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妖魔夢想  作者: 四畳半
13/13

終章「いつもいっしょに」

 僕と祀、そして男が対峙する。

 静寂が僕達を包む。

 そして静かな殺気。

 男は僕達を完全に敵だと確信したようだ。

 僕は何も言わない。

 そんな暇はない。

 今はただ目の前の敵を倒すまでだ。

 周囲を照らす青白い光は桜を幽玄に浮き上がらせた。

 その真下に立つ男。

 そいつは何も言わず、ただ黒い球体を4つ生み出した。

 ぼん、と空間に無機質的な球が現れる。

 それは僅かに滲んでいた。

 そしてそれは巨人の形となっていく。

 合計4体。

 どうやら複数召喚できるようだった。

 僕は歯噛みする。

 まさかこうなるとは。

 1体でも大変なのに4体だと。

 だけど下がるわけにはいかない。

 逃げるわけにはいかない。

 阿形や吽形、他の皆だって居るのだ。

 彼らに申し訳が立たない。

 僕は決心する。

 彼女に正体を知られる事になるが構わない。

 僕は空を見る。

 満月だった。

 これなら使いこなせる。

 僕は目を閉じる。

 そしてゆっくりと開く。

 祀が僅かに息を呑む声が聞こえた。

 僕の両目が赤く光っているのを見たのだろう。

 勿論僕は普通の人間ではない。

 僕には人間と妖怪の血が流れている。

 普段は人間としての特徴が強いもののこうやって能力を発動すると一時的に妖怪としての力を行使できるのだ。

 更には基本的な身体能力が大幅に上昇するというオマケ付き。

 視覚は更にクリア―となり、聴力は僅かな音も逃さない。

 筋力や神経の伝達スピードも上がっている筈だ。

 そして何よりの能力。

 それは、


「影を生み出した?」

 

 祀が言う。

 その通り。

 僕は平面的な影を立体的に出現させ、操る能力。

 割と使い勝手が良いものでもある。

 あとは自分の身体を影のように変化させたりとか。

 これによってあの時逃げる事ができたのだ。

 僕は両手を地面に伸ばす。

 すると影が伸び、僕の手に集まっていく。

 そうして作りだされたのは対のバスタードソード。

 刀だと細身すぎて心許ないのだ。

 影で作った物体には重さが殆ど存在しないのでどちらかと言うとでかい方が良い。

 しかし大き過ぎると周りの障害物が邪魔なのでバスタードソードという訳だ。

 祀も戦闘モードに入ったようだ。

 彼女の周囲に火の付いた符が舞い、右手に炎を噴き出している大幣を握っている。

 男は何も言わない。

 ただ同時に4体もの巨人を動かした。

 僕と祀はほぼ同時に動き出す。

 巨人も一斉に拳をこちら目掛けて突き出した。

 圧倒的な破壊力を秘めた一撃はこちらに命中するかに思われた。

 だが、僕は刃を巨人の腕に添え、僅かに軌道をずらした。

 その隙を見逃さず、すかさず僕は巨人の懐に入って飛び上がり、巨人の胸を剣で一突きにした。

 その瞬間巨人はその形を失い、爆発した。

 散らばった破片は地面に触れる間もなく空気に溶ける。

 僕は続けてもう1体の巨人に向かった。

 今度は拳での攻撃ではなく足を持ち上げて踏みつぶすというものだった。

 僕の頭上からプレス機の如き足が振り下ろされる。

 対する僕は身を屈め、剣を真上に突き立てた。

 結果として巨人の足は剣によって止められる事になる。

 長い全長と絶対に壊れないというこの剣しかできない芸当だ。

 僕は残っている剣を握り、地面を蹴って巨人の目前まで飛び上がる。

 のっぺらぼうだが、顔があればそれは驚愕に染まっていた事だろう。

 僕は巨人の首を撥ねた。

 その末路は先ほどと同じく爆発からの消滅。

 これで2体。

 僕は祀に目を向けるが彼女は既に2体の巨人を葬っていた。

 流石だ。

 僕は地面から剣を抜き、男に向かって跳びかかる。

 早く決着をつけないと危険だ。

 対する男はそれでも余裕の表情を崩さなかった。

 僕は怪訝に思いつつ刃を潰した影の剣で男の首を狙い、叩きつけた。

 甲高い音が響く。

 僕は眉を顰めた。

 男の手には何時の間にか日本刀が握られていた。

 それでガードされたのだ。

「『髭切り』だ」

 男が美しい声で言う。

 その名前は聞いた事があった。

 罪人で試し斬りをした際、罪人の髭まで切った事から髭切り。

 使ったのはあの源頼光の部下である渡辺綱(わたなべつな)だ。

 髭切りはあの酒呑童子の仲間である茨木童子を退けた刀である。

「そしてこちらは『膝丸』」

 僕のがら空きの胴体目掛けて振るわれた刀をすれすれの範囲で避ける。

 それも知っていた。

 罪人を試し斬りした際、膝まで斬った事から膝丸。

 こちらも同じく綱が使用して1999人の人間を食い殺した土蜘蛛を葬ったものだ。

 そうして僕はこの男が誰なのかわかった。

 ネットや本で知った知識だがこの二つの刀を使えるのは彼しか居ない。

 冥忌一紗(くらきいっさ)

 実力でのし上がったエリートであり、軍での発言力もかなり高い男。

 まさかそいつがこんな事をしているなんて。

 僕は後方に身を投げ、追撃を回避した。

 そして体勢を立て直し、構えを取る。

 ギリギリの戦闘だった。

 妖怪としての力を発揮している僕にただの人間と普通にやりあえるとは普通じゃない。

 僕は叫び、前に飛び出した。

 弾丸のように一紗に突っ込む。

 対する一紗はただ僅かに身体をずらしただけだった。

 そして僕の首を掴み、放り投げた。

 人間とは思えない力によって放られた僕の身体は物理法則に従って木の幹に叩きつけられる。

 肺の空気が一気に出た。

 のたうちまわりたいがそんな暇はない。

 僕はすぐに立ち上がり、突っ込んでくる彼の攻撃を紙一重で避けた。

 僅かな隙があった。

 僕はそれを利用して無理矢理な体勢で剣を突き出した。

 だが、

「駄目です!」

 祀が叫ぶ。

 僕の目前に刃が迫っていた。

 いつの間に。

 僕は慌てて姿勢を低くした。

 攻撃は僕の頭上すれすれを通りすぎる。

 僕の髪が何本か舞った。

「くそっ!」

 悪態を付きながら僕は一紗を蹴った。

 しかしそんな抵抗さえも簡単に避け、一紗は膝丸を僕の胸目掛けて振り下ろす。

 僕は握った剣でそれをガードし、身体を転がしてそこから脱出した。

 息が荒くなる。

 強い。

「ただの妖怪かと思ったがなかなかやるな」

 一紗は僅かに感心しているようだった。

 僕は立ち上がり、自分を奮い立たせるように叫びながら剣を構えて飛び出す。

 一紗も剣を構えて僕に立ち向かった。

 2人の身体が交差する。

 結果は。

 僕の二本の剣が弾かれ、くるくると廻り地面に突き刺さる。

 血の気が引いた。

 一紗は僅かに笑う。

 そして僕の顔面に刀の切っ先を突きつけた。

「これで終わりだ」

 僕は歯噛みする。

 武器はない。

 避けようにもこの距離では難しい上、バランスが狂っている今の体勢ではまともに動けない。

 一紗はにやり、と獰猛に笑った。

 今までの様な優雅さはない。

 僕の背中を冷たいものが流れる。

 一紗は一瞬で僕の目前にまで飛び出す。

 彼は右手を上げた。

 銀色の刃が光を反射して煌めく。

 その一瞬一瞬が見て取れる。

 それでも僕は動けない。

 そうして刀が振り下ろされ、

「私がいますよ」

 祀の声。

 いつの間にか僕のすぐ近くにまで居た。

 僕は思わず目を見開く。

 彼女は大幣で刀の軌道を逸した。

「巫女か。なかなか強いが俺には敵わないぞ?」

 それだけ言って一紗は小さく嗤う。

 獰猛な笑み。

 そうして一紗は目標を僕から祀に変えた。

 どうして、と思う。

 確かに彼女は強い。

 だがその力は恐らくこの男には通用しないだろう。

 それは彼女もわかっている筈だ。

 だから僕と一紗の戦闘中に彼女は割って入らなかった。

 足手纏いにならないように。

 僕が本気で戦えるように。

 なのに何故。

 理由は一つしかない。

 僕を助ける為。

 そして一紗に隙を与え、僕に勝たせる為。

 だけどそれはある一つの悲劇を生みだす。

 彼女はそれを承知で一紗の攻撃から僕を守ったのだ。

 僕は彼女を庇おうとした。

 しかしそれすら見通していた彼女は逆に僕の身体を押し倒す。

 僕は何故かそんな事だけで後ろに倒れ込んだ。

 彼女がゆっくりとこちらに振り返る。

 その顔は今にも泣き出しそうだった。

 初めて見た彼女の弱さ。

 僕は何も言えない。

 そこからは一瞬だった。

 空いている膝丸。

 一紗はそちらの肘を引いた。

 やめろ、と僕は言う。

 一紗の刀が目にも止まらぬ速さで突き出された。

 避けろ、と僕は言う。

 祀は僅かに目を見開いていた。

 止まれ、と僕は願う。

 刀は祀の胸に刺さる。

 僕は驚愕に目を見開いた。

 祀の胸。

 そこから紅い血が舞った。

 僕の頬に彼女の血が掛かる。

 熱かった。

 それからはスローモーションだった。

 祀がゆっくりと後ろから倒れていく。

 祀が僕の腕の中に倒れこむ。

 僕は彼女の身体を受け止める。

 祀の小さく華奢な身体には力が無かった。

「……ごめんなさい……」

 祀は弱々しくそう言った。

「……どうして」

 僕はそれだけしか言えなかった。

 どうして庇ったんだ。

 あのまま隙を見て僕諸共一紗を倒せば良かったのに。

 どうして君が。

 祀の胸から血が溢れ出る。

 いつまでも。

 決して止まらず。

 それはとても熱く。

 世界が止まってしまったかのようだった。

 僕は彼女に話し掛ける。

 囁く。

 ――目を開けてよ

 ――その声を聞かせてよ

 ――いつもみたいに一緒に居てよ。

 ――どうして目を閉じるんだよ。

 ――どうして肌が青白く、冷たくなっていくんだよ。

 ――どうして呼吸が小さくなっていくんだよ。

 ――そうして鼓動が弱くなっていくんだよ。

 その問いに答えてはくれない。

 僕はかつてを思い出した。

 走馬灯のように。

 過去の事が浮かんでは消えていく。

 ここにやってきて初めて無償の優しさを君から貰った。

 君と出逢ってから多くの友達ができた。

 君と出逢ってから僕は変われた。

 君と出逢ってから僕は未来に希望が持てた。

 毎日一緒に居た。

 毎日がゆったりとした居心地の良い時間だった。

 いつも勝気な瞳を僕に向けていた。

 だけど御人好しで真面目で、どこか天然。

 そういえばあまり笑顔は見なかったなぁと今更ながら思う。

 だけど今の祀の顔は幸せそうな顔だった。

 どうしてだ、と思う。

 何が嬉しいんだ。

 今すぐにでも消えてしまいそうな程朧げな君に。

 僕は憧れていた。

 いつか君がふらりと消えてしまいそうで、怖かったんだ。

 ――ごめんなさい。

 彼女が言った最期の言葉が反芻する。

 ――いつまでも皆で。

 ――君と共に。

 ――この街で。

 ――ずっと過ごしていたかった。

 

 僕は彼女をゆっくりと地面に寝かせる。

 彼女は決して目を開かない。

 それでも彼女の胸からは赤い血液が溢れ続ける。

 いつまでも。

 そうして僕は力なく立ち上がった。

 バランスを崩して前から倒れそうになる。

「――終わったか」

 つまらなそうに一紗が言う。

 僕は一紗の顔を力なく見詰めた。

 のっぺらぼうみたいな顔で。

 こいつは何を言っているんだろう。

 言葉は聞こえる。

 だけど届かない。

 それはただの雑音でしかない。

 僕はどこか遠い場所で自分の背中を眺めていた。

 触れると壊れてしまいそうな背中。

 ああ、そうか。

 僕は目を細めた。

 あいつが祀を殺したんだ。

 それを再確認した僕の中をどろどろとした黒い感情が満たした。

 視界が真っ赤に塗りつぶされる。

 かつての灰色よりも昏く、毒々しい色に。

 暴れまわる感情は僕の中では抑えきれなくなり、外にまで溢れ出す。

 肉体が悲鳴を上げる。

 今までよりも更に、限界すら無視して無理矢理に感覚と筋力を強化する。

 両目は燃えているのかと錯覚する程にまで熱い。

 これが僕が恐れていた事。

 暴走。

 怪物の末路。

 僕は咆哮した。

 獣のように。

 悪魔のように。

 その声は周囲を震わせる。

 それは最早爆音。

 そうして僕は右手を真上に突き出した。

 その瞬間、僕を飲み込むように影が噴き出た。

 それは濁流のように、激流のように全てを飲み込んでいく。

 僕はそこから発生したあるものを握る。

 そして僕はそれを思い切り引き抜く。

 ブチブチと何かが千切れるような音がした。

 僕が握ったもの。

 それは大剣の柄だった。

 その大剣は10メートル近くあった。

 巨人しか扱えそうもないあまりにも巨大な剣。

 見るものに圧倒的な絶望と恐怖を与える最終兵器。

 影で生み出されたそれは未だ影がのたうち、スパークのように四方へ飛んでいく。

 一本のスパークが一紗を掠めるようにして後方の山に飛んでいった。

 脆弱な木々は次々と引き裂かれ、喰い破られ、倒壊していく。

 壮絶という言葉が相応しい。

 結果として生じたのはクレーターの発生。

 闇色のスパークが突き刺さった地点は隕石でも落下したかのように全てが吹き飛ばされる。

 土や桜の木々が舞いあがった。

 僅かに遅れて地響きと爆音。

 それは凄まじい衝撃を伴って全身を叩く。

 僕は表情を変えない。

 痛みは感じない。

 絶望的な破壊力を内包した兵器を前に一紗は何もできない。

 先ほどまで余裕の表情を浮かべていた男は小さく舌打ちすると突然カッと目を見開く。

 怒りによって血走った眼球。

 男の両目が僕と同じように光る。

 光っているのにその色はどこまでも暗い。

 危険な色を湛えている。

 ただしその色は深い青色。

 どうやら彼も妖怪の血が流れているようだ。

 どこまでも僕と似ている男だ。

 復讐と怒りと悲しみに駆られて。

 彼にも壮絶な何かがあったのだろう。

 彼が世界を呪ってしまう程の何かが。

 僕は僅かに目を細める。

 それがどうした。

 この男は僕から大切なものを奪ったのだ。

 それはきっともう戻ってこない。

 掛け替えの無い大切なものを。

 故に僕は手加減しない。

 容赦しない。

 この男を絶対に殺す。

 一紗の握った刀が青く光る。

 どうやら本領を発揮したようだ。

 過去に打ち立てた伝説すら超える脅威を秘めている。

 それほどの重圧。

 一紗は何か叫ぶ。

 それも僕は理解できなかった。

 ただ顔を不快感に顰める。

 一紗は醜く顔を歪めた。

 彼は迷いなく僕目掛けて勢い良く刀を一閃した。

 何かが僕の目前を切り裂き、弾丸を超える速さで突き抜ける。

 青白い衝撃波が発生して、地面を切り裂いていく。

 それは青白い光の刃だった。

 どんな魔物でも斬り伏せる刀の性質を受け継ぎ、破壊力を上げたそれは一直線に一切のずれなく僕に向かって飛来する。

 それは僕に命中する筈だった。

 僕はそれを見詰めてすらいない。

 その程度の動作すら必要ない。

 攻撃は当たらないから。

 僕は自らの身体を朧げに揺らめかす。

 そして僕の身体は一瞬にして黒い塊となった。

 それは影で作られたもの。

 刃はそれを通過し、後ろにあった木々を何本も切り倒して搔き消えた。

 傷一つない影は僕の意思を読み取り、再び僕の肉体を再構成する。

 直接彼に廃墟で襲撃された際に使用したもの。

 僕は続いて影によって2メートル四方の厚い壁を生み出した。

 僕はそれを自らの意思で分解すると生み出されたパーツを一紗目掛けて発射する。

 一紗はそれを避けようとしたようだが弾丸以上の速さ、そして弾幕とも呼べる密度で広範囲に発射されたそれを完璧に避けるのは無理だった。

 鈍い音がした。

 一紗は全身を叩かれ、無様に地面を転がる。

 その顔に浮かぶのはとてつもない苛立ちと恐怖。

 僕は嗤う。

 先ほどまで僕を翻弄した男は一瞬でその立場を逆転された。

 あまりにも情けなかった。

 あっけなかった。

 僕は彼をあざ笑う。

 心の底から蔑み、侮蔑する。

 それすらすぐに飽きた僕は右手に力を込める。

 これで終わりだ。

 大剣の切っ先を天に向ける。

 断罪とも言える一撃。

 それを与えるのは神でも天使でもなく醜いバケモノ。

 青白い光が妖しく、冷たい光を放った。

 それだけで終わる。

 これを終えれば奴の身体は粉微塵に変わる。

 僕は迷わずその剣を振り下ろす。

 一切の手加減を加えていないそれは寸分のズレ無く一紗に振り下ろされる。

 粉塵が舞った。

 凄惨な結果を隠すかのように。

 何も見えないがこれが晴れれば原型をとどめていない程に破壊された死体が現れるだろう。

 僕は笑った。

 壊れた人形のように力なく笑った。

 その時僕の頬に何か熱いものが流れていることに気付いた。

 それは涙だった。

 どうして流しているのだろうかと考える。

 答えてくれる人は居ない。

 祀も死んだし、一紗も死んだ。

 もう手遅れだ。

 僕は力なく顔を上げた。

 天に向かって伸びる光。

 朧想街も。

 何もかも。

 全部。

 終わりだ。

 そうして顔を再び俯けた時、風が吹いた。

 それは一瞬にして砂塵を吹き飛ばした。

 僕の前に一紗の死体が現れる。

 その筈だった。

 一紗は無傷だった。

 気絶こそしているがちゃんと生きている。

 あれ程の攻撃を受けて無傷な筈がない。

 僕は歯噛みすると再び大剣を振り上げた。

 今度こそ。

 殺す。

 そう念じた瞬間。

「――夜行」

 僕はハッとする。

 一紗を庇うようにして祀が立っていた。

「ま、つり……」

 凍りついたように僕は動けなかった。

 僕は目を見開く。

 祀が何故僕の前に居るんだ。

 どうして奴を庇うんだ。

 こいつは君を殺したんだ。

 朧想街も滅ぼそうとしているんだ。

 だから僕がこいつを。

 その時祀が僕の身体を優しく抱きしめた。

 温かい。

 柔らかい。

 すぐ目前の顔には優しい頬笑み。

 子供を安心させるような母親のような優しい表情。

「――もう良いんです」

 どうして。

「――今の貴方は泣いているから」

 それがどうしたって言うんだ。

 君は帰ってこないんだろう。

「――無理してはいけません」

 無理なんてしていない。

 そう叫ぼうとしたが何も言えなかった。

「――復讐なんてしても私は嬉しくありません」

 ゆっくりと祀は口を動かす。

「――私の事は悲しまなくて良いですから」

 その言葉は何よりも僕の胸に突き刺さり、心に響く。

「――私は大丈夫ですから」

 強張った僕の身体からゆっくりと力が抜けていく。

 僕の中の何かが折れた。

 あまりにもあっけなくそれは粉々になってしまった。

 気持ちの悪い、黒い何かが消えていく。

 光が僕の前に溢れる。

 赤く、暗い視界を裂いていく。

 それだけだった。

 それだけで僕は握っていた剣を放してしまう。

 もう必要無いと言うかのように。

 剣はゆっくりと落下し、崩壊し、空気に融けていった。


   ×

 

「「――夜行!」」

 我に返ると何時の間にか阿形と吽形がこちらに駆け付けていた。

 その目には涙が浮かんでいる。

 2人は信じられないものでもみるように祀を見詰めていた。

 この2人は僕よりも長く彼女と一緒に居たのだ。

 その悲しみはどれ程だろうか。

 阿形と吽形はほぼ同時に祀の元へ駆け寄る。

 暫くして吽形の嗚咽が聞こえてきた。

 阿形はどうやら涙を必死に堪えているようだ。

 この世界にハッピーエンドはないんだ。

 僕の心に最早怒りはなかった。

 あるのは悲しみと喪失感と諦観だ。

 僕は己の無力を呪う。

 全ては無駄になるんだ。

 空っぽになってしまいたいと思う。

 虚無に。

 何も感じたくない。

 もういっそ皆一緒に滅んでしまった方が楽かもしれない。

 そう思った時。


「……生きてるにゃ」


 阿形がそんな事を言った。

 確かにそう言った。

 嘘ではない、確かな自信の言葉だった。

 僕は驚愕に目を見開き、すぐに祀の元へ駆け寄った。

 2人を押しのけるように彼女を見詰める。

 見ると祀の胸がほんの僅かに上下していた。

 睫毛も苦しそうにほんの小さく動いている。

 注意しなければわからない程の動き。

 意識を失っている身体は死んでしまっているようだが彼女は信じられない事に生きていた。

 どうやら一紗の刀は奇跡的に彼女の心臓や太い血管を傷付けずに刺さったらしい。

 祀は生きている。

 確かに。

 弱弱しくも確かな生命がまだ宿っている。

 失わせてはいけない。

 絶対に。

 僕は安堵に力が抜けそうになった。

 だがこのままではどっちにしろ危険だ。

「祀を助ける事は!?」

「今するとこにゃ」

 言うと阿形は祀の巫女装束のポケットから慎重に符を取り出す。

 それはいつもとは違うものだった。

「所詮私は狛犬だから大した事はできにゃいけどこれなら十分可能にゃ」

 そして何かを唱える。

 手に持った符の文字が青白く光った。

 彼女はそれを祀の胸の傷口に貼る。

 すると傷口が同じ色に光り、ゆっくりと塞がっていく。

 生命の神秘わ体感しているようだった。

 信じられない。

「しかもこの符には輸血と栄養充填のオマケつきにゃ」

 確かに祀の顔色が良くなり、呼吸も正常になった。

 命の危機は去ったようだ。

 どうやら今は寝ているらしい。

 深い眠りなのか起きる気配は無かった。

 僕は涙を流しそうになった。

 良かった。

 本当に良かった。

 心の底からそう思う。

 そして阿形に感謝した。

 彼女がいなければきっと僕は生きていると知っても成す術無かっただろう。

 阿形は誇らしそうに胸を張っていた。

「うっ……良かったわん……けど、まだ残っている事があるわん……」

 可愛らしい顔を涙と鼻水で台無しにした吽形がそんな事を言った。

 そうして僕はすぐに思い出す。

 祀の事で頭が一杯だったので忘れていたが朧想街に危機が訪れていたのだ。

 今すぐにでも止めないといつ地脈が暴走してもおかしくない。

 早く要石を元の場所に戻さないと。

 僕達はひとまず神木の根元に祀を寝かし、要石に顔を向けた。

 元々収まっていた場所には深い窪みがあり、そこから青白い光が眩い程に出ている。

 要石はすぐ近くにあった。

 僕は安堵の溜息を吐く。

 これを嵌めちゃえば終わりじゃないか。

「いや、そうはいかないんだわん」

 僕は重々しく告げた吽形に疑問の顔を向ける。

 どういう事?

「つまり、抑えつける力を少しでも誤ってはいけないって事にゃ。強すぎたらエネルギーは動けなくなって無理矢理に要石の窪みから噴き出るし、弱すぎたら封印にならない

しにゃ」

「そういう事だわん」

 理屈こそ簡単だがそれを実行するのは難しいようだ。

「要石を挿す向き、深さ……あらゆる要素が複雑に絡み合って要石は封印のレベルを変えるわん。僅かなミスが大災厄に繋がるんだわん」

 僕はあんぐりと口を開ける。

 なんだそれは。

 ほぼ無茶じゃないか。

「だけどやるしかないわん。できるできないではなく」

 吽形の目に先ほどの弱々しさはない。

 強い決意を湛えている。

「私に任せて欲しいわん」

 彼女はとても頼もしかった。

 そっちにしろできるのは彼女しかいないようだ。

 阿形も目に涙を浮かべてうんうん頷いている。

 感極まった、といった感じだ。

 僕も胸が熱くなる。

 さっきまでの諦観や悲観は既に吹き飛んでいた。

 あるのは興奮と希望。

 絶対に滅ばせはしない。

 抗ってやる。

「取り敢えず私の記憶と知識を頼りに要石を嵌めるにゃ」

 そうして吽形はゆっくりと要石を持ち上げた。

 石とは言ってもそれの外見は注連縄(しめなわ)の巻かれた、子供くらいの高さはあるであろう石碑だ。

 重さは恐らく1トンはあるだろう。

 彼女は華奢、と言っても良い程の細い身体でそれを軽々と持っているのだ。

 照玖もそうだがどうやら妖怪達というのはこれ程の怪力がデフォルトらしい。

 人間モードの僕と吽形が喧嘩したら確実に負けるだろう。

 下手したらうっかりで殺されかねない。

 彼女を怒らせないようにしよう。

 そうして吽形は暫くの間うーんと唸りつつ要石の持ち方を変えたり、眺めたりしている。

 あのう吽形さん、役立たずのくせにこう言うのは心苦しいのですが、早くして貰わないとこの街の危機が。

「待つわん。もうすぐわかるわん」

 そう吽形が言い、目を閉じると、


「こうだわん!」

 

 目を開き、ぴきゅーん、と光らせた。

 ……ように見えた。

 そして彼女は一切の迷いと狂い無く抱えたままの向きで要石を窪みに納める。

 僕達はそれと同時に唾を呑む。

 どうなる。

 僕の頬を一筋の汗が流れる。

 天に昇っている光。

 それに変化が起きた。

 徐々にその光は光量を弱め、細くなっていき、やがて消滅した。

 僕達は暫くの間何も言わず、動けなかった。

 どれ程経っただろうか。

「……やった」

 誰が言ったのだろうか。

 多分僕だと思う。

 すると僕たちは一斉に両腕を天に突き上げた。

「「「よっしゃーっ!!!」」」

 思わず腹の底から叫んだ。

 僕達はやり遂げた。

 現実感がなく、信じられなかったがそれでも僕は歓喜する。

 朧想街をこの手で救った。

 まぁ救ったのは主に吽形だけど。

 気にしない方が良いだろう。

 すると僕達の後方から低いうめき声がした。

 振り向くと、そこに一紗が立っていた。

 その身体は今にも倒れてしまいそうな程よろけているがその瞳はこちらを睨みつけている。

 視線で人を殺せるとしたらそれはこういう目だろう。

 僕は彼に身体を向ける。

 一紗は身体を左右にぐらぐら揺らしながら声を張り上げた。

「じゃ、まをするなぁああああああああああ!!!」

 それ程の執念が彼にはあるのだろう。

 再び彼の目が青く光る。

 照明のなくなった闇の中で浮かぶその光は先ほどよりも弱々しいが強く見えた。

 僕といえばさっきまで暴走して彼を圧倒したものの今はすっかり元に戻ってしまった。

 力は使えるが今の彼に及ぶかどうか。

 阿形と吽形も強いだろうがどちらも神社を守護する狛犬。

 その程度では恐らく彼に及ばないだろう。

 しかも2人にはあの時と違って槍や斧は持っていない。

 だが僕は後退りしない。

 立ち止りもせず、ただ一歩を踏み出した。

「あんたの野望は潰えた。いい加減諦めたらどうだ」

「うるっせぇええええ!!」

 聞こえていないようだった。

 錯乱した一紗は地面に落ちている髭切りと膝丸を拾い上げるとがむしゃらにそれを振りながら僕の懐に突っ込んできた。

 阿形と吽形が息を呑む。

 今すぐにでも転んでしまいそうだがそんな事はなく一直線に突っ込んでくる。

 二本の刀を振り回し、彼は叫んだ。

「どうしてお前だけが幸せなんだ!!」

 訳のわからない一方的な罵声を浴びせる彼は修羅のようだった。

「お前だけが日向に居て俺はずっと日陰だ……! どれだけ這い上がろうが太陽は俺を照らしてくれない! 誰も、何も、俺を満たしてくれない!!」

 僕は何も言わず、その叫びを聞く。

 何も返さない。

 僕にその資格はない。

 だけど僕はどかない。

 彼は僕と同じように蔑まれ、世界を呪って生きてきたのだろう。

 唯一違うのは支えてくれる人が居たかどうか。

 何も無かった彼は世界を呪う事しかできなくなった。

 僕はただ静かに拳を握る。

 このままでは恐らく勝ち目はない。

 彼は1人だがそれでも十分脅威である事は間違いない。

 ならこの危機から脱する方法は簡単だ。


――皆の力を借りる。


「――ここに集え、魑魅魍魎」

 僕は静かに唱える。

 僕の父親は『空亡(そらなき)』だ。

 百鬼夜行の最期に現れ、全てを呑み込む黒い太陽。

 それは闇を統べる存在にして常夜の終焉を告げる存在。

 ならば、彼らを呼びだす事も可能な筈。


「……呼んだかい?」

「で、何の用かな?」

「ふわぁ……いきなり起こすなんて……手荒いよぉ……」

   「どうでも良いんだけど僕気絶してなかったかな?」

                        「……何をすれば良いの?」

              「……面倒臭い」

    「面白そうな事してるじゃない……私達にも楽しませてくれるんでしょう?」

          「ふん、さっさと片付けるぞ」

  「いっちょやってやるか……この手で元凶をぶっ倒してぇと思ってたんだ」

              「満月ですか……まぁこの際だと運が良いと言えますね」

        「眠いぃ……だけど頑張るよぉ」

            「魑魅魍魎じゃないですけどお役に立てれば」

     「やっほー☆念動力パンチやっるよー」

                   「邪魔はしないけれど援護はするわ」

 百鬼夜行には遠い数。

 だが十分だ。

 僕は小さく笑う。

 満月の真下で。

 そうだ、僕の目的は彼を無力化させる事。

 力でねじ伏せる必要は無い。

 一紗が止まり、一歩、二歩と後ろに下がる。

 彼にとっての一番の恐怖だろう。

 彼には仲間が居ないのだから。

 誰も傍に居てくれないのだから。

「ぁ、ぁぁ。ぁあああああああああああッ!!」

 一紗は発狂したように叫ぶ。

 他の皆はそんな彼に奇異の目を向けるだけ。

 だけど恐らく彼にはそれが自分を睨む狩人の目に見えただろう。

 世界が丸ごと敵になったかのような錯覚に陥っている筈だ。

 そうして彼は顔をぐしゃぐしゃに歪めて再びこちらに突っ込んでくる。

 ただがむしゃらに剣を振る。

 それは素人目から見ても単調な攻撃だった。

 だが危険。

 一紗は青白い光を纏った刀を二本同時に上から下へ僕目掛けて振り下ろした。

 それは一つに纏まり、巨大な剣へと変化する。

 この状態では確実に即死だろう。

 そして避ける事は不可能だろう。

 だから僕は迷わずに、臆さずに更に一歩彼に近付いた。

 打算や計算はしない。

 ただ皆が守ってくれると信じているからだ。

「その攻撃は強い――それは嘘」

 雅が緊張感なく告げる。

 その瞬間に一紗の刀の光は急速に弱くなる。

「……」

 白雪は何も言わず、ただ地面を凍らせている。

 今は春なのであまり効果は無いが、それでも彼の攻撃の妨害にはなっている。

「……やる気とるよ」

 瓜が一紗に一瞬で近付き、彼のこめかみに軽く触れる。

 それだけで彼の刀はその動きを遅らせていく。

「面倒だけど……」

 風芽は掌から風の刃を生み出し、それを勢いよく彼の刀に向かって振るう。

 それは確かに命中した。

 だが、二本とも完全に折れていなかった。

 やはり強力な妖怪の血を吸ってきただけの事はある。

「これでどうかしら?」

 ワーミィが人差し指に炎を灯す。

 それは瞬時に一本のレイピアとなる。

 彼女は彼の目前に飛び出し、それを『髭切り』と『膝丸』に向けて振り下ろす。

 しかしそれでも刃が若干赤熱されただけでまだまだ健在。

 一紗はその顔を憎々しげに歪めると地面に向けて刀を振り下ろす。

 石畳が砕けて粉塵が舞う。

 何をする、と身構えたが僕はすぐに理解した。

 粉塵の中から現れたのは黒い巨人。

 しかしその大きさはいままでのものと違う。

 全長10メートル近くある。

 僕達の前に立ち塞がるそれはかなり驚異的に映った。

 どうやら最期の力を振り絞って召喚したらしい。

 その巨人の顔面。

 のっぺらぼうの顔。

 そこに一本の亀裂が横に入る。

 それは徐々に大きくなり、僕はやっとそれがなんなのか理解した。

 直後に咆哮。

 とてつもない絶叫。

 僕たちは思わず身を竦ませた。

 実際に声は出ていない。

 多分そう思う。

 しかしそれは僕たちの脳内で激しい騒音に変わる。

 ガラスとガラスを擦り合わせたような音。

 それが境内を震わせる。

 耳を塞いでもそれは延々と響き続ける。

 そうして巨人は動き出した。

 神殿を支える柱のごとく太い、その足が動くたびに石畳の地面が震える。

 怪獣映画に出てくる怪獣みたいだった。

 巨人が大地を踏みしめて、あまりにも巨大すぎる拳を握る。

 通常の奴でも人体を破壊し尽くす破壊力を秘めているのにこいつの一撃はどんなものなのか。

 そして黒い巨人の腕が唸る。

 辺りに存在する僕たちをまとめてなぎ払うようだ。

 あれ程のリーチならば決して難しい事ではないだろう。

「みんな避けろ!」

「言われなくてもそのつもりだ」

 アリストが言い返す。

 しかしその声に余裕は無い。

 やはり強制的に呼び出したのは悪かったかもしれない。

 明らかに非戦闘員であるエルとか和良まで居るし。

 僕は能力を使って影のバリケードを生み出す。

 一瞬にしてそれは巨人の背丈を超える高さにまでなった。

 直後、拳と防護壁が衝突する。

 どうなる。

 僕はごくりと唾を飲む。

 影の壁。

 絶対ともいえる強度を持ったそれにヒビが入った。

 唖然とする。

 これ程のパワーだって。

 そしてヒビは徐々に大きくなり、やがて壁が派手に崩壊した。

 それは空気に溶け、一瞬で消失する。

 運良く他の人はぎりぎりのところで回避していた。

 だが能力を発動していた僕は回避をとっていない。

 僕の眼前に巨人の拳が風を切って飛んでくる。

 ああ、死ぬのか僕。

 なんとなくそう思った。

 僕は少しも動けない。

 だが、その衝撃が僕を押そう直前、身体がフッと軽くなった。

「え?」

 僕は思わず間抜けな声を出した。

 僕は空を飛んでいる。

 まさか。

 僕は首だけを動かす。

「ボサッとしてたら危ないよ! 夜行」

「照玖……!」

 僕の命を救ってくれたのは誰であろう照玖だった。

 いつの間に、と僕は驚愕する。

「遅れて悪かったね。色々と忙しかったのさ」

 彼女はにかっと笑うと、片手で着物の袖から葉団扇はうちわを取り出す。

 そうしてそれを巨人に向けて大きく仰ぐ。

 それだけの動作。

 にも関わらず天変地異クラスの強風が発生し、巨人を呑み込んだ。

 空気の奔流はあまりにも凄まじく、あれ程の巨体をよろめかす事ができた。

 しかし風は境内を必要以上に荒らさず、巨人だけに被害を与えると今までの事が幻のように、すぐ搔き消える。

 大きな隙が生まれた。

 地面に下ろされた僕は彼らにアイコンタクトを取る。

 彼らもそれに応じた。

 そこに言葉はいらない。

 残ったカサスやアリスト、ルー、千鶴、巳肇、蓮華が各々動き出す。

 殴りや蹴り。

 それは単純故に強大な威力を以って巨人の身体を削っていく。

 しかしそれでも足りない。

 蓮華が経文を唱える。

 すると黒い巨人の身体が若干透けた。

 どうやら力を一気に奪ったらしい。

 そうしてトドメを刺すように千鶴と巳肇が能力を発動する。

 巳肇は宣言通り念動力のパンチだった。

 それは透明だが、光の屈折によって朧げながら輪郭を浮かび上がらせている。

 かなり大きい。

 巨人の拳に匹敵するかそれ以上だ。

 千鶴は電撃の放出。

 紫電がのたうち、周囲を仄々と照らす。

 2人がそれを同時に打ち出す。

 それは絡み合い、黒い巨人に突っ込み、爆発した。

 凄まじい光と爆音と衝撃が発生し、境内を蹂躙する。

 僕達は息を呑む。

 もくもくと煙と粉塵を上げる爆心地。

 どんな状態になっているのかわからない。

 そして風が吹いた。

 カーテンが開かれる。

 僕達は僅かに目を見開く。

 巨人は跡形も無く消えていた。

 だが喜ぶのは早い。

 ゆらゆらと影が揺れる。

 それが誰なのかは一目でわかる。

 一紗は倒れていない。

 これが執念の力だというのか。

 彼はこちらに突っ込む。

 刀はとうに威力を失っていた。

 だけど関係無い。

 こちらを殺すのに十分な威力は残っている。

 身体の動くままに感情の赴くままに僕は彼の目を睨む。

 そして僕はこの騒乱を止める為に微弱ながら力を発動する。

 それは一本の刀。

 影の刀。

 彼を殺す為ではない。

 もう一度やり直させる為。

 偽善だろうが何だろうが僕はもう破壊の為に力を使わないと決めた。

 だから彼の呪縛を断ち切る。

 僕は一歩後ろに下がって刀を構えた。

 一紗が僕の距離を詰める。

 3メートル2メートル、1メートル。

 僕は前へ突き進む。

 勝敗を決するのは意思の強さだ。

 それが負の感情でも正しい感情でも関係無い。

 自分を貫き通せるか。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 僕と一紗の叫びが重なる。

 刃と刃が交差する。

 音は聞こえず、視界がスローモーションになる。

 僕は彼の刀に影の刀を下から叩き付ける。

 ピシリ、と刀の表面にヒビが走る。

 僕は力を込めた。

 すると刀のヒビは広がっていき、やがて折れて砕けた。

 僕は続けて刀の峰を一紗の首に叩き付ける。

 そうして一紗の身体から力が抜け、彼の手から二本の刀が落下した。

 勝敗は明確だった。

こうして朧想街の命運を掛けた戦いは終わりを告げた。


   ×


 僕達は空を見上げる。

 星と満月が浮かぶ一面の黒。

 その一部がぽっかりと口を開いた。

 それはだんだんと大きくなっていく。

 そこから溢れ出るのは日の光。

 眩しさに目を細める。

 祀が主に崇拝している神はアマテラス。

 日本神話の主神で太陽の女神だ。

 もしかしたら朧想街の平和を守った僕達を祝福してくれてるのかもな、と思う。

 クラスメート達は「そろそろ帰る」とだけ言ってすぐに帰ってしまった。

 そういえばお礼を言い忘れていたので後日にでも学校で言おうと思う。

 あれからすぐに警察がやってきた。

 僕達は事情を話すとすぐに彼らは一紗達の身柄を確保し、警察署に連行していった。

 彼らから聞いた話によるとやはり主犯は一紗らしく、軍の人間を自身の能力を使ってマインドコントロールし、朧想街に侵攻したとの事。

 しかもマインドコントロールは朧想街の人間や妖怪にも掛かっていたという。

 そして全員間もなくマインドコントロールから解放されたとか。

 しかし事件にはまだ不明瞭な部分が多く、捜査は長くなるだろうとのこと。

 あと、ついでに僕達に賞状と記念品が贈呈されるとか言っていた。

 それを聞いた阿形は「金になるかにゃ!?」と目を輝かせていたがきっと彼女は貰った後にすぐしょんぼりするだろう。

 僕はパトカーを見送った後すぐに祀の元に駆け寄った。

 彼女はまだすやすやと子供のように寝ていた。

 僕は彼女を起こさない様にゆっくりと背負う。

 それを見た2人が妙にニヤニヤしていたがスルーする。

 ちょっと恥ずかしかった。

 そうして僕らは神社の中に戻る。

 そういえばテレビが点けっぱなしだったな、と思いだす。

 その時。

 むにゃむにゃと祀が何かを言った。

「……みんな、ずっと一緒ですよ……」

 僕は思わず苦笑いする。

 他のみんなもそうだった。

 寝言とか言うんだ。

 ちょっと驚いた。

 暫く考える。

 だけどすぐに考える必要はないか、と思い至った。

 思った事を言えば良いのだ。

 別にかっこいい事を言う必要はないだろう。

 そうして僕は当り前のように当り前の事を答えた。

 それは僕のささやかな願いで。

 毎日の感謝だったりして。

 約束だったりするのだ。

 僕達はゆっくりと歩いていく。

 共に。

 同じ歩幅で。

 同じ道を。

 迷っても良い。

 振り返っても良い。

 間違ってしまうかもしれない。

 立ち止ってしまうかもしれない。

 いつか戻りたくなるかもしれないけどそれでも良いかもしれない。

 同じゴールに皆で辿りつけば良いのだから。

 そんな事を考えながら僕は扉を開こうとしたが蹴破られている事に気づく。

 そういえば兵士達に壊されたのだった。

 僕は嘆息した。

 後で修理しないと。

 僕達は神社に入る。

 そうしてまた一日が始まる。

 平和でまったりと居心地の良い毎日が。


やっと完結しました「妖魔夢想」

拙作を呼んでいただき心からお礼を申し上げます。

この小説は前書きにもある通り個人的な趣味をふんだんに盛り込まれた物語です。読者の需要とか完全に無視です。

色々言いたい事はありますが取り敢えず完結した事が嬉しいです。

取り敢えずツイッターでリツイートして宣伝してくださったフォロワーの皆さん、そしてこの作品を読んでくれた皆さんに感謝しています。

それではまたいつか。

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