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求婚

ハーレクインロマンス的テンプレ展開です。

 「エルフとの交渉も上手くいって良かったわね」


 カノーバ区内のエルフの集落へムスカリと交渉に行き、話し合いは順調に終わった。

 エルフたちは自分たちの森と湖に人間や他の種族がむやみに立ち入らない限りは、こちらへの要求は特になくお互いの生活区域を守りながら共存していけるよう約束をした。


「ああこれで、この地区にいる知性が高い種族とは、交易をしながらお互いの集落を脅かさない約束で生活していけるな」


 ムスカリが穏やかな微笑みを浮かべている。


 あれから、さんざん害虫退治をしたおかげでムスカリは溜まっていたストレスが発散されていた。

 ムスカリは冷静な態度を保ってエルフたちと話し合えた。


 今までムスカリの事を剣を振り回す狂人だと思っていたけれど、落ち着いたムスカリはしっかりとした美青年に見える。



 実は私は、王様からムスカリの相談を受けている。

 ムスカリは戦いが好きすぎて嫁を見つけてこない。カノーバ区主になったのだから後継ぎをそろそろ真剣に考えるように勇者から言って欲しいと。


 以前の狂戦士のムスカリに嫁を娶らせるなんて考えられなかったけれど、今ならムスカリも女性に対して優しく接しられるのではと思えるようになってきた。


「百合、ありがとうな」


 ムスカリが急にしおらしい顔つきで私にお礼を言ってきた。


「ここに来てから俺様がワームと戦っているのを補佐してくれて。

 俺、剣を握ると周りが見えなくなる時があるから、王子なのに怪我だらけで周囲の人間を困らせていたんだ。

 でも百合は戦いの合間に俺に食事させたり怪我を治してくれたりしただろう。

 百合のおかげで今までに無い充実した戦闘が出来た」


 あー、エルフとの交渉のお礼ではなくて戦っていた時の方のお礼かぁ。

 ムスカリらしいと言えばらしいわね。

 まあ、自分から他人に感謝出来るようになっているんだから成長したのね。


「俺が闘っている姿を見て悲鳴を上げずに逃げ出さないのは百合だけだ。

 だから今後も俺の側で俺様の補佐をして欲しい」


 ムスカリは真剣な顔で見つめてきた。


 私はこの世界で勇者としての使命はもう無いような状況だし、このカノーバ地区にはドワーフの友達もいる。

 サテュロスの住んでいる村もあるから知り合いも多い。

 ここでムスカリの補佐をやっていくのは良いかも知れない。


「いいわよ」


 補佐してあげるわ。

 その代わりお給料はずんでね。

 と、言おうとムスカリを見ると彼は破顔して


「よしゃあ! やったぜ! 花嫁を手に入れたぜ」


 両手を上げて喜んだ。


「え? ちょっと待って、花嫁って?」


「今、俺様の求婚を受けただろう百合」


 し、しまった。今のプロポーズだったの?

 経験がないから全く分からなかったわ。

 こ、断らなければ。


 焦る私の肩に手を置き潤む黒い瞳で見つめるムスカリ。


「百合、安心しろ。

 分かっている。

 俺様だって王子だ。

 王族に嫁ぐ女っていうのは色々支度が大変だろうが、お前に苦労はかけないぜ。

 少し待っていてくれ。

 支度は俺様が全部やっておくからな」


 ムスカリはよく分からない理解力と男らしさを見せてリップ村へ走って行ってしまった。

 想像の斜め上の急展開に私はその場から動けない。


 やばい! このままでは望まぬ結婚をさせられてしまう。


 ▽▽▽


 ぼこぼこと温泉が湧いている。

 シラーの頬を撫でる。


「まだ少し石の感触があるけれど、だいぶ治ってきたわね」


 ドワーフの医者の見立てではあと3週間で完療のはずだわ。


 毎朝、シラーの状態を確かめている。蛇の頭は2ヶ月前に取れていた。


「シラー。

 私、シラーが好き。

 この世界に来て最初に貴女の泣き顔に母性本能が刺激されて、その後オークに追いかけられ私を抱えて守った貴方に恋に落ちたわ。

 シラーと一緒に行動した日数はたった4日程だったけれど。

 シラーは石化した6ヶ月は覚えていないでしょうけれど、わたしは毎日貴方を見ていた。

 もう一度、意識のある貴方に会いたかったけれど……どうかお元気で……さようなら」


 ▽▽▽


 私は瞬間移動でグロキシニアに会いに来た。

 グロキシニアは急に現れた私に驚く事も無く自分の執務室へ入れてくれた。


「貴女を召喚して良かった」

 グロキシニアはお茶の入ったカップを私に渡しながら言った。


「最初、百合を見た時は、この様な少女ではすぐに怪物に殺されるか、何も出来無いだろうと思っておりました。

 しかし、この半年ほどでこの国は国として以前よりも強固なものになりました。

 感謝しています」


「国の基礎はグロキシニアが考えたもので私はほとんど口を出していないわよ」


「しかし貴方はこの国の基礎を作るきっかけをくれた。

 私やリコリスだけではここまで進める事は出来なかっただろう」


 この魔法使いは私が召喚される前からこの国の基盤づくりをしたかったらしいが、先王はその意見に耳を貸さず戦争を優先させていた。今のシャメール王も王の地位に就いたばかりで、グロキシニアの話には慎重で国政は先王の時から変えることが難しかったらしい。


「ところで今日私が貴方の所へ来た理由は分かっているかしら?」


 グロキシニアは微笑みながら


「ムスカリ王子の求婚を受けられたからですか」


「受けていないわ。あれは、その、ムスカリの勘違いよ」


「今まで女性に対して目を向けた事のないあの方が初めて告白したのです。

 ムスリカ王子は百合の事が好きです。

 出来れば王子の思いを受け止めてやってはいただけないでしょうか?」


 ムスカリは戦闘馬鹿だけれど、落ち着いている時は見目も良いし明るい良い奴だと思うわよ。

 この2ヶ月一緒にいてアイツの良い所も分かっているわ。


 日にちで言えばシラーと過ごした日よりもムスリカと一緒に行動した方が多いし、シラーが私をどう思ってくれているかは分からない。多分シラーは私を勇者として見ているだけ。

 それでも私はシラーが好きだわ。


「私はムスカリが嫌いではないけれど結婚する気にはなれないわ」


 シラーと付き合っていなくても彼が私の心の中にいる限り他の男と結婚は考えられない。


 前生でも結婚しなくても一人でそれなりに楽しく人生を送ったわ。

 好きでない男と一緒に暮らすなんて考えられないのよ私。


「グロキシニア、お願いがあるわ。私を元の世界に戻して」


「申し訳ありませんが勇者様。異世界移送は片道でございます。

 こちらからは送れません」


「そうなの。ところで片道しか出来ない事をグロキシニア以外で知っている人はいるの?」


「高位の魔法使いが2名ほど知識を修めているでしょうが、転移術自体がかなり難しい魔法ですので一般的には知られておりません」


「良かったわ。それではもう一度お願いするわグロキシニア。

 私を元の世界へ戻したと言う事にして」


 グロキシニアは暗い表情で頷いた。


 ▽▽▽


 ぼこぼこと湯の音がする。

 体の芯が温まり指先まで感覚が戻ってきた。


「ようやく、気が付いたか?」


 声の方に目をやると褐色の男が鋭い目で睨んでいる。


「……ムスリカ王子?」


「ふん、お前も勇者に捨てられたな」


 捨てられた?

 ……勇者……そうだ百合様は!


 シラーは百合の事を思い出して勢いよく湯から上がり、その場に倒れた。


「シラーよ、其方は半年もの間石化していたのだ。

 急には体は動かん」


 ムスリカ王子の隣にいるグロキシニアが言った。

 シラーは百合の姿を探し見回した。


「百合様は……勇者様は何方においでですか?」


「勇者はこの世界での役目をはたして元の世界に帰られた」


 グロキシニアは冷徹に答えた。


 百合様はお一人でベヒーモスを倒されたのか? 自分と一緒に旅をすると約束してくれていたのに。


「所詮、女なんて気まぐれな生き物なんだ。

 優しく接しておいて、ふいに興味が無くなれば自分勝手に居なくなるんだ。

 従士のお前の容態が気になり、百合がここへ来るかと張り込んでみたが無駄だったな。

 やはり、本当にあの女は異世界へ帰ったのか」


 ムスカリは寂しげに言い浴場から出て行った。

 グロキシニアはため息を吐きながらムスカリを見送る。


 シラーはムスカリの姿が見えなくなってからグロキシニアに言った。


「グロキシニア殿、百合様の居場所を教えて下さい」


 シラーは浴場の床に上体を起こしてグロキシニアを見上げていた。


「勇者は使命を終えた。ここにはいない。

 其方の使命も終わりだシラーよ。

 王子には戻せぬが、奴隷からは解放しよう。

 これから先、家族の元に戻るなり好きに生きるが良い」


「グロキシニア殿。

 私は勇者様の奴隷です。私を奴隷から解放出来るのは勇者様だけです。

 自分が石化している間に何故百合様が私から離れたのか理由は分かりませんが、ここにいなくてもこの世界にはいらっしゃるはずです。

 ……異世界移送はこちらからは送れないのだから」


 グロキシニアはシラーが異世界移送について知っていて驚いた。


「私はあの水晶洞のある国の王子だったのですよ。

 勇者についてはグロキシニア殿より知っております。

 どうか教えて下さい。

 百合様は何処にいるのでしょうか?」


 ▽▽▽



 雲一つない青い空。

 見渡す限りの菜の花畑。


 ここはアルパドーン国南東のアンジェリケ地区。

 海が近い温暖な気候の土地。


「あー、今日ものどかだわねえ」


 菜の花畑を散歩しながら、この世界に来て約1年が経つなあと独り言を言う。


「百合、今日も良い天気だね」


 うちから2キロ離れた隣の家に住むグロリオーサ。

 金髪碧眼の年齢22歳の美青年。

 性格も穏やかでここに住みだしてから何かとお世話になっている。


「グロリオーサ、魚を釣りに行くの?」


「百合も良かったら一緒に行くかい?」


「誘ってくれてありがとう。

 でも、ちょっと予定があるから」


「そうか。

 じゃあ、僕が君の分も魚を釣って来てあげるよ。

 楽しみに待っていて」


 私は手を振り見送った。


 先日、グロリオーサの母親から息子との結婚を薦められた。

 前の人生でも母親からうちの息子の嫁にって言われたことがあったけれど、家への嫁入りって感じが嫌でお断りしていた。

 私は結婚は好きになった人としたかったから。


 それにしても異世界で第2の人生を歩んでいるのに、また独身で一生を終えるのかしら。


 この世界に来て1年。

 シラーと別れてから半年ほど過ぎている。


 もう一度、恋愛結婚を夢見たっていいんじゃないかしら。


 シラーは私にとって特別な人でも、もう彼に会う事は出来ないし。


 ムスカリの求婚を断ったのだものシラーと私がくっつくのなんて絶対に許してもらえないわよ。


 ムスカリは嫉妬深く独占欲が強いタイプだったもの。

 私がシラーを好きだとムスカリにばれたら、シラーだけでなくシラーの家族まで害が及ぶだろう。


 だからグロキシニアに頼んで私は元の世界に帰った事にしたんだ。


 グロキシニアは私とムスカリが結ばれるのを望んだけれど、私がムスカリを受け入れられないと理解してこの地区へ送ってくれた。


 この地区は温暖な気候で凶暴な怪物はいない。

 ムスカリの興味をひかない土地だからここでゆっくりと私に生きるようにお金や家、畑もくれた。


 ムスカリには可哀想な事をしたと思うが、彼の気持ちを受け止められない以上、私は逃げるしかないと判断した。ムスカリに言葉が通じるとは思えないから。



 シラーは今頃どうしているかしら?

 家族の元へ戻り幸せに暮らしているかしら?

 もしかしたら可愛いお嫁さんをもらっているかもしれないわね。


 彼にとって私は勇者で、急に目の前からいなくなってしまった女だけれど、たまには私を思い出して私の幸せを祈ってくれていたりするのかしらね。


 朝の清々しい空気の中、優しく風が吹いた。


 私は視点を彷徨わせて、ただただ空と菜の花を交互に見回して歩いている。

 ふと気づいた。

 何処までも続いていそうな菜の花畑の端の方に人影がある。


 ご近所さんにあんな大きな人いたかしら?

 え? 菜の花をかき分けて私に向かって真っすぐ歩いてくるわ。


 人影はだんだん私に近づき、その輪郭は私の一番会いたい人になってきた。


 視界がぼやけて考えられなくなる。


 ああ……まさか……そんな


「ずっと探しておりました。

 百合様、酷いではないですか。

 貴女の奴隷を置き去りにするなんて」


 半年ぶりのシラーは白い肌が日に焼けていてうっすら髭も生えて汚れていたが、美しいアイスブルーの瞳と物腰は気品を保っていた。


 私は何か言いたくて、でも声に出来ずに涙を流して彼を見つめるだけだった。


「百合様、私は石化している間の記憶がございます。

 貴方が毎日語りかけてくれていた愛の言葉」


 シラーは私の頬を優しく拭きながら言う。


「あの時の言葉を信じて、貴女を見つける旅をしてきました。

 私も百合が好きです。

 使命が無くなっても貴方と一緒にいたいです」


「私もずっとシラーといたいわ」


 喉の奥から言葉を絞り出した。


 シラーは私を逞しい胸に優しく抱いた。


 菜の花畑の中で勇者と奴隷は使命から解放されて、普通の男と女になって人生を共に生きることを誓う。


 百合は思った。

 お一人様も後悔はなかったけれど、今度の人生は他人と一緒に歩くわ。

 どちらが幸せかは私が死ぬときに分かるわね。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

正直、この話を書いている間、命の危険がある暑さの中で話の方向性を見失い、もう書き上げられないとか思いましたが、何とか無事? 完結できました。

ゴールが出来て嬉しいです。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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