誰かの恋の歌
それからのリツ達は長に命じられたとおり各々の部屋に籠ることとなった。
待機する場所や退治対象となるあやかしの特徴や取るべき行動は案内役から渡された資料に事細かに記載され、二人と打ち合わせをすることは固く禁じられている。それどころか、部屋を一歩でも出ることすら許されていない。
「どう考えても、異常ですよね」
西陽の差し込む部屋のなか、必ず飲むように命じられた薬の包みを開きながら自ずと独り言がこぼれた。
資料には対象に動きを悟られないためと記されていたが、班員どうしの連携を断つような作戦が得策だとは思えない。しかし、実力者が揃った本部の実戦部隊が全滅していることも事実だ。定石の範囲内で考えられる戦法はもう通用しないと考えた結果なのかもしれない。
でなければ、自分たちを始末しようとしているようにしか思えない。
「……」
リツは首を軽く振り、包み紙の上の赤黒い粉末を口に含んだ。
「……ぅ」
激しい苦味の奥に微かな金属臭と嫌な甘みがある。ここにきて三日が経ったがいまだにこの味にはなれない。
こんなものを飲んだら
死んでしまいます!!
嫌でもいつかの言葉が思い出されてしまう。
「……」
苦味を押し流すように一気に水で飲み下すと軽い吐き気を感じた。
「しばらくすれば落ち着くけど……、やっぱりクソまずいよな……、それ……」
「ええ、本当にそ……っ!?」
あまりに自然にかけられた声に普通に相槌を打ちそうになりながらも振り返る。いつの間にか部屋の隅に腕を組んだハクが立っていた。
「脅かしてすまない……。でも……、気配消して忍び込まないと……、班長と話せそうになかったし……」
気まずそうな表情と声に張り詰めていた気が緩んでいく。
「別に構いませんよ。私もどこかで話しておきたいと思っていましたから」
「そうか……」
「ちなみに、メイは?」
「連れてこようかと思ったが……、あいつの部屋の見張はいやに厳重だったから……。多分……、ベトベトサンとかを呼べないくらいの術も使われている……」
「そうでしたか」
術を使ってまであやかしの召喚を禁じる。たしかに退治人結社の本部にあやかしを招き入れることを嫌う重役もいるのだから、不要な衝突を避けるための対処なのかもしれない。
あるいは。
「転移術を使われたら……、都合が悪いのかもしれないな……」
「ええ。そうかもしれませんね」
重大な任務を前に実戦部隊に逃げ出されたくはないのだろう。そう思えば納得はできるが。
「……ハク」
「なんだ……?」
「ハクの待機場所は私よりメイに近いですよね」
「そうだな……」
「なら」
二人にはまだ大切な伴侶や兄弟が居る。
「……今回の任務、少しでも危ないと感じたらメイと合流してすぐ逃げてください」
「断る」
いつになく歯切れのいい返事に言いようのない脱力感が襲いかかった。
「問答無用で班長命令に背かないでくださいよ」
「すまない……。いや……、メイを回収して逃げるのに異存はないんだ……。ただ……班長の安全も確保できない限り、俺たちだけで逃げることはできない」
「……」
再び歯切れのいい声が放たれる。
きっと側にどこかの誰かがいたら同じような言葉を言ったのだろう。
「あはは」
自嘲のような笑いが自然とこぼれた。
「心配しなくても、危ないと思ったら私も囮の方を連れて連れて逃げますよ。二人よりも近い場所にいますし」
「本当か……?」
「ええ。仮にも班長を務めているのですから、そのくらいのことはできないと」
「まあ……、今の俺らのなかだと……、班長が一番闘い云々の実力はあるのはたしかだが……」
向かい合った顔に不安げな表情が浮かぶ。
「なんというか……、その……、色々とあって……、自暴自棄になってるように見えたから……」
「……あはは」
返事の代わりに苦笑いがこぼれた。
「本当に大丈夫ですから」
「まあ……、ならいいが……。あ……、そうだ……!」
不意にハクの顔にニヤリとした笑みが浮かんだ。
「班長……」
「なんですか?」
「この任務から帰ったら……、とある奴をぶん殴りにいこうと思うんだが……、一緒にどうだ……?」
「……」
とある奴というのが誰を指しているのかは、聞くまでもなかった。
「それはかなり分厚い始末書が必要になりそうなので、手伝っていただけますか?」
「任せろ……!」
「ふふ。ハクにそう言ってもらえると心強いですね」
「だろ……? だから……、間違っても一人で時間を稼ごうなんてするなよ」
「……ええ。そうですね」
返事をすると同時に彼方から足音が聞こえてきた。
「俺はそろそろ戻る……」
「ええ、気をつけて。今日は話せてよかったです」
「そうだな……、じゃあ……」
消え入るような声を残して、ハクは気配を殺し部屋を出ていった。それからしばらくの間を置いて現れたのは、面をつけた案内役。
書類仕事を抱えた他の誰かであるはずもない。
「湯殿の支度がととのった」
「……はい。では、今から向かいます」
「湯あみが済んだらすぐもどるように」
「はい」
「では」
案内役は軽く頷き去っていく。
「……いまひとたびの」
リツは歌を口ずさみかけたが、すぐに首を横にふり西陽の差し込む部屋を後にした。




