テラスにて
「キャッ」
「あっ、すまない!」
踊り始めて間もなく、フェリックスはシャルロットの足を踏んでしまった。
「シャルロット嬢、大丈夫か? やはりエリスとじゃないとうまく踊れないらしい」
困ったように頭を掻くフェリックスに、シャルロットは微笑んだ。
「大丈夫ですわ。でもちょっと休みたいので……そうだわ、テラスまで連れて行って下さいませんか?」
「えっ? ああ、勿論」
フェリックスは笑顔で手を差し出したが、
「ありがとうございます」
シャルロットはフェリックスの腕に自分の腕を絡めた。
「あ、ええと……」
手を軽く乗せるだけかと思っていたのに腕を組まれ、フェリックスは戸惑いシャルロットを見たが、
「申し訳ございません、ちょっと足が痛いので、腕を貸していただけますか?」
「ああ、そうか、そうだな」
シャルロットは背の高いフェリックスを見上げてニッコリと微笑み、両手で腕を掴むと、ギュッと胸に押し付けた。
『フフッ、胸を見てるわ。さっきダンスで組んだときもやたらと身体を触ってきたし……ウフフ、まあ、しょうがないわよね。お姉様よりも、わたしの方がずっと女性らしい体つきをしているから』
テラスは風が気持ちよく、そこに置かれている椅子に腰かけ、シャルロットは『ありがとうございます』と礼を言った。
「じゃあ、君の婚約者殿を呼んでこよう」
「まあ、ありがとうございます。でも、まだ姉と踊っているでしょうし、邪魔はしたくありませんわ。陛下、少しお話をいたしませんか? こちらに来てからの姉の事とか、伺いたいですわ」
「では少し……トマ、飲み物をここに」
「はっ」
少し離れてさりげなく付き従っていた男性がサッと中に入り、給仕の者を連れてすぐに戻ってきた。
目の前のテーブルに、背の高いグラスが二つ置かれる。
「陛下、わたくし、マルタン王国へは初めて来たのですが、とても美しい所ですね。街も賑っていましたし、このお城もとても壮麗ですわ」
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
「ええ、もう、ずっとここに住んでしまいたいくらいですわ」
そう言いながらフェリックスを見ると、彼はグラスを口に持っていきながら、チラチラと胸元を見ている。
「……ねえ、フェリックス様。フェリックス様は姉のどこが気に入りましたの?」
体をくねらせ、さりげなく二の腕で胸を押して盛り上がりを強調させながら、グラスを取る。
「ん? あー、どこが、と言われると困るが……」
そう言って『うーん』と唸っているフェリックスの答えを待たず、『わたくし、姉の事がちょっと怖くて』とシャルロットは小さくため息をつきながら言った。
「剣を習っていたせいでしょうか、とても厳しいところがあって……いつも、叱られていたんです」
「へえ、そうなのか」
「はい。背も高くて、力も強くて、なんだかあまり女性らしくないというか……あっ、もちろん、悪い意味ではないのですが」
「うん?」
「なんかこう……まるで、男性のようでしょう?」
口元に指先をあて、クスクスと笑う。
「ですから、フェリックス様が姉のどこを気に入られたのか、興味があったのですが……ちょっと答えにくい質問でしたわね」
「ああ、まあ……うん、答え辛いといえば答え辛いかもしれないが……ただ、君が言うような、男のようだと感じた事は一度もないから、それについては全く共感できない」
フェリックスの表情が少し険しくなったが、
「まあ! それなら良かったですわ。わたくし、心配しておりましたの。ほら、姉は、先の戦争に出ておりましたし……色々と、ねえ……」
そう言ってまたクスクスとシャルロットは笑ったが、フェリックスは『それよりも』と話題を変えた。
「シャルロット嬢、確認しておきたいことがあるのだが」
「ええ、なんでしょう?」
「シャルロット嬢は、まだ皇太子妃ではなかったな? 現在、婚約中で」
「はい、まだ結婚はしておりません」
「そうか……もし良ければ君に、マルタンの特産品である藍染で作ったドレスを贈りたいのだが、どうだろう」
「まあ! 嬉しいですわ」
「そうか、良かった。では明日にでも部屋に衣装係を遣わそう」
そう約束を交わしたところに、エリスが姿を現わし、フェリックスは嬉しそうに立ち上がった。
「ああエリス! 皇太子殿下とのダンスは終わったのか?」
「はい。陛下はシャルロットと踊らなかったのですか?」
「それが、踊り始めて早々に足を踏んでしまって。やはり君とでなければ、上手く踊れないらしい。さあ、戻ろうか」
フェリックスはそそくさと室内に戻ろうとエリスの背中に手を回したが、
「陛下、少しだけ、妹と話をしてから戻ります」
エリスがそう言うとフェリックスは一瞬、心配そうな表情になったが、
「……わかった。では先に戻っていよう。体が冷える前に戻るように」
そう言い、トマに『ここに待機するように』と命じてから室内に入っていった。
ベッタリとした悪意。




