第118話 弟子入り虫、頑張ります!
むぅうん……なんか音がするゥ……
「ちぇあっ!」「はぁあっ!」
がき、こっ、ごき。
「えぇえあっ!」「っしぃい!」
ぱがん、がここ、ずざざざ。
「おうりゃっ!!」「りぃい――あっ!」
がきゃん、ひゅるる、ごぎん!
「痛ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!?!?」
頭が! 頭が割れぬぐううあああああああ!?
なにが!? なにが起こったのォ!?
涙目の気持ちで目を開けると、目の前には折れた木刀……?
ああなんだ、コレが飛んできたのねえ……
アレ、ボクってばいつの間に道場で寝てるの……? おーいてて。
「ムゥウウク様ァ~!!」
あら、中庭から血相を変えたロロンがダッシュしてくる。
「お加減は!? お怪我はありやせんか!?」
そのまま靴を脱いで――スライディングアルマジロ!?
「ムギーッ!? 大丈夫ゥ!」
ズザーッと滑ってきたロロンに体当たりされ、ボクもちょっと横スライド。
一体何が起こってるんじゃ……あ。
「ムークさん! 申し訳ありません!」
ギリコさんも来た! 持ってる木刀が半分折れてる……ああ! なるほど!
ロロンとお稽古してて、折れた木刀がボクに激突したんね!
フフン……我が素敵な虫脳味噌を持ってすれば簡単な推理よ。
『むっくんの脳味噌が茶碗蒸しでも驚かんし?』
イヤダーッ!!
「いやいや、すまんなムーク殿。ロロン殿とギリコの白熱した稽古に年甲斐もなく夢中になっての……破片を止め損ねたわ」
「イエイエ……コチラコソ昏倒ナンテシテゴ迷惑ヲ……」
道場にて、涼しい風を感じながら座っている。
スヤスヤしたからかなんか体の調子がいい虫です。
「ほっほ……最後に儂が使ったのは、相手の力をそのまま返す小技じゃよ。あれ程高く飛んだのはお主の膂力が優れておったからよ」
「ホヘエ……」
合気道とかそういうのかな?
この世界ではなんて言うんだろう……アイキドは似て非なるスーパー格闘技だから無視します。
「お主はのう……力もある、思い切りもよい、儂の見たことのない技もよく使う。特に背中の刃と不可視の衝撃波には驚いたわい」
嘘だ~、全部ヒョヒョヒョ! って逸らしてたのに。
「恐らく、生まれてこの方魔物と戦い続けながら生き抜いてきたのであろう?」
「ア、ハイ。【帰ラズノ森】ニ捨テラレテマシテ……ハイ、ソンナモンデス」
嘘は言っていない、嘘は。
ただほんの1年前ですらないけど。
そう考えるとボクの虫生は波乱万丈で御座るねえ。
「それは……苦労されたのう。あのような人外魔境でよくもまあ、幼子が生き残ったものじゃ」
幼子(謎芋虫)でした。
我ながらよく生き残ったものだと思います。
トモさんとアカ、そしておひいさまたちのお陰だねえ。
『なんれしゅか、そんにゃに褒めてもポインヨしか出ませんにゅ~』
それでいいよ……無茶苦茶酔ってる!?
どんだけ飲んでるんすか……
「……ならば矢張り、お主はゲニーチロの隠し子ではないなあ」
ソイチロさんはズズ、とお茶を煽った。
おお、この人はわかってくれるか……ゲニーチロさんの兄弟子だからアリバイ? とか知ってるのかな。
「我が子を【帰らずの森】へ捨てるなぞ……悪鬼羅刹にも劣らぬ所業よ。ゲニーチロはむしろ、そのような親を張り飛ばしてその子を我が子として育てるような男故な」
ひぃ! 殺気!!
……だけど、納得。
あの人、アルデアの嫁追い騒動の時も怒ってたカンジだもんね……曲がったことは大嫌いそう。
「話が逸れたの……ムーク殿、お主の戦い方はその出自に深く結びついておる。その身を賭して一戦を超え、生き延びるための戦いよ。持てる手段を全て貪欲に使って『生』をもぎ取る為だけの戦いじゃ」
ほへえ、そうなんですか。
『自分のことでは?』
なんか言語化されるとしっくりくるなーって。
「そもそも、ヒトと戦うための手法ではない。お主は儂と戦っていながらも……何か、別のモノを見ておったな? 恐らくは、儂が名乗ってから、ずっとのう」
「……ソレハ」
確かに『闇渡り』のことは考えてたけど……そんなことまでわかってたのか。
「ふむ……ここには儂と、ギリコしかおらぬ。武人の秘め事を吹聴するほど、儂らは暇ではない故な……よければ、話してみんか?」
ボクが黙る理由に気付いたのか、横に座っているロロンの雰囲気がちょっと張り詰めた。
この人は、話しても大丈夫だろう。
なんとなく、そう確信した。
「……実ハデスネ……」
ゆっくりと、ボクはあの晩のことを話し始めた。
「ほっほ、『闇渡り』とはまた……とんでもないものと同じにされたものよ」
語り終えると、ソイチロさんは膝をぱんと叩いて笑った。
ボクは、カマラさんのことはボカして……昔、『闇渡り』と戦って勝った人を知っている、と話した。
「成程の。初手で機動力を削ぎ、次からも徹底的に『面』を攻めていたのはそういうわけか……しかり、しかり……あやつを封殺するためには、とにかくその体を削ぎ、あやつに何もさせぬようにせねばならん故な」
えっ……この人、戦ったことあるの!?
ていうか……『闇渡り』って、アレだけじゃないの!?
『個体数は少ないですが、種族ですよ。生き物なんですから、単独で存続はできません』
嘘でしょ……あんなのがまだ生きてるなんて……
っていうか酔い覚めるの早いねえ、トモさん。
「じじ様、知ってるの!?」
ああ、ギリコさんが代弁してくれた。
「もう何十年も前のことよ。武者修行の旅の途中、帝国の辺境でのう……あの時は死ぬかと思うたわい」
「勝ッタンデスカ!?」
「儂だけではない。その時は旅仲間に【ロストラッド】の男がおっての……あやつのアイキドが無ければ死んでおったわ。ムーク殿が見たというそのお方は、たったお一人で討ち果たしたと言うたの……凄まじき武人じゃな。まさに英雄よ」
やっぱり、カマラさんって物凄く強い人だったんだな……今思い出しても、優しい顔しか出てこないけど。
里が滅んでから、何十年も……どれだけ苦労したんだろうか、あの人は。
「アイキド! ロストラッド王家秘伝の武術……一度は目にしてえと思っておりやんす!」
カマラさんのことを思い出して沈んでいたらしいロロンが、また元気になった!
ボクも興味はあるけどね、謎の合気道じゃないアイキドに!
「アレは鎮魂の巫女にも通じる闘法よ。大地と空間に満ちる気を体内にて循環させ、一点に凝縮して放つ。その男が言うておったが、かのヤマダ王ほどになれば……深淵竜のブレスを受け止めつつ吸収し、己が物として相手にそのまま叩き返せるそうな。なんとも、凄まじき技よ」
やっぱり合気道とは似て非なるものですな……魔王を倒せるわけですよ、ヤマダさん。
「なんとはあ……!」
「そこまで至れるものは少なかろうが、アイキドの神髄はなんといっても消耗の無さよ。満身創痍でも魔力さえ周囲にあれば、体内に取り込んで我が物とするのじゃからな……やっておることは最早精霊か妖精の類いよ」
ヤマダさんが人間かどうか不安になってきた虫です。
ボクも魔石ボリボリで回復はできるけども。
あ、ボク人間じゃないから違った。
早く人間になりた~……くはない! マジで! 今の格好いいボクが最高なので!!
「さて、また話が逸れたの。歳を取るとこうなってまいるわい……」
別に急いでないから問題ないけどね。
ボクのボディは半分鎧みたいなものなんで、正座しても足が痺れないから。
……あ! ロロンは痺れるカモ! ……確認したら大丈夫そうだった、安心。
「さてさて……ムーク殿の戦い方はそれでよい、それでなければならぬ。ここで下手に教えれば、かえって動きが悪くなるだろうし……そもそも、お主は『本番派』じゃな」
聞きなれない言葉が出てきたね?
「ソレハ?」
「うむ、出自が大いに関係しているのであろうが……お主はの、命がかかった戦いでないと本領を発揮せん。先程の立ち合いでも……自分で言うのもなんだが、格上である儂にすら、お主はどこか気を遣っておったわ」
そ、そうかな?
「善人じゃよ、お主は。平和な家に産まれ、捨てられることなぞなければ……よい牧童か木こりになっておったやもしれん。返す返すも、親が悪い……儂が目の前におったら切り捨てるやもしれん、な」
ソイチロさんも、いい人だなあ。
ここのお弟子さんたちは幸せものだねえ。
「ハハハ、イインデスヨボクハ。元ガドウデモ、今ハ幸セデスカラ……ネ~ロロン、ジャナイト森デキミミタイナ素敵ナ子分ニ出会エナカッタモンネ~?」
「はわぁ!? じゃ、じゃじゃじゃァ……!」
何故振動するのか、これがわからない。
「ほっほっほ……左様か。ふむ……なるほど、妖精に懐かれるわけじゃのう」
ソイチロさんはにこやかな雰囲気で笑っている。
そうそう、人生万事塞翁が……馬!
今がいいなら過去なんていいのです、前世含め!
「だが、当道場を頼ってもろうたのにこれだけで終わるのは忍びない……お主の良さを残しつつ、儂が教えられることがいくつかある故な。それを伝授させてもらおう」
「オオ、ソレハ……アリガトウゴザイマス!」
なんだろう! 奥義とかかな!
手からビームとか撃ちたい!
『胸ビームで我慢しなさい』
だってアレ撃つのにめっちゃ時間かかるし……
「ムーク殿はミカーモ孤児院に逗留されておるな? 儂も定期的に出稽古に赴く故、その時に教えよう」
「ハイ! ヨロシクオネガイシマス! 先生!」
神聖虫土下座を放つ!
いやー、これでボクももっともっと強くなれるぞ~!
「ほっほっほ……うむ、よいよい。真っ直ぐな若者じゃ、良き哉、良き哉」
ソイチロさんは本当に嬉しそうだ。
「ロロン殿にも少しばかり稽古をつけて差し上げようかの。【跳ね橋】お家流をよく学んでおられるが、当流にもいささか槍の技はある。勿論、良ければじゃがな」
「じゃじゃじゃ! 願ってもねえことでござりやんす! おありがとうござりやんす~!」
ロロンも嬉しそうにアルマジロ土下座を披露している。
親分子分ともどもお世話になります!
「イイ日ダッタネエ」
「んだなっす! んだなっす~! ソイチロ様と言えば、トルゴーンでも名を知られた剣客! 教えば受けられるだけで幸せものだなっす!」
ボクらは、抱えきれないくらいのお菓子をお土産にもらって帰ることになった。
妖精と、子供たちへってね!
在庫は唸るくらいあるけど、こういうお土産なら大歓迎ですよ~!
・・☆・・
「じじ様、ムークさんのことをいたくお気に入りでしたね……あの、それほどまでにあのお方はお強いのですか?」
「うむ、強い。アレは、息子でも勝てぬであろうな」
「父様も!? でも、稽古の時は……」
「儂が言ったであろう? ムーク殿は『生き死にがかかった勝負』ならば強い。稽古ならばお主でも勝てるやもしれんが……『殺し合い』では無理よ」
「……それほど、でしょうか?」
「出自が所以であろうな……よく似た男を知っておるよ、儂は」
「それは、どのような方です?」
「――そ奴は、首と胴体だけになっても深淵竜を屠った。修羅よ……あの底抜けに優しい若者の中には、確かに修羅がおる」




