第140話 無事帰還虫。
(三人称)
「お帰りになったわね、カルコ」
サジョンジ邸、三階の一室で、当主であるルカオコが口を開いた。
窓際に立ち、視線は外へ向けられている。
そこには、門番に頭を下げながら道へ歩き出すムークの姿があった。
既に薄暗くなってはいるが、その足取りは驚くほどしっかりしている。
彼は、去り際に館に向かって頭を下げた。
律儀な男である。
「ええ、夜目が利くゆえ送迎はいらぬと固辞されました。本当に真面目なお方でありまする」
それに答えるカルコは、去り行くムークの背中に小さく手を振っていた。
「報告には聞いていましたが、成程只者ではありませんね、彼は。トキーチロに腹を貫かれたというのに、いささかの恨みも憎しみも持っていないとは……」
「拙もそう思いまする。あのお方は驚くほど善良でありまする……そうでなければ、妖精を3人も伴うことなどできはしないでしょうが」
カルコの、いつになく嬉しそうな顔を見て微笑むルカオコ。
常に冷静で、表情を変えることのない彼女が珍しいのだ。
「でも、例の『黒化』した大地竜を真っ向から打ち倒すほどの勇士なのでしょう? ヒトは見かけによらぬ……とは、ロストラッドのことわざだったかしら」
カルコが頷く。
「今日、ムーク殿が暴漢に絡まれました。彼は相手の殺意が自分に向いている間は困った様子でありましたが……暴漢が巻き込まれた老人に殺意を向けた瞬間に、がらりと態度を変えて無力化したそうでありまする。影衆の方からお聞きしました」
衛兵が精霊術で現場検証をした結果だ。
そこに、影衆の精霊術師も絡んでいたのである。
「あの人は自分ではなく、誰かの為に力を振るうのね。本当に……トキーチロが気に入りそうね」
その目には悲しみが宿っていた。
「……カルコ、貴方も随分彼のことが気に入ったようね?」
それを振り切って、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
カルコは、少しだけ頬を染めた。
「ふふ……男の方に『お友達』だと言われたのは……初めてでありまする」
「まあ、それは素敵ねえ」
年若い主従は、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「このご縁、大事にしたいわね」
「はい、誠に」
しばし、幸せな沈黙が満ちた後。
ルカオコが口を開いた。
打って変わって冷たい声色だった。
「――リルコの様子は?」
「――変わりはありませぬ。常に三重の結界陣に囲まれており、動きはございません。給仕の者も訓練を受けた僧兵と、結界術師の二人一組でありまする……何かあれば、即座に制圧できまする」
それに答えるカルコの声も、先程とは違う低く冷たいものだった。
遠く南の寺院に幽閉されている……前当主の娘、リルコの件であった。
「『あの2人』のようには……?」
「精霊術師を常駐させ、定期的に調べてはいますが……未だ、その兆候は無く」
前当主の妻、そして母は『黒化』して尋常ではありえない力を発揮した。
元が何の戦闘訓練も積んでいない2人ですら、無尽蔵とも思える魔力を行使したのだ。
選考に漏れたとはいえ、リルコは『鎮魂の巫女』候補。
もしもあのように変われば、その脅威は計り知れない。
「そう……常に備えを怠らないで」
「はっ、『影無し』の名に懸けて……近くのミレシュには魔物が攻め寄せておりまするが、連絡連携を密にして当たっておりまする」
南域の要所、ミレシュ。
リルコが幽閉されている【ハウリュ】は、そこよりも北の山中にある。
もしも何かあれば、ミレシュから即座に援軍が派遣されることになっている。
「哀れとは思うけれど……あの性格では、とてもここに置いておくことはできないわ」
「然り。他家の方々も、それではサジョンジを信用しますまい……新しき家風を認めていただくためには、彼女は邪魔でありまする」
前当主の一人娘、サジョンジ・リルコ。
幼少期より蝶よ花よと育てられ、周辺には彼女に阿る佞臣のみ。
これでは、歪まずに育つのは不可能というものだ。
彼女がこの首都に残っていれば、よからぬことを考えるものもいるかもしれない。
大家の令嬢というものは、内情はどうあれ魅力的だからだ。
立て直しの真っ最中であるサジョンジに、そのようなリスクは不要である。
「ふう……苦労をかけるわね、カルコ」
「いいえ、いいえ。これは……爺様の悲願でありまする。拙は、その願いを何としても叶えるだけでござりまする」
サジョンジの若き当主は、真剣なまなざしを暗くなり始めた空に向けている。
「……ねえ、カルコ。それはそれとして……ムークさんのお仲間と、妖精さん達も、お招きしたいわね?」
「はい、拙もそう思っておりまする。いずれ、時期を見て……」
カルコは、嬉しそうにくすりと微笑んだ。
・・☆・・
「わぅう! おいちゃん、おっかえり~!」
「タッダイマ~!」
てってこ歩いて、それなりに近所だった孤児院に帰還。
ちょうど校舎入口にいたヘレナちゃんが、目を輝かせて走ってきた。
うーん、控えめに言ってカワイイ!
ぴょーん! っと飛びついて来たヘレナちゃんを、受け止めて抱っこ。
フワフワであったか~い。
「どこいってたのぉ? おさんぽ?」
「色々ネエ、色々」
一言で説明できないや……説明しない方がいいこともあるし……
「おいちゃんだ!」「おかえんなさーい!」「もうすぐごはんだよ~!」
おおう、いっぱい走ってきた。
南から来た子たちもすっかり馴染んでて、服装でしか判断できないや。
「わふ? すんすんすん……」
ヘレナちゃん、何でしょうクンクン嗅いで。
おいちゃんそんなに臭くないと思うんだけど……?
「おいちゃん、いいにおいする! おかしのにおい!」
おー、さすがはけもんちゅ、鼻がいい!
サジョンジでご馳走になったお菓子の残り香かな? それともマントに欠片でも付いてたんかしら?
「おかし!」「おみやげ? おみやげ~?」
子供たちのテンションがお高い! やっぱりお菓子が嫌いな子供なんていないね!
んっふっふ……このむっくんに隙は無いのだ!
「オ土産ハ勿論アリマァス! デモ~? 晩御飯ヲ好キ嫌イナク食ベルイイ子ニシカアゲマセンヨ~?」
「わぅう! たべる、たべる~!」
「ぼくも!」「わたしも!」「おれも~!」
はっはっは! なんと素直ないい子たちなのだ!
安心しなさい……在庫はお店くらいあるし! サジョンジでもいっぱいもらったしね~!
『雑草はもうありませんね、残念です』
なんでさ!?
「みんな、ご飯ですよ~! あ、ムークさんもお帰りなさい!」
あ、今日はサチさんもいるんだ!
「タダイマデス~! ジャ、ミンナ手ヲ洗ッテ素敵ナ食事ダヨ~!」
「「「はーい!!」」」
うーん、当然ながらみんなとってもいい子~!
「わぅう、これきらい~……でもたべる~」
「おれも……」「ぼくも……」
子供ってお野菜嫌いな子多いねえ。
でも、嫌でも食べてて偉いねえ! もぐもぐ。
『そりゃあね、見た目は格好よくて強いむっくんが皿まで食うくらいの勢いでなんでも食ってんだもん。そらキッズとしては文句言えねえわ』
『食育虫……』
好き嫌いなくなんでも食べる虫です!
だって選択肢がなかったから!
転生前の白いお部屋では、トモさんにパクチーが嫌いって言ったような気がするけど……今なら荷車一杯食べちゃうよ!
「おいちゃん、なんでもおいしそうにたべるね」
「美味シイカラネ! 仕方ナイネ! バリバリバリ」
このクソデカセロリほんと美味しい! 酸っぱいソースがなんとも……
「サチサン! 美味シイデス! オカワリ!」
「はい、ふふ……みんな~? ムークさんを見習っていっぱい食べましょうね~?」
「「「はーい!」」」
教材みたいになってる気がしないでもない。
でも美味しいからねえ、仕方ないねえ!
「はぐむむ……おいちゃん、きょうどこいったの?」
おや、また聞かれた……どうしよっかな~?
牢獄と喧嘩はキャンセルするとして……
「二ノ街ノ市場トカ、アト近所ノサジョンジッテオ家トカネ~?」
「さじょんじ~……?」
さすがに家の名前とかまでは詳しくないのかな?
なんて説明したもんかなあ?
「ヘレナちゃん、この前い~っぱい果物をくれたおうちよ? ホラ、カルコさんのいらっしゃる……」
「わぅう! しってるう! カルコおねーちゃん! あたち、すき!」
へえ~……寄付とかかな?
「ムークさん、サジョンジの方とお知り合いだったんですね」
「アーハイ、ゲニーチロサンツナガリデ」
サチさんにはとりあえずこう言っておこう。
向こうはボクを知ってたみたいだけど、実際にカルコさんと初めて会ったのは……ああ、そうか。
「ルアンキカ~……懐カシイナア」
「るあんき~?」
「オッキイ湖ノ真ン中ニアル街ダヨ。釣リシ放題ノ素敵ナ街ダッタネエ……」
永住地候補にいいかもしれんね……アスノ飯店あるし。
「あたちもいきたい! はやくおおきくなりた~い!」
「オッホッホ、元気元気……拭イテアゲヨウ」
口の周りが大惨事だ……フキフキ!
「わうぅう……あははぁ!」
子供は元気が一番ですなあ……みんな早く……はなくてもいいけど、元気に大きくなってくださいね~!
「すひゃあ……」「うにゃむ……」「わぅう……」「むにゃ……」
「ムゥン……」
毛玉の圧力……いや、子供の圧力か……
ご飯を食べて、お風呂に入り、約束通りみんなで少しお菓子を食べた。
本番は明日ね! だって寝る前だし!
というわけで寝ようとしたんだけど……ボクは、いつものお部屋にはいない。
『みんないなくてさみしいでしょ~?』と、ヘレナちゃんによって子供部屋に連行された。
皆は二段ベッドで眠るので、ボクは床に寝袋を敷いて寝ようと思ったんだけど……なんか、みんな下りてきて床で寝ることになった。
バッグに入っている毛布を残らず放出したから風邪は引かないだろうけど……大丈夫かな?
まあ、現状身動きが取れないんですけどネ!
途中イリュシムさんが様子を見に来て、怒られるかと思ったら『あらあら、うふふ』とだけ言って去っていった。
虫は許された!
ふわぁ……子供の体温って高いなあ……ぽやしみなしあ……
『眠る虫と小さな虫、そして子供たち……なんと素晴らしい光景か……ゾゾルゾルゾル』
『子供を見ながらザルソバを啜るむしんちゅゴッデス……ゾゾゾゾ』
『平和でいいですね、ええ……ゾゾゾゾゾ』




