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「この絵を気に入ったから譲ってくれと言ったら断られた。もう一枚描けるか?」


 そう言って朧月はこちらを見下ろしてくるので頷くと、朧月は満足したように頷きまた歩き出す。


「お前の部屋はどこだ?」

「あっち……です」


 おずおずと角の部屋を指差すと、朧月は何の迷いもなく私の部屋へ向かって歩き出す。ここでようやく私は周りの視線に気付いた。どうやら朧月は本当に地位が高いようだ。


 中庭は今は人で溢れかえっているが、その誰もが朧月を目で追う。さっき楼主も言っていたが、彼は端女郎など買うような地位ではないのだ。


 それに気付いた私は朧月を先導する振りをしてそそくさと自分の部屋へ急ぐ。


 部屋へ辿り着くと襖が勝手に開き、私の後ろから朧月が一緒に入ってきた。


「えっと……こちらへどうぞ」


 楼主に叩き込まれた所作を思い出しながら朧月を部屋へ案内しようとしたが、朧月は入口で止まったまま微動だにしない。


「あの?」

「ああ、すまない。ここにある絵も全部お前が描いたのか?」

「はい。そうです……けど」

「そうか。この絵とこの絵、それからこの絵も譲ってくれないか?」


 思いがけない言葉に私は何も考えずコクリと頷くと、朧月は一つだけ頷いてようやく部屋へ上がってきた。そして部屋の中を見渡してぽつりと言う。


「端女郎の部屋は初めて見るが、随分と簡素だな」

「他の部屋は違うのですか?」

「格子の部屋はもう少し華やかだ。太夫の部屋にもなると、まるで高級宿のようだ」

「そうなんですか……私にはこれぐらいが落ち着きますが、そんなに違うのですね」


 大学の寮などワンルームで六畳しか無かった。それに比べればここでも十分すぎるほど広い。


 私はお茶の用意をしながら朧月に座るよう促すと、朧月は素直に私の言葉に従って客間にどかりと座り込んだ。


 お茶とお菓子を彼の前に差し出すと、朧月はふと私を見る。


「そう言えば名前をまだ聞いていなかったが、小春で合っているか」

「はい」

「そうか。俺は朧月だ。種族は鬼。それにしても今日は別に女を買いに来た訳ではなかったんだがな」


 少しだけ困惑したような声に私は首を傾げた。では一体何をしに来たというのか。そんな思いが表情に出ていたのだろう。朧月はお茶を一口飲んで壁にかかっていた私の絵を指さした。


「さっきも言ったが、絵を譲ってもらおうと思ったんだ。だが楼主はあの調子でいくら積んでもあれは売らないという。では描いた者を紹介しろと言ったのだが、それすら教えてくれなくてな。だが運が良かった。まさか格子窓の前で作者に会えるとは」


 その時、朧月が初めて表情を緩めた。その顔があまりにも優しくて思わず私は目を見張る。


「だがせっかく買ったんだ。その前に味見ぐらいはさせてもらおうか」

「え」


 朧月の表情が緩んだと思って安心したのもつかの間、突然朧月は立ち上がり、私を軽々と抱えあげそのまま隣の部屋へ運ばれた。


 その動きはあまりにもナチュラルで我に返った時には既に私の着物の帯はほどかれ、朧月に抱きかかえられていた。


「成長していないのかと思ったが、なるほど。確かに大人だな」


 薄く笑った朧月は言いながら私の頬に指先を滑らせる。


 楼主とは全然違う触り方に思わず私が逃げようとすると、朧月はそんな私の反応を見て意地悪に笑った。


「随分と初な反応をする。お前、ここへ来てどれぐらい経つんだ?」

「は、半月……です」

「半月? そうか。では客を取り出したのは?」

「きょ、今日が……初めて……」


 興奮しているのか、朧月の目は絵の話をしてた時とは打って変わってギラギラと輝いている。

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