第1話「勇者、だと……?」
初めてなろう系を書くので、悪しからず。
この世界には音という概念が存在しない。
行き交う人々、みんな言葉は喋っていても音程がなくて、抑揚がない。
だから俺は、
「この世界で楽器店を開く! ってことなんだ」
「はあ、」
冷たい視線を向けて、ただ一言切り裂くように喋ったのは俺の相方「レネー」だ。
白銀でさらっとした美しい髪を頭頂で括り、まるでカメレオンの舌のようにくるっと渦巻いた触手が特徴的な、薄い緑色の鋭い目を持ったいわゆるクール系女子だ。
俺とレネーは先ほど知り合った。
と言うのも、俺は昨日この世界に転生してきたばかりだからだ。そして、森の奥深く、魔物に怯えながら逃げ回っているところを不覚にも、こんな綺麗で美人な人に見られてしまったわけだ。
とても恥ずかしいけど、これを俺は運命だと感じた。
「それで“ガッキ”ってなんなんですか」
なぜならこのレネーだけは、なぜか若干の抑揚がある。
まあ確かに、初めて聞いた時はふざけているのかと腹がよじれるほどに笑って転げて、おまけにゴブリンに殺されかけた訳だが、街に来て分かった。
このレネーという女性には音楽の才能があると――
「楽器っていうのはな。命なんだ。情熱をかけるほどの余地があり……というか音楽だ! 音楽は世界を変える! 音楽はいいぞぉ~」
「キモイのでやめてください」
にまにまして言う俺に、引いた顔のレネー。
でもやはり、少しの音程に抑揚がある。きっとちゃんと教えていけば、レネーはいい相方になってくれそうだ。
しかも魔術師と来た。楽観的で、達観的な俺でも、魔法となれば見てみたいし、やってみたいし、それを音楽にだってできるかもしれない。
ここにつてがいるわけもないし、なんとかレネーを相方にしなくては俺の命は危うい。
だから厳密にいうと、まだ相方じゃないが正しい。でも、きっと相方になってくれる。
「世界を変えようぜ」
「無駄にきりっとした顔しても、意味が分からないものに命はかけてられません」
どうやらこの俺のイケメンスマイルに、レネーはなんとも感じないようだ。
おかしいな……不細工ではあるけど、ちょっとくらいは情ってもんを見せてくれる手はずだったんだが
「とにかく、冒険者ギルドに行きましょう。あなたみたいな人は正直初めて見ましたが、きっとその服装的には“剣士”ですから、登録がされているはずですよ」
「おお……本物だ」
「何がです」
生まれてこの方、始めて冒険者ギルドならぬ言葉を聞いた。
すげぇ……本当に異世界に来たんだな俺
その実感に興奮が収まらなかった。
いざレネーの案内のもと冒険者ギルドにやってきた。
「ごぎげんよう」
「こんにちは」
「冒険者ギルドへようこそ」
わ……こんなに違ったっけ
レネーの喋り方に慣れすぎて、街の人の棒読みのレベルを忘れていた。やはり、レネーはそれだけ音の素質があって、音楽の才能がありそうだ。
こりゃ、絶対に逃せないな……
レネーがあれやこれや説明して、しばらく待っていると神妙な顔で受付の女性が帰ってきた。
「すみませんが“カイト”という名前は登録されておりません」
「え、名前がない?」
どうやら現世での俺の名前は冒険者ギルドの登録欄には載っていないようで、みんなから不審な目を向けられた。
困ったなー……でもそもそも、
「冒険者ギルドに登録されてないってまずいのか?」
至極まっとうな疑問をド直球にレネーにぶつけると、慌てた様子で人差し指を立てて、静かにするよう促してきた。
「あのですね……冒険者ギルドに登録されてないってつまり、死人と同じ扱いなんですよ?」
「え、」
さすがにその言葉には俺も動揺せざるを得ない。
「ちょっと待って……オレ、シンデナイヨ?」
思わずレネーたちのような、棒読みと、抑揚のないかたことな喋り方になってしまった。
「一般的に、冒険者ギルドには生まれた瞬間から登録されてるはずなんですよ……」
「い、いやそれでも商売を営む人たちもいるだろ? その場合は冒険してないじゃん。いらないだろ」
「冒険をしないからって登録をしないのは、法律的に禁止されています」
「なんで」
「あなた……本当に何も知らないんですね」
少し呆れた様子のレネーに、俺は謎の優越感があった。
それは「転生者」という特別な存在だというとっておきの切り札があるからだ。
「あなたが呼ばれた勇者じゃない限り、こんなことありえないんですよ……」
「勇者?」
あほ面でレネーの言った言葉を反復すると、レネーは頭を抱えて受付の人と顔を合わせた。
「なんだよ」
少し高圧的に問うと、二人して黙って受付カウンターの机に肘を置いて、頭を抱えた。
「な、なんだよ。悪いかよ」
「あなた……本当は地縛霊とかじゃないですか?」
「触って確認するか?」
「いえ、遠慮しておきます……」
「じゃあ、生きてる一般人だって認めることだな」
そういうと受付の人が口を開いた。
「すみません。うちではもう取り扱える事案ではないので、そのまま国の方に行ってもらえると助かります。きっと、死亡判断書などの書類を貰えると思いますので、出会ったところに弔いのお墓と、お祓いをお願いするのが――」
「ちょっと待って!」
俺は死んでいないし、こんな長い言葉を一定の音で全て言われると耳がちぎれてしまう。
落ち着け―……大丈夫だ。俺の声を聞くんだ。俺の声にはメロディーがある……
「ふぅー……」
「そうですね……お祓い、行ってきます。わざわざすみません」
「ん、おい?」
「いえいえ……私も、後ほど伺うことにします」
「ちょっと待てと言っただろ!!」
俺は勝手に二人によって殺されてしまったようだ。
「では」
「あ、おい!」
呆気にとられている俺をよそに、冒険者ギルドの外に出ていったレネーを早足で追いかけた。
「おい、待てよ」
「見えてない……聞こえてない……」
レネーは完全に俺を幽霊だと信じ込んでいるみたいだ。
「俺は、生きてるよ」
「はやく神父様のもとへ……」
「おい、」
話がどんどん移り変わっていくので、俺はレネーの手を掴んだ。
その瞬間だった。
レネーが「え……」という言葉を発した後、方膝をついてしゃがみ、両腕を組んで前に出し、きりっとした顔つきになったのだ。まるで完全服従のポーズのように。
「なにしてんの?」
レネーは一礼をしたのち、凛々しい声で喋り始めた。
「私の名前はレネー。なんなりとお申し付けください――勇者様」
「は? え? まじ?」
ずっと跪いていたレネーをなんとか引き連れて、人気の少ない場所へとやってきた。
「……さっき、なんて言った?」
「さっき……あ、冒険者ギルドの一件は誠に無礼が過ぎました。お許しをお願いします」
「いや、それはどうでもよくて」
俺がそういうと、レネーは首を傾けてかしこまった様子でまた一言、俺の気にしている言葉を発した。
「では、どうされましたか“勇者様”」
「それだよ!」
大声を上げた俺に、レネーは驚きつつもまた首を傾げた。
「俺、勇者なんかじゃないって」
「いえ、あなたはれっきとした勇者様です」
「いや、違うって」
「いえ」
「いや」
否定の攻防戦が始まった。
「俺が勇者だって言うんなら、なんであんな良く分からない場所に居たんだよ。しかも、俺この世界について何も知らないし」
「勇者様は、儀式の後に異なる時空の世界からこちらに転生してくるものなんです」
「じゃあ、いわゆる城の中とかから出てくるんじゃないのかよ。ゴブリンにも怯えてたんだぞ俺は」
「何かの手違いがあったとみて、間違いないでしょう」
えー……
レネーの表情を見る限り、きっとこの話は本当なんだろう。
「え、じゃあ……魔王とかと対峙しなきゃいけないの?」
「はい」
「じゃあ、楽器店営めないの?」
「はい」
「え、ちまちま素材集めて、この世界だけの楽器とか作れないの?」
「はい」
「のんびり異世界生活を満喫できないの?」
「はい」
「終わった……」
そんなばかな……俺は、音楽がないと何も集中できやしないというのに……
でも、こういった困った際に使えるとっておきの秘策が世界には存在する。
それは――
「レネー、達者でな」
「はい?」
「俺は楽器店を営んでくるぜ!!」
――逃げることだ。
「あ、ちょっと!」
レネーは魔術師、俺は勇者だ。きっとステータスも全部俺の方が高いに決まっている。
へっ、余裕余裕……
前の世界とは比べものにならない程、体が軽くて速く走れる。
これなら追いつかれるはずもない! このまま逃げ切って楽器店を作ってやるぜ!
「あばよー!!」
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