南方帝国・神統院の政治会議
南方帝国の心臓部――神統院。その中央に据えられた円卓は、白い大理石が磨き抜かれ、天井の聖紋灯を反射して淡い金色の光を宿している。帝国が“神意”という曖昧な概念すら政治の尺度に変えてしまう象徴の場であった。
その円卓の周囲に、神官服に身を包んだ高官たちが静かに着席する。重厚な沈黙のなか、院長が卓上の報告書を一度だけ指先で叩いた。
「――王国学院で起きた“裁きの逸脱”。
これは、ただの不祥事ではない」
低く響く声は、室内に漂う厳粛な空気をさらに濃くする。
神意官の一人が眉を上げた。
「長官、これは王国の宗教勢力が勝手に起こした騒動では?」
院長は首を横に振る。
「王国の聖務院が動いたということは、相応の“揺れ”があったということだ。宗教勢力が内向きに暴れたのではない。――外へ向かって揺れたのだ」
その説明に、別の神意官が口を開く。
「すると、我々は……どう解釈なさるのです?」
院長は、口元に薄い笑みを浮かべた。
「決まっている。
王国が揺れた――それだけで外交カードになる。
揺らぎは力の真空を生む。その隙を、帝国が使わない理由はあるまい」
静かにページがめくられる音が広がる。
報告書には、王太子の不祥事、学院内部の聖務院介入、そして――
中央にひっそりと記された一つの名前。
レティシア・アーデルハイト。
まるで取るに足らない学院の少女の名が、帝国の政治中枢にまで届いてしまっている。
院長は椅子に深く身を預け、指先を組んだ。
「この少女は“端緒”にすぎん。だが、端緒とは時に大河を決める」
神意官たちは言葉を失ったまま互いの顔を見合わせる。
そして院長は、決定を告げる。
「セラフィナを向かわせろ。
――あれなら王国も聖務院も、揃って扱いに困る」
会議室の空気が静かにざわめく。
セラフィナ・ロゥ・ヴァレンティア。
外交官であり、神意干渉術師。
柔らかな微笑みの下に鋭利な政治感覚を隠す、“帝国が誇る穏やかな毒”。
彼女が動くということは、
友好の使者が来るのでも、圧力を露骨にかけるのでもない。
――もっと巧妙で、もっと厄介な“侵入”だ。
院長は最後に一言だけ、祈りとも命令ともつかぬ声で告げた。
「王国の揺らぎに、帝国の影を落とす。
――その始まりを、彼女に任せよう」
こうして、
王国学院の小さな波紋を嗅ぎつけた帝国の“柔らかな毒”が動き出した。




