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死神様は生贄の娘を離さない  作者: 武村


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三話 気配の正体

屋敷に戻る道すがら、

男は先ほど感じた気配の正体について考えていた。

 

 あの気配。


 しかし、そんなはずなはい。


 確かにあの時、俺が。


「……しかしどうやって。」


 ぽつりと零した声に、ハクが反応した。


「やっぱり、心当たりがあるんだね。」


 男は黙り込む。

 

 男はもういるはずのないその存在を

睨みつけるように、低く呟いた。


「……土蜘蛛だ。」


 空気が、一瞬にして張り詰めた。

 

 

「土蜘蛛……。

 まさか、だってあいつは……」


「……ああ。

 俺が殺した。もう十数年も前の話だ。」

 

 男はその時のことを思い出していた。


 確かに殺した。

 俺が、この手で。


「妖だろうと、

死ねば魂は黄泉に帰らねばならぬ。

 

俺は確かに、黄泉に返した。

 十中八九、あいつは地獄に堕ちたはず。」

 

 何故。

 どうやって戻ってきたのか。

 皆目見当がつかない。


「……閻魔様に、謁見する。」

 

「閻魔様に直接会うのか?」


 ハクは驚き、聞き返す。


「……ああ。滅多に会えぬお方だが、急を要する。

 訳を話せば、時間を作ってくれるだろう。

 それに……あの娘のことも聞いてみよう。」


「そうだね。

 土蜘蛛が生きている可能性がある以上、

急いだ方が良いかも。

 早く戻ろう。」


「ああ。」

 

 二人は屋敷へと駆け出した。

 

 

 



 透子は書庫で目を覚ました。


「……う、頭が。」


 ふわふわしたあの感覚は薄くなったが、

頭痛がした。


 膝にいた猫又はどこにもいない。

実に気まぐれな猫又である。

 

 

「頭が痛いのかい?」


 知らない男の声がした。


「え?」


 さっきまで人の気配などなかったのに。


 部屋の隅から出てきた男は、

笑顔で透子に近づいてきた。

  

「ああ、怖がらないで。

 私は死神の古い知り合いでね。

 君のことが心配だからと、

私をここへ寄越したのさ。」 

 

 黄泉守様のお知り合いの方だったのね。


 緊張の糸がほんの少しだけ緩んだ。

 

「君は、死神から相当大事にされているんだね。」


 男はじっと透子を観察した。


「しかし、いささか痩せすぎてはいないかい?

 ちゃんと食べているのかな?」


 男は透子の隣に腰を下ろした。

 近すぎる距離に少しの違和感を覚える透子。


 でも、黄泉守様の時は凄く安心するのに。

 この人はなんだか、少し怖い。


「よ、黄泉守様や、

他の皆さんも良くしていただいて。

 さっきも、

たくさん美味しいご飯をいただきました。」


「そうか。それは良い。

 死神は他に何をしてくれる?」


 男はさらに笑みを深めてたずねた。

 

「目の見えない私を気遣って、

手を握ってくれます。

 庭をお散歩したり、

ここで本も読んでいただきました。」


 嬉しそうに語る透子を見て、男は確信する。


 なかなかの執着心。

 これは面白い。


 声を出して笑いたいところだったが、

笑みを深めるだけに留めた。

 

「それはそれは……

 なんと面白い話を聞いた。

 あの死神が、ここまで執着する人間か。」


「え?」


 笑いを抑えきれなくなった男は、

クツクツと笑う。


「君を失ったら、あの男はどうなるだろうね……」


 この人、優しそうだけど……


「あ、あの。他の方を呼んできます。」


 背中を這う悪寒に耐えられず、

透子は立ち上がった。

 

 男はスっと右手を上げる。

 その途端、透子は動きを止めた。


 動けない!


 透子には見えていた。

 細い糸が無数に自分の体を絡めている。


「何を!」


「いやいや、もう帰るから。

人は呼ばなくていいよ。

 ……ああ、そろそろ帰ってくるね。

 それじゃ、行こうか。」


 細い糸が、いつの間にか透子の視界を遮る。


 男は軽々と透子を抱き上げると、

安心させるように囁く。


「大丈夫。

 少し借りるだけさ。」


 透子は恐怖で声も出ず、震えていた。


 窓が独りでに開く。

 爽やかな朝の風が書庫へ流れ込む。


「さて。

 死神はどんな顔をするのかな?

 いやはや、楽しみだ。」


 男は窓に足を掛ける。

 飛び出す瞬間、糸の端が窓辺に引っかかった。


 男はあえて、それを残した。


 誰もいない書庫の窓辺に、

誰かを嘲笑うかのように、

白い糸が静かに揺れていた。

 

 三話 気配の正体【完】


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