第二十九話 いざ、リリアーナ教へ
今は亡きエルフィリアの王都から数十キロ離れた位置にある現、ナルハミア領土のアルバスと言う街にカナデ達は訪れて居た。
この街は元々母のエリスが生まれた街、母の故郷に初めて訪れるのがこんな形なのは不本意だった。
「おしゃれな街ですね」
少し薄いオレンジが基調の石で作られた建物を見てメリナーデが呟く、所々焼け跡が残る街並み、それが更に味を出している感もあるが……カナデからすれば忌々しい物だった。
「メリナーデ様、流石にその名前で呼ぶのは危険かも知れないのでメリーと此処では呼びますが大丈夫ですか?」
「メリー……なんか可愛い呼び名で良いですね!」
カナデの言葉に能天気な返答をする、だがそれ程不安を感じてる様子も無い、それだけは良かった。
「カーニャは大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
あまり表情が変わらないからどんな気持ちなのか分からない、だが体の周りに微かだが見えるオーラは薄いピンクという事はあまり不安は無いのだろう。
この感情を色や動きで読み取る力、いまいち理解していない事が多い、分かっている事と言えば嘘をつく時はオーラが揺れる、そして恐怖の感情は黒く染まるという事だけ、カーニャのピンクオーラも何の感情なのかよく分からなかった。
ピンクと言えば好意関連がパッと思い浮かぶが、彼女は出会った時からずっとピンクオーラだった……恐らく別の意味があるのだろう。
だがそれは追々解明していけば良い……今は、リリアーナ教に集中しなければ。
「2人ともなるべく俺から離れずに居てくれると助かる」
「それはもう、勿論ですよ」
そう言いメリナーデはカナデの手を握った。
「あっ……」
カナデ達に聞こえないほどの声でメリナーデの行動にカーニャが反応する、今なら手を握るチャンスかも知れなかった。
人知れず、人生で最大とも言える賭けにカーニャは出る。
そして、しれっとメリナーデに便乗して反対の手を握った。
「いや、別に手を繋ぐ必要は無いんだけど……」
両の手を塞がれたカナデは苦笑いを浮かべる、ふと殺意にも思える視線を背後から感じた。
「やっと来たか」
『イチャイチャして良いご身分ね』
仮面で表情は読み取れないが、赤いオーラが立ち上っている、これが怒りの感情なのか。
「お怒りの所悪いが、今日の具体的な段取りを教えてくれるか?」
カナデの言葉に渋々なのか、ゆっくりとページを捲り始めた。
『今日の目的はリリアーナ教のメンバーを見て、覚える事、出来るなら交流もとって欲しい』
「随分と簡単だな」
もっと面倒臭い事を押し付けられるのかと思っていただけに拍子抜けだった。
『まずはリリアーナ教の内部を見て確かめて欲しい、本格的に動くのはその後からでも時間はある』
そう言いノートをペラペラと捲る、相変わらず会話のテンポが悪かった。
「まぁ、取り敢えず案内して貰おうか」
そう言い歩き出そうとした時、路地から姿を現した少女とカナデはぶつかった。
「おおっと、大丈夫ですか?」
カナデは当然倒れる事も無く、少し派手に転ぶ少女に心配の言葉を投げ掛けた。
「あ……大丈夫です」
無気力、そうにも思える程覇気の無い声で答えるとカナデの手を借りてゆっくり立ち上がる、そして軽く会釈をするとフラフラと少女は立ち去った。
少し汚れたワンピースから見える足と腕には幾つもの傷、ぱっと見の年齢はカーニャよりも年下だった。
日常的に暴力を受けている、だが悲しい事にこの世界では至極普通の事だった。
「どうしましたか?」
少女の背を見送るカナデにメリナーデが不思議そうに尋ねる、今の俺には力がある、あの子も助けようと思えば助けられる……不思議な事に、あの子を助けたいと思っていた。
だが、あの子と同じ境遇の子はごまんと居る、今日死ぬかもしれない子だって……全てに手を伸ばせる程、俺には余裕が無かった。
メリナーデ達の前では普段通りを装うが、日に日に強くなる怒りや復讐心、このまま強くなり続ければ気が狂うかも知れなかった。
ずっと脳裏に残り続ける仲間の、フィリアスの死ぬ瞬間……目を閉じるとあの瞬間が必ず甦ってくる。
『死にたくない』
そう言い俺に手を伸ばすフィリアス……夢ではいつも彼女の手を握れずに居た。
この悪夢を、フィリアス達の無念を晴らす為には片凪を殺す以外に無い……だから見える物に手を伸ばして助ける程、俺には余裕が無かった。
「なんでも無いですよ」
不思議そうな表情をするメリナーデにそう告げると歩き出したアルスフィアに着いて行った。
まだ完全には復興して居ないアルバスの街をアルスフィアに案内されるがまま、街の中央へと入って行く、中に向かうに連れて街の外観は豪華になって行った。
歩く人々の容姿も整っている、いわゆる上流階級の市民が住むエリアの様だった。
『ここはリリアーナ教に多額の寄付をして居る人が住むエリア』
そう歩きながらノートだけを此方に見せる、2年もあって何故街が再興されて無いのか少し不思議だったが、中央にこれだけお金を掛けていれば、端っこには手が回らないのも納得だった。
『この街の住民は殆どリリアーナ教の教徒なの』
「この街だけでも1〜2万人は居るんじゃ無いか?」
『25000人、それがこの街の教徒数』
改めて聞くと凄い数字だった。
向こうの世界にある宗教と比べればそれ程に感じるかも知れないが、この世界にはとんでもない数の宗教がある。
母数が多ければその分人も流れる、そんな中で25000人も一つの街で集めるなんて言う事はとんでもない事だった。
「けど、何でそんなに寄付が集まるんだ?見たところ弱きを助けるって感じでも無いし」
『寄付をして得られる恩恵は二つある、一つは安全な生活が約束される事、そしてもう一つが力を得られる事』
色々と気になる事が多いが……後者が特に気掛かりだった。
「力が得られるってどう言う事だ?」
『詳細は分からない、ただ恐怖だけで押さえ付けて、寄付を要求してるとは思えない、それに最近強い異世界人が増えてるみたい』
「強い異世界人……」
急に異世界人が強くなるなんて事はあり得ない、そうなると考えられる事は一つ、力を与える者の存在だった。
どの程度の強さか分からないが……そんな能力、あって良いのだろうか。
真剣な表情でリリアーナ教の考察をしていると、真っ青な顔をしたメリナーデが肩を叩いて来た。
「どうしました?」
「あ、あの……トイレに行きたいのですが」
そう言い辺りを見回す、此方にも聞こえてくる程の腹の音、相当腹を痛めている様だった。
「あ、あそこが本部だからもう少しが、我慢して下さい」
カナデが視界に入らない様にメリナーデだけを見てアルスフィアが元気付ける、だがメリナーデの表情はどんどん険しくなって行った。
「カナデさん、私のこと嫌いにならないで下さいね」
そう言い此方を見る、どう考えても危ないメリナーデを見てアルスフィアは手を引き、走り出した。
『本部のトイレ借りて来る』
そう書き置きを残して行く、メリナーデをアルスフィアに任せるのは少し心配だが……この距離なら大丈夫な筈だった。
「それにしても、今日は一段と静かだな」
相変わらずピンクのホワホワしたオーラを出すカーニャに話し掛ける、今日はいつにも増して何も喋らなかった。
「不安ならしなくて良いぞ、カーニャもメリナーデ様も必ず守るからな」
「不安は無いから大丈夫」
「そうか?今日は静かだから不安なのかと思ったよ」
「カナデは……私の事邪魔じゃ無いの?」
「急だな、安心しろ、邪魔なんて思ってないし、見捨てる事なんてしないさ」
恐らく、先日攫われた事を気にでもして居るのだろう。
「別に迷惑だなんて思ってないさ、メリナーデやカーニャ達と居ると少し過去の事も忘れられる、感謝してるよ」
そう言いカーニャの頭を撫でる、心なしか嬉しそうな表情に見えた。
「そこのカッコいいお兄さん」
不意に聞こえて来た声に後ろを振り返る、するとそこにはアルスフィアのノートで見た顔が立って居た。
「どうかしたか?」
気付かれないようにカーニャを後ろへと隠す、クルクルした癖っ毛の黒い髪、鋭い目付き……彼女は由良わたあめだった。
こうやって対面して改めて実感する、カーニャとあまり変わらない……ただの少女だった。
「お兄さん、見ない顔だけど入信希望者なの?」
可愛らしい声でわたあめは尋ねてくる、こんな子がリリアーナ教の中でも要注意人物なのは信じられなかった。
「あぁ、アルスフィアの紹介で今日入信する予定だ」
「あの仮面お姉ちゃんかー、じゃあ今日から家族だね」
「家族?」
「そう!リリアーナ教に入った人は皆んな家族、だからお兄ちゃんって呼ぶね!」
そう言いわたあめはカナデの腕にくっ付く、妙に距離感が近い……だが殺意も感じられない、こうして見ると本当にただの少女だった。
「君の名前はなんて言うんだ?」
「私は由良わたあめ!ワタちゃんって呼んで良いよ!」
「そ、そうか」
元気に答えるわたあめに少し気圧される、ふとカーニャを見ると行き場の失った手をウロウロとさせて居た。
「あーあ、お仕事が無かったらお兄ちゃんと遊びたかったなー」
そう残念そうに告げるわたあめ、お兄ちゃん呼びも少し気になるが、お仕事……やはり汚れ役の事なのだろうか。
「お仕事って何をするんだ?」
「それは内緒だよ、また帰って来たら遊んでねお兄ちゃん!」
そう言い身軽な身のこなしで建物の屋上へと登り、何処かへと去って行った。
「何だったんだ」
嵐のように去って行ったわたあめに少し呆然とする、ふとカーニャに目線を向けると顔を見られない様に直ぐ背を向けた。
「どうしたカーニャ?」
「何でもない」
そう告げるが、彼女から少し赤いオーラが見える、先程の件で少し怒って居る様だった。
「危なかったです、もう少しで全ての尊厳を失うとこでした」
スッキリした顔でメリナーデがアルスフィアに連れられて戻って来る、どうやら間に合った様だった。
『少しだけわたあめの姿が見えたけど、何かあった?』
戻ってくるや否や、ノートを広げて少し雑な字でアルスフィアが尋ねてくる、少し焦りが見えた。
「よく分からん、やたらお兄ちゃんって距離感の近い子と言うことしか分からんかったよ」
『お兄ちゃんって呼ばれたの!?』
妙にデフォルメされたフォントで少し時間をかけてアルスフィアが描く、急いでいるのかよく分からなかった。
「あぁ、リリアーナ教に入信すれば皆んな家族だとさ」
『わたあめについて説明が足りて無かったと思うけど、あの子がお兄ちゃんって呼ぶのは凄く珍しいの』
「珍しい?」
あの口振りだと、人類皆お兄ちゃんって感じだが。
『詳しくは無い、けどわたあめは信者の事をアリさんと呼ぶの、幹部クラスはあだ名、だからお兄ちゃんなんて呼ばない、唯一家族関連で呼ぶのは教祖だけなのよ』
「なら何で俺はお兄ちゃんなんだ?」
『それが不可解……少し気を付けた方がいいかも』
そう言いノートを閉じる、そしてジェスチャーでついてくる様に伝えた。
「……お兄ちゃんか、厄介な事にならなければいいが」




