皇太子の婚約者
「失礼致します、アレクシです」
部屋に入ると、ソファーに腰かけた皇帝の横に、皇后も並んで座っていた。
「……母上もご一緒でしたか……」
「ええ。貴方に言っておかなければならない事があってね」
母と言っても、抱きしめられた記憶も無ければ、甘えるのを許してもらった記憶も無い、美しく気位の高い貴婦人、という存在だ。
「座りなさい」
「はい」
父親である皇帝に言われ、両親の向かいの席に座る。
「お前の婚約者のシャルロット・ルロワの事だが」
「はい」
一応、予想はしてきたが、ため息交じりの言葉にそれが良い内容ではないという事がわかる。
「レイチェル商会から請求書が届いた、これだ」
先程、アビシニ公爵に見せられた明細書と同じ額が記されたものだ。
「これまでにも、こういう請求書は送られてきていたが、それほど高額ではないし、大目に見てきた。しかし、今回のは度が過ぎている」
「こんなの、わたくしだって簡単には買えないわ」
鳥の羽でできた扇子で請求書をパシリと叩き、皇后が不機嫌そうに言う。
「ルロワ卿には、本当にこれがシャルロットが購入した品か確認するよう申し付けた。まあ、確認せずとも間違いないだろうがな。商会の者の話では、シャルロットはお前になんでも買っていいと言われた、と主張しているようだが?」
「一緒に商会に出掛けた際に、そう言ってプレゼントした事はありますが……」
「成程。それをいい様に解釈したというわけだな」
「図々しいわね、全く」
「まあ、アレクシにも非が無かったとも言い切れないが」
「……申し訳ありません」
そう謝罪したアレクシを、皇后が庇う。
「アレクシは悪くないわ、あの子が悪いのよ。夜会やお茶会では毎回派手なドレスを着て、大きな宝石を着けて、皇后であるわたくしより目立とうとしているのよ? 神経を疑うわ。ああ、そうそう、アレクシ、あなたへ話したい事だけれど、そのシャルロットの事なの。あの子ったら、孤児院の資金集めの為に毎年やっているバザーの準備を全然やらないのよ」
「バザー、ですか……」
「そう! 貴族のお嬢さん達が集まって、ハンカチに刺繍をして販売するの。いつもエリスが仕切ってくれていたのよ。だったら次は、シャルロットがするべきでしょう? だからそう言ったのにあの子ったら、皆で刺繍をする集まりに一度出ただけで、その後全く来ていないの。その時だって、自分の取り巻き達とおしゃべりばかり。挙句の果てに、ドレスが流行遅れだとか、ふくよかすぎるだとか、貧相な身体つきだとか、行き遅れだとか……参加してくれている令嬢達の悪口ばかり。泣き出して途中から帰る令嬢が続出したそうよ。そして各家から『本人が酷く傷ついていて、とてもじゃないが参加できない』というお断りの連絡が入っているわ。こんなんじゃあ、今年のバザーは大失敗よ! その原因をつくったシャルロットと取り巻きの令嬢達に責任をとってもらわなきゃならないわ」
「それは、どうやって……」
「そんなの、自分で考えさせなさい。いずれ皇太子妃になれば、こういう催しをたくさん主催していかなければならないのだから」
「それはそうですが……とりあえず今年は、貴族から寄付を集めるということで」
「駄目よ! 貴族の令嬢が孤児の為にわざわざ刺繍をして寄付を集めるという事に意味があるの! わたくしの支持にもつながっているの! そんなこともわからないの?」
「……申し訳ありません……」
『何が、そんな事もわからない、だ。それって、エリスが考えた事じゃないか。それを自分が考えた事のように……』
そう思い、さらに気分が滅入る。
「とにかく、あなたの婚約者なんだから、あなたが責任もって対応して頂戴。わたくし、あの子がきちんと謝罪しない限り、会う気はありませんからね」
「……しかし、母上だってシャルロットの方がエリスよりも可愛いと言っていたじゃないですか」
思わずアレクシは言ったが、
「いくら可愛くても、馬鹿は困るわぁ」
あっさりと、皇后は言った。
確かに、愚者は困ります。




