3 溢れ出すもの
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第3話。
こっそり覗くパルトは何を見るのか?
木造りの人形たちの近くに置いていた木剣。
それをダビドがゆっくりと拾い上げた。
だが、特に構える様子もなく、ただ人形たちをじっと見据えたまま。
わたしは、木陰で息を潜めたまま、彼の様子を静かに窺っていた。
彼は今から何をするんだろう……。
それがとても気になったが、そうは言ってもボロボロの人形と木剣という組み合わせから考えられるのは、剣の鍛錬くらいだろう。
この状況で他のことを連想するほど、わたしもバカではない。
ダビドが今から行うのは、木剣での打ち込み。
わたしはそう想像していた。
だが、彼は再びわたしの想像の先をいく。
ダビドが大きくて静かな呼吸を繰り返しながら、木刀を中断に構えた。
動く……の?
息を飲むわたしの視線の先で、彼はその切先を人形に向けたまま、深い呼吸を繰り返している。
その様子はまるで剣の達人のようにも思え、何か始まるという期待感がわたしの胸を大きく満たしていった。
そして、同時に辺りの空気が変わったことにも気づく。
空気がピリピリする……。
この感覚……どこかで……。
ふと思い出されたのは、魔物と対峙した時の緊張感だった。
わたしは一度だけ、集落の外で魔物に襲われたことがある。
大人たちに助けられてことなきを得たが、その時、本能から向けられる殺気というものを目の当たりにした。
そして今、その時に感じた緊張感に似ているものを、わたしは肌で感じ取っていた。
自分が息を飲む音が聞こえた。
先ほどまでの期待感はどこにもない。
ただただ、緊張感だけが体全身に纏わりついている。
そんな感覚に息をするのも忘れ、わたしは彼から目を離せなくなっていた。
少しの間……。
風が木々を撫でる音だけが流れていく。
どれくらい時間が経っただろうか。
そう思わせるほどに、辺りは静まり返っていた。
だが、その瞬間は突然に訪れた。
ダビドが今まで以上に深く息を吸い込んで、それを止める。
同時に、彼の眼の色が変わった。
わたしがそう認識した次の瞬間には、彼の姿はどこにもなかった。
彼が元いた場所には、小さな砂埃だけが舞っている。
え……!?ど……どこに行ったの?!
わたしは目を見開き、思わず立ち上がって彼の行方を追っていた。
目の良さには自信があった。
伊達に森の中で生きているわけではない。
小さな虫の動きだって、小動物たちの素早い動きだって捉える眼は持っている。
そう自負していたのに、そんな自分の常識が全て壊された感覚に陥ってしまう。
気づけば、ダビドはいつのまにか人形の後ろに立っていた。
み……みえなかった……。
それが1番に浮かんだ感想。
いったい彼が何をしたのか、まったくわからない。
ただ素早く移動しただけのようにも思える。
じゃあ、あの木剣の意味は……?
そんな疑問が浮かんだが、その答えはすぐにわかった。
いや……理解させられた。
ガッガガガガガッ……ガガガガガガガガガガ!!!!!!
遅れて届いた打撃音に、わたしは耳を疑ってしまう。
驚いて人形に目を向けると、ただ立っているだけの人形に、激しい衝撃波が襲いかかっていた。
幾重にも渡って……だ。
何度打ち込めばそうなるのか……。
そう思えるほど、人形は衝撃に耐え続けている。
それを見た瞬間、わたしは彼が何をしたのか理解した。
あ……あの一瞬で……あれだけ打ち込んだってこと……!?
わたしの口は開いたまま、塞がらなかった。
だが、ダビドの鍛錬はそれだけでは終わらなかった。
彼が次に手にしたのは長い棒。
その先端は尖っているので、槍のようにも思える。
彼はそれを手に、ゆっくりと人形の正面へと移動すると、再び深い呼吸を始めたのだ。
わたしの意識は、すでにダビドの動作ひとつひとつに釘付けになっていた。
次はどうなるのかという期待感で胸はいっぱいで、感じていた緊張感はどこかへ吹っ飛んでしまっている。
もはや怖さも恐れもなく、ただあるのは彼に対するワクワク感だけだった。
◆
その晩、わたしがダイニングへと顔を出すと、そこにはいつものように紅茶を嗜みながら寛ぐダビドがいた。
わたしが目の前に座ると、ダビドは優しく微笑んで紅茶を薦めてくれた。
「これを飲むと、寝つきが良くなるんじゃ。」
相変わらず、彼は顔をくしゃくしゃにして笑う。
それが、わたしの心を落ち着かせてくれた。
あの時とはまったく別人みたいだ……。
彼を見ていると、不思議な感情が湧き上がってくる。
この感情が、いったい何なのかはわからない。
でも、剣や槍、弓や斧など様々な武器をあれだけ使いこなすダビドの技術力の高さに対し、わたしは単純に尊敬の念を感じている。
「あの……」
そう言いかけたわたしに、ダビドは何も言わずに優しい表情を向ける。
だが、その笑顔はわたしの中に小さな罪悪感を生んだ。
そもそも、わたしに内緒であの場に行っていたということは、彼がそれを隠したかったからではないだろうか。
その理由はわからないけど、そんな彼の気持ちを少なからず踏みにじり、こっそりと隠れて覗いていたのだ。
その事実が、罪悪感となってわたしの心を締め付けていた。
だが……
「どうじゃった?わしって強かろ?」
「え……?」
わたしは彼の言葉に耳を疑った。
そして、すぐに理解した。
どこからかはわからないけど、全て彼にバレていたのだ、と。
「昼間のこと……全部知って……」
ダビドはわたしの言葉を聞くと、持っていたカップをゆっくりと置いた。
その動作に、わたしは少し警戒心を強める。
おそらく……怒られるかもしれない……
そんな気持ちが湧き上がり、目を閉じてそれに耐える準備をする。
だが、彼からの言葉は全然違っていた。
「お前さん、わしのスピードにようついて来れたのぉ。」
わたしは怒られると思っていたのに、彼はそう言って楽しげに笑っている。
それ以上は何も言わずに、ただニカリと笑っている。
その笑顔を見た瞬間、わたしの中で何かが崩れ落ちる音がした。
罪悪感に対する謝罪だけじゃない。
戻らない記憶に対するもどかしさ。
家に帰ることができない不安。
家族に会いたい寂しさ。
それらがわたしの心に一気に押し寄せてきて、堰が切れたかのように、我慢していたものが涙となって一気に溢れ出した。
拭っても拭っても涙は止まることなく溢れ続け、わたしは声を出して泣いていた。
今の自分のこと。
自分の過去の記憶のこと。
不安、焦り、寂しさ……その全てを彼に聞いて欲しくて、わたしはダビドの前で大声で泣いていた。
ダビドの優しさに心を打たれたパルト。
全てを吐き出してたくさん泣きました。
記憶の謎は残りますが、前に進んでくれるといいですね!




