第125話 栄冠が輝いたりするかもしれない虫。
「そうか、ムークは知らんのだナ」
綺麗な色のお酒を煽り、アルデアが言った。
「アラクネと言えば、一級の狩人なのナ。里の近くにいる部族を知っているが、凄まじい短弓の使い手なのナ~?」
「私も知ってる、森の中では無敵って族長が言ってた」
はへ~……なるほろ。
「ジャア、ナンデトルゴーンニ? オルクラディノ連中ハ倒シタノニ……」
「ああ、そういうことォ?」
タヴィアさんは、アカの耳を塞いでいた手を放して微笑んだ。
アカはキャッキャしながらまたチーズを齧っている。
「あいつら、後から後から来るんだものォ。ほんっと、しつこくて嫌になっちゃうわねェ……だからァ、皆で話し合って里を捨てることにしたってわけェ」
あ、そういうことなの……
「帝国には悪いけどォ、オルクラディの近くに無理して住む必要なんてないしィ? ウチの部族、若い子ばっかりだったからササっと逃げたわァ」
「フットワークガ軽イ……!」
悲壮感があんまりないのは、犠牲になったり攫われた仲間がいないからなんだね……
「む、なんか聞いたことがある。帝国の北の森……今、おっきな壁と砦作ってるんだって。前からあったけど、最近オルクラディがなんか元気みたいで……大変っぽい?」
「あらァ、じゃあやっぱり逃げて正解だったわねェ?」
タヴィアさんはニコニコ笑いながら、カウンターの奥へ。
そこにあるオーブンを開いて……超いい匂いがする!!
「ん~、今日もとってもいい出来ィ! ささ、ウチの看板料理をどうぞォ」
そういって目の前に置かれたのは……うほー! お肉の塊ィ!!
「湿地蛙の香辛料焼きよォ、とおっても美味しいんだからァ……はいアカちゃーん、あーんしてェ」
「あむむい……んみゅ~! ほいひ! ほいひ~!」
手早く切り取られたお肉を、アカが頬張って目を輝かせている。
美味しそう! 湿地蛙って前にも食べたけど美味しかったからねえ!
「これ、仲間が定期的に卸してくれてるのォ。マデラインに行った子からは魚介類も届くし、持つべきものは部族の姉妹たちねェ」
ほほーう、それはいい。
あれ? 姉妹って……? お父さんとかは?
『おーっと、むっくんがトンチキな質問する前にシャフさんペディア! アラクネって種族には女の子しかおらんのよ~』
マジで!? え、じゃあその、どうするの? 結婚とか……繁殖とか!
『アラクネはかなりの種族と交配可能なのです。そして、身籠ると産まれてくるのは決まってアラクネ種になります。異世界の神秘ですね?』
シャフさん&トモさんたすかる~……!
凄いなあ、さすが異世界だ……DNAとかどうなってんだろ……?
『オークなんかもそうなんよ、どんな種族を孕ませても産まれてくんのは基本オーク。ゴブリンもそうだし』
うぇえ……積極的に駆除しないと大変なことになりそう。
女性の天敵だ、オークにゴブリン……
『ちなみに、まだむっくんが出会っていない種族ですとラミア種も同じような感じですね。彼女たちも女性のみの種族です』
『威勢のいいラミア種族はそこらへんから男攫って搾り取って繁殖するし。むっくんも気をつけなよ~? ミイラ虫になっちまうぞ~?』
ボクはそもそもまだ性別不詳だから大丈夫だけど、気を付けます!
「はい、ムークさんもォ……あ~ん♪」
「モメガフ」
考え事してたら口にお肉が!
んむ~! 前に食べたのより美味しい! 脂がのっててジューシー! それに香辛料が効いてて……美味しい! とっても美味しい!
「オイシイ! ンマ、ンマ~イ!!」
「おいし! おいし~!」
アカと一緒に大喜びですよ!
「あはは、おっきな声! やっぱりムークって面白いし可愛い」
「子供ナ、根が子供ナ~?」
マーヤさん、だからボクのどこに面白カワイイ要素があるんですか!
そしてアルデアの言うことはある意味真実なので甘んじて受け入れますぅ……
「虫人の男とは思えない愛嬌だわァ? ンフフ、私もこっちの方が好きよォ?」
「アヒャヒャ!」
今お肉食べてるんでくすぐらないでくれませんか!
「ああ、そうそう知ってるゥ? 近所にオルクラディの密偵がいたんですってェ」
お肉をモリモリ食べていると、不意にタヴィアさんが言ってきた。
マジで!? 例の仕事でバレた奴らって近所だったのォ!?
これは……特に口止めもされてないけど、聞き役虫になろう。
ボクが自分で動くとすぐにバレるのだ、何故か。
『むっくんはノイジーボディをお持ちですから』
誰が五月蠅い体ですか! いや……ボクか……
「ん、本当? 嫌な連中がいたんだね……」
マーヤが空気を読んでくれたみたい、ありがたキャット!
「本当よォ。【ロストラッド】から来たって言ってたけど、な~んか怪しかったのよねェ……ウチにも何人か通ってたけどォ、目が違ったからねェ、ロストラッドのヒトとは」
「ホホーウ、どう違うのナ?」
なんか特徴とかあるのかな?
見分ける手助けになるカモ!
「ロストラッドのヒトはねェ、私を『女』として見てるのォ。でもあの連中の目はねェ……そう、『メス』を見る目だったわァ。奴隷狩りとおんなじィ、『いい体をした肉穴』を見る目ねェ?」
……ボクには判断できない基準だ。
そして、またアカは耳を塞がれている……助かる!
「あははぁ、きこえなぁい、きこえなぁ~い!」
当の本人はまたキャッキャしている。
後でボクもやったげよっと。
「フムン……そういう目、ナ」
「ああ、言われてみればラーガリに出たアーゼリオンの連中もそうだった気がする。ね、ムーク覚えてるでしょ?」
「アー、アノ金ピカ雑魚……」
もはや懐かしいまである。
あの時はゲニーチロさんがいなかったら逃がしてたかもしんなかったね……
「そうそう、ムークにスカート破かれて下着見られちゃった日」
「語弊ガアル!?」
その言い方だとボクが破いたみたいじゃん! いや、ボクが破いたんだけどそういうアダルティな感じじゃなくって……!!
「なんだ、木か石の化身やもと思っていたが中々恐ろしい男なのナ~? これは酔っている間に襲われるかもしれんのナ~?」
そう言うならなんでゴクゴクお酒飲んでるんですかこの人は。
ニヤニヤしちゃって……いいオモチャ見つけた! 的な!
「大丈夫よォムークさん、女の下着に興味があるなんて普通だからァ。むしろ興味がない方がコワイわァ?」
なんですかそのフォローは……!
「おやびん! あ~ん! あ~ん!」
「メメメモ」
うう、アカが食べさせてくれるお肉美味しい……お返し! お返し!
「ア~ン」
「めめう……おいし!」
はー癒される……なんですかマーヤ、近付いてきて……
「あーん、ムーク、あーん」
あら綺麗な牙……ンモ~、酔ってるなこの子。
よく見たら顔が真っ赤じゃないですか。
「ホイホイ」
「んみゃあ……美味しいね、ムーク。お返し」
「ンゴー!?!?」
やっぱり酔ってる! そんなでっかいサイコロみたいな肉塊を突っ込んでこないでくださ美味しい!!
でも息が! 息が~!
「まァ~お熱い♪ マーヤさんは獣人なのに見る目があるわねェ♪」
「んにゃあ、ムークは面白いから」
マーヤ、酔うとにゃんにゃん言うようになるのね……!
それはそれとして!
『アカ! アカお水くだしゃい! 窒息しちゃう!』
「どーじょ、どーじょ~!」
「ンガッゴッゴッッゴッゴ……」
ふう、死ぬかと思った……なんか味がおかしいな?
あれ、アカが持ってるのって……ましゃか、酒瓶……ンギュウ。
・・☆・・
(三人称)
「まずいわね……『根』が全部やられてる」
路地の暗がりで、女が呟いた。
フードで顔を覆っているが、そこから覗く顔は……アイレン。
影衆によって滅ぼされた、オルクラディ密偵の生き残りである。
あれから、あらかじめ隠しておいた緊急用の物資を回収。
首都に点在しているいくつかの拠点を回った。
だが、隠語で『根』と呼ばれる拠点には全て虫人の手が回っていた。
どうやら、アジトを襲った時に情報を根こそぎ吸い出されたらしい。
魔法や薬物によって、首都におけるオルクラディの勢力は丸裸になりつつある。
「存外に手が早い……やはり、あの時に突入してきたのは『影衆』か……ザヨイ家の」
トルゴーンにおいて、救国の英雄とされている『ザヨイ・ゲニーチロ』
引退したとはいえ、彼の手勢である『影衆』の力は健在だ。
露見した後の動きは、驚くほど早い。
「少なくとも、二の街にはいられない。三の街で応援を待つか……私1人ではどうにもならないわね」
確認するように呟くと、アイレンは再びフードを深くかぶる。
壊滅したアジトには、彼女の情報は残っていない。
死んだタオレンは彼女のことを直属の部下だと思っていたようだが、彼女の上役はまた別。
タオレンの下につき、何かあれば個別で動けるようにしていたのだ。
「はあ……唯一いいことは、私以外全滅だから活動資金は総取りってとこだけね……精々美味しいものでも食べましょうか」
そう言い、彼女は踵を返す。
路地伝いに歩き出して……ふと、足を止める。
「~♪ ~~~♪」
どこからか、耳慣れない旋律が聞こえてきた。
どうやら、どこかで男が酔って歌っているようだ。
「っは、こんな昼前から酔っ払い? いい御身分だこと……まつろわぬ民の分際で」
彼女は根っからの差別主義者だ。
もっとも、オルクラディやアーゼリオンでは珍しくないのだが。
自分の境遇に理不尽な思いを抱いていた彼女は、このお調子者の顔を拝んでやろうと足を踏み出した。
「……あれは、孤児院にいた虫人?」
少し歩いた所に、その男はいた。
飲み屋らしき店の前で、マントを羽織った偉丈夫が酒瓶片手に歌っている。
そう、ムークである。
なかなか好評なようで、周囲には人だかりが多い。
まだ昼前だというのに、同じような酔っ払いが手を打ち、足を踏み鳴らして盛り上がっている。
「っち、気楽な……あの時は虫人にありがちな無愛想だと思ったけど、違うようね」
「~♪ ~~~~♪」
腕を振り上げて、聞き馴れない言語の歌を歌うムーク。
周囲は勇壮な軍歌か何かだと思っているようだが、実は夏の甲子園で毎年歌われているあの名曲である。
「あれだけ底抜けに明るいと、気がそがれるわね……呪いでも飛ばしてやろうかと思ったけど、興ざめよ」
そう吐き捨て、アイレンは路地の暗がりに消えていった。
ムークのマントにつかまり、一緒に歌っている妖精の姿には……最後まで気付かずに。




