懇願
多くの貴賓達がダンスを楽しむ方へと歩を進めながら、アレクシは隣を歩くエリスの横顔をチラッと見た。
美しく、しかし厳しい表情をしている。
「その……元気だったかい?」
「ええ」
表情は、厳しいままだ。
「君がマルタン王と結婚だなんて……驚いたよ」
「そうですか」
ダンスの為に腕を組むと、なにやら違和感を覚え、エリスの視線がほとんど同じ高さである事に気づく。
『前は、ヒールのない靴を履いてくれていたけれども……』
今はそういう事は気にせずに好きな靴を履く事ができているのだと、惨めな気持ちになりながらも、アレクシはダンスを始めた。
ダンスを習い始めた時から、ずっと二人で練習をしてきた。
踊り始めると違和感は消え、淀みなく、とてもしっくりと体が動く。
「……やっぱり、エリスとは一番踊りやすい」
「そうですか」
「……ねえ、エリス、怒っている?」
「何を、です?」
「その……シャルロットを、優先させてしまって……」
「その事は、仕方がない事だったと思っています」
「そう?」
エリスのその言葉を聞き、アレクシは少し気持ちが軽くなった。
「本当にすまなかった。私が、間違っていたよ」
「そのような事、仰らないで下さい」
「いや、本当にそう思っていて……君がどれほど素晴らしい女性か、ようやくわかったんだ!」
踊りながら、アレクシは一生懸命エリスに話しかけた。
「君が当たり前の事のようにしていた事を、シャルロットは全くできないんだ。できないどころか、とんでもない事を沢山してしまって。ブロケットの姫を侮辱して交易を止めてしまったり、貴族の令嬢達を侮辱したり、好き勝手に高額な物を買ったり……皇后とも上手くいっていないんだ。皆、君の方が良かったって言っているよ」
「そうですか」
「……ねえ、どうにかならないかなぁ……」
「…………」
無言のまま、エリスはアレクシを見つめた。
これまでは何とも思わなかったが、その美しく輝く黒い瞳に魂を吸い込まれるような錯覚を覚え、アレクシは思わず目を逸らしながら言った。
「そ、その……もう一度、あるべき、正しい状態に……」
「正しい、状態?」
「そう! 僕らは小さい頃から皇帝と皇后になるよう教育を受けてきたじゃないか。やっぱり、そういう教育を受けていないと駄目なんだよ。シャルロットに皇太子妃、そして皇后は無理だ。とてもじゃないけど務まらないよ」
アレクシは、マルタン王国へと向かう馬車の中で考えてきた事を訴えた。
「僕は、君に戻ってきて欲しい。僕の妻となり、ガルシア帝国の為に力を貸してほしい。君がいなくなってから、ガルシア帝国はガタガタなんだ。他国との交流もうまくいかないし、帝国内でも皇帝の命に背く者が出てきている。君が支援していた農作物の研究所は、支援を打ち切られて閉所してしまったんだ。やっぱり必要だって事になって、改めて帝国の予算で立ち上げようとしたんだけど、主要な研究者達の行方が分からなくて難航している。それから、君が考えて母上に提言した孤児院援助の為のバザーも、今年はあまりうまくいかなくて……貴族は勿論の事、平民達も困っている。でも、君が戻ってきてくれれば、何もかもうまくいくと思うんだ! ……ねえ、君は昔から言っていたじゃないか。ガルシア帝国を今以上に良くしたいって。帝国で暮らす人々が、皆幸せになれるようにしたいって。だから、君はここじゃなくてガルシアに戻るべきで、あっ!」
突然、腕が強く引かれ、アレクシはバランスを失った。
「エ、エリス!?」
それまで何の違和感もなく、考えなくても勝手に体が動いていた状態から、突如人形のように振り回され、アレクシは転ばぬよう必死になってエリスの手を握った。
皇太子様がこんなんじゃぁ……。




