28. 魔塔主の力①
小瓶に入った魔法薬を2つ。
エスティリオがパーティーへ行く前、懐へしまい込む様子を見て、こちらも正装を決め込んだアルノートが顔をしかめた。
「そんな物を持ち込んで、何をなさるおつもりなのやら」
「何をなさってもお前は俺の見方だろう?」
「どうでしょう。内容によりますかね」
「なら心配ない」
アルノートはなんだかんだ言っても、エスティリオを信頼してくれている。その逆も然り。
いつも深くは追求しないでいてくれるが、適切なサポートは欠かさない。だから最も近くに侍る者として、エスティリオはなかなか芽の出なかったアルノートを抜擢した。
ラシェルには先程少しだけ会って話をしたし、準備は整っている。
「さて、行こうか」
魔塔主が交代し、就任式以外では今回が初めてのパーティーへの参加となる。
帝国は一番に魔塔主を呼び寄せられたことを、他国に誇示したいのだろう。
巨大な会場には皇帝が自慢げに話していたように、国内外問わず、王族や貴族が大勢参加しに来ている。
「レディ、参りましょうか」
「ええ!」
会場へは、リリアンヌをエスコートしながらの入場。コッテコテにめかしこんだリリアンヌは、エスティリオの腕に絡み付くようにして隣に並んだ。面倒でもここは大人しく従い、波風を立てないように。
ラシェルを探すと、渡しておいた服に着替えて使用人の振りをしている。
エルとしての容姿はどちらかというと地味で人の目をあまり引かないし、ラシェルはそつなくなんでもこなせてしまうタイプの人なので違和感は無い。
もう幾人としたのか分からない程の貴人と挨拶を交わし、踊りたくもないダンスをリリアンヌと踊った。
いちいち「リリアンヌ様とお似合いですね」なんてひと言はいらない。リリアンヌは余計に調子に乗ってベタベタしてくるし、この人の目は節穴かと疑いたくなる。
「ベクレル殿、楽しんでおりますかな?」
皇帝が第1皇妃を伴いやって来た。近くには宮廷魔道士のブリアンもいる。彼は皇宮に到着した際、エスティリオを出迎え案内してくれた魔道士で、皇帝から最も信頼されているようだ。常に皇帝のそばに居る。
「まあまあですね。ここに第5皇女殿下がいらっしゃれば良かったのにと、考えていたところです」
わざとらしく物憂げな顔をして言った。
笑みを浮かべていた皇帝の顔に、すっと険が宿る。
「第5皇女? なぜ既に亡くなった者の事を? いや、それよりもベクレル殿は第5皇女と面識がおありで?」
「ありますよ。学友でしたから。アカデミーを去る前に教えて頂きました」
皇帝からギリっと歯噛みする音が聞こえてきそうだ。
第1皇妃は何も知らないらしく、不思議そうな顔をしている。
「どういう事ですか。第5皇女がアカデミーに?」
アカデミーに通っていたことすら極秘だった。病弱で宮から一歩も出られないという設定だったから。
「お亡くなりになったというのは本当でしょうか」
「何を言いたいのですかな?」
「他者を呪う行為が禁じられていることは、ご存知のはずですよね? 陛下も、ブリアンも」
呪術は禁術だ。
誰かに呪いをかけることは、魔塔側も禁止しているし国際的にも決まっている。
ラシェルに魔法薬を飲んだ時にいた魔道士を覚えているか聞いた時、エスティリオを出迎えた人で間違いないと言っていた。
蠱毒を作ったのが皇帝なのか、それともブリアンの方なのか。
ほぼ間違いなくブリアンの方だろう。
蠱毒はとある条件から、年若い方がいいから。
アルノートはブリアンと魔塔アカデミーで同窓だったとのことなので、まだ30代前半。60になる皇帝よりもずっと若い。
それにこの皇帝に蠱毒を作れるほどの、魔法の腕前があるとは思えない。蠱毒をつくるにはかなり高度な技術を必要とする。
「ブリアン、残念だよ。君のことはライエ様からも優秀だったと聞かされていたから。まさかその腕前を、誰かを呪うために使うなんてさ」
「魔塔主様は何か誤解されているようです。僕が呪術に手を染めたと仰りたいのですか? ならばそれは間違いです。僕が魔塔の意志に逆らうようなことをするはずが無いでしょう」
「先程から一体何なのです? 何の話をしていらっしゃるのでしょうか?」
全く訳が分からないと、皇妃が割って入ってきた。周りでも「魔塔主が突然妙なことを言い出した」とザワついている。
「皇妃様でもご存知ないのですね。それでは説明致しましょう。第5皇女が病弱というのも、亡くなったというのも全て嘘です。実際には体が弱いのではなく、ただ魔力が無かったというだけ。俗に言う欠陥品。それを恥じた皇帝が彼女を幽閉し閉じ込めたのです」
周りのざわめきが濃くなった。
「皇帝の娘が欠陥品だったって?」
「そんな話、初めて聞いたぞ」
きっと皇帝はこの状況になるのを恐れていたはず。自分の娘に欠陥があると嘲笑されるこの状況を。
「ですが皇女は非常に優秀で聡明な人だった。最難関と言われる魔塔アカデミーの試験に合格し、魔法を使う科目以外で言えば、首席で卒業したのですから。それでも冷遇し続ける皇帝は娘に、残酷な選択をさせたのです。皇宮から出す代わりに、姿を変えさせ、蠱毒を飲ませ、呪いをかけた」
エスティリオの話しに、シンっと会場内は静まり返っている。
その沈黙を破ったのは、皇帝の笑い声だった。
「はっはっはっ!! 実に面白い作り話だ。予の娘が魔力無しの欠陥品? 何を馬鹿なことを」
「魔塔アカデミーの学長も、前魔塔主も、彼女の才能に気がついていた。だから魔力が無くても入学を許可したというのに、貴方という人はなんてつまらない人なんでしょう。自分の体面を守るために、皆を騙し、隠していたのですから」
「黙れ!! 魔塔主だからと大人しく聞いていれば、根も葉もないことをツラツラと!」
「そうですよ。私も魔道士としての対面を傷つけられて黙ってはいられません。呪術を使ったという根拠は何処にあるのですか?」
「ならこれを飲んで、やっていないと宣言してよ」
エスティリオは懐から小瓶をひとつ取りだした。
「『真実薬』。説明しなくても分かるよね? ちなみにこの薬の仕上げに入れたのはマルガロンだよ」
この魔法薬を飲んで嘘をつけば、服用者は嘘をついた代償を払わなければならない。
その代償とは、最後の工程で入れるもので決まる。腹痛であったり発疹であったり様々だ。
そしてエスティリオがこの薬を作る際選んだのはマルガロン。
代償は『死』だ。
「さあどうする」
ここまで大勢の者が見守る中、この薬に抗う為の魔法を自身にかけるのは不可能だ。証人があまりに多すぎる。
ブリアンは思考を巡らせているのか、薬を見つめたまま動かない。
「ああ、そうだ。どうせなら宮廷魔道士全員に飲ませて宣言してもらおうか。『私は誰かに呪いをかけたことなど、ただの一度もありません』ってね。別に怖がることなんてないよ。やましい事がないなら何も起こらないんだから」
どうせなら、宮廷の魔道士全員の罪を問うてもいい。
権力者の集う場所が、どれ程仄暗いものなのか、見てみるのも悪くない。
「陛下……どうかお助けを」
逃げ切れないと悟ったブリアンが、声を絞り出し懇願した。
「違うのです、ベクレル様! 僕は陛下に命令されて仕方なく……!!」
「ええい、このたわけが!! 貴様、大衆の前でよくもそのような嘘を!」
「命だけはお助けを」
「予に出来損ないの娘など、いるわけがなかろう! あの子は死んだ! 死んだんだ!!」
確定、だね。
必死に釈明をし命乞いをするブリアンに、影が忍びよったことに誰も気が付かない。
騒然とする会場内。何食わぬ顔でエスティリオは、魔塔主としての職務を遂行する。
これでもう安心。と一人胸を撫で下ろしていると、女性の泣き声が聞こえてきた。
「エル……」
「あ……わっ、私……ごめんなさい……」
父親の暴言に、ラシェルは堪えきれなくなってしまったのだろう。無理もない。存在を否定され、死んだと喚かれてしまっては。
この状況で、たった一人だけ涙を流す女性に注目が集まった。当然、皇帝も。
「お前……お前はまさか……」
流石に姿を変えられた後の姿でも、そこにいるのが自分の娘だと気付いた皇帝は、ラシェルに向かって大声で叫んだ。




