愛おしい時間 2
扉が叩かれ、二人分のハーブティーを持ったローラが部屋に入ってきたので、二人は反射的に繋いでいた手を離した。
「あれ? 俺の分もあるのか」
「もちろんです。明日の戴冠式の主役はフェリックス陛下ですから。これを飲めば、ぐっすりですわ。な・の・で! お茶を飲んだらすぐにお部屋にお戻り下さいね」
「ああ、わかった、約束する」
「…………」
一瞬、疑うような顔をしたローラだったが、『それでは、下がらせて頂きます』と深くお辞儀をして部屋を出て行った。
「それにしても、随分早くから準備を始めるんだな」
自分より三時間早く起きなければいけないエリスに、フェリックスは同情しながら言った。
「化粧をして、髪を結って?」
「その前にお風呂に入ってマッサージを受けて、ね。そしてコルセットを締めて、ドレスを着て、装飾品を着けて」
「そうか……女性は大変だな……」
「でも大変さより、楽しみの方が大きいわ。だって戴冠式はフェルの人生最高の舞台ですもの! 明日の戴冠式では、マルタン王国の正装をしたフェルに、皆、目を奪われるでしょうね。想像しただけで気持ちが高揚するわ」
本当に嬉しそうに自分を見つめるエリスに、フェリックスは照れながら言った。
「なんていったって、幻の『皇帝の紫』で作った衣裳だからな。布はもちろんだけど、仕立て屋への細かな指示まで全部任せてしまって、エリスには苦労かけたな」
その言葉に、エリスは首を振った。
「苦労などなかったわ。むしろ、そんな大切な事を任せてもらえて、とても嬉しかった。……ところで『皇帝の紫』だけど、それはガルシア帝国で作られていたからそう呼ばれているものでしょう? マルタンで作られているのに『皇帝の紫』というのはおかしいわ。まあ、いずれマルタンが帝国になった際は、そう呼ばれてもいいけれど」
「確かにそうだな。んー、じゃあ、藍染みたいに原料名で、貝染め、とか?」
「駄目よ! 何で染めているかは極秘事項。あの貝はキスサスにだけ生息する貝だから、バレたらキスサスが狙われる可能性があるわ」
「そうだな、すまない、うっかりした。それじゃあ、うーん……」
「フェルの瞳のような紫だから『フェリックスパープル』がいいんじゃないかしら?」
実は前々から考えていたのだが、今思いついたように手をパチンと叩き、エリスは提案した。
「そうすれば、フェリックス王の功績の一つとして後世に語り継がれるでしょう?」
「いや、それを言うなら『エリスパープル』だろう? そうだ、それがいい! 他国から嫁いだエリスに対して未だに否定的な奴らにぎゃふんと言わせてやろう!」
「わたしの名が付くのはちょっと……やっぱり『マルタンパープル』がいいかしら」
「いや! エリスパー」
「『マルタンパープル』にしましょう!」
フェリックスの言葉を遮り、エリスがニッコリ微笑んで言うので、フェリックスは渋々頷いた。
「……まあ……エリスがそう言うのであれば……じゃあ、そうしよう」
そして、ぬるくなったお茶を、グッと一気に飲み干した。
「それじゃあ、エリス」
「ええ、おやすみなさい」
ソファーから立ち上がったフェリックスに、自室に帰るのだろうと思い見送る為一緒に立ち上がったエリスだったが、
「あ、いや、えーと、帰る前にちょっと……エリスに頼みというか、提案というか……」
「? 何かしら?」
「あー、えーと……ほら! 明後日は結婚式だろう?」
「ええ、そうね」
「戴冠式と連日でやってしまうって事で、なんだか戴冠式の段取りの方が優先されちゃって、結婚式の方があまり予行演習もできないままだよなーって思って」
「そういえば一度しか……でも、大司教様が仰る通りにすれば大丈夫かと」
「まあ、それはそうなんだが……ちょっと不安な事があって……誓いの、口づけなんだけど……」
「誓いの口づけ?」
目を大きくして自分を見つめるエリスに、フェリックスは『うん……』と答えた。
誓いの口づけ?




