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第102話 首都への出発、それと悲しいお話。

「道中、お気をつけて。この度は本宿にご逗留いただき、光栄で御座いました」


「「「お気をつけて」」」


 『サァコ亭』の女将さんと、従業員のむしんちゅさんたち。

彼らは、揃って綺麗な所作で頭を下げた。

綺麗なオジギだ……!


「オ世話ニナリマシタ。キットマタ来マス」


 頭を下げるボクの肩から、妖精たちが飛び立った。


「またね! またね~!」


『とおってもいいお宿だったわ! 妖精仲間にも宣伝しておくわ! きっとしておくわ~!』


 女将さんは、周囲をギュンギュン旋回する妖精たちを見ても慌てず……ニッコリと微笑んだ。

落ち着いてる……



 オーガスさんたちと美味しい料理に舌鼓を打ってから、3日後。

ボクらは女将さんたちに見送られて、宿を立った。

とってもいい宿だったので油断すると長逗留しそうになったけど……体も本調子に戻ったし、急かされてはいないとはいえ……そろそろ首都に出発しないとね!


 ということで、皆で話し合って出発することにしたってわーけ。

女将さんたちに見送られたボクらは、街の人たちにむっちゃくちゃ声を掛けられながら門へ。

そして安定の『フー!! ラー!!』にボクだけキョドりつつ、町を出たのだ。



「あれは……」


 街を出てからしばし後、イセコさんが空を見上げた。

そこには……鳥! ムシクイドリよりも大きくて、ちょっと鷲に似ている鳥さんがいた。

あれも魔物なんかな? 格好いいけど。


「本隊からの伝令ですね。定時ではないので……火急の用があるようです」


 そう言って、イセコさんは指笛を吹く。

へー、伝書鳩みたいなもんか。

そういえばラーガリでもそんなことしてたね、ゲニーチロさんたち。


「キュル、ルル」


 飛んできた鳥、格好いい顔なのに声は可愛いなあ。

肩のアカも興味津々だ。


「キリコのハヤテね。ご苦労様」


 腕に鳥……ハヤテくんを止まらせたイセコさんは、その足に付いている筒から手紙を取り出した。


「キュルル」


「こにちわ、こにちわ~」


『あなた格好いいわね! 羽根も素敵だわ~!』


 アカたちがハヤテくんの周囲を飛び回っている間に、イセコさんの顔色が悪くなっていく。

ど、どしたんだろ……何か悪いことが書いてあったんかな?


「これは……少々お待ちください、返事を書きます」


 こわばった顔のまま、イセコさんは取り出した紙にさらさらと何かを書いている。

それをハヤテくんの筒に入れて、彼を撫でつつ干し肉をあげている。


「急ぎでお願いね、ハヤテ」


「キュア!」


 干し肉を食べ切ったハヤテくんはキリリとした顔で鳴き、飛び立つ。

アルデアに勝るとも劣らない速度であっという間に飛び去った。


「……イセコさん、顔色が悪いのす。どげな返事が?」


 ロロンが心配そうに寄って行った。


「ええ、次の休憩所で話しましょう」


 歩きながらするような話じゃないようだね……了解。



・・☆・・



「――南端の領域にある『デンダ』という街が壊滅しました。黒い魔物のスタンピードによって」


「エエッ!?」


 昼過ぎくらいに休憩所に着いて、ベンチで休憩していると……イセコさんの爆弾発言が飛び出した。

か、壊滅……?

さっきの手紙に書いてあったのは、それか!


「攻め寄せたのはいずれも黒い地竜、深淵狼……そして、水晶竜です」


 思わず息を吞む。

地竜はともかく、深淵狼に水晶竜……ブラック化してるしさぞや強かったんだろうね……


「えらいことなのナ。それで……被害は?」


 アルデアも、いつになく厳しい顔をして聞いている。


「かの街には結界術の修練をしている孤児のための寺院があります。彼女らとともに、僧侶や僧兵、衛兵は街道を撤退……『杖持ち』の方々だけが残られました」


「ツエモチ?」


 なんだろ、特別なお強い役職なんだろうか。


「聞いたことある。たしか……戦で功績を上げたお年寄りたちだよね? でも、引退後の名誉職じゃないの?」


 マーヤが首をかしげている。

……え、日本で言うとおじいちゃんの警備員さんみたいなもの?

そ、そんな人たちがなんで?


「それは表向きの説明ですね……『杖持ち』とは、激戦が予想される街々に配備される……最後の砦、悪く言えば『捨て駒』です」


「じゃじゃじゃ!? 戦ば潜り抜けたご老人方に、なんど惨いこどを!?」


 ボクの横に座っていたロロンが立ちあがって叫んだ。

そ、そうだよね……


 でもイセコさんは、悲しい顔でゆっくり首を振った。


「――違うのです、ロロンさん。『杖持ち』の方々は志願によってのみ選ばれます。あの方々は、それを承知で……最後の最後まで戦いに身を置くために、自ら望んで、そうなさるのです」


 しいん、と静寂。

あまりに壮絶な言葉に、ボクは何も言えなくなった。


「な、なんとそれは……見上げた志でやんす……」


 ロロンは腰を下ろし、小さく呟いた。


「そうです、彼らはトルゴーンにおいて、もっとも気高き方々なのです。それで……デンダに残った『杖持ち』は総勢で52名でした」


 おじいちゃんたちだけで、スタンピードに挑んだのか。

ラーガリの村を思い出すな……


「彼らは死力を尽くしてスタンピードと戦い、水晶竜を討ち果たし……最後に、街に設置された広域殲滅用の特殊魔法陣を起動させ――街と、その周辺ごと群れを道連れに吹き飛んだのです……屠った魔物の数は、800を優に超えます」


 そんなに……たった、52人だけで。


 ……ねえ、トモさん。

ここ2日くらい、ヴェルママの姿が見えないのって……


『ええ、神殿に籠って嘆いていらっしゃいます。こればかりは食事でどうこうできるものでもないので……しばらくは、お会いするのを控えていようかと』


 そうだよね……むしんちゅのお爺さんたちがそんなに亡くなっちゃったもんね……

街ごと吹き飛ぶなんて……なんて、壮絶な覚悟なんだ。


「街の爆破により、備蓄されていた魔物への忌避薬剤も周辺に飛散しました、これで、たとえ生き残りがいても3、4日は押しとどめられます」


 そんなことまで……森に近い所だけあって、備えは万全だったんだ……

でも、でも……なんて悲しいことに……


「……ソノ、子供タチハ?」


「その後、街道上にて第三巡回騎士団と合流。そのまま首都へ向かっています」


 よかった……そこだけは、よかった。


「これにより、デンダは放棄。近辺にある最も大きな城塞都市【ミレシュ】へ兵の派遣が始まっています」


 ミレシュ! それって確かゲニーチロさんが守った都市だったよね。


「ねえ、イセコさん。そもそもなんだけど……なんで、そんな端っこに孤児院があるの?」


 マーヤが聞いた。

……あ、それはそう思う。

危険度マックスの立地じゃんね?


「その孤児たちは、結界術の高い素養がある者が選ばれています。他の魔法は別ですが、ゆくゆくは邪龍の封印に携わる程の腕前になるためには……魔物の領域に近い、魔力の濃い環境下で修業をする必要があるのです」


「そうなんだ、初めて知った」


 ふむん……ボクも知らんかった。


「孤児だけではなく、姫様も幼少の頃は北部の辺境で修業を行っておりました。大気に満ちる魔力を感じ、それに自らを同化させる……姫様がラーガリで行った結界術式は、そういった経験無しには会得し得ないのです」


 そうなんだ……厳しい修行だね。


「未来ある子供を守り、その人生の最後まで戦う……なんとも、誉のある戦士たちなのナ。メイヴェル様も、その雄姿を誇りに思うだろうナ……」


 アルデアは、そう言っているけど……その目は悲しそうだった。

誇りに……思ってるだろうけど、それよりも悲しみが強そうだよね、ママ。

とっても優しいから、あの人。


『悲しいわ……昔の戦争を思い出すわ……とっても悲しいわ……』


 肩に乗っているピーちゃんがチュンと鳴いた。

その横にいるアカは、心配そうに頭を撫でている。


「戦士たるもの、戦に倒れるは世の必定。だが……それでも悲しみは尽きぬものだ。ワレはせめて、雄々しく散った彼らの安寧を祈ろう……」


 反対側の肩にいるヴァルは、そう言って手を組んで瞑目した。


「デンダの顛末につきましては、この黒化騒動が終わるまで箝口令が敷かれます。首都で子供たちに出会うことがあっても、話さないでいただきたいのです」


「子供ニソンナコト言エマセンヨ……」


 実情は知らないけど、尊敬されるお爺ちゃんたちだったんでしょ?

絶対に子供たちも懐いてるじゃんそんなの……かわいそうすぎる。

むしろ、ボクの反応からバレないように気を付けないと。


「南部へは潤沢な援軍が派遣されます。我々が首都へ向かう予定に変更はありません」


「うむ、それに距離があり過ぎるのナ。ここで心配しても仕方がないのナ」


 まあ、そうだよね。

それしかないよねえ……何もできないもん。

もう兵隊さんたちもたくさん派遣されてるだろうし……


「……ん、雨が降りそう。今日はここに泊まった方がいいかも」


 マーヤが鼻をヒクヒクさせている。

ちょっと曇ってるだけに見えるけど……獣人さんが言うならそうなのかな?


「それがいいかと。首都まではさほど距離はありませんが、この先で山を越える必要があります。雨に降られると難儀しそうです」


 雨中の山登りはしんどそうだ……了解です。


「……しぇば、昼餉の用意ばするのす」


 そう言って席を立ったロロンには、いつもの元気はなかった。



・・☆・・



「眠レニャイ」


 寝袋に包まって目を開ける。

休憩所の天井がボヤっと見えた。


 天幕の中からは、皆の寝息が聞こえてくる。

ざあざあ、と音がする。

結構な雨だ。


 お昼ご飯を食べてしばらくして、急に雨が降り出した。

ここの休憩所の屋根は大きかったので、問題なく天幕と寝袋を出すことができた。

明日には止んでるといいなあ……


 ねえトモさん、ママ大丈夫?


『神殿からの洪水は先程収まりました。こればかりはムロシャフト様も文句はないようです』


『さーすがにあのメイヴェル様には恨み言も言えないし? 湖から引き上げられてすぐこの騒ぎだし、振り上げた拳の落としどころがねーし』


 ……そういえば沈められてたね、シャフさん。

でもママ、大丈夫かなあ。


「ム?」


 ベンチに誰か座ってる……イセコさんだ。

ここは安全だから見張りもいらないって言ってたのに……

何かあったんじゃろか。


「イセコサン、ドウシマシタ?」


 寝袋から出て、声をかける。

妖精たちは天幕で寝ているから、起こす心配はなかった。


「ムーク様……」


 エッ!? イセコさん泣いてる!?

ど、どどどどうし……あっ。


「ヒョットシテ……『杖持チ』ノ方々ニ、オ知リ合イガ?」


 横に腰かけると、イセコさんはゆっくり頷いた。


「テツーゾさんという方がいらっしゃいました……ザヨイ家に代々お仕えになっていらした弓師の家系の方で……」


 ぐ、とイセコさんの声が詰まる。

彼女の綺麗な目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


「わた、私が幼い時に、随分とお世話に、お世話になり……祖父のように、優しく……して、くださいました……」


 ……ボクにだって、こんな場合何をすればいいかはわかる。


「ほ、誉なのです、彼らの最期は、称されるものなのです、ですが、ですが……こんなにも、悲しい……!」


 ボクは、イセコさんの肩を抱いて頭を撫でた。

アカにするように、優しく、優しく。


「う、うう……うぐ、うぅ……ッ!」


 イセコさんは、ボクの胸に顔を押し付けて……声を殺して泣き続けた。

降っている雨なんかよりも、もっと激しく。


『(100点満点の5兆点……だけど、黙っとくし)』


『(ですね、こればかりは……むっくん、立派ですよ)』



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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。イセコさん涙は断じて恥では無い。いっぱい泣け。目の前の漢も君が大切に思ってたテツーゾさんと同じ、心優しい真の武士だから。
雨よ、全てを洗い流して。
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