特別編 のじゃロリ、西へ。(三人称)
「ふんふん♪ ふんふんふん♪」
ぽてぽて、と足音が響く。
ラーガリ南端の街道をゆく、3人の人影があった。
丁度、帝国からラーガリに入ったばかりの場所である。
先頭で鼻歌を歌いながら歩く1人は、その中でも一際身長が低かった。
深緑色のローブを頭から被った、子供と同じような背格好。
片手に玩具にも見える短杖を握り、その他は手ぶら。
踊るような脚運びで歩いている。
背後に続く2人は、ほとんど足音がしない。
最も背の高い人影は、その身長を超える長さの杖を持ち……もう1人は、見たところ手ぶらである。
だが、先の1人と同じく羽織った深緑色のローブが翻った時に……両腰に吊られた一対のロングソードが見えた。
なんとも、不思議な3人であった。
「そのようにはしゃぐと転びますぞ」
最も背の高い人影が呟く。
男とも女ともとれる、中性的な声であった。
「馬鹿にしておるのかや? わらわをそこらの子供と一緒にするでなぁッ!?!?」
振り向き、抗議しようとしたタイミングで足を滑らせてこける人影。
勢いよく後頭部から倒れ込んだが……何故か、地面に接触するほんの少し前に空中で静止した。
「……ふん! 倒れておらんので良しじゃ!」
「はぁ……」
変則的なブリッジのような姿勢で叫ぶ人影に、頭を抱える人影。
「――後ろから竜車が参ります、数は一、並足を超える速度――何かに追われているようです」
それの騒動に関せず見ていた1人が、背後を振り向きつつ――マントの内側からロングソードを抜き放った。
その言葉通り、背後の街道から土煙が上がっている。
その土煙はあっという間に大きくなり……疾走する走竜のシルエットが浮かび上がってきた。
御者席に座っているのは、毛玉のような姿の……おそらく獣人の男だ。
瞬く間に距離は近付き――御者席の男は、街道にいる3人を見て大きく声を張り上げた。
「――魔物に追われてるんだ! アンタら、すれ違いざまに荷台に飛び乗りな! 巻き込まれちまうぞォ!!」
「ほう……『どけ』ではなく飛び乗れ、か。ふふ、随分と良い獣人じゃな」
「聞いていた通り、ラーガリの南は安定しているようですな」
「魔物が多い分、助け合う風潮があるのでしょう」
逼迫した叫びを聞いてなお、3人は動じた様子はない。
竜車全体がハッキリ見えてくるにつれ、その背後に迫る魔物の集団がハッキリ見えてきた。
――それは、一列になって走る『黒い』地竜の群れだった。
「『淀み』の魔物か。ラーガリでも広がっておるようじゃな」
小柄な人影が、一歩前に出る。
それと同時に、手に持った短い杖を地竜の群れに真っ直ぐ向けた。
「おい! 何してんだアンタ! 早く逃げ――」
「――『吾が手に光あれ』」
獣人の男がさらに叫ぼうとした瞬間、竜車の横を蒼く輝く光線が貫いた。
呆れるほどの魔力が込められたその奔流は、竜車へ追いすがろうとしていた集団を飲み込む。
「……ふむ、成程たしかに記録の通りじゃ。通常の地竜よりもほんの少し硬いのう」
光の奔流が消え去った街道には、何も残っていなかった。
ただ、少しだけ焼け残った肉片が散らばっているばかりであった。
・・☆・・
「いやー助かったよ! 死ぬかと思ったぜ! がっはっは!」
街道脇の休憩所。
そこに停車した竜車の横で、先程の獣人が笑っている。
危機を脱して安心したのか、走竜はゆっくりと草を食んでいた。
笑う彼の前には、先程の3人がいる。
礼がしたいからと、荷台に乗せてここまで運んだのだ。
「俺っちはドラウド! ロドリンド商会のモンだよ。アンタらは……」
彼は、【帰らずの森】から脱出したムークたちとしばし旅を共にした男だった。
ラバンシでの休暇を終え、再び帝国へ行商に出た帰りである。
そこで、黒い地竜の群れに襲われた。
本部からの伝達事項で薄く魔力を放出するランプを使っていたので、襲われる前に群れを確認することができたのだ。
「うむ、危ない所であったのう!」
小柄な人影が、フードを取る。
後ろの2人もほぼ同時に同じ動作をした。
全員が同じ特徴……長い耳を持っていた。
「こりゃあたまげた……エルフさんかい、あんたら!」
波打つ金色の髪に、蒼い瞳。
そう……エルフ本国では『瑠璃姫』の名で知られるエルフ、リオノール王女である。
「わらわはリオラじゃ! こやつらは供のラザトゥルとレクテス」
偽名である。
王族は、対外的に本名を名乗ることはない。
『真の名』を知られることは、魔術的にも意味を持つ。
彼我の魔力差によっては、体を意のままに操られたり、呪いをかけられたりするのだ。
彼女は、ムークに名を教えている。
すなわちこれは『この相手になら命を握られてもいい』という意味を持つのだ。
もっとも、ムークとリオノールの魔力差は隔絶している。
彼女がムークにどうこうされることはない。
ただ、純粋な信頼の現れなのだ。
「コイツはご丁寧に……ここいらじゃエルフさんを見る機会なんざなくってよ。アンタら、【ジェマ】の研究者さんかい?」
「うむ! その通りじゃ。最近おかしな魔物が増えておるのでな……それ故、四方の国々に散って調べておるのよ!」
嘘である。
現在【ジェマ】が黒化した魔物の件で研究員を派遣していることは真実だが。
だが、【帰らずの森】の中心からやってきた……と説明するよりも楽だからだ。
「そいつはなんとも、熱心なことで……あの、助けてもらった上に厚かましいお願いなんだが……アンタら、向かう方向が一緒なら荷台に乗ってくれねえか? 飯なら多めに積んであるからよ、護衛の真似事でもしてくれりゃあ、ありがてえんだが……」
「ふむ……」
リオノールは少し考え込む素振りをして、レクテスに視線を飛ばす。
すると、彼女は素早く、ほんの少しだけ頷いた。
「それではお言葉に甘えようかのう! 旅は道連れ、世は情けとも言うしのう!」
「おお! そいつはありがてえ! 今荷台を整理すっからな、ちょいと待っててくれや!」
喜色満面で、荷台へ走り出すドラウド。
彼とて腕っぷしにある程度の自身はあるが、それでも全く未知の魔物は恐ろしかったのだ。
『彼は善良で安全です。精霊も太鼓判を押しました』
レクテスから、ラザトゥルとリオノールへの念話。
彼女は、この休憩所に到着するまでに精霊魔法を行使していた。
ヒトの善悪を判定する、最も確実で安全な方法である。
『まあ、見た目からそうであるがな。獣人とは良くも悪くもわかりやすいのう』
『本国にはおらぬ手合いですな。カラッとしていて隠し事をしない……ロドリンド商会は雇い入れる時に人品を判定すると言いますから』
そうしていると、草を食んでいた走竜がのそりと動いた。
「ギャウ、ギュルルル……」
リオノールに顔を寄せ、スンスンと匂いを嗅ぐ走竜。
「ぬお、なんじゃお主……わらわ、変な臭いでもしておるのくぅあ~!?」
次の瞬間には、太く長い舌で彼女の顔をベロベロと舐め上げる。
「ぬひあ、あお、青臭い! やめい! やめいと言うにぶわははははは!?」
唾液まみれになるリオロールを助けようと、レクテスが動く。
「何か走竜が気になるようなにおいでもさせているのではひゃわわ!? 私も!?」
そっとリオノールを引き剥がしたレクテスも、匂いを嗅がれてベロベロと同じように舐められた。
「おわー!? ちょっ! 何してんだお前! す、すまねえ……どうどう、どうどう!」
「ギャッギャ! ギャウ! ギュルルル……ギュ!」
荷台から戻ってきたドラウドが、慌てて走竜を引き剥がす。
走竜は、抗議するように鳴いた。
「ほ、本当にすまねえ……あの、決して襲おうとかそういうつもりじゃないんだ! コイツはいつもは大人しくて優しい性格なんだが……」
「いえいえ、国元にも走竜はおりますのでよくわかっています。何か気になったのでしょう」
ラザトゥルはそう言いつつ、マジックバッグから綺麗なタオルを取り出して2人に渡す。
「すまねえ……しっかし、お前……そんなに気に入ったのか? 前は虫人と妖精、アルマードで、今度はエルフさん……お前さんの趣味がわからんぜ、オイ」
「ギャウゥ、ギャッギャ!」
また抗議するように鳴く走竜。
それを見て、ラザトゥルは何かに気付いたように目を見開いた。
「ドラウドさん。今言った虫人とは……ひょっとして、ムークという名ではありませんか?」
「おお!? なんだいアンタたち、ムークさんのこと知ってんのか!?」
その声に、顔を拭き終えたリオノールが顔を上げた。
「妖精連れの虫人なぞ、そうそうおるものではない故な……なるほどのう、お主、わらわからムークやアカとの繋がりを感じ取ったのか? ふむん……ヒトよりも勘が鋭いとされている走竜ならば、あるいはそういうことか」
「ギャウ! ギャッギャ!」
そうだ、とでも言うように鳴く走竜。
「どうやら本当に知り合いみてえだな……あれ? ムークさんは帝国から来たって言ってたが……」
「ああ、我々もここに来る前に帝国で出会ったのですよ。トルゴーンに向かうと言っていましたから……なるほど、これは奇縁ですな」
しれっと嘘をつくラザトゥル。
どこかのムークと違って、嘘を言っている様子は全くない。
これはまさに年の功である。
「ムークか……ふん! わらわとあやつには妙な縁があるのう! 懐かれたもんじゃわい!」
髪を整えて、フンスと鼻息を吐くリオノール。
だが、その口元は笑みを堪えるように歪んでいる。
それを、レクテスとラザトゥルは微笑ましく見ていた。
・・☆・・
「ほお! ダンジョンとな!」
「そうそう、ガラッドとラバンシの間にあるとこでなぁ。俺っちは外で待ってるだけだったけどよ、【赤錆】の腕っこきと組んで中で大暴れさ! エンシェント・コボルトを向こうに回して大立ち回りしてたんだとさ!」
「ムークの奴め、面白そうな経験をしておるのう!」
走る竜車の御者席。
ドラウドの横に腰かけたリオノールが、目を輝かせて聞き入っている。
レクテスとラザトゥルは、荷台に腰を下ろして微笑んでいる。
『手に乗る程の大きさだったムークがなあ……レクテスは大きくなった姿を直接見てるのだろうが、私の中ではあの小さい虫人のままだから面白い』
『今ではもっと立派になっておるのだろうさ。私が最後に見た時と、例の手紙の時ではまた違う。なんとも規格外な【思考種】……いや、今では虫人と変わりがないだろうな』
口には出さず、念話で会話しながら。
西方12国において、ヒトに危害を加えないのであれば【思考種】は迫害される対象ではない。
だが、恐れを抱くものもいるのだ。
よって、彼らはムークの出自を知っていながらも口に出すことはない。
いらぬ誤解を避けるためだ。
「俺っちはラバンシの先で別れたけど、今は何処まで行ったのかねえ……ムークさんたちは体が丈夫で歩くのも速かったからなァ。もうトルゴーンの首都まで行ってるかもしれねえな!」
「わらわの目的地もそこじゃ! 流石に向こうでは会えるじゃろうなあ」
リオノールも、ラザトゥルと同じように小さい姿のムークしか直接見ていない。
「そうかい! それならよろしく言っておいてくれよ、また宿に来てくれってなあ! 末の娘もよく懐いてよ……腕っぷしのわりに、なんとも腰の低い人だったよ! がっはっは!」
「ふわははは! それはよい! それでこそムークよ! ははははは!」
2人の笑い声を乗せて、竜車は街道を軽快に走ってゆく。




