騙し合い
『早く部屋に戻りたい』と言うアレクシの言葉を無視し、踊り、酒を飲み、甘くて可愛らしいお菓子をつまみ、夜会を満喫してからシャルロットはようやく部屋に戻った。
「このお部屋も凄いわ。高そうな物ばかり。マルタン王家はお金持ちなのね」
上機嫌で部屋を見て回っているシャルロットに対し、アレクシは疲れ切った顔で、天蓋付きの大きなベッドに横になっている。
「アレクシ様? お疲れになったのですか?」
シャルロットもベッドに上がり、仰向けになっているアレクシを覗き込んだ。
「お姉様との久しぶりダンスはいかがでした?」
その問いに答えたくないアレクシは、無言のまま横向きになり、ベッドの端に移動したが、
「……わたくし、フェリックス陛下にドレスを頂く事になりましたの」
「えっ?」
その言葉に、ガバッと上半身を起こした。
「陛下に、ドレスを?」
「ええ。テラスでお話をした際に、この国の特産の藍染で作ったドレスを贈りたい、と言われて……お断りするのも失礼かと思い、お受けしましたが……アレクシ様の婚約者なのに……お断りした方が良かったかしら?」
「いや、いや! せっかくのご好意、お受けした方がいい。そう……そうか……フェリックス陛下が君に……」
アレクシの表情が、少し明るくなる。
「君の方はどうだったんだ? たしか、足を踏まれてすぐにダンスは止めたとか?」
「ええ。なんだかフェリックス陛下、ソワソワされていたようで、背中とか腰のあたりとか触ってくるのでくすぐったくて」
思い出し、クスクス笑うシャルロットにアレクシはにじり寄った。
「それはもしかして、陛下がシャルロットに好意を持って、という事か?」
「そんな、まさか! ……ああでも、アレクシ様とまだ結婚していないか、念押しで確認されましたが。それで、その通りですとお答えしたら、ドレスを贈りたいと……ああ、それから、お姉様のどこが好きかお尋ねしたら『どこと言われても』と困ってらっしゃるようで……あまりうまくいっていないのかしら。心配だわ」
「そうか……」
顎を撫でながらなにやら考えこんでいるアレクシに、シャルロットは心配気に尋ねた。
「ねえ? アレクシ様。もしも、ですが、フェリックス陛下がわたくしの事を『婚約者の妹』として以上のお気持ちで気に入って下さったのだとしたら……どうなるのでしょうか」
その問いに、アレクシは口元が緩むのを隠し、渋い表情をつくった。
「そうだな……勿論私は、君を手放したくはない。だが、マルタン王国に戦争を仕掛けて、敗戦したガルシア帝国は弱い立場だ。フェリックス陛下がどうしても、と言えば、それに従うしかないだろうな」
「そうですか……その時はわたくし、帝国の為にその決定に従いますわ」
「シャルロット?」
「だってわたくし、帝国の為になる事、何もできていないんですもの。本当はわかっているんです、わたくしより、お姉様の方が皇后に向いているって」
シャルロットはそう言うと、涙をいっぱい溜めた目でアレクシを見た。
「アレクシ様がわたくしの事を愛していると言って下さったから、本当に嬉しくて。お姉様の婚約者だとわかっていても、アレクシ様をお慕いしている気持ちを優先させてしまいました。でも、いざ婚約者になってみると、周りの人達がお姉様と比べて、わたくしは何も出来ないと……」
大きな瞳から、涙がこぼれる。
「確かに、令嬢達と仲良くできなかったり、ブロケットの姫とのいざこざはありましたが、どれもみな、わたくしとお姉様を比べて馬鹿にしたり、いじめてきたから言い返しただけで……お后教育の先生達も『エリス様はすぐに憶えたのに』なんて言って、ちゃんと教えてくださらないから嫌になってつい……」
「……そうか、そうだったのか。すまない、君の辛さをわかってやれずに」
「いいえ、いいんです。それでも我慢して、努力しなければいけなかったのに、できなかったのはわたくしです。ですからわたくしは、帝国の為になれるのなら喜んでお姉様と代わります」
「ありがとう、シャルロット。君は本当に、素晴らしい女性だよ」
互いが、相手を騙せていると心の中でほくそ笑みつつ、夜は更けていった。
もちろん、シャルロットがいじめられたと言っているのは嘘。




