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第三十三話 失踪した息子

『いい?名目上私達はナルハミア騎士団の捜査隊って事になってるから』



慣れない鎧に身を包み、何度目になるか分からない確認をアルスフィアは行う、失踪したのが貴族なだけに、かなりの規模をナルハミアの騎士団が捜索している、お陰で潜入も容易かった。



「失踪人数だけを見れば30人以上、だが貴族じゃなければ気にもかけないとはな」



『それがこの世界よ、価値を生まない者は望まれない』



「価値を生まないねぇ」



貴族がどれだけの価値を生み出しているのか、些か疑問だが、特に答えを求めている訳でも無い。


失踪した貴族の屋敷へ着くまでの世間話、ついでに何か情報が得れれば良いな程度の会話だった。



「アルスフィアは何を望んで英雄組合に入ったんだ?」



その言葉に此方を一度振り返る。



『貴方って意外とお喋りなのね』



「悪いか?」



『別に、私はただ力を持っているのなら、それを有益に使いたいだけ、英雄組合に居るのもそれだけの理由』



「ふーん」



興味無さそうな返答をする、まぁそれほど興味を惹かれる理由でも無かった故に深掘りする必要も無かった。



『そろそろ着く』



そう言いノートをカナデに突き付けると器用に懐へとしまう、そしてカナデの後ろに隠れるように下がった。



「何してんだ?」



疑問を投げかけるカナデに答えることは無い、だがその疑問も直ぐに解消された。



「君たちが派遣されて来た騎士団の2人か、捜査に大きく役立つって聞いてるから助かったよ」



屋敷の入り口付近で誰かを待つように立っていた鎧姿の男が此方を見るや、少し小走りで駆け寄って来た。



「全く手がかりが無くてね……あ、私はこの街の騎士団……と言う程の規模でもないけど、そこの隊長を任されているギルス、なんせ平和な街でね、失踪……しかも貴族の方が居なくなるなんて大事件を担当した事が無いから困ってたんだよ」



「そうですか、俺はカナデ、こちらはアルスフィアです、それで現在の状況は?」



簡単に説明をすると現状を聞き出す、40代にしては少し頼りなさそうなオーラが出ているギルスだが、彼は普通の異世界人の様だった。



「あぁ、失踪者の情報はこの街プソを統治する貴族の息子、名前はプルドフ、失踪したのは3日前、現状分かっている事は失踪したと言う事実だけだね」



その言葉に渋い表情をする、あまりにも情報が少な過ぎる。



「プルドフの両親に会わせてもらえますか?」



「両親……と言うか、父親なら恐らく書斎に居る筈だよ、母親は居ないらしいから気を付けて」



そう言いギルスはついて来る様子も無く、屋敷の周りをウロウロとする、あれが隊長とは……この街は大丈夫なのだろうか。


多少の不安を感じながらも屋敷の中へと入る、大規模な捜査をしているとアルスフィアは言っていたが、ギルスの進展情報を聞く限りはそんな事はない様に感じる。


彼が無能なのか、本当に何も情報が無いのか……とにかく情報を集めなければ何も始まらなかった。



「今お時間よろしいでしょうか?」



開いている書斎の扉をノックして中の男性に声を掛ける、特に変哲の無い、特徴を挙げるとすれば少し捻れた口髭しか言う事のない男性が此方を見る、そして何も言わずにジェスチャーで入れと示していた。



「すみません、プルドフのお父様で良かったですか?」



「ああ、あのバカ息子が迷惑を掛けるな」



「いえ、それが私達の仕事ですから」



「そうか、それで用件は?」



「はい、プルドフさんは失踪する前日とか、それ以前から不審な点とかは無かったですか?」



その言葉に父親は書類を書く手を少し止める、何か心当たりでもあるのか、あまり浮かない表情をしていた。



「……話す前に一つ聞きたい、君達は神様とやらを信じるか?」



「神……ですか」



そりゃ女神様と共に行動をしているのだから信じると言いたい……だが、困ってる人が居れば助け、全てを平等に救う、そんな都合の良い神様が存在しない事もまた知っている。


確かに神様は存在している、だが彼らは俺たちが思っている様な存在では無い。



「信じてる……と言いたい所ですが、俺はどちらでも無いですね」



「どちらでも無い……か、無難だな」



そう言い口髭を触る。



「私は信じない、50年近く生きていれば何となく分かるが、この世界は理不尽で不条理だ……神とやらが居るのなら、とんだ管理不足だよ」



メリナーデの状況を見る限り、神様も常に人間界を監視する程暇では無い感じ、それにあまり干渉出来る感じでも無いらしいが……それを彼に言った所で無意味なのは分かりきっている。



「だが、神は居ないと信じつつも、それを頼りたくなる時もある……今とかな」



そう告げると彼は分かりやすく顔を覆った。



「頼む……あいつは私の、妻が残した唯一の家族なんだ……」



「安心して下さい、その為に俺達が居ます……質問に戻りますが、何か心当たりは?」



「分からない……些細な事で言うなら、少し息子の金遣いが荒くなった位だ」



先程の表情はなんだったのか、彼の言葉に嘘はない……本当に心当たりがない様だった。



「その使い道は分かりますか?」



「分からない、恥ずかしいが少し親子関係が良く無くてな、あまり干渉しない様にしていたんだ」



「成る程……息子さんの部屋を見せて貰いますね」



「あ、あぁ……何か思い出したら直ぐに伝えるよ」



その言葉に軽くお辞儀をして部屋を後にする、あまりに情報が乏しい……リリアーナ教が関係してるかも怪しい。



「本当にリリアーナ教関連なのか?」



先程から全く役に立っていないアルスフィアに問い掛ける。



『プルドフ、その父親プルラルフ、この2人はリリアー教の信者よ』



「信者なだけなら他にもごまんと居るだろ」



『さっきの金遣いが荒くなった発言、プルドフの使い道は殆どリリアーナ教だった、だけど調べても何を買ったのかは記されてなかった……』



「つまりどう言う事だ?」



『私にも知らされてない何かがある……ここに来たのもプルドフの部屋にその手掛かりがあるかも知れないからよ』



そう言いカナデの前に出ると先に部屋へと入る、貴族の部屋にしては色々と散らかっている部屋だった。



「整理とかメイドがするんじゃないのか?」



『分からない、干渉されるのが嫌いだったのかも』



そう言い部屋を物色する、随分と嗜好品が多い。


タバコを作るための葉っぱやら、楽器、よく分からないインテリアの様な石……少しチャラついた大学生みたいな部屋だった。


だがよく見るとどれも使い古された様子はない、買ったは良いがあまり使っていない様子……そして本棚には難しそうな歴史書や魔導書の数々、そして数本の剣、恐らくは元々勤勉な青年だったのだろう。



『それらしい物は無いね』



もう疑問にすら思わなくなったアルスフィアのノートを見てカナデも頷く、ふと机を見ると大事そうに母親の写真が立ててあった。



「大事な人……か」



写真を一度持ち上げ、そっと机に置き直す、ふと机の下を見ると空のペットボトルが転がっていた。



「ペットボトル……?」



日本や向こうの世界なら特に気にはしなかった……だがこの世界にはペットボトルは存在しない。


いや、厳密には存在していなかった、転生者が来るまでは。


ペットボトルを作る素材や技術はあったが、ペットボトルと言う存在自体をこの世界の人は知らない、それまでは革の容器や鉄製の入れ物で代用していた。


だが転生者が来た事によってペットボトルがこの世界に持ち込まれた、と言ってもまだそこまで流通はしていないが……それを市民や様々な人に配っている組織がある。


それがリリアーナ教だった。


だがこれが失踪と繋がるとも思えない、拾い上げて机に置こうとした時、甘ったるい匂いがした。



「この匂い……」



『どうしたの?』



ペットボトルを机の上に置く寸前で止まるカナデにアルスフィアがノートを広げる、だが思案中のカナデの目には入らなかった。



「何処かで嗅いだ事がある」



少し鼻が痛くなる様な甘ったるい匂い……確か昔、フィリアスと森に香り付けの花を取りに行った時、同じ匂いを嗅いだ。


名は確か……



「モナの花だったか」



綺麗な薄いピンク色の花で、あの時俺とフィリアスは摘んで帰った。


だがあの花はそこそこに危険で、まず食べたりする事は無いが、モナの花には中毒性のある成分が含まれていた。


母の話では半年から一年、長い期間この花を食したゴブリンが廃人の様になったと言う。


匂いが甘く、それなりに味もするモナの花をうっかり食べしまう人も居る、だが一回食べてしまったら終わりという花でも無い。


2、3回じゃそれ程中毒性も発揮せず、また食べたいな程度にしか思わないと言う。


だがその回数が増えれば増えるほど、ドラックや麻薬の様な中毒性を発揮し、やがては廃人の様になり、動けずに死んで行く。


気を付ければそれ程問題のない花だが……何故その花の匂いがこのペットボトルからするのか、少し不穏だった。



「なあ、このペットボトルってよく信者に配ってたよな」



『病気の信者とかに薬と一緒に渡してるよ』



「病気の信者限定か?」



その言葉に頷く、少し確かめたい事があった。



「父親に会って来る」



そう言いカナデは部屋を出ると少し足早に書斎へと向かう、そして扉をノックすると返事を待たずに中へ入った。



「どうかしたか?」



「一つ、聞きたいことがありまして……息子さんは何か病気を患っていましたか?」



「病気……そう言えば右足に重傷ほどでは無いが麻痺を抱えて居たな」



そう思い出したかの様に告げる、それ程重度では無いが……彼の部屋に剣があったのを思い出した。


持ち手がボロボロのかなり年季の入った剣。



「いつからその麻痺に悩まされていたんですか?」



「そうだな……一年前とか位からだな、今思えばあの時からあいつ、少し暗くなっていた様な……」



何となく、分かった様な気がする。


健常者にあの飲み物は恐らく意味は無い、だから病気の人間にあれを万能薬とでも偽り飲ませ、徐々に体を蝕ませて行く、金の方は初回無料とでも言って、後から取っているのだろう。


だが分からないことがある。


何故病気の人間を廃人にする必要があるのか……だが潰す理由を一つ見つけた。



「分かりました……」



彼の息子は恐らく無事では無い、それを伝えるのはあまりにも酷だった。


とは言え希望を持たせる訳にも行かない、その言葉だけを残して立ち去ろうとしたその時、強い殺意を扉の向こうから感じた。


俺へのでは無い、恐らく父親への。



「少し机の下に隠れてください」



「な、なんだ?」



困惑するプルドフの父親を机の下へと押し込む、そして扉に視線を戻した。


ゆっくりと扉は開く、そして隙間から血を滴らせる剣が見えた。


誰か既に斬られている、何者なのかは分からない。


そして、扉から姿を表したのは桜庭だった。


赤井の側近的立ち位置の大学デビューした様な見た目の男、だが何故彼がここに居るのか。



「確かカナデだったか?なんでここに居るんだ?」



だるそうに頭を掻きながら桜庭が尋ねる、今の俺はリリアーナ教の仕事で此処に居るのでは無い……少しまずい状況だった。



「その血、お前こそ何してるんだ?」



「俺は赤井さんの命令だよ、貴族の奴を思ったよりも早く廃人にしてしまったからな、関係者は皆殺しにするんだよ」



「何故殺すんだ?」



「お前は新参だから知らないだろうけど、貴族の奴からは金を取れるから量を減らして少しずつ中毒にさせるんだよ、今回の奴は病気の内容も長引く感じだったからもっと金を取れると思ったんだが……量をミスってな、半年程度で廃人になっちまってよ」



なんの悪気もなくそう淡々と語る、だが少し疑問も残る。


父親やその周りとあまり干渉していなかったと言ったが、廃人になっているのなら見た目で分かる筈……だが父親は分かっている様子は無かった。


あまり見た目に出ないと言う事は無いのだが……それを今考えても無駄な事だった。



「それより答えを聞いてないぞ、何で此処にいる」



こうなってしまってはもう仕方ない。



「悪く思うなよ」



そう言いカナデはゆっくりと剣を構えた。

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