32 甘えるな
勝敗が決まり、場面はギルマスの執務室へ。
ガルシュから直接結果を聞かされる予定のパルトとアナスタシアですが、何やらパルトさんの機嫌が…
「いやぁ、今回の結果には本当に恐れ入ったな。」
ギルドマスターであるガルシュは、ソファに座ったまま満足そうに大きく笑っているが、わたしはそんな彼にジト目を向けていた。
数刻ほど前、わたしとアナスタシアはゴズルを倒し、ガルシュが提示した試験をクリアした。
そのまま、受付嬢のリプリーに案内されて、ここギルドマスターの執務室にいる。
これから、冒険者としての今後について説明を受けることになっているわけだ。
応接用のソファは丁度良い柔らかさで心地よく、指で押してみると程よい弾力を感じる。
待遇としては申し分はない。
それに、ムカついていたゴズルも倒すことができた。
アナスタシアに助けられて……という事実は正直悔しいが、あいつはぶっ飛ばす予定だったから、それはそれで満足している。
それに思いもよらない力の発見もあった。
氷属性を纏っただけの状態であれだけの動きができたのは、これまで経験したことのないもの。
その力について、今は何もわからないけれど、自分の可能性を知れたことは僥倖と言っていいだろう。
だが、それでもわたしの機嫌はすこぶる悪かった。
それもこれも全部、ゴズルと目の前のガルシュのせいである。
「ギルマス……この試験は私たちだけのものではなかったんですね。」
アナスタシアがわたしの気持ちを代弁するように切り込むと、笑っていたガルシュは少し申し訳なさそうに眉を寄せる。
「そうだな。それについて、まずはお前たちに謝罪する。確かに、今回の試験はお前たちの力量を測るためだけ……というわけではなかった。」
それから、彼は深々と頭を下げて謝罪を述べると、ゴズルの過去の経歴を話し始めた。
もともと、ゴズルは真面目な冒険者であったそうだ。
ギルドでの評価も高く、Cランクへの昇格も間近だと言われるほど優秀で、性格も今のように捻くれてはおらず、周りの冒険者からの評判も良い。
模範となるほど、堅実で真面目な男だったらしい。
本当かどうか怪しいものだな……。
わたしが訝しんでいる様子を見て、ガルシュは苦笑いを浮かべた。
話を戻そう。
そんなゴズル率いるパーティーが、ある討伐依頼を請け負ったのが数年前のこと。
依頼の内容は、ワイバーンの討伐と巣の除去だった。
当時、街から南に位置する小さな山奥に1匹のワイバーンが巣を作ったことがわかり、その脅威を早期に取り除こうと考えたトゥウランの領主から、直々の依頼が為されたそうだ。
ワイバーンの魔物ランクは本来「D」。
それは、Dランクの冒険者が倒せる程度ということを意味しており、1体だけならゴズルたちでも無理なく倒すことができる。
そういう采配だった。
それと依頼を受ける際、ガルシュはゴズルに新人の指導を任せることにした。
その新人の名は、ルキシン。
彼もまた、将来を有望視される期待のルーキーの1人であり、堅実なゴズルに任せて経験を積ませようと、当時のガルシュは考えていたそうだ。
だが、ゴズルたちが目的の場所……ワイバーンの巣があると特定された場所に行くと、そこには聞いていた話とは全く違う光景が広がっていたのである。
「20体の……ワイバーン……」
ごくりと唾を飲み込むアナスタシアの顔には畏怖が浮かんでいる。
それを見て、その事実が冒険者にとってどれだけ脅威的なことなのかがわたしでも理解できた。
「そうだ。ワイバーンは1体だけならDランクの魔物だが、群れになれば話が変わる。数にもよるが……20体なら少なく見積もっても、その脅威度はBランクに相当するだろうな。」
真面目な顔で大きくため息をつくガルシュの顔には、悔恨の念が浮かんでいる。
自分の采配ミスを悔やんでいるのだろうか。
だが、ガルシュはそれでも静かに話を続けた。
「ワイバーンの群れと遭遇したゴズルたちは、すぐに逃走を試みたそうだ。ワイバーンが20体というのは、かなりの脅威だし、下手をすればトゥウランの街が滅びるレベルでもある。……だから、あいつはこの状況を早く俺たちに知らせようとしたんだな。」
だが、結局トゥウランの街に帰り着けたのはゴズルだけ。
リーダーであったゴズルは仲間を逃がすために殿を務めたようだが、ワイバーンが放ったスキルで大きく吹き飛ばされ、気づけば街の近くの川辺に流れ着いていたそうだ。
近くを通った別の冒険者がそれを発見し、彼を街に搬送。
目を覚ましたゴズルからワイバーンの話を聞いたガルシュは、すぐに討伐隊を編成し、事の対処に当たった。
「ゴズルのおかげで、街に被害が出る前にワイバーンの群れは何とか排除できた。多少の被害は出たが、ここトゥウランのギルドにはBランクの冒険者が多数いるからな。だが、ゴズルが心に負った傷が1番……な。」
結局、ゴズルの仲間と新人ルキシンの行方も生死も、わからず終いのまま。
おそらく、ワイバーンの餌食になってしまったと考えられる。
ガルシュの顔は、さっきよりも暗くなっていた。
自分の采配、調査の不十分さ、死んだ者たちへの自責の念……。
そんな感情が、彼からは読み取ることができた。
ふと、わたしはアナスタシアに視線が向いた。
彼女が今の話を聞いて何を思っているのかが、気になったのかもしれないし、もしかすると、わたしと同じ気持ちだと期待したのかもしれない。
だが、彼女は今の話とガルシュの表情を見て、心を痛めているようだった。
目は涙で潤んでいるし、鼻もぐずぐず鳴らしている。
バカ正直というか……
今の話のどこに泣く要素があったのだろう。
わたしの中の期待は消え、疑問だけが残った。
当時のゴズルは、自分の判断で依頼を受けた。
ならば、その後に起こったことは全部ゴズルの責任だと、わたしは思う。
もちろん、ワイバーンの数が違っていたことは彼のせいではないが、仲間を失ったのも、新人を助けられなかったことも全てゴズルの責任だ。
冒険者はその職業柄、命を落とすことも少なくはない。
報酬も高くなればなるほど、それだけリスクを負っているし、死ぬことだってある。
でも、自分たちの実力と報酬、そして考えられるリスクなど、様々な要素を天秤にかけて自分で判断するのだ。
その依頼を受けるかどうかを。
当時のゴズルは、ガルシュからの依頼を受けると判断したし、新人のことも預かると決めたのだ。
だから、結果は全部受け入れるべき。
わたしはゴズルのことを少しも可哀想だとは思わない。
もっと言えば、仲間や新人の死に甘えている。
何だかとってもムカつくな……。
「ゴズル……あのハゲ男はいまどこにいるの?」
少し苛立ちを覚え、わたしはそう尋ねていた。
その言葉にガルシュが頭を上げる。
「ゴズルは……あいつは今医務室だ。」
「そう……。」
ゴズルの場所を聞いたわたしが立ち上がったことで、ガルシュは少し驚いている。
でも、そんなことはどうでもいい。
わたしは、そのまま執務室のドアの前まで歩いていく。
「パルト……どうしたの?」
アナスタシアが不安げな声をわたしに向けた。
それに振り返ることなく、わたしは本心を溢していた。
「あいつはやっぱり……ぶん殴る。」
「え……!?ちょ……!パルト!!」
そんな困惑したアナスタシアの声が聞こえたのは、執務室を出た後だった。
◆
「完敗だったな……。」
目を覚ましたゴズルの呟きを、リプリーは何も言わずに聞いていた。
ギルドに備え付けられている医務室の一角。
その端のベッドに横たわるゴズルは、何もない天井をただ見据えているだけだ。
Dランク冒険者である自分が、まさか新人冒険者に負けるとは思っていなかったのだろう。
リプリーはそんなゴズルを見て、複雑な気持ちでいっぱいだった。
忌まわしい過去……自身の過ちと力の無さをゴズルは呪い続けてきた。
仲間を失った喪失感と、任せられた新人を失った罪悪感。
真面目な彼だからこそ、責任感が自分自身の罪を許さず、ずっと長い間、心を擦り減らしてきた。
そんな彼が最後に至った結論が、新人潰しという悪行だった。
もしかすると、彼なりの正義があったのかもしれない。
でも、それは周りから見れば、楽な道に逃げたようにしか見えないくだらない行いだ。
新人潰しという悪行に走り、自分の罪から目を逸らしたのだとしか捉えられない。
それに、教育的指導と称して潰す、もしくは辞めさせるゴズルの行動は、ギルドに不利益をもたらす行為でもあり、そのようなことをギルドは許すことはできない。
これまでガルシュが何度も説得を試みたが、彼は素行を直すことはなかった。
これまでの余罪を含め、彼には何かしらの罰が下される。
でなければ、ギルドとして他の冒険者に示しがつかないからだ。
それを考えると、リプリーは胸の中に重たいものを感じずにはいられなかった。
ふと、先の試験で勝敗が決した時、ガルシュがゴズルに伝えた言葉が頭をよぎる。
『ゴズル……これでわかっただろ?若い芽は常に育つ。お前が全部の責任を負う必要はない。追い目を感じる必要はないんだ。だからよぉ……』
ガルシュもゴズルのことを心配していた。
そして、ガルシュ自身も、自分の采配が間違っていたのかもしれないという罪悪感にも苛まれてきたのだ。
ギルドとしての結果を見れば、ワイバーン20体という脅威を事前に把握し、街に被害なく排除できたことは評価に値する。
当時、トゥウラン領主からはギルドに報奨金が渡されていることが、何よりの証拠だ。
もちろん、勇敢なゴズルにも、だ。
だが、その犠牲は大きく、彼らは仲間を失った事実を……傷を拭えずにいる。
(今回の試験……ゴズルさんの心の傷を塞ぐきっかけになればいいんだけど……。)
リプリーがそう考えた瞬間、医務室のドアが激しく開かれた。
何事かと思い、ドアの方に目を向けると、そこには1人の少女が立っている。
「パ……パルトさん。どうしたんですか……突然に。」
先ほどの試験の合格者。
フードを纏った小柄な少女は、リプリーの言葉を振り払うように部屋の中へと足を運んだ。
そして、ゴズルの前に立つと突然胸ぐらを掴み、彼の上半身を無理やりに起こしたのだ。
「ちょ……!パルトさん!ゴズルさんは今目が覚めたばかりで……!」
パルトの行動に驚きが隠せず、リプリーはそれを止めようと駆け寄ろうとした。
だが、パルトが次に起こした行動で言葉を失った。
「お前……甘えるな!!!」
パルトはそう言い放つと、ゴズルの頬に拳を見舞ったのだった。
ゴズルにそんな過去があったとは。
でも、そんな彼に苛立ちを隠せないパルトは、医務室にいるゴズルに1発見舞っちゃいました!
パルト!どうしたんだ!!




