生まれ変わり前夜
成仏・最終話です。夜要素はないです、すみません。
「生まれ変わり前夜」楽しんでいただけたら嬉しいです。
小鳥の囀りが耳に届き、私は目を覚ました。
目を開けて、ゆっくりと上体を起こしてカーテンを開ける。柔らかい陽光が差し込んだ。
外には亡者達の民家や下宿が広がり、三途の川も見える。
以前審判を受けた殺生殿や賽の河原も遠くの方にあるのがわかった。
今日、私は現世を去るために輪廻の観覧車に乗る。
「ここも今日で最後かぁ」
最初は「変なところにきたものだ」と思った。
ユリさんは説明不十分だし、審判とかよく分からなかったし、ここにいる人はみんなめちゃくちゃだ。
でも、この変なテンションがなんだかんだ心地よかったのかもしれない。今更、嫌いじゃなかったかもしれないと思った。
そんなことを思いながら運ばれてきた最後の朝食を食べる。
観覧車に乗るのは今日の正午頃なので、現世で食べる食事はこの朝食ということになる。
私は黙々と咀嚼した。
数十分した頃だろうか。部屋のドアを叩く音がして私は玄関を開けた。
「おはようございます、綾乃さん」
「おはようございます、ユリさん」
私がここに来た時から一緒にいるユリさんは、ちょっと抜けていて茶目っ気のあるあの世の案内役人だ。
ユリさんは部屋の中を身回しながら口を開いた。
「最後まで綺麗にましたね」
「汚くしないですよ。あの世だし一応下宿だし」
「掃除しやすくて助かります」
ユリさんはこういう人だ。最初は「そんなのあるんですか」と突っ込んでいただろうが、今は慣れてしまった。自分の順応力には驚く。
ユリさんは私がさっきまで横になっていたベットに腰かけた。私は目の前にあるテーブルの前に座る。
「綾乃さん。わかってると思いますが今日が約束の49日ですよ」
「わかってます」
「正午頃観覧車に乗ってもらいます。それでめでたく転生です」
「それ、昨日も聞きました」
「最後の朝くらいかっこいいこと言わせてくださいよー」
「はいはい」
普段からかっこいいことなど言わない人なので、あまりぱっとしない。
私はさっき淹れたばかりの紅茶を啜って言った。
「今日で全部忘れちゃうんですかぁ…」
「そうなっちゃいますねぇ」
「ちょっと嫌です。渚の…弟のこととか、両親のこととか。将来の夢とか、友達のこととか。そういう理だってことはわかるんですけど…。まだ忘れたくないことがたくさんあって」
「綾乃さんはまだ若いですからね」
ユリさんは珍しく真面目な顔をして、私の目の奥を覗き込むようにして言った。
「綾乃さんの人生はこれで終わりますけど、悪いものばっかじゃなかったと思いますよ。たとえ最後が事故死だったとしても」
「そうあの時シートベルトをしていればきっと、こんなことには…」
「どうですかねぇ。位置的に死んでそうですけどね」
「そんなこと言わないでくださいよ」
「でもね、綾乃さんのおかげでいいことあったって人いますよ。無駄な人生なんてないんですよ」
「そうですか?」
「そうです。この世に本当にいらない人間は人間界にすら生まれて来られません。生まれた後によっぽどの悪事…それこそ殺人とかしない限りは、いらない人なんかになりませんから」
「そんなもんですか」
「そんなもんですよ。人間なんて」
そういってユリさんはマグカップに入ったミルクティーを静かに啜る。
そう言われればそうなのかもしれないが、意外と自分の人生に納得がいってないのかもしれない。
もっといろんなところに行って、いろんな人と話して、いろんなものを見ておくべきだっただろうか。通学路と称して、いつも同じ道を通って挑戦を避けてきたようにも思えた。
「なんか釈然としてないでしょう?」
ユリさんが私の内心をきっぱりと当ててくる。
「別に、そんなことは。ただちょっと…」
「そんなに悔いがあるなら、いっそ案内役人になります?推薦しますよ」
「いいですよ別に」
「あなたもこちら側に決めせんかぁ?」
「結構です」
どんなに格好いいことを言っても、ユリさんはユリさんだ。
最後の最後までこんな人だ。
時計が午前11時を指した頃。
私とユリさんは身支度を整え、隠世荘472号室を後にした。
「なんだかんだ長期間滞在してたから名残惜しいなぁ」
「まぁまぁー」
隠世荘を出て、先週も行った遊園地へ向かう。輪廻の観覧車がゆっくりと回っているのが見える。
私は観覧車とのんびり流れる雲を見ながらとろとろと歩いた。
さっきから頭の中では自分がこれから転生、平たく言えば死ぬことばかり考えている。
自分の本来の死因が交通事故という一瞬の最期だったため、亡者となった今迫り来る来世への転生が死と同義だった。
自分が今まで生きてきた人生が、あと1時間足らずで死ぬなんて信じられなかった。
そんなことを考えているとあっという間に例の遊園地に来てしまった。
すっかり物思いに耽っていた私の肩をユリさんが叩く。
「ちょっとぽけぇっとしすぎじゃないですか?やっぱちょっと怖いんでしょ?」
「怖くなんてないですよ。ここの理なんでしょ」
「ふーん、ならいいですけどねえ」
咄嗟に答えてしまったが、本当は少し怖いことを私は必死に隠した。
私が連れてこられたのは遊園地の一番奥の場所、観覧車の入り口だった。
現世の遊園地だと並んですぐに観覧車なのだけど、まるで大きなアトラクションの入場ゲートのようだった。入り口にスタッフがいて、奥に階段が続いているのが見える。
この建物の上には巨大な観覧車があり、ごぅぅ……と音を立てて回っている。
ここが人生の最終地点で出発点なのかと思いつつ、私は一つ気になることがあった。
「あの、ユリさん。私まだ七七日の審判受けてないですよ?」
「あーそれはいいんですよ。この先にありますから」
「中に審判場があるんですか?」
「そうですそうです」
腑に落ちた私はその建物に入った。
入り口にいるスタッフにユリさんが閻魔帳を渡し、チェックして通してもらった。
「これから泰山王の審判を受けてもらいますのでね」
ユリさんはそう言いながら前を歩いていく。私はふと浮かんだ疑問を口にした。
「あの、次回転生する時の性別とか境遇って決まってるんですか?」
「決まってますよ」
さっと即答された。しかし、どこで誰が決めるなんて説明されてない。
「えっと、具体的にどんな…?」
「さぁ。それはわかんないですけど、変成王が決めたんじゃないかな」
「はぁ?」
あの短時間の間に自分の来世の運命が決められてしまったというのか?遺憾の意である。
もっとこちらに確認とか、意思表示を求めてくれたっていいじゃないか。
「なんでそういうの教えてくれないんですか!」
「いやだって、私だって異言も進言も認められないんです。私ただの案内役人で相手神だし。あの人がランダムで決めるとしてもあの世の理やルールに触れてはないですし、大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないですよ、もっとこっちの意見も聞いて欲しいです」
「ははは…」
はははじゃないでしょうが。そう思って頬を膨らませていると、振り向きざまにユリさんが私の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫ですよ!悪いようにはなりません。きっと幸せになりますよ」
「ここにきて不安倍増です」
「そんなこと言わずにー」
そう話ながら歩いていると、数十人が列になっている場所に辿り着いた。
ここが七七日の審判場なのだろうか?アトラクションを並んでいるような雰囲気は拭えないが、絵も言われぬ神聖さをこの空間の空気に漂わせていることから、まもなく輪廻の観覧車なことは想像がついた。
「審判場ってここですか?」
「そうです。ここは転生先の違う人も混合で通るので、毎日混んでるんですよ」
「今日成仏の人、結構いるんですね」
「そうなんです。意外と死んでるでしょう?」
「その分生まれてると信じたいです」
厳密にいえば、必ずしも全員人道に行っているとは限らないから、生まれている数の方が少ないのかもしれない。これだから少子高齢化が進むのだろうか?
2人で列に並ぶ。間も無くここから転生すると思うと喋らないと勿体無い気もして私は口を開いた。
「ユリさんはこの後、どうするんですか?」
「また別の方の担当ですね。案内役人としてお勉強しないとなんで」
「そうですか」
「やっぱちょっと怖いんでしょー?」
「だから怖くないって!」
本当かー?とユリさんは肘で小突いてくる。私はそれを掌で押し返した。
列がゆっくりと動き、もうすぐ私たちの番がやってくる。
「ユリさん、この審判が終わったらどうなるんですか?」
「通路があるので、道なりに進みますとですね。そしたら輪廻の入り口があるので、そこから入ってください」
「じゃあ、意外とここにも居られないんですね」
「そうなりますね」
四十九日なんてあっという間だった気がする。
言ってしまえば1ヶ月強だ。しかしながら、なんだかんだ濃い日々だった。
決してこの世界が寂しいとか名残惜しいとか、そういうのではない。
「次の方、どうぞー」
やさしそうなお姉さんの声で私たちは前に出た。
そこには明らかに遊園地のスタッフの形をした20代頃の女性が立っていて、「閻魔帳預かりますね」と手を差し出している。
その手の中にユリさんから閻魔帳が手渡され、女性もとい泰山王はぺらぺらと目を通しながら、ハンコをぽんぽんと押しながら言った。
「そうですね、ぱっと見問題はなさそうなので、このまま進んで大丈夫ですね。この先の質問とかありますか?」
この十王は私に意見を聞いてくれるらしい。こんな神は初めてだ。
「え、えっとその。この先のどこに行って何をすればいいですか?」
「それはですね、このまま直進していただいて、目の前にゴンドラがあるんです。その前に六つに並ぶ場所が分かれてますから、あなたは右から二つ目の列に並んでください」
「ありがとうございます」
私が恭しく頭を下げると、ユリさんが「さ、早く」と手を引いた。
「さっきのが審判でいいんですか?なんか先週からずいぶん雑ですけど」
「五七日で決まったことの確認みたいなもんですからねぇ」
とは行っても、ずいぶん手抜きな気がしてならない。
遠くからゴンドラが動く音が聞こえてくる。まだ建物の中かなので、景色も見えず薄暗い。
ゴンドラがゆっくりと移動する通路の前にはテープで仕切られ、1mくらいの間隔が六つある。
六つの通路にはそれぞれ人が並んでいて、ほとんどが高齢者だ。たまに若い人もいる。
他の亡者たちも私と同じように案内人がついており、それぞれ順番を待っているようだった。
スタッフのような人が各列の人たちをゴンドラ別に案内していく。
私は泰山王の言ったように右から二つ目の通路に立った。
「ユリさん、あのゴンドラに乗ったらもう転生なんですよね?」
「そうですよー。我々あそこには近づけませんから、見送るだけですけど」
私はぎゅっと手を握り、呟くように言った。
「あの、ユリさん。私やっぱりちょっと怖いです」
「やっぱりそうでしょうね」
「でもちょっと楽しみな気持ちもあって。でも、今までの家族のことを忘れたくないんです」
「そうですね」
「来世も上手くやっていけるかわかんないじゃないですか」
「だから、現世にいたいですか?」
「いや、死んじゃったから…」
気づけば頬を涙が伝っていた。
ユリさんの指の第二関節が目尻にそっと触れる。
「大丈夫です」
「何がですか」
「大丈夫なものは大丈夫なんです。なんでかは私も知りません」
「説得力皆無じゃないですか」
「そりゃそうですけどね。でもあなた、きっとこの先も上手くやりますよ」
「今の私は後少しで無くなっちゃうのに、どうしてそんなこというんですか」
「少しは直感を信じたらどうです?今の綾乃さんは人格は、今世だけでできたものじゃないと思いますよ。
何回も何回も生死を繰り返してもなお残ったそれが、綾乃さんを綾乃さんたらしめてると思います。消えると言っても、核は残るんじゃないですか?」
「そうかな」
「たぶん」
ユリさんは私の肩を優しく、しかし気合を入れるように叩いた。
「そんなに物怖じしなくていいです。楽しんできてください」
「えー…」
「返事は『はい』でしょ?」
「はいはい。楽しみたいですよ」
「楽しんでやってください」
「ここの列の方、どうぞ進んでくださーい」
スタッフが声をかけ、前の人が歩き始めた。
亡者たちはゴンドラに乗り込み、案内人はその場で止まる。
10人そこらの人たちが入ったゴンドラは、ごぅぅ…と動き出した。ユリさんが手を振りながら声を上げる。
「またねー綾乃さん。次もお待ちしてまーす」
私は身を乗り出して手を振り、自分の座席に腰を下ろした。
ゴンドラが徐々に上昇していくのがわかる。
もうすぐこの建物から出るのだろう。陽光が差し込んできた。
私はいつの間に襲ってきた睡魔に負け、ゆっくりと目を閉じてしまった。
とても心地よかった。
あれからどれくらい経ったのだろう。
暖かく暗い場所に私はふわふわと浮いていた。遠くから優しい鼻歌が聞こえる。
しばらくすると急に体がきつく締め付けられるような感覚になり、今は暖かい微風に吹かれている。
私はゆっくりと目をあけた。頭上に紙が貼られているのが見える。
『お名前 望月しおり ちゃん 性別 女の子 出生日時 2010年5月21日14時10分
身長 49.5cm 体重 2983g 』
『元気に生まれてきてくれて、ありがとう!』
すっかり投稿が不定期の氷室八弥です。
前作は1ヶ月くらいで完結したのにこれは3ヶ月以上かかっていることが驚きです。実際49日なんて1ヶ月ちょいなんですけどね。原因は私の怠慢です。
この作品は思いつきから派生して、ストックなどなしに書いてたので、展開が思いつかないと詰まっちゃうこともあったので、次作以降はちゃんとストックつけて投稿したいです。今は次作の原稿作業ですので、もうちょっと待っててください。
そうそう、生まれ変わり先なんですが、今後出てきますのでお楽しみに!
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