27. 伝え合う気持ち
「疲れた……」
リリアンヌに魔法のレッスンをしてからアフターヌーンティーに付き合い、更にそのまま会食へ。
ずっとリリアンヌに腕を掴まれくっ付いてくるものだから、「知らないうちにこんなに親しい間柄になって」などと皇帝と皇妃から言われ、精神的ダメージが酷い。
唸りながらダランと座った主人に、アルノートがいつも通り、ラシェルブレンドのお茶を入れてくれている。
この香りを嗅ぐと心が安らぐ。
一口お茶を口に含んで気の緩んだエスティリオは、アルノートに愚痴をこぼした。
「あれの何処が天真爛漫なんだ? 厚顔無恥の間違いだろ」
「長所と短所は表裏一体でございますから。見る人によっては、愛くるしいと感じる方もいらっしゃるでしょう」
「ははっ、見る人によってはねぇ。じゃあアルノートは彼女をどう見る?」
背もたれから身体を起こしてニヤッと笑うと、アルノートはコホンっと小さく咳払いをした。
「まあ正直申し上げますと、ベクレル様の好みのタイプとは遠くかけ離れ過ぎていると言いますか、真逆といいますか。全くもって合わないとお見受けしました」
「なるほど」
「ついでにもうひとつ加えさせて頂くならば」
「ならば?」
「私はあの御仁にお仕えするのは、御免こうむりたいですね」
「忌憚のない意見をありがとう」
ラシェルの妹だからと我慢したが、これ以上の深入りはやめておこうと決意した。
ティーカップに残るお茶を飲み干していると、アルノートが物言いたげにじっと見てくる。
「なに?」
「ベクレル様のお気持ちがどうであれ、傍から見ると仲睦まじそうに見えましたよ」
「は?」
「特に、エルさんの部屋の窓からは」
ラシェルの部屋の窓?
南側の日当たりのいい、3階の部屋。エスティリオが使っている部屋の真上だ。
ちらりと自分の部屋の窓の外を見ると、リリアンヌに付き合わされた庭園が見える。今は暗いが、昼間ならよく見えたはずだ。
「ちょっと上に行ってくる」
「ええ、是非そうしてください」
全く、気の利く侍従だ。
すました顔でティーセットを片付けるアルノートを置いて、エスティリオは部屋からパッと消えた。
◇◆◇
仕事をしていれば気が紛れるかと思ったのだけど……。
せっかくアルノートに紙を追加で貰ったのに、なかなか筆が進まない。
昼間の庭園の様子が目に焼き付いて、余計なことをごちゃごちゃと考えている。
「アルノート様にまで気を使って頂いて……何をやっているのかしら」
長い吐息を漏らしたところで、コンコンッとノック音が聞こえてきた。
「エル、入ってもいい?」
エスティリオ?
ドアを開けると案の定、エスティリオが立っていた。
「どうしたの」
「少しエルと話したいと思って。こっちに座って」
ポンポンッと、エスティリオの隣に座るように促された。
「せっかくの帰郷なのに、不自由な思いをさせてごめん」
「いいのよ。正直言ってあまり懐かしい感じとかしないの。すぐそこにある庭園だって、まじまじと見るのは今回が初めてよ。ずっと与えられた離宮から出られなかったから……。だからこうして引きこもるのもお手の物、というわけ」
気にしないようにと笑ったつもりが、逆効果だった。エスティリオは悲しげに顔を歪めている。
「本当にごめん」
「そんなつもりで言ったんじゃないのよ。それに、一生ここに引きこもらなきゃいけないわけじゃないでしょう?」
「もちろんだよ。明後日には解放してあげるから」
「明後日? 帰るのは3日後よね?」
7日間の日程で、今日はまだ4日目。あと3日あるはず。
「明後日、皇帝主催のパーティーがある。国内はもちろん、各国の王族や主要な貴族も大勢招かれているそうだよ。そこにエルも使用人として紛れ込んで欲しい」
「え?」
「姿が見えなくなる魔法をかけてと思ったけど、恐らくそれは無理だと思う。皇宮全体に、姿現しの結界が貼られているから」
「それはいいけれど……エスティリオ、大丈夫なの?」
何をするつもりなのか、きっと事前には話してくれない。だからラシェルに出来ることはもう1つしかないと決まっている。例え怖くて、不安に押し潰されそうでも。
「いえ、あなたを信じるわ」
「ありがとう。俺が魔塔主になろうと思ったのはエルの為だけど、でも、生半可な気持ちで引き受けたわけじゃない。私情は抜きにして、魔塔主としての責任は果たさないといけない。だから俺が何をしても嫌いにならないで」
「エスティリオを嫌いになるわけないでしょ。それよりも……私のために魔塔主になったって言うのは……?」
そんな話は初めて聞いた。エスティリオは珍しく照れているのか、耳の端がほんのり赤く染まっている。
「エルに相応しい男になりたかったから」
「そ……んな」
上手く言葉が出てこない。
「俺の気持ちはちゃんとエルに伝わっているし、気持ちは通じ合っているんだと勝手に思っていたけど、改めて確認していい?」
「は……はい」
「前にエルは俺に好きだと言われる度に、誰に言っているのか分からなくて辛かったって言っていたでしょ? あれって、エルも俺のことが好きだからってことで捉えていたんだけど、それでいいんだよね?」
「あ……えっと……」
自分がハッキリしなかったのがいけなかったのだと、やっと気付いた。
エスティリオは何度も好きだと言ってくれていたのに、ラシェルが言葉にして伝えなかったから……。それなのに関係はどうなっているのかとヤキモキして、勝手に嫉妬したりして。
「私も……エスティリオの事が好きよ。後輩としてではなく、魔塔主としてでもなく、一人の男性として」
足の先から頭の先まで、全身がボワっと熱くなる。
ひとこと好きって言うだけなのに、こんなにエネルギーを使うなんて。
ラシェルの告白に、エスティリオは脱力してコテンと横になった。
「良かった。年下はムリとか言われたら、俺もう、立ち直れなくなるところだった」
「そんなこと……。私こそ、もう結構いい歳よ?」
「年齢なんて何でもいいよ。エルが俺を好きでいてくれるなら」
身体を起こしたエスティリオが、ラシェルの頬に触れる。
「キス、してもいい? 今度は確認の為じゃなく、ただエルに触れたくてたまらないから」
ストレートに思いを伝えてくれるエスティリオに、ちゃんと答えるべきだ。
すごく、恥ずかしいけれど。
「私も。エスティリオにもっと触れたい」
ゆっくりと重ねられた唇は、何度もお互いを確認し合うように求め合う。
最後、名残惜しそうにラシェルの下唇を食んだエスティリオは、すくっと立ち上がった。
「まずい、これ以上は」
「?」
「こういうのはちゃんと、許可を取ってから」
ふぅぅ、と自分自身を落ち着かせるように息を吐いている。
「エスティリオ?」
「もう少し待ってて。続きは罪悪感なくしたいから」
「続きって……」
「もっと深く触れ合いたいでしょ?」
火照った身体がさらに熱くなってきた。
何言ってるのよ、もう!!
「お休み、エル」
「お……おやすみなさい」
ニコニコと、上機嫌で部屋から消えたエスティリオ。
許可を取るというのはどういうことなのかしら。としばらく首を捻ったラシェルだったが、意味が分かったのはそれから2日後のことだった。




