結果――“レティシア”という名前が、国際政治の表で語られ始める
王都から放たれた噂は、まるで旅装を整えた影の使者のように各国へと走り、その過程で色も形も変えていった。
しかし、どの国の報告書にも、必ず同じ文字列が残った。
――レティシア・アーデルハイト。
その名が、まるで不可避の符号のように何度も記されていた。
北方連邦の情報局室では、重厚な魔導書棚を背景に老練な分析官が眉を寄せる。
「……またこの名だ。精霊流異常の中心に“少女”。偶然にしては出来すぎている」
南方帝国の神意院では、金糸の刺繍が施された祭壇の前で神意官たちが神妙な声を落とした。
「王国に“兆し”が現れるなら、媒介はこの少女しかおるまい。
神意の波形の揺らぎも……無視できぬ」
そして周辺小国の作戦室では、王国の地図を前に小国宰相が静かに息を吐いた。
「内政崩壊の前兆を、少女が引き金に?
……いや、いずれにせよ王国が揺れているのは確かだ」
やがて、各国の外交官たちは同じ言葉を報告書の末尾に書き加えるようになった。
「王国学院の混乱の中心に、この少女がいる」
平凡な学院生――そのはずだった。
王都の片隅に生き、誰も気に留めなかったはずの少女の名が、いまや諸国の会議室の空気をわずかに震わせている。
外交官たちは、その不可解な存在に言いようのない不安と興味を抱いた。
無名にして、しかし因果の流れをねじ曲げたとされる少女。
神の気配に触れたという噂すらある少女。
王国の未来を揺るがした中心に位置すると指摘される少女。
――その名は、この瞬間から国際政治の表舞台に上がった。
まだ学院の一学生に過ぎないレティシアの知らぬところで、
各国の視線はじわりと彼女へ向かい始めていた。
興味と警戒。
期待と恐れ。
相反する感情を抱えたまま、諸国は静かに次の一手を考え始める。
こうして、王都のひとつの事件に過ぎなかったはずの出来事は――
やがて大陸全体を巻き込む序章へと姿を変えていくのであった。




