思い違い
エリスのドレスよりも、更に深い紫色に染められた美しい光沢を持つ絹で作られた正装。
襟や折り返した袖口、コートの裾には金糸でエリスのドレスと同じ意匠の刺繍と縁取りがされ、宝石も取り付けられている。
その姿は、気品と威厳に満ちていた。
「……エリスのドレスを見て『暗い色』という感想しか持てないなんて、驚きだ。本当に姉妹なのか?」
お辞儀もせずに立っているシャルロット、それから、青ざめているアレクシに視線を移す。
「さすがにここまでくると、アレクシ殿下に同情してしまうところだが……」
フーッと息を吐き、フェリックスはアレクシに言った。
「それでも、彼女は殿下の婚約者。つまり、将来の皇后だ。そんな彼女の発言は、ガルシア帝国の意思と言えるだろう。マルタンは力のない小国で、私は卑しい血の王か……また戦争を、するつもりか?」
睨みつけるフェリックスと目を合わせないよう、アレクシは深く頭を下げ、そのままの姿勢で言い訳の言葉を口にした。
「その……彼女は確かに私の婚約者でしたが、婚約は破棄する事にしました。帝国に戻ってすぐ、手続きをする事になっていて……ですから、彼女の発言は決して帝国の意思ではありません。今ここに彼女が来たのも、その、婚約破棄にショックを受けての事で……気が動転してこのような失礼な態度をとってしまったと思われます」
「婚約破棄?」
「それだって、あんたがなにかしたんでしょう?」
シャルロットがエリスに向かって叫ぶ。
「アレクシ様になんて言ったの? わたしと別れたら、関係を戻してやるとでも言ったのかしら?」
「そんなわけないだろう! もういい加減にしてくれシャルロット! おい! シャルロットを部屋に連れていけ!」
悲鳴のようなアレクシの命令に、オロオロしながらついてきていたガルシア帝国の侍従や侍女達が慌ててシャルロットに駆け寄った。
「嫌よ! まだ話は終わってないわ!」
喚き、暴れるシャルロットに、フェリックスが歩み寄った。
「いい加減にしろ。醜すぎて、見るに堪えない」
「はっ?」
血走った目で睨むシャルロットに、フェリックスは冷たく言った。
「鏡を見てみたらどうだ。本当に醜いぞ? ベッタリとした悪意の塊のような本性が、顔に出ている。そもそも、どうしてエリスより美しいと思っているのか不思議だが……まあ、人の好みはそれぞれだ。お前の周りには、その容姿を好む者が多かったのだろうな。しかし、私はエリスの方がずっと美しいと思う。剣も強いし、頭もいい。性格が良くて皆に慕われている。完璧だ! 言っておくが、エリスからはお前の事など何も聞いていない。聞かなくても、その性悪さはすぐわかった。これ以上邪魔をせず、大人しく部屋に戻れ。牢に入れてもいいんだぞ?」
「うっ……なんで……なんでよ……どうして? わたしの方が美しいはずよ。わたしの髪は金色だし、皆、ガルシア一の美人だって……」
「俺の髪だって金髪だが? マルタンでは別に、珍しくもないからなぁ。エリスの黒髪の方が、ずっとずっと美しいが?」
「…………」
フェリックスの言葉に、シャルロットが悔しそうに泣き出した時、
「陛下、申し訳ございません」
突然エリスが謝罪し、頭を下げた。
「……エリス?」
「わたくしの妹が、大変無礼な事を申しました。姉として、謝罪致します」
深く頭を下げるエリス。
「ユーゴー男爵夫人も。妹が無礼な真似をしました」
「そんなっ! エリス様が謝罪する事ではっ」
「いえ、婚約を破棄するということであれば、シャルロットは皇太子の婚約者ではなく、ただ、わたくしの妹ですから」
その言葉に、ローラは涙ぐみ、悔しそうにシャルロットを睨んだ。
「シャルロット、大人しく部屋に」
「待て、エリス」
「……陛下?」
「酷な事を言うようだが、そなたは思い違いしている」
エリスに歩み寄り、フェリックスは言った。
「そなたは、戦争の代償として正式にマルタン王国が手に入れたのだ。元々、ガルシア帝国、そしてそこにいる女とは無関係だ。だから、その女の責任を取ることなど出来ない」
ハッとしたようにフェリックスを見て、エリスは『仰る通りです』と頭を下げた。
それを見て軽く頷き、フェリックスはアレクシに向き合った。
「いくら婚約を破棄するからと言って、今はまだ婚約者だろう。そして私は、エリスの身内を招待していない。その女はガルシア帝国が使者として選び、マルタン王国に連れてきたのだ。その責任はとってもらう。とりあえず今は、責任もってその女を管理するように。我が国の大切な式典を邪魔したらどうなるか……わかっているだろうな」
「……はい、申し訳ございませんでした。失礼致します」
深々と頭を下げ、ガルシア帝国の面々は部屋を出て行った。
なんと迷惑な……。




