第117話 道場しごかれ虫。
「おうおう、聞いていた通りの若武者振りよな。ささ、入られい」
「オ邪魔シマス……」
声に従って、ボクは門をくぐる。
「ほぉおお……」
隣にいるロロンが目をキラキラさせている気配が! する!
門の先は、玉砂利が敷き詰められた庭。
そして、その先には平屋建ての広い建物があった。
玄関らしき所の上には、共通語でこう書かれた看板が掲げられている。
『轟角流』と。
ここは、一の街にある道場。
なんでここにボクがいるかと言われれば……昨日、ジューゾさんにボッコボコにされた後に紹介してもらったんだよね。
『せっかくこの街に逗留するのなら、訪ねてみてはいかがか』ってね。
確かに、ボクの対人戦闘スキルはクソ雑魚である。
魔物との戦闘経験は豊富なんだけど……この先も魔物とだけ戦っていればいい……というわけではなさそう……な気がする、遺憾ながら!
だってこの世界、定期的にクソヒューマン湧くし!!
というわけで、孤児院から歩いて1時間くらいのこの道場にやってきたのだ。
同行者はロロンだけ。
妖精たちは孤児院で遊んでいて、アルデアとマーヤは二の街を散策に行った。
アルデアは『いい店を見つけてムークにたかるのナ~』なんて言ってたけど、経済を回せるので大いにたかっていただきたい!
それにディナ・ロータスのお金はアルデアの分もあるんだからね!
「こっちじゃよ」
そしてボクたちを先導してくれているのは、杖をついたお爺さんっぽいむしんちゅさん。
剣道の道着みたいなものを着た、カブトムシ系のヒトだ。
他に人がいないけど、今日は休みなんかな?
招かれて玄関を入ると、その先は……広い広い板張りの広間だった。
汗と、ちょっと血の匂いがする……ここが稽古場なんだね。
見た感じは日本風だけど、道場ってどこでもこんな感じなんかな……おっと、足を拭いておこう。
ロロンは靴を脱いでるし、たぶん板の上は裸足なんだろうね。
ボクはいつでもどこでも裸足ですが。
「まあ、お座りなさい」
ボクたちは、お爺さんの前に腰を下ろした。
なんか自然と正座になっちゃうな。
「お茶を頼むよ」
「はい! ただいま!」
うおビックリした!?
奥の方に人いたんだ! ここからじゃ見えないや。
「さて……儂がここの道場主じゃ。ソイチロという」
お爺さん……ソイチロさんがそう言って頭を下げた。
「ムークデス、今日ハアリガトウゴザイマス!」
「【跳ね橋】のロロンと申しまっす!」
ボクに続き、ロロンが元気よく頭を下げた。
「おうおう、元気がいいのう。ミカーモとザヨイ、それにユーリから話は聞いておるよ。儂の方こそ、噂の英雄殿と顔を合わせることができてうれしく思うわい」
色んなのお家からお話が行ってる……! てっきりジューゾさんだけかと思ってた!
それに噂の英雄ですか……英雄ですかぁ……
『よっ! 英雄虫! 私も誇らしいですよ! ひっく』
……トモさんなんか酔ってない? まだ朝なんですが?
『しゃーないし、タイの昆布締めが美味すぎるのが悪いし~!』
シャフさんも! まったく……
「実は、それより前にゲニーチロから話を聞いておってな。先が楽しみな若者たちがおるとの」
「ア、ソレハソレハ……ゲニーチロサンハ同門デラッシャイマスモンネ」
いくらボクだってそれくらいは覚えております、はい。
「奴は儂の弟弟子でな。お互いに隠居の爺としてたまに茶飲み話なぞしておるのよ」
ってことはこの人はゲニーチロさんよりも年上なんですね……全然わからん。
杖持ってるからご老人だとは思うけど、背筋ピーン! しとるしね……杖?
杖って、まさか……
ロロンも同じことを考えたようで、目線を杖に送っている。
「おう、お主らも知っておるか……そうよ、儂も『杖持ち』よ。根が小僧のままなのでな……死ぬ間際まで棒振りがしたいものでの」
そう言ったソイチロさんは、謎の迫力があった。
汗腺がないのに、冷や汗が出そう……!
「デンダの顛末は知っておろう? あそこには同門や知り合いが何人もおってな……逝きそびれたわい。ここには、まだ手のかかる弟子が幾人か残っておってなあ」
……何も言えない。
たぶんデンダで亡くなった人たちも、同じような感じだったんだろう。
「……見上げたお覚悟、このロロン、感服いたしやんす……!」
ロロンは真剣な目で深く頭を下げた。
「ほっほ、【跳ね橋】の娘さんにそう言われるとはの。ふむ……なるほど、ゲニーチロのいう通りじゃな。ロロンさんはアゼロの嬢ちゃんによく似ておるのう……他流試合を申し込みに来た遠き日を思い出すわい」
「ば、ばっさまがでやんすか!?」
「そうよ、腕っこきの弟子共が揃って相手にならんかったわ。ほっほ、女傑というのはああいったものじゃろうなあ」
「じゃじゃじゃ!?」
ロロンのお婆ちゃんもさぞ強い人なんでしょうねえ……【跳ね橋】って強い人ゴロゴロしてそうだねえ……
この子が強い理由はそこかなあ?
「遅くなりました、御客人……どうぞ」
そんな話をしていると、黒い道着を着た虫人の女性がお盆の上にお茶を乗せてやってきた。
キリッとしちょる……このお姉さんも絶対強そう。
アルデアと同じくらいの年齢なんかな?
装甲多めなのがカブトムシ系むしんちゅ女性の特徴なんだろうか。
「これは孫のギリコじゃ。剣術好きのお転婆でなあ……これでは婿も来んわい」
「じ、じじ様!」
ギリコさんが顔を赤くして抗議している。
「まあ、ゆるりとおあがりなされ。落ち着いたら稽古に移る故な」
どんなお稽古なんだろう……とりあえずお茶をいただきましょ……ズズズ……
玄米茶みたいな味がする! 美味しい!!
・・☆・・
「さあ、存分に参られい。遠慮はいらんでな」
知 っ て た 。
道場の中庭で、ソイチロさんは木刀を持ってボクに向かって立っている。
「エ、エエト……」
対するボクは、ヴァーティガ装備。
だってそうしろって言うから……
「そなたが持てる手段を、余すことなく使いなされ。心配せずともこの庭の周辺は金剛結界陣が三重に張られておる……竜種の息吹でも壊せはせん」
こんなお爺ちゃんに……なんて、思わない。
ただ立っているだけのソイチロさんが……とんでもなく、怖いんだ。
あのジェストマで見た『闇渡り』にも勝るとも劣らない、そんな気配がする。
「轟角流、ホンジョ・ソイチロ――参る」
ぎしり、と空間が軋む音がした気がする。
その瞬間、ボクは左腕のパイルをほぼ無意識に放っていた。
それも、全弾。
「ほう」
ちゃり、と音がした。
そうすると、ソイチロさんの背後で轟音。
ボクのパイルが、結界壁に衝突した音だ。
ソイチロさんは……一歩も動いていない。
まさか、あの木刀で――逸らしッ!?
「――目はいいの」
コマ落としみたいに、ソイチロさんが至近距離に現れて――ボクのお腹を木刀の柄でトン。
「ッガァ!?」
次の瞬間、背中に激痛。
今の一撃で、結界壁まで吹き飛ばされた!?
「ム、ヌゥウ!!」
衝撃波、拡散速射!
面だ! 面で捕えるんだ!
「――ほほ、面白い。不可視の衝撃とは」
真横に、瞬間移動!?
おかしい、早く動いているハズなのにゆっくりに見える!?
地面を蹴って空中へ。
そこで衝撃波を前と後ろに!
ソイチロさんに攻撃しつつ、横スライドで距離を取る!
「良いの、良い」
木刀を回して――衝撃波を逸らしたァ!?
なんっ……ボクにも見えないのに!?
「ヌンッ!」
空中で足を向け、両足パイルを交互に発射!
当然のように逸らされたけど、距離は取れた!
着地して衝撃波を三連射しつつ――突撃!
魔力を流したヴァーティガを、踏み込みつつ横薙ぎに!!
「良し、良し」
ふわり、と受け止められている、ヴァーティガが。
細い木刀で、真正面から。
何の衝撃もなかった……! 音も!
「ヌウ――ッ!!」
隠形刃腕、起動ォ! 上下から――挟み込むッ!!
この状態だと身動き取れないだろ――
「おお、これは面白い」
嘘でしょ。
上からの一撃は片手の指で!
下からの一撃は足の指で止められてる!!
「ほい」「ガギャーッ!?」
頭突き! 頭突きだ!
こつんってカンジなのに、なんでボクは吹き飛ばされるんですか!?
んぎぎぎ、ブレーキ! ブレーキ!!
「ほれ、当たるぞ」
ウワー! 木刀が来る!
「ヌグゥウ!!」
ヴァーティガフルスイング!!
思いっきり振った一撃は、木刀に激突して――
――ボクは、何故か上空からソイチロさんを見下ろしていた。
「よう飛ぶのう、大した力じゃ。はっはっは」
ヴァーティガの一撃を逸らされて――なんか、投げられたっぽい!
タツジン! タツジンだ!!
「アフン」
感心している間に地面に激突!
この世界! 強い人ばっか! ばっか!
そんな思いを抱えながら――ボクはブラックアウトした。




