嘘はない話
「他に聞きたいことはあるか?」
再び表情と身に纏う空気を引き締めた長を前にしてリツも姿勢を正した。
「いえ」
「うむ。では話を進めさせてもらおう」
「お願いします」
「任務の決行は五日後の夜半、囮を使っての退治だ」
「囮ですか」
復唱する語にまたどこか軽薄そうな笑みが頭に浮かぶ。しかし、その主は他の仕事にかかりきりとなっているはずだ。ならば、実戦に出ない女性職員のなかから選ぶのだろう。
あるいは、遺された家族のなかから適任者を見繕うかだ。
今度は妹の笑顔が頭に浮かんだ。
「ああ。対象の根城はすでに目星がついているからな。その近くに祭壇を作り捧げ物として囮を置く。お前たちは指定した場所で待機し、囮からの合図を待って祭壇に出向き仕掛けるように」
「……かしこまりました。ただ、合図を出す間もなく囮の方が命を落とすおそれがある場合は、すぐに救出するということでよろしいですか?」
「いや、なにがあっても合図を待て。下手に手を出せば返り討ちにあうだけだ」
長の表情が苦々しさを増す。実戦部隊が全滅したばかりとあれば慎重になるのも仕方ないのだろう。それでもすぐに頷くこともできなかった。
「では、救うことできるかもしれない命を見捨てろと?」
目つきと声が自分で分かるほど鋭さを増す。しかし見据えた顔は、部下からの棘のある言葉に怒りを露わにすることもなく憐れむような表情を浮かべた。
「……妹のことがあったばかりだ。そう言いたくなるのも理解はできる」
「……」
「私情は捨てろなどとは言わない。あの件に関してはこちらも心苦しくは思っているのだから」
深いため息に憤りが行き場を失っていく。
「だが今回の対象は獲物を生捕りにし根城に持ち帰る習性がある。それに囮には護身術の心得が多少あるうえに、動きを鈍らせる香も纏わせておく。合図を出しお前たちを待つだけの隙は充分に得られる」
「……」
「私とて無益な被害を出したいとは思っていない。分かってくれ、これが今の青雲にできる最善手なんだ」
真っ直ぐにこちらを見つめる目にも、ある種の諦念が滲みでる声にも、嘘の気配は感じられない。
「……では、合図を待つことにします」
「ああ。合図は光と音ですぐにそれと分かるように出させる。待機する場所については追って図とともに知らせよう」
「かしこまりました」
任務の説明が一通り終わると、部屋を包む空気がやや緊張を緩めた。その機を逃さず再びハクが手を挙げた。
「長……、また一ついいか……?」
「ああ、どうした?」
「任務決行まで日があるなら……、自由時間をもらえるか……? 放免としての報告とか……、他にも顔を出しときたい所もあるし……」
その言葉が烏羽玉の本部にいる咬神を指していることはすぐに分かった。
リツも、せっかく都に来たのだから久しく顔を見ていない両親に会っておくべきかと思ってはいた。二人とも実戦からは退いているため、話ができない状況に陥ってはいないだろう。
ただし、顔を合わせたところで話すべき話題は。
「……すまないが、それはできない。お前たちには決行日まで本部の部屋に籠り、他の者とは関わらずにすごしてもらう」
「それは……、なんでだ……?」
「対象はやたらと鼻がきく。だから、特殊な薬を飲み他の者の匂いがつかないようにする必要がある」
「俺の気配の消しかたでも……、足りないのか……?」
「……ああ、任務には不十分だ」
「そうか……」
やり取りを終えると苦々しい表情からまたため息がこぼれた。
「そういうわけだ。他二人もそれで良いな?」
「え、えと、僕はこちらに、も、特に会いたい人は、いない、ので。でも」
戸惑った声とともに送られたメイの視線に思わず苦笑が漏れた。きっと誰かが見ていたら、部下を困らせた、などと茶化していただろう。
「私も大丈夫ですよ」
その答えが先延ばしでしかないことは分かっている。それでも、危険な任務を前に他のことで気落ちをするわけにもいかないのも事実だ。
「そう、です、か」
「ええ。家族に顔をみせるのは任務が終わってからでもかまいませんから」
そう答えた途端、再び深いため息が耳に届いた。顔を向けると長の顔にはあからさまな哀れみが浮かんでいた。
「リツ、お前には苦労をかけてばかりですまないな」
「……」
その苦労が何を指しているかについて心当たりはありすぎた。それでも、その大半はすでに終わってしまったことだ。
「いえ。難しい任務に部下ともども抜擢していただくのは、支部長として誇るべきことですから」
終わっていないことだけについて社交辞令を口にすると、長の顔に微かな苦笑が浮かんだ。
「そう言ってもらえると、私としても助かるよ」
「……」
まったく似ていないと思っていた顔に、見慣れた面影が重なる。
「では案内の者を呼ぼう」
しかし、それもすぐに苦々しい表情に塗りつぶされた。
「各々、部屋に着きしだい渡された薬を飲むように」
「かしこまりました」
「分かった……」
「は、はい!」
三人揃って返事をした途端、どこからともなく案内役がまた現れた。やはりその顔にはなんの表情も浮かんでいない。
「ついてくるように」
抑揚のない声に促されながら、リツたちは用意された部屋へ向かった。




