アストンが気づいた“揺れの予兆”
アストンが中庭へ姿を現した瞬間、
空気はさらに重さを増した。
足音はほとんど響かない。
それなのに、存在感だけが異様にはっきりしている。
まるで彼が歩く軌跡だけ、
別のレイヤーに属しているかのようだった。
アストンはレティシアの近くまで来ると、
ふっと微笑むでもなく、ただ淡々と告げた。
「……やはり、感じましたか。
この世界の層が“揺れ”ていますね」
ミルヴァの表情がわずかに動く。
「ええ。あなたも?」
アストンは頷く。
その横顔は、自然現象を観察する研究者そのもの。
「はい。しかも――」
視線が、レティシアへ向く。
「レティシア様の周囲だけ、特に強い」
レティシア(健次郎)
(いやいやいや……!
なんで“俺の周りだけ”揺れんだよ!?
世界さん、説明してくれ!!
俺は何も……してないっ……!)
呼吸が浅くなり、心臓の位置が分からなくなる。
だがアストンは気づかない。
あるいは気づいたうえで、あえて言葉を続ける。
「近いうち――」
わずかに風が遅れて吹く。
止まっていた木の葉が急に追いつくように揺れた。
アストンの瞳だけが、どこか別の章を読んでいるような静けさを湛えている。
「この学院の構造そのものが“揺れ”ますよ、レティシア様」
それは、
地震の前に微かな地鳴りが走るような警告。
あるいは、
“物語の章が書き換わる直前”に立ち上がるノイズ。
レティシア(健次郎)の心の中で、
何かが冷たく沈んだ。
(……やっぱり俺、何かやらかしたのか……?
いや、やらかしてないけど……結果的にやらかしたことになってる……?)
夕陽に照らされた中庭は美しいのに、
そこに流れる空気だけが、異様に歪んでいた。
新しい“何か”が、すぐそこまで迫っている。




