けて来るのか、咄嗟に剣を振り抜くと木中の身体をすり抜けた。
「足元に小さな機械が見えますか?」
木中の言葉に視線を足元に向ける、確かに何か小さな機械が置かれていた。
それは木中の動きに合わせて動く、これが投影機の役割を果たしているらしい。
「それじゃあ本体は何処に居るんだ?」
「一足先に逃げさせて貰いましたよ、元々僕は教団側の人間じゃありませんし」
「クリミナティの人間か?」
「ご名答です、これ以上の事が知りたければご自身で頑張って僕を見つけ出す事ですね」
そう言い映像が切れそうに一瞬乱れる、だが何かを言い残したのか、もう一度木中は此方に視線を向けた。
「一つ、その部屋に僕の能力を施しておきました、僕の能力はゲームの様な性質でして、その部屋を出るには一人の命を捧げないと行けない……簡単な事ですよね?」
「おい!待て!!」
その言葉だけを残して木中の投影機は小さな爆発音と共に自爆する、迂闊だった。
「扉は開かない……破壊も無理なのか」
扉を蹴り飛ばしても傷一つ付かない、俺の力を持ってしても出れないとは……かなり強力な能力の様だった。
「一人の命か……」
この場に居るのはメリナーデとカーニャ、そして俺にわたあめの4人だった。
「どうにかして出れないものか」
転移魔法は無意味、壁を殴っても傷すら付かない……色々と試して見るがこの空間から出るには彼の言葉通り、一人死ぬしか無い様だった。
「お兄ちゃん、少し良い?」
「なんだ」
「お願い、死んで」
そう言いナイフを両手に持ちわたあめは襲い掛かる、分かってはいたが……こうなってしまうのか。
「カーニャ、メリナーデ様、下がっていて下さい」
二人を後ろに下げると剣を抜く、やるしか無い。
なぜこうなってしまうのか。
目の前でナイフを巧みに操り、此方を殺そうとわたあめは攻撃を繰り出し続ける、隙なら幾らでもある……一太刀で首を刎ねる事も簡単だ。
だがカナデは攻撃を受けるばかりで反撃をしなかった。
目的の為ならどんな障害も厭わない、例え少女でも殺す……そう覚悟を決めていた筈なのに、どうしてもわたあめを斬れなかった。
「本当にこの道しか無いのか」
「……お兄ちゃん強いね」
防戦一方とは言え、力の差は歴然……わたあめは少し距離を取ると荒れた呼吸を整えた。
そして視線をカーニャへ向け、一気に加速した。
先程とは比にならない一瞬の加速にカナデは少し反応が遅れた。
「まずい!」
僅かに彼女の方がカーニャに到達するのが早い……もう無傷でとは行かなかった。
剣を投げて一瞬わたあめの動きを静止させるとそのまま彼女の身体を壁まで吹き飛ばす、壁に強く打ち付けられたわたあめは吐血し、そのまま倒れ込んだ。
「痛い……よ、お兄ちゃん」
「出会った時から覚悟はしてた筈だ……」
もうわたあめを殺さずにこの部屋を出る何て事は叶わない、どれだけ力を持っても……出来ないことも、救えない人も居る。
「お兄ちゃんも……お父さん達と一緒なんだね」
「なに?」
わたあめの雰囲気が随分と変わっていた、出会った頃の様な天真爛漫な感じは全く無く、暗く陰湿な雰囲気になっていた。
「皆んなわたあめを虐める」
「でもお兄ちゃんだけは違ったのに……お兄ちゃんも虐めるんだね」
わたあめはナイフで自分の手首を切った。
流れ出る血が地面に溜まって行く、出血多量で何もせずとも死にそうな程の出血量……だが突然血はピタッと止まった。
「もう許さない」
その言葉と共に地面に溜まっていた血液がわたあめを囲む様に浮き上がる、そしてまるで鎧の様に彼女の身体に纏わりついた。
「……操血系の能力か」
どれ程の硬度かは分からないが、戦闘向きの能力……あんな少女に趣味の悪い能力を授けた物だ。
「速いな」
先程よりも更にスピードが上がっている、身体能力が上がる効果でも付いているのだろうか。
ナイフの一撃を受け止めると軽いわたあめごと宙に浮かす、そして剣を振りかざすがその手は寸前で止まってしまった。
覚悟を決めろ。
何度も自分に言い聞かせているのに、わたあめを殺せなかった。
「か、カナデさん……」
「はぁ……もう少し待ってくださいね」
わたあめが血の鎧を纏い、本格的な戦闘に入って1時間が経過していた。
そして初めて血の鎧を纏って初めてわたあめは口を開いた。
「やっぱり……お兄ちゃんは優しいね」
血の鎧を解除し、わたあめはふらつく足でカナデに近づいた。
「私……やっぱりカーニャちゃんも、メリーお姉ちゃんも、お兄ちゃんも殺したく無いよ」
「俺だって同じだ」
「やっぱり優しい……ねぇ、私が何でお兄ちゃんって呼ぶか分かる?」
「考えてみれば、謎だな」
「ふふっ、それはね……本当に私のお兄ちゃんにそっくりだからなの、髪の色は違うけど」
そう嬉しそうにわたあめは笑う、その言葉にカナデも少し微笑む……そして次の瞬間、わたあめは自分の胸に深くナイフを突き刺した。
「なっ!?」
「ねぇ、やっぱり地獄に落ちちゃうのかな」
「そんな事……」
無いと言いたいが、彼女が殺して来た人々の事を考えると言い切れなかった。
「なんで、自分で命を断つなんて真似を……」
「これ以上、お兄ちゃん達に悲しい顔して欲しく無かったから……ねぇ、最後に一つだけお願いしても良い?」
「なんだ」
「私の名前と一緒に、よく頑張ったねって……頭を撫でて欲しいの」
彼女の言葉は小さくなって行く。
「お安い御用だ」
体温も下がっている……腕の中で人が徐々に死へと向かう、フィリアスの時の様に。
「わたあめ……いい子だ、よく頑張ったね」
「うん、頑張ったよ……」
嬉しそうにわたあめは笑った。
そして握っていた手は力無く垂れる、彼女がやった事は当然許されることでは無い。
だが……彼女も生きる為に、必死に頑張っていた筈だった。
「わたあめちゃん……」
涙を流しながらカーニャがわたあめに寄り添う、後味が悪い。
人の心が無くなっているのでは無いかと少し心配だった時もある、だがそれは杞憂だった。
わたあめが死んで、こんなにも悲しいのだから。
だがいつまでも悲しんでは居られない。
恐らく赤井は教会に居る。
「魔法は……使えるな」
結局魔法が使えなかったのは誰の能力だったかは分からないが、今更どうでも良かった。
そして、この先に二人を連れて行くのは出来ない。
「見てんだろ、新城」
当然反応はない。
「この二人をこの部屋に置いて行く、命を賭けて見張ってろよ」
「カナデさん?」
カナデの言葉に二人は少し困惑している様だった。
「申し訳ありません、ですが……この先は一人でやらせて下さい」
カナデの表情にメリナーデは何も言えなかった。
「直ぐに戻ります」
その言葉を残してカナデは部屋を出た。
手にはまだわたあめの感触がある、フィリアスを失った時の様な感覚が蘇って気持ちが悪い。
あんな少女一人も救えないとは……女神の力を貰っても俺は無力だ。
それと同時に、俺はカーニャと出会った事を酷く後悔している。
過ごした時間は短い、だがカーニャは俺にとってとても大切な存在だった。
だからこそ、失うのが怖い。
出会ったばかりの敵だったわたあめが死んだ時、俺は悲しかった。
敵なのに、殺すべき転生者なのに……俺は、思っていたよりも随分と過酷な道を選んだのかも知れない。
恐らくこの先もわたあめの様に殺したくない転生者が現れるかも知れない、だが覚悟を決めなくてはならない。
全ては祖国の為、家族の……フィリアスの為なのだから。




