プロローグ
――私が初めて奥白石つるさんに会った時、彼女は私の目の前で、剣士の首を斬り飛ばした。
水の打ち付ける音が、ずっと間近で鳴っている。目の前で、大きな滝が流れを止めずに在り続けていた。
セーラー服もスカートも、乾くのにまだしばらくかかるだろう。
ついさっき滝壺に放り込まれて、髪は濡れたまま。けれど、寒さは感じない。
まだ震えが残る私を支えるように、背後から優しく温かな気配が包んでくれていたから。
「なにを、考えているのですか?」
「…初めて会った時のこと。」
背中側から回された、彼女の傷だらけの両手。白くてきめ細やかな肌に、獣の爪痕のような生傷が、無数に刻まれている。
「辛い記憶でしょう。」
「ううん。そりゃ、あの時はさ、怖かったし、泣いちゃったりもした。
けど、スーパーヒーローが助けにきてくれたみたいで、目が離せなかったの。」
「すう、ぱあ?」
「あはは、ごめんごめん。
英傑っていうか、英雄とか正義の味方とか訳すのがいいのかな。」
私の言い方では、上手く伝わらなかったらしい。
「つるさんはあの時、私のヒーローだったの。すっごく怖いヒーロー。」
「私が…さやの英傑、ですか。」
目を閉じると、鮮明に思い出される。
長い黒髪を一本にまとめて、悠然と歩くつるさんの姿。その背にあるのは、二メートルを超す大太刀。
白い腕でそれを振り抜き、相手の剣士の首を斬り飛ばしたあの瞬間のことを。
「う…やっぱり、死体は思い出したくない…」
「我らのそばにおれば、見飽きてしまうというもの。」
そんな、慣れればどうということはない、みたいに言われても…
この人とは、生きている世界が違う。それをまた実感した気がする。
「英傑とは、窮地に現れ、脅威を排除する者なのでしょうか。」
「そんな感じ。つるさんが来てくれなかったら、私はここにはいないと思う。」
すぐ後ろから、微かな笑い声がした。滝の音が打ち消してしまうほどの、きっとこの距離でないと聞こえない声だった。
「幼き折、私の前にも英傑が現れ、その暴力によって私は生き永らえた。
私は、あの御方のように、なれたのやもしれぬ。」
「つるさんの命の恩人?すごい人だったの?」
「ええ。まことに。」
「そっか…
じゃあ、その人がいなかったら、つるさんもここにはいないし、私もきっと…」
きっと、なすすべなく死んでいただろう。
この世界に来て、皆と出会って、運良くここまで命を繋いでいる。
まだ始まったばかりの旅。いつ終わりがくるのか、見当もつかない。
それでも、昇っていこう。その背中を追って。果てを目指して。
この、剣の楽土を。




