第四話 世界
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「桐谷来斗は、女子を平気で襲おうとする獣だ」
「あいつは、可愛い女子をいつもいやらしい目で見ている」
私のクラスでは、そんな桐谷君という人の話題が毎日毎日絶えなかった。
私は、彼と話したことは今までで一度もない、ましてや彼の性格など知る由もなかった。
だけど、
「くりすちゃんもあまりあいつとは関わらないようにね」
「う、うん」
いつの間にか、彼を最低な男としてみていた。
絶対に話しかけちゃダメ。
絶対に近づいちゃダメ。
彼とは関わってはいけない、そう勝手に思いこんでいた。
だけど、実際は違った。
「君がずっと、この子に自分の食べ物を分けてあげてるの知ってるし」
彼は、確かにそういったのだ。
その言葉を耳にしたとき、私は涙があふれそうになった。
彼だけは、誰よりも私のことをよく見ていてくれていた。
時々彼が私を見てくるときがあった、だけどその都度私は、彼の視線から遠ざかるように、無意識のうちに距離を取っていた。
でも、もしかしたらあの時も私を気にかけてくれて__。
「お礼、言わないとなぁ……」
私は、自分の家の自室でぽつりと呟いた。
彼は、本当に優しい人だ。
少なくとも、学園中で囁かれているような卑劣な人間では、決してない。
「でも、最近永谷さんといつも一緒にいるよね……」
永谷理香。
髪はさらさらで顔は群を抜いて可愛く、運動神経も自頭も私なんかより全然良い。
男女隔てなく慕われており、その存在はまさに高嶺の花そのものだった。
誰にも摘み取られることなく輝き続ける、一輪の花。
以前までは、そう思っていた。
「私になんか到底敵わないよ……。 って私は何を言ってるんだろう……」
自分が口にした言葉なのに、私は頬を染めた。
「今日は、月がきれいだなぁ」
窓の外には、夜の静寂を湛えた蒼白い満月が、まるで世界を見下ろすように浮かんでいた。
どこか胸を締めつけるように淋しく、きれいな満月であった。
♢♦♢
「どういうことだよ、桐谷!」
案の定、朝、俺が教室に入ったとき、男子たちに質問攻めにされる羽目になってしまった。
理由は単純だ。
一昨日から引き続き昨日も、俺が夏井栗栖と帰っているところを見られてしまったのだろう。
「いつからだ! 何で、夏井さんとも一緒にいるんだ!」
「いつからって、一昨日からだけど……」
「じゃあなんでだよ! あいつがお前と一緒に帰ろうとなんか思うわけないだろ!」
「お前は、一体夏井の何を知っているんだ?」
「ごちゃごちゃうるせぇ、何様だよクソ陰キャ!」
矢継ぎ早に質問攻めされ、俺は和解することをあきらめた。
それもそのはず、こいつら、とくに仲切は前から夏井栗栖へ露骨な好意を向けていた。
普段から何かと理由をつけて話しかけに行っては、周囲へ「自分は他の男子とは違う」とアピールしていたらしい。
もっとも、当の栗栖本人には、その大半を軽く受け流されていたようだが……。
「どうしていつもお前なんだ! お前みたいな、勉強もできない、運動もできない、ろくに女子とも話せないクソ陰キャが、どうして美女つれまわってるんだよ!」
普段は爽やかキャラを気取っている仲切だったが、今の姿は嫉妬に取り憑かれた人間そのものだった。
その剥き出しの敵意に、さすがのクラスメイトたちも若干引いている。
しかし、決して誰も止めようとはしない。
俺を値踏みするような視線、嘲笑うような愉快げな視線、憐憫を含んだ視線――。
様々な感情を孕んだ無数の眼差しが、教室の四方からささやき声のように俺に向かって突き刺さってくる。
グロッキーな気分になる。
俺なんかのために、わざわざ火中の栗を拾おうとするお人好しなんていないのだ。
結局、俺がどんな友達を作ろうとしてもこの結果は変わらないというわけだ。
意味なんてなか___。
「あ、あの、桐谷来斗くんはいますか……?」
この冷え切った空気の中、一人の少女が教室の扉を開けて声を上げた。それに伴い、クラス中の視線が俺からその少女へと移った。
それは、一連の騒動のもう一人の渦中の人であった。
夏井栗栖、それがその少女の名前だ。
(こいつは、この空気を読めていないのか)
急いで駆けつけたのか、その白い頬にうっすらと汗が滲み、呼吸も微かに乱れていた。
「ど、どういうことだ……」
仲切たちは一度彼女へ視線を向けると、信じ難いものを見るような目で再びこちらを振り返った。
クラスの女子らは、未だにこの状況を理解していなかった。
まさか、あの夏井栗栖が、わざわざ俺に会いに教室まで来るなど、誰も想像していなかったからだ。
ちなみに、俺もなぜ話しかけられたのかはわからん。
「どういうこと?」
「脅されてるんじゃなかったの?」
「なんで、夏井栗栖さんが?」
その事実だけで、教室中の価値観が音を立てて崩れていった。
「えっ? 別に脅されてないけど……」
彼女は困惑したように小さく首を傾げながら、不思議そうに周囲を見渡した。
それもそのはず、これは仲切たちが広めた偽りの事実なのだから。
「くそっ、なんで夏井さんはこんなクズと一緒にいるんだよ!」
仲切は、荒げた声で言った。
「き、桐谷君はクズじゃないよ。 とっても優しい人だよっ」
「ど、どうせ、桐谷の野郎に脅されたかなにかされたんだろ?」
「してないよ。 むしろ、私は桐谷君に助けられたから……」
彼女の一言で、クラスの空気が変わった。
「桐谷君が人助け!?」
「本当は優しい人だったの?」
「夏井さん、 “脅されてない”って言ってたよね」
「私、前に桐谷くんが捨て犬に餌あげてるところ見たことあるかも……」
ざわめきは、瞬く間に教室中へ広がっていく。
先ほどまで俺へ向けられていた嘲笑や嫌悪の視線は、いつの間にか困惑や疑念へと変わりつつあった。
同時に、 “気持ち悪い陰キャ”という固定観念に亀裂が入り、初めて“桐谷来斗”という一人の人間として認識され始めていたのだ。
間違いなく世界は変わり始めた、そう思えた。
「彼のこと、悪く言わないでください。 本当に優しい人なんです」
__律儀な人だ。
栗栖の瞳には、怯えにも似た揺らぎがありながらも、それ以上に真っ直ぐな意志が宿っていた。
普段は男子と距離を置いている彼女が、ここまで誰かを庇う姿など、クラスの誰もが見たことがない。
だからこそ、その言葉には妙な説得力があった。
「ご、ごちゃごちゃうるせぇな!」
「き、きゃっ……」
次の瞬間、仲切の腕が激情に突き動かされるように振り上げられた。
その剣呑な動きに、栗栖の肩が小さく跳ねる。
教室の空気が、凍り付いた。
誰もが息を呑み、ただ目の前の光景を見つめている。昔の俺だったら、俺もこいつらと同じように見ていただけだったかもしれない。
だが――。
その拳が彼女へ届く寸前。
俺は反射的に、栗栖の前へ身を滑り込ませていた。
鈍い衝撃が、頬を貫いた。
「っ――」
鈍い衝撃が、頬を貫いた。
視界が大きく揺れる。
踏ん張りきれず、俺の身体は机へぶつかり、そのまま床へ崩れ落ちた。
「き、桐谷くん……!」
栗栖の悲鳴にも似た声が、遠くで響く。
口の中に鉄の味が広がった。
その瞬間。
『――俺が、お前を消させない!』
頭の奥底で、誰かの声が響いた。
『――絶対に』
この声は、誰だ?
不思議と、俺と声の特徴が似ていた。だけど、こんな主人公じみた台詞を口にした記憶など、俺にはないはずだ……。
「……な、永谷?」
気づけば、俺は無意識にその名前を口にしていた。
次の瞬間、脳裏へ、ノイズ混じりの光景が断片的に流れ込んでくる。
夕焼けに染まる海。
静謐な光を湛える、 “満月”。
そして、今にも泣き出しそうな表情でこちらを見つめる“誰か”。
しかし、顔の周りが鉛筆で黒く塗りつぶされて誰かが分からない。まるで、そのものを拒絶されているようだった。
__ありがとっ、きりたにっ、、
♢♦♢
「はぁ、こいつはどうしてこんなに怪我をするのかしら……」
「らいっちのことだし、仕方ないんじゃね」
「違うんです、私のせいでっ」
天井。
見慣れた部屋。
そして、あちこちにラノベが散らかっている。
「こ、ここは」
「もう、ほんとに何言ってんの? ここは、アンタの部室でしょっ」
呆れた声とともに、永谷理香の顔が視界へ割り込んできた。
どうやら、俺はソファへ寝かされていたらしい。
「仲切が暴れたあと、あんた普通に気絶したのよ」
「そうなのか?」
やはり、あれは夢だったのだろう。
立ち姿自体は永谷理香と似ているが、当の本人は今もこうして平然とした様子で俺を見下ろしている。
「でも、良かったわね。あなたの印象、学園内でだいぶ変わり始めてるみたいよ」
永谷はそう言いながら、机の上に置かれていたスマホを軽く振ってみせた。
「さっきから、クラスのグループチャット大騒ぎだもの。ほら、 “桐谷、実はいい奴説”が急浮上してるわ」
「なんだその不名誉なのか名誉なのか分からない説は……」
「そんなこと言っているうちは、まだ大丈夫みたいね」
「で、でもその怪我っ」
夏井栗栖が、今にも泣き出しそうな表情でこちらへ身を乗り出した。
その視線は、俺の頬に貼られた絆創膏や、包帯の巻かれた腕へ痛々しげに向けられている。
いや、なんだこの適当すぎる巻き方。
「ほ、本当にすみません……。私のせいで、こんな……」
栗栖の声は弱々しく震えていた。
どうやら、まだ責任を感じているらしい。
「ははっ、大丈夫だって。こんなの、ただのかすり傷みたいなもんだよ」
俺は、少しでも彼女の罪悪感を和らげようと、わざと軽い調子で笑ってみせた。
「アンタ、その言い方普通に気持ち悪いわよ」
「お、お前がこのキャラでいけって言ったんだろうが!」
俺が思わず声を荒げると、永谷は呆れたように肩を竦めた。
「それより夏井さんは、この部活に入るってことでいいん?」
ちさとが、興味津々でいった様子で栗栖へ視線を向けた。
「は、はいっ。 よ、よろしくお願いします」
どうやら、俺が気絶している間に話は随分進んでいたらしい。
「で、それで提案なんだけど、明日祝日だし海いかね?」
ちさとが唐突にそんなことを言い出した。
「……は?」
あまりにも脈絡のない提案に、俺は間抜けな声を漏らす。
「いやほら、新入部員歓迎会的なやつ? せっかくなら青春っぽいことしたいじゃん」
「お前、 “青春”って単語好きすぎるだろ……」
「だってらいっち、最近ようやく青春ルート入ったし」
「ゲームみたいに言うな」
一方の栗栖は、 “海”という単語に少しだけ目を丸くしていた。
「う、海ですか?」
「夏井さん、嫌だった?」
「い、いえ、あまり行ったことがなかったので……」
彼女はどこか遠慮がちにそう呟く。
その瞬間、ちさとの目がきらりと輝いた。
「よし決まり! じゃあ明日、みんなで海ね!」
「おい、まだ誰も賛成して――」
「私は、賛成よ」
永谷理香が、静かにそう呟いた。
意外だった。
彼女はどちらかといえば重度のインドア派であり、休日は部屋に籠もって本でも読んでいるような人間だと思っていたからだ。
「……たまには、悪くないでしょ。そういう騒がしいのも」
彼女は照れ隠しのように視線を逸らしながら、小さくそう付け加えた。
やっぱり、毒舌さえなけば絶世の美少女なのになぁ……。
「それに、最後くらい……」
「最後?」
「い、いや。 な、何でもないわよっ」
彼女は、顔を少し赤らめて、視線を外した。
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