第123話 『お仕事』補佐虫。
いつものように、ベンチに座っている。
違う所があるとすれば、木陰じゃなくて孤児院の門に近い場所にいるってことかしら。
マントを前の方まで回して、黒いてるてる坊主状態です。
体全体がポカポカしてあったか~い……思わず寝ちゃいそう……
「(ムーク様、来ました)」
背後からイセコさんの囁きヴォイス!
いかんいかん、今日は『お仕事』なんだ……!
ボクは、少し頷いて――
『みんな、よろしくね』
『あい!』
『任せて! 任せて!』
『うむ、任せるがよいぞ』
マントの中にいる妖精たちに、念話を送るのだった。
妙な夢は見たけど、異世界に在住のボクとしては何をすることもできない。
仮にアレがボクの前世なら、もう過去のことだし。
やっぱりロクな記憶がない分、ボクってば未練もないみたいねえ。
てなわけで、今日も楽しく過ごそうとしていたらイセコさんがやってきて……『お仕事』の話をされたんだ。
そう、妖精たちによる……善悪白黒判定のお仕事!
今回は例の黒い魔物騒ぎの方じゃないみたいだけどね。
「(あの馬車に乗っている、初老の男と若い女です。ムーク様は合図したらもう少し近付き、判定をお願いします)」
「(アイアイサー)」
イセコさん、後ろにいる筈なのに全然気配がないや。
やっぱりすごいなあ……ニンジャ!
「(今回来られるのは、孤児院へ出資したいという商家の方です)」
え? そうなん?
出資したいなんていい人だと思うんだけど……
「(ロストラッド出身の方で、あちらに実在する商家の分家を名乗っていますし、紹介状もあります……ですが、どうにも怪しいのです……邸宅の周囲に精霊避けの魔法具を使っていて、術師では探れない状態になっています)」
ほほう……
影衆の皆さんでもわからんのか……それは妖精の出番ですね!
ボクはただの止まり木みたいなもんだから、気楽なものですよ。
「(この場で妙な動きをするとはさすがに思えませんが、門番を始め姿を隠した影衆が警護しておりますのでご安心を。何かあれば、即座に取り押さえますので)」
「(アリガトウゴザイマス)」
頼もしむしんちゅだ……有能すぎる。
そんな話をしていると、門前に馬車が停車した。
馬二頭で曳く、かなり立派なものだね……
そのドアが開き、中から2人の『人族』が出てきた。
1人はスーツっぽい服装の若い女性。
そしてもう1人は、しっかりした身なりのちょっとお腹の出た男性だった。
あの人たちを調べるのね……見た目は、穏やかで優しそうなおじさんと綺麗なお姉さんにしか見えない。
「お待ちしておりました」「ささ、どうぞ入られい」
「失礼いたします」
「お仕事、ご苦労様でございます」
門番さんたちにもにこやかに挨拶を返し、2人は敷地に入る。
「(今です、お願いします)」
ベンチから立ち上がって、ゆっくり歩く。
ちょうど、あの2人とすれ違う方向へ。
「アア、オハヨウゴザイマス」
あたかも、これから外出するところですよ~って感じで立ち止まって、頭を下げる。
「おはようございます」
「おはようございます、ご苦労様です」
正面から見た2人は、にこやかに笑って返事をしてきた。
むーん……ボクには何もわからんね。
変に動いて違和感を持たれても困るし、むっくんはクールに去るぞい。
「もし」
えっ。
女性の方が話しかけてきた?
「ハイ、ナンデショウ?」
「あなたは、傭兵のお方ですか?」
黒髪の綺麗なその人は、そう言ってきた。
「イイエ、旅人デス。今、コチラデオ世話ニナッテイルンデスヨ」
「左様ですか、いえ……初めて見る方でしたので。お呼び止めして申し訳ございません」
軽く頭を下げてくるお姉さんに、手を上げる。
「イエイエ、ソレデハ」
そう言って……門の方へ歩く。
あんまり長いこと喋るとボロが出そうだしね!
「おお、お出かけですか」
「お気をつけて参られよ」
「ハイ~」
門番さん達にも挨拶して、門の外へ。
馬車を横目に通り過ぎて……しばらく歩く。
そして、壁を曲がり切って死角で足を止めた。
周囲に人影はない。
ここでいいかな?
『――みんな、どうだった? あの2人って』
『や! や~! ふたり、いや~!』
まずはアカ、全力で嫌い~! って感じ。
『モヤモヤ~ってするわ! 嫌な感じよ! 顔はニコニコしてたのに、嫌な感じだわ! 2人ともそうよ!』
ピーちゃんも同じような感じか……
『ヴァルは?』
『たいした役者どもだ。あれではお主でなくとも、正面から見ても気付かんだろうな……だが中身は真っ黒だ、あやつらは先程話していた誰に対しても……敬意も好意もない。お主に言うのは悪いが、まさに虫けら扱いよ』
妖精3人からの評価は、ボロクソでした。
全然わからんかった……ボクからしたら優しそうなお2人にしか見えんかったからねえ。
妖精たちがいてよかったよ。
「イセコサン、イマス?」
「――は、ここに」
真横にじわっと出現するニンジャ!
結構一緒にいたから、ちょ~っとだけ気配が読めるようになってきた。
たぶん後ろにずっといてくれたんだろうね。
「いかがでしたか?」
「真ッ黒デス。妖精3人トモ大嫌イダソウデス」
すぽん、とマントの首元からヴァルが顔を出す。
「『黒く』なっておらぬのが不思議なほどよ。アレはまるで……そう、ヒトの皮を被った野獣だ、周囲の人種を全て『獲物』としか見ておらぬ……久しぶりに気分が悪いものを見た」
「ッ! ……感謝いたします、ヴァル様、妖精様方。それでは――後は我々にお任せを」
そう言って、イセコさんは姿を消した。
今、ちょっと怒ってたね。
「ムーク、これで『仕事』は終わりか? あの人族共をワレで叩いて潰さんでよいのか?」
めっちゃ好戦的!
『ここは影衆さんたちにお任せしようよ。あれだけの馬車を使えるんだから……きっと仲間もいるよ。ボクが突っ込んで暴れて、それで逃げられたらもっといっぱいのヒトが困るかもしれない』
何を企んでいるのか気になるけど、組織的な相手に無策で突っ込むほどボクは無謀じゃない。
向こうから来てくれるんなら喜んでコロコロしちゃうけどね!
「ほう……そこまでわかっているならよい。むふふ、お主も成長したな」
ボクのほっぺをナデナデするヴァルは、なんか嬉しそう!
っていうか今の引っ掛け問題的な感じですのん!?
ま、まあいいや……
『じゃ、今すぐ戻っても怪しまれるから……なんか美味しいものでも食べにいこっか!』
『甘いものが食べたいわ! 食べたいわ~!』
『わはーい!』
「うむうむ……それは素晴らしい! 行くぞムーク!」
はいはーいっと。
二の街でいいお店を探すぞ~! スイーツとか売ってないかな~?
・・☆・・
(三人称)
「ふう……アイレンはどうした?」
首都、二の街。
そこにある、一軒の家。
ロストラッドの商家、『ヤマシタ家』の分家である『ヤマナカ』を『名乗っている』男が配下に声をかけた。
ミカーモ孤児院での会合は終わり、そのままここへ帰ってきたのだ。
「は? タオレン様の指示で出かけると申しておりましたが……」
配下の男の返事に、男……タオレンが眉根を寄せた。
「む、そうであったかな……まあ、よい。酒を持ってきてくれ、今日は疲れた」
「はっ」
配下の男は手早く準備を済ませ、彼の元に琥珀色の液体が注がれた酒杯を置いた。
「どうぞ」
男は酒を一息で飲み干す。
「……はあ、美味い。……おい、魔導防壁は大丈夫か?」
「万全です。精霊もここまでは入り込めませぬ」
その声に、タオレンは肩の力を抜いた。
そして、顔を歪める。
「忌々しい……あの木像の化け物めが。なにが『寄付は受け付けるが子供の引き取りは時期尚早』だ! 卑しい異人種の分際で……大人しくガキ共を寄越せばいいというのに! 馬鹿にしおって……!!」
「かの孤児院は大商家が運営している故、余裕があるのかと……如何いたしますか?」
配下の男の言葉に、タオレンは忌々しげに押し黙り、酒を煽って吐き捨てた。
「今しばらくは動かぬ方がよかろう……ようやっとこの身分を偽装できたのだ。ロストラッドなぞという裏切者の末裔の名を使わねばならんとは屈辱だが、急いてことを仕損じるわけにもいかん!」
「左様でございますな……本国へは?」
「今年中に増員を願い出る予定だ……くれぐれも露見せぬように、偽装伝達術式も使用せねばなるまい……忌々しいことよ」
空になった杯に、また酒が注がれる。
タオレンはそれも、一息で飲み干した。
「まあ、待てばよいだけのことか。チラッと見たが、栄養状態が良いから小綺麗な『メス』も多かったな……アレならば、上の方々にも喜んでいただけよう。お前も、気に入った個体がいれば唾をつけておいてもかまわんぞ」
「……左様ですか、それは喜ばしいことで」
くつくつ、と配下の男が笑う。
先程までの無表情と違い、その目元には昏い悦びが色濃く出ていた。
「儂はあの鳥モドキが気に入ったな。珍しいし、美しい……アレは職員ではないようだが、それならそれで都合がいい……ふふふ。嬲るのが楽しみよ」
男たちが揃って、下衆な笑いを漏らしている。
「――白状してくれて有難い。これで心置きなく皆殺しにできる」
殺意を孕んだ声が響いた瞬間には、もう2人の男は事切れていた。
恐ろしく鋭利な刃物で切り裂かれた喉から、鮮血が噴水のように噴き出している。
その範囲から離れた場所に、黒子が1人出現していた。
両腕の刃から血を滴らせる、ナハコである。
男たちは、自らの死にも気付かない程鋭く、速く切り裂かれたのだ。
「ナハコ、他は終わったわ」
扉が開き、返り血にまみれたイセコが部屋に入ってきた。
「どうだった、イセコ?」
「尋問にかけたけど全員がクロ。自白薬も使ったから確実よ……こいつら、オルクラディの密偵ね」
イセコがそう言った瞬間、タオレンの死体がぶるりと震えた。
同時に、体が膨らみ始める。
「『肉樹の呪い』……! 総員退避! この家を土魔法で覆う! 結界魔法では役に立たん!」
「……第六感ってのも、あながち馬鹿にできないものね」
タオレン達が根城にしていた一軒家が、厚い土壁に覆われている。
それを、女性……アイレンが遠く離れた場所から野次馬に混じって見ていた。
「しかし、どうして露見したのか……特に問題は無かったハズだけど」
少し考えこむアイレン。
「どちらにせよ、顔を変えてしばし潜るか……1人ではどうにもならないし」
そう言い、彼女は路地の暗がりに消えた。




