皇帝の紫
……ある国に、姿が美しく、心が優しく、賢い令嬢がおりました……
その令嬢は、幼い頃から皇太子の婚約者でした。
彼女は、いずれ皇帝となる婚約者の為に何かできないかと考えました。
『そうだわ、遠い昔にこの国にあったという染物を復活させ、戴冠式の際の衣裳を作りましょう。そうすれば国民も、他国の人達もとても驚き、素晴らしい皇帝が誕生したと思う事でしょう!』
令嬢は、多くの歴史書を読み、文献を調べ始めました。
しかし、その染物について記されたものは見つかりませんでした。
その染物は『皇帝の紫』と呼ばれ、もっとも高貴な色とされ、皇帝のみが身に着ける事ができるものでした。他国の王族に譲る際は、十倍の重さの金と換えられたとも言われています。
染料は何か、どのように染められるのか、産地はどこか。
全てが最重要機密とされていたので、その美しさや貴重さ以外の、製造に関わる記録は無かったのです。
しかし、令嬢は諦めませんでした。
そしてとうとう、染物を作っていた場所と染料を見つけ出したのです。
あまりにも昔の事で、その地に住む者達も知らずにいた事でしたが、令嬢の強い希望により、探り探りで技術の復活の為に動き出しました。
遠い地だった事もあり、直接行く事はできませんでしたが、令嬢は領主と頻繁に手紙のやり取りをしました。
染色法について調べて助言し、金銭的な援助をしました。
皇帝の直轄地ながら、とうの昔に忘れ去られ放置されてきた地が、令嬢のおかげで良い方向に向かい始め、領主一族は本当に感謝し、使命感を持って『皇帝の紫』の復活の為に研究を続けたのです。
『だいぶ良い色が出るようになってきたけれど、お嬢様は『皇帝の紫』は濃いが、澄んだ紫だと仰っていた。今の色は、濁って暗いような気がするんだが……』
『使っている絹糸が悪いのだろうか』
『染める回数の問題だろうか』
『でも繰り返し染めないと薄いから』
『染料をもっと濃縮した方がいいのか?』
そうして、毎日あれやこれやと試している領主一族の元に、とんでもない知らせが届いたのです。
『帝国が、戦争を始めたそうだ! しかも相手はこの山を越えてすぐの隣国だ!』
なんということでしょう。
国境にあるこの地は、戦場になる可能性もあります。
『そのうえお嬢様が、戦地に赴いてらっしゃるそうだ!』
ああ、なんということ!
忘れ去られたこの地に手を差し伸べて下さった、あの心優しく聡明なお嬢様が危険な戦地に!?
王都から遠く、長年放置されたその地には、なかなか情報が入ってきません。
何日も何日も、不安な日々が続きました。
ある日、皇帝の使者がやってきました。
『この地は、マルタン王国の領地となる』
何十年ぶりかで村にやってきた帝国の使者はそう伝えると、すぐに来た道を戻り始めました。
『待って下さい! では、私たちはどうなるのですか?』
『そんな事は知らない。マルタン王国が決める事だ。お前達はそれに従え』
使者は、面倒くさそうにそう言いました。
『あの! 戦争に参加されたという侯爵令嬢様は、ご無事だったのでしょうか?』
『ああ……あのお方は……マルタン国王を殺害した罪人としてマルタン王国に引き渡され、処刑されたそうだ。良いお方だったのに、残念だ』
そう言って、使者は去って行きました。
『……お嬢様が、処刑された?』
あまりにも残酷な事実に領主は絶望し、自らの手で、これまで染物の研究をし試作を重ねてきた建物の扉に板を打ち付けたのです。
『これは、お嬢様が復活させようとご尽力された事だ。帝国にも、マルタン王国にも、絶対に渡さない。この研究を隠すのだ!』
「……って事で、封印したのがこの建物なんだな?」
「はい、申し訳ございません……」
扉も窓も板で塞がれた建物の前で、領主は深々と頭を下げた。
領主の説明をフェリックスがこのように解釈しました。




